中山道ひとり歩る記(旧中山道を歩く)

旧中山道に沿って忠実に歩いたつもりです。

・芭蕉の道を歩く
・旧日光街道を歩く

復元された脇本陣(旧中山道を歩く 248)

2011年06月10日 10時27分03秒 | 6.美濃(岐阜県)の旧中山道を歩く(210~2


(鵜沼宿脇本陣)

(鵜沼宿3)
街道の右手にある「鵜沼宿脇本陣」は、
各務原市が間取図を基に復元工事を行い、
脇本陣坂井家を復元したものである。
間取図が基本のため畳の高さまでの部分は、
忠実に再現されたと思われるが、
それ以上は想像の産物であるような気がする。

例えば屋根の部分、屋根には高々と「うだつ」が上がっているが、
「うだつ」は防火壁であるにもかかわらず、
地上まで防火壁が繋がっていない。
これではまるで飾りの「うだつ」である。

もっとも宿場に入る手前に、
「是より西尾州領」の石碑があったが、
尾張伝統の「はったり」、あるいは「みえっぱり」であって、
各務原市が、本気で「かざり」の「うだつ」をつけたのかもしれない。


(鵜沼宿脇本陣坂井家の「うだつ」)


(脇本陣の座敷)

何はともあれ、脇本陣坂井家には、
江戸の宗匠 芭蕉がよく宿泊したことで知られる。
それで門前に芭蕉句碑が三基見受けられる。

・汲溜の水泡たつや蝉の声
・ふく汁るも喰えば喰わせよきく之酒
 ・おくられつ送りつ果ては木曾の秋

の三句である。

夢も希望もない話であるが、
「芭蕉俳句集」(岩波文庫中村俊定 校注、芭蕉の俳句すべてを収録)を見ると、
第一句は、芭蕉の句であるかどうか疑わしく、
存疑の部に配置してあり、
二番目の句に至っては、間違って伝えられた誤伝の部にもなく、
どうも芭蕉の句では無さそう。
三番目の句、これは芭蕉の句に収録されており、
芭蕉の句に間違いない。


(芭蕉句碑)


(芭蕉が刻んだと言う木の化石、「ふく汁・・・」句が刻んである。)

中山道木曾谷の馬籠宿の一里塚近くに、

・おくられつ送りつ果ては木曾の穐   芭蕉翁

の句碑がある。
(http://hide-san.blog.ocn.ne.jp/bach/2010/09/post_ee74.html参照)
芭蕉が木曾で詠んだ句に違いない。

話は戻って、脇本陣の建物はとても綺麗でよく復元されているので、
上段の間やお手洗いなどゆっくりご覧になることをお勧めする。

脇本陣を出ると、
その西隣には、尾張二ノ宮神社がある。


(尾張 二ノ宮神社)




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