大学生時代、
ある日、
ある先輩が言った。
「今度、チリから、キンタマという名前の男が来るぞ」
「え?」
皆が一様に不振な顔をした。
よく聞けば、
キンタマという男は、
政府の役人か何かで、
日本の大学を視察に来るという。
そこで、タマタマ、
俺の大学の研究室にも、
立ち寄るとのことだった。
ただし、彼の名前をよく聞けば、
「クィンターナ」であり、
キンタマというには、無理があった。
しかし、人間とは不思議なものだ。
誰かが、「キンタマ」と命名すると、
「ああ、あいつは、キンタマなんだな」
ということになってしまうのだった。
さて、彼が来てみると、
白人で、35歳くらいの男であった。
体型はやや小太りで、
キンタマに似てなくもなかった。
しかし性格は、至極マジメで、
人懐こかった。
せっかくチリから来たということで、
学科の教授たちが集まり、
歓迎会をやった。
チリはスペイン語なのであるが、
彼はインテリなので、英語もできた。
その後彼は、数日、
わが研究室の視察をするとのことで、
7名くらいの学生や院生が、
彼といろいろ話をした。
俺も下手な英語を話した。
次の日のこと、
彼は青い顔をしていた。
聞けば、彼の母親の体調が悪いとの連絡が入ったとのこと。
彼は親思いらしく、
チリの母親のことが心配でならないらしい。
しかし今のように、
自由に電話をしたりはできない。
彼は思いあまってチリの母親に、
「励ましの電報を打つ」と言い出した。
「おお、それは良い考えだ!母親も喜ぶだろう」
皆が賛成した。
そこで、彼を電報局に連れて行くことにした。
結局、俺がその役を引き受けることにした。
何とか、電報局の女性職員との通訳を終え、
また研究室に戻ると、
彼、「今度は、別な研究室も見たい」と言う。
俺は別の研究室に彼を連れて行くと、
そこには、異常に汚く、
いろいろなものが雑然としていた。
その中には漫画本もあり、
エロ本もあった。
俺はヤバイと思った。
折角チリからやってきた人に、
エロ本を見せるのは、
心苦しい。
日本の恥だ。
俺は必死で片付けた。
今から思うと、
いつもエロ本があったわけではない。
彼の名前がキンタマだったので、
その日に限って、
タマタマ、あったのかもしれない。