ほんわか亭日記

ダンスとエッセイが好きな主婦のおしゃべり横町です♪

「太古、ブスは女神だった」

2015-06-17 | 読書
2015年6月17日(水)

今日は、読書会。
本は、大塚ひかり「太古、ブスは女神だった」・・・!
日本人にとって、ブスとは何なのか?というテーマなんだ。
太古は、美は権力であり、繁栄の源だった。
しかし、醜さもまた、「命」だった・・。
これは、(死んだ)イザナミや、(醜いと家に戻される)イワナガ姫が、
民の死や短命の呪いをかけるパワーを持っていたことに表されているそう。
その後、仏教思想によって、ブスや不運は、前世の行いが悪い因果とされ、
ブスは、さんざんな扱いを受ける。
ただ、その中で、紫式部は、源氏物語で、ブスの末摘花を、「夫に従順」
「夫以外とセックスしない」「嫉妬しない」と、父系社会的美徳を持つ女性と
して描き、史上初めて、性格の良いブスという人物像を作った。
これは、画期的なことだそうで、紫式部って、やっぱり、凄いんだなあ・・。
さらに、父系社会化が進む鎌倉時代くらいになると、女性の地位は急落、
男に都合の悪い女は、”悪”として、性格ブス=悪女の誕生となる。・・・ああ。
江戸時代には、ブスは、おかめ、お多福の面で表されるようになる。
その面の源流は、アマテラスを天岩戸から出す踊りをしたアメノウズメらしく、
魔除けのパワーを持つ扱いともなっていった。・・・ブスパワーの名残ですね。
さらに、明治。ブスな女学生は、「卒業顔」などと言われた。
これは、美少女たちは、女学校在学中にお見合い、結婚による退学というコース。
卒業できるということは・・という扱いだけれど、無事卒業した女学生たちは、
職業婦人の道も出来たってことで、新しい生き方が開けたと言えそう。
身分社会の消失は、特権階級のものだった美が、すべての人が目指せるものになったってことでもあった。
そして、現代は、欧米の見た目至上主義が入って来て、自分の体は、自分の精神で
コントロールすべき。美しい体は、自分で作れる。作れないのは怠慢という思想が
日本にも広がり、ビジュアルの印象で人柄が判断される。つまり、
コミュニケーションツールとしての外見の重要性が高まる・・・と。

自分でコントロールしろというところは、大変、耳が痛い。体重のこととか・・。
でも、我々世代は、もう、美とか醜とかいう価値観の輪から、結構脱出して
(←ダンスパーティが例外かな・・)、
今のメインテーマは、健康と病気じゃないかしらという話になった。
まあ、髪の毛は染めているし、お化粧はしているし、サプリメントも取って、
パーティのときは、ドレスを着て、若さの演出は、止められないけれどね・・。
おばさん同士で群れると出てくるパワーも、大事。
「私は、女優の誰々似よ」「私は、誰々似よ」といえるパワーが、
邪気を払い、福を呼び込むこと、間違いなしっと。(^^)



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