ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

成田山新勝寺へ

2017-05-12 | 日記
2017年5月12日(金)

今日は、中学時代の友人たち3人を、千葉在住のウィステが、成田山へご案内する日。
京成成田駅集合の40分くらい前に行って、まずは、参道の半ばにある老舗の
鰻屋さんの整理券を取りに行ったら・・・、「整理券は、やっていません」と、言われました。
お寺の楼門の側の鰻屋さんが整理券を出しているので、こちらもやっていると思ってしまった。
10時半ごろだというのに、店内には、もう結構、お客さんが・・・。
最初から、焦ってしまったよ。
きゃ~っと、こちらに向かっている友人にメールしたら、
「どうにかなるよ」と、返信が来た♪
みなさんと集合してからお店に行ったら、なんとか席に着けました。ほっ。
鰻は、美味しく、「最近、食が細くなって・・」と、みんなで言っていたけれど、
いつの間にか、綺麗に頂いてしまったわ。(^^)

もちろん、おしゃべりしながらね。
Iさんは、ピンクリボン運動(乳癌予防運動)で、今度、駅前の喫茶店で
講演会を開くそう。
「勉強したり、こうやって話し合ったりする場を作っていきたい」と、友人、知人の
つてを辿っているうちに、協力者が増えてきたそう。
そのために、街づくり協議会や、日赤や、製薬会社や、さらには、市会議員と
連絡して、市役所の後援をとったりと・・・すごい活躍です。
アクティヴな彼女のオーラのお裾分けを頂いたわ。
そのうち、隣の席のおばあさんが、「すみません・・」と、ジャーが開けられないと
声をかけてきて、Iさんは、気安く開けて、お茶をついであげてから、世間話開始・・。
ひと段落ついてから、
「私、昔は、こんなに人と話せなかったんだけれど、運動をしているうちに、
人前で話したり、初めての人と話せるようになって・・」
と、言うので、みんなで、即座に、「そんなことないわ。あなたは、昔からそうよ」と。
50年前の記憶を正してあげました。(^^)

成田山新勝寺に着いて、楼門や鐘楼などの立派さにみなさん、感心してくれた。
丁度、御護摩祈願の時間になって、本堂へ。
鰻のおかげで、ちょっとうとうとしかけたときに、開始のものすごい太鼓の音で、はっとしました。
御護摩の炎でのメインの祈願の後の、バッグのお祓い、ウィステは、下見に来た時も、
してもらったけれど、今回も。
お祓いとか、金運が良くなるんだよね。(^^)
ウィステたち、今回は、出口の側に居たんだ。そして、お坊さんたちが、退出するとき、
御護摩祈願をなさったお坊さんが、出るとき、出口の側に控えていた紋付き袴の人
(お寺の事務の方かしら?)が、額を床につけるほどのお辞儀をしていたのを見て、
もしや、貫主様かしら・・?と、思いました。これほどの大きく格式のあるお寺の
貫主様って、すごい方なんでしょうね・・。

それから、平和の大塔へ。中には、成田山のお陰で子宝に恵まれた歌舞伎の初代市川團十郎と、
その子、二代目、團十郎。同じく、七代目團十郎とその子、八代目團十郎の絵が
描かれていた。ここから、成田山と市川團十郎家のご縁が始まったんだな。
その先に、平和の大塔の落成式に、チベット仏教の坊さんたちが、砂絵で曼荼羅を描いている
写真と、その砂の曼荼羅が保存され、展示されていた。色が極彩色で、精緻なの。
素晴らしい・・。
その上の階には、大きな不動明王像が鎮座していた。
すごい迫力です。昭和曼荼羅も、首を伸ばして、見せて頂いたわ。
成田山公園で、新緑の山道の散策をして、昔からの絵馬を飾っている額堂の辺りに
戻ってきたら、オレンジ色の布のような僧服を纏ったチベット仏教風のお坊さんたちが4人、
見学していらした。ああ、そうか、チベットから直接は、出てくるのが難しいかもしれない
けれど、インドか、東南アジアか、モンゴルのチベット仏教の方たちとも、成田山は、
ずっと交流を続けているんだなあ・・と、思ったよ。

額堂では、最初、「山田成」って、何?と、読んだ・・・。
だって、「成田山」を昔風に右から書いてあるんですもの・・。(^^;)

それから、参道の散策。和風の喫茶店で、休んでから、みなさん、お土産を沢山買っていました。
「長命泉」という酒屋さんでは、買わないウィステも、利き酒をさせてもらったよ。
値段で、味がこんなに違うんだ・・とか。
みんなにも喜んでもらって、ホステス・ウィステも、嬉しかったわ。
秋に、又ね~と、お別れしました。

疲れたけれど、楽しかった勢いで、夕食のご飯をパクパク・・。
鰻と、この白いお米・・・明日の体重が・・・。
え~い、もう、いい、もう気にしない~、今日は・・・。(^^;)






コメント
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