ひとりよがり。

日々のことや思い出などを書きます。
個人的な覚え書き、日記のようなブログです。

4本のカセットテープと陽水のこと。

2022-09-11 16:38:00 | 音楽
中学生の頃、
その当時大学生だった母のいとこからもらった4本のカセットテープが
はじまりでした。

*五つの赤い風船(遠い世界に、血まみれの鳩が入っていました)

*五輪真弓(たぶんデビューアルバム)

*ガロ(学生街の喫茶店が入っていたアルバム)

*井上陽水(たしか氷の世界)

その4本のテープは
本当によく聴きました。

なのに私はその母のいとことは
一言も話しをしませんでした。
極度の人見知りでしたので。

そのテープの中で
もっとものめり込んだのは
井上陽水でした。

10代はじめの私には
陽水と拓郎は
20代後半の大人、
泉谷しげるさんは40代
小室等さん、なぎらけんいちさん
かまやつひろしさんは50代、
岡林信康さんは60代の大人だと
思っていました。

あの頃は
音楽にとても助けられました。

そして
あの当時聴いた陽水は
私にとって「母乳」だったと思っています。

だから
今、レコードで聴くことができなくても
ネットで聴くことができて
とても
うれしいです。

見出しの写真は
陽水の文字を真似て
「井上陽水全曲集」の裏表紙に書いた
「カンドレ マンドレ」の詞です。
(残念ながら曲は覚えていません)







岬を歩く。

2022-09-10 13:58:00 | カヤック
N浜に着いたとき
堤防に10人くらいの人がいるのが見えて、
狭い場所にそんなに人が集まるのを
めったに見ないので
何かハプニングがあったのかも、と思い、
しばらく様子を見ていました。
でも
特に慌てる様子でもなく、
釣り人のグループだったようです。

その他に
モーターバイクが一台、堤防の近くをゆっくり走っていました。

砂浜には
5艇のカヤックが置いてありました。

予想した通り、
N浜は北風の影響もなく、
静かで穏やかで水も透明でした。
下の写真です。




それなのに
いつもと違う様子に
すっかり、気持ちが萎えてしまいました。

浜にいつもより人がいたとか、
水上バイクやカヤックがあったとしても
私は私で
カヤックを組み立て、海に出れば良いのに、、
残念な選択だなぁ、と思いながらも、
気持ちが落ちたなら、
素直にやめて良いという思いもあり、
結局はやめました。

本来ならば
岬のO浜に上陸して食べる予定だった朝ごはんを
K浜まで車で移動して
海からの北風を感じながら
K浜で食べました。

K浜はK浜で
サップの人たちが、
数人来ていました。
こんなに風があるのに
大丈夫なのかな、でも
海からの風だから
沖に流されることはないんだなぁ、、
なんて思いながら。

朝ご飯を食べてから
岬の駐車場まで行き、車を停めて
散策しました。

下の写真は
カヤックで行くときの
私の最も難関な場所です。
予想通り、
風の影響で波がありました。
それにしても
こんなに岩があったかな、、、
何回もこの場所を漕いでいるはずなのに、
まるで初めての場所みたいに
新鮮な風景でした。


何回漕いでも
まだ岬の地形をしっかり把握しきれていない。

下の写真は
Ma島です。


Ma島は
力強く良く練られた粘土で
熟練した職人さんが
上手くひねりもいれて作った形みたいでとても好き。

カヤックは漕げなかったけれど
久しぶりに岬を歩き、
有意義でした。


















今日のことと明日のこと。

2022-09-09 18:26:00 | カヤック
今日は朝から
家にひとりでしたので
大いに動きました。

西側の廊下に置いてあった
古いタンスを
廃材をかませて
転がすようにして
運び出し、
頑張って車に乗せて
クリーンセンターへ持って行きました。
156円でした。


そして
家にあった
不用品をリサイクルのお店へ持って行きました。
193円で売れました。

それで
お疲れさまのご褒美として
160円とクリームパンを買いました。

道中、
久しぶりに海を見に行きました。
今日は北風だから
K浜は
少し波があり、
岬の向こう側のN浜は
静かでした。

明日も北寄りの風の予報だけれど、
今日よりは強くなる予報です。

明日は岬を越えずに
風の影響がないN浜だったら
漕げるかな、ということで
家に帰ってから
一応、
カヤックを車に積みました。


写真は
車の窓に映る
夕日です。

下は明日の予報です。










二色の独楽の頃のこと

2022-09-08 20:45:00 | 音楽
陽水の二色の独楽の頃
私は13歳だった。
だから
そのアルバムの発売記念の雑誌みたいな本に
悠木千帆さん(樹木希林さん)との対談や
アメリカでのレコーディングの様子の記事が載っていても
全く興味がなかった。
私には陽水の曲だけがあればよかった。
けれど
詞と楽譜は欲しかったのだと思う。
ギターは弾けないのに。

今頃になって
その記事を読もうとしたけれど、
やっぱり
あまり興味が持てないのは
活字が苦手のせいなのかな、、

そういえば
山崎ハコの最初の頃のエッセイ集も
読まなかった。
山崎ハコも私には
曲だけあればよかった。
それだけで
熱くしあわせだった。
私には活字が入ってこない。

陽水特集のその雑誌に
拓郎のアルバムの歌詞カードが挟まっていた。
懐かしい。






松の枝のこと。

2022-09-05 11:36:00 | お守り
見出しの写真は
松の枝です。

40年前、
平塚の職場近くの公園で拾いました。
その公園には
5本くらいの松があり、
幹は太くて
曲がりくねっていて
私は出社前に必ず寄って
松を眺めたりしていました。

その日は
台風の後か何かで
松の枝がいくつか落ちていたのです。

それで
私は1本拾いました。
お守りとして。

私は
その松の枝を
たいそう大切にして
お布団も作りました。

あまり居心地の良いとは言えない
勤めで
苦しい2年間でしたが、
公園の松とお守りの松と伊豆の松のおかげで
無事に過ごすことができました。


大事にしていたもの、
気持ちを含んだものは
自分の意思がはっきりしているうちに
処分した方がいいな、と思うので
お守りの役目を充分果たしてくれた
松の枝は
焚き火で燃やそうと思います。

それに
私が死んでから
娘や息子が
この松の枝を見て
カッパか何かのひしゃげた手だと
思って
びっくりしてしまうと困るので。



松の流木の思い出。 - ひとりよがり。

松の流木の思い出。 - ひとりよがり。

その松の流木は伊豆高原の駅から海の方へ下った小さな港のそばのゴロタの浜に打ち上げられていた。どうしてその流木が松だとわかったのかは根元に松の木肌が残っていたから...

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