東大医学部志望に異変? 「最強進学校」灘高のキャリア志向が多様化 2021/11/07 11:00 NIKKEI STYLE https://t.co/NKS2HjuBiw
— Naoya Sano (@109Yoroshiku) November 7, 2021
理系人材の憧れの職業である医師。今や医学部は成績優秀な高校生の間で最も人気のある学部だ。その頂点に君臨するのが東京大学医学部医学科に進学する理科3類。これまで合格者数でトップを走ったのは灘高校(神戸市)だったが、2021年の入試では2位に後退した。この小さな異変は何を意味するのか。
■理3合格は受験生の金メダル
「灘高の成績優秀者で、明確な興味・関心事のない生徒はとりあえず理3を目指すという雰囲気だった。本当に医者になりたいという人もいたけれど、どちらかと言えば、腕試しという側面が大きかったと思う」。14年に灘高を卒業し、東大を蹴って米マサチューセッツ工科大学(MIT)に進学した起業家の前田智大さんは話す。
「とりあえず理3」とは驚きだが、ライバル校の開成高校(東京・荒川)で前校長だった柳沢幸雄氏も「理3合格は受験生にとっては勲章のようなものだ」と語る。大学入試を五輪に例えるなら、金メダルのような存在なのだろう。
確かに理3は狭き門だ。東大に毎年3000人余りの学生が入学するが、理3の枠は100人程度。入試では理科1類や同2類の合格者の最低得点率が55~60%であるの対し、理3は70%前後と断トツだ。
灘高はこれまで、理3合格でトップを走ってきた。13年には27人が合格、実に4人に1人が灘高卒とメディアでも話題になった。「関西弁でワイワイやっている男子学生はみんな灘高出身者。メガ勢力だ」(桜蔭高校出身の東大医学部生)といわれるほど。その後も20人以上の合格者を出したが、20年は14人にとどまった。21年には12人となり、ついに筑波大学付属駒場高校の14人を下回った。ちなみに40年連続の東大合格者数トップを誇る開成高は10人だ。
東大合格者数ランキング(21年まで5年間の平均合格者数)でみると、開成、筑駒、灘の順番だ。しかし、理3合格者数は灘高がトップだったため、「真の日本最強の進学校は灘」という声もある。
かつての灘高は東大志向が極めて強かったが、1990年代以降に医学部シフトが進んだ。この結果、1学年の定員220人の約8割が理系に進む。2021年までの5年間の灘高の東大平均合格者数は全国3位の87.2人。1980年代の10年間平均は同2位の123.9人だったので、明らかに東大合格者数は下がっている。
■灘高生の合言葉「目標は理3、京医」
しかし、国公立大学医学部のランキングを見ると、2021年まで5年間の平均合格者数は灘高が同2位の80.0人。実にこの半数が東大の理3と京都大学医学部医学科、大阪大学医学部医学科で、いずれも理1、理2の平均偏差値を上回る難関だ。「目標は理3、京医」は灘高生の合言葉になっている。東大志向という以上に、有名国立大の医学部志向というわけだ。
20年以降、理3の合格者数が減少した理由について、灘高の和田孫博校長は「たまたま、その学年の医学部志望者が少なかっただけではないか。21年は珍しく文系が増えた。灘は親御さんが医師という生徒が少なくない。理3志望がどうなるか分からないが、医学部志望者が多いのはあまり変わらないと思う」という。
しかし、東大受験指導専門の進学塾「鉄緑会」の冨田賢太郎会長は「灘だけではないけれど、トップの進学校の生徒で国際数学オリンピックなどで活躍して理3に受かる実力があるのに、あえて理1を志望する生徒が徐々に増えている」と指摘する。
鉄緑会の拠点があるのは東京と関西の2地域だけだが、理3合格者の5割強はこの塾の出身者だ。冨田会長も理3出身だが、東京校の大半の講師も現役の理3・医学部の学生。灘や開成、筑駒、桜蔭など成績上位層の多くが入塾しており、トップ進学の生徒の志望動向はつぶさに分かる。
「灘の生徒は面白そうやという感覚で志望校を決めるタイプが多い。半面、現実主義だし、未来を読み取る力にもたけている。将来は医師も余る時代が来ると言われる。医師以外にもっと面白い世界があると考える生徒が増えているのでは」と冨田会長は語る。鉄緑会からの理3合格者の割合は17年には6割を超えたものの、若干下がったのは理3志望に異変が起きているからかもしれない。
■40年までに医師過剰時代も
少子高齢化による人口減で、厚生労働省などでは40年までに医師過剰時代が来ると指摘する声が出ている。しかも人工知能(AI)の技術により、診断技術が革新的に向上したり、オンライン診療の普及で医療の効率化が進んだりすれば、医師のニーズが大幅に下がる可能性もある。医師になれば、高収入で社会的な地位もあり、一生安泰という神話が崩れるかもしれない。かなり遠い未来のようだが、現在の高校生であれば、働き盛りの30代に40年を迎えることになる。
AI、ロボティクス、宇宙工学――。イノベーション(技術革新)が次々と起こる変革の時代の中、灘高などトップ進学校の生徒の志向も変わっているようだ。灘高OBの前田さんは「これまでは塾や保護者の影響で、成績優秀者は理3を目指すという考えになりやすかったが、今は医師以外の選択肢もあるという情報に触れやすくなっている。医師以外にも格好いい成功の道があると考える高校生が増えているのではないかと思う」と話す。
灘高にもグローバル化が浸透してきている© NIKKEI STYLE 灘高にもグローバル化が浸透してきている
灘高の「神童」たちにもグローバル化、そして多様化が浸透してきている。デジタル作品のアート化を手掛けるアマトリウムの丹原健翔社長は「灘時代は興味の赴くまま10ぐらいの部活を経験した。理3を目指して必死に勉強する生徒が多いが、自分は違うな」と灘高卒業後に米ハーバード大学に進学した。心理学を学び、17年に同社を起業。最近は灘出身の若手起業家も目立つようになってきた。
「日本の理系人材の医学部偏重は異常。欧米や中国との技術競争で遅れている一因だ」(ある東大大学院教授)と嘆く研究者は少なくない。トップ進学校の神童が目指すキャリアの多様化が進めば、日本のテクノロジーの未来はもう少し明るくなるかもしれない。
(代慶達也)