屋外で食べる食事は美味い。
退職前は、日曜日しか畑に行けない。
日曜日は仕事に行くより早く起きて、畑に行く。しばらくするとオ母ンが来る。一時間ほど作業をすると朝食。
オ母ンが作った弁当。俵型のお握り二つに卵焼きと漬物、紅ショウガ。小学校の時の弁当のまんま。
それでも屋外で食べる食事は美味かった。
小学生の頃、田植えや稲刈りの手伝いに行った。家に帰る間を惜しんで、昼食は田んぼの畔道にムシロ。
弁当ではなく「おかいさん」。
直径20㎝、高さ30㎝ほどのおかいさん鍋に、茶袋(ちゃんぶくろ=粉のほうじ茶を入れた木綿の袋)で煮だした茶粥。これとキュウリとナスの古漬け。
それでも屋外で食べる食事は美味かった。
我が喜志村からほど近い大ケ塚(河南町)の『河内屋可正旧記』に「奈良茶の事」という記事がある。
「昔往、南都ニ弥二ト云(いふ)者、貧キ者ニテ仕始メタリ」。
同様の記事が大和の医者の越智宣昭の『南都古記』にもあって、奈良の井戸屋弥十郎という人が初めて作ったとある。
どうやら奈良茶粥が河内に伝わったのが、喜志村の「おかいさん」なのだろう。
※「京都・大阪・三重・奈良・和歌山の茶粥 習俗と分布」早川史子他より引用
畑を耕していると、茶碗や湯呑の欠片が出てくる。
我が先祖の農家レストランの名残であるとともに、宝なのだと、捨てないでそのまま畑の土に戻している。
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