シネマ見どころ

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「落下の解剖学」(2023年 フランス映画)

2024年05月08日 | 映画の感想・批評
フランスのグルノーブルの山深い山荘の一軒家に、人気小説家の妻サンドラと家事を担当する元教師の夫サミュエル、幼いころの事故で視覚障害を負っている息子ダニエルと介助犬のスヌープの一家が住んでいる。夫はフランス人、妻はドイツ人、日常会話は英語。
ある日、妻が学生の論文取材を受けていると、階上の夫が不協和音の音楽を大音量で流し、妨害してくる。妻は学生を帰し、息子には散歩に行くように促す。
息子が愛犬と散歩から帰ってくると、家の外で倒れている父親を「発見!」犬が異常に気付き、吠えた事で息子のダニエルはことを理解する。その時、家の中には母サンドラだけ。
サンドラは古い友人の弁護士に連絡して、状況を説明する。「私は学生を見送った後、耳栓をして昼寝をしていたから、夫が転落する物音も聞いていないのよ」
夫はベランダから誤って転落した事故なのか、自殺なのか、それとも妻が突き落として殺したのか。

一瞬寝落ちしたからか、いきなり裁判が始まっていたのだが・・・・・。
フランスの裁判なので当然フランス語を強要される。それだけでも強い圧迫感を強いられる被告席のサンドラ。
物証がほとんどない、状況証拠ばかり。夫が残した夫婦げんかの音声などによって、仲良く見えていた夫婦の実像が次々と暴かれていく。小説家として成功した妻と比べて、事故で視覚障害を息子に与えてしまった夫の無念さや挫折が浮き出てくる。
「推定有罪」か「推定無罪」か。検事の強引さがきわだつ。
対する弁護士ヴィンセントの冷静沈着さと、美しさ!(彼はしんどいお話の中での眼福シーン。)
裁判所の様子が面白い。法服を着用している。検事は赤、弁護士は白。判事は忘れた。ちょうど今、朝ドラの「虎に翼」で戦前日本の法廷シーンが描かれていて、そこでも検事と弁護士の法服の色が同じなのが面白く思えた。日本の法服には色は少々入るだけだが、フランスの検事の法廷服はまるでサンタクロース!
戦前の日本では検事の席が判事と同列の高い位置にあったことが驚きだった。現代フランスでは、現代の日本と同様に弁護士と向かい合わせなのだが、その席がはるかに高い位置にある。被告人や証人、傍聴者を見下ろす形になっている。記憶違いかもしれないが、判事や裁判員たちよりもひときわ高く見えた。

裁判は結局、息子の証言により無罪となるのだが、その過程で息子の気持ちの揺れ動くさまは痛々しい。愛犬を使って実証実験までやってみる。
判決が出ても、「なんの報奨もないわ」とつぶやくサンドラ。ずっと寄り添ってきた弁護士ヴィンセントの表情がうすく変わる。
やっと無罪になったのに、母は息子のもとに跳んで帰る気はないのか!息子の証言のおかげで解放されたというのに!
息子をハグしていても、母の手はだらり。ぎゅっと抱きしめるのは息子の方。サンドラは自分の事しか愛していないのか。
真相は一体何だったのだろう。かつて見た「レボリューショナルロード」や「ゴーンガール」を思い起こしながら、夫婦の本当は結局は本人たちにしかわからない。いや、そうだろうか。我が夫婦はどうなんだろう。
恐ろしい・・・・ヒリヒリしながら観ました。

「名脇役賞をワンちゃんにあげたい!」
と思ったら、カンヌ国際映画祭のパルムドッグ賞をもらっているらしい。
アスピリンを大量に飲まされて瀕死の目、よく演技したものです。ラストシーンでは息子のダニエルでなく、サンドラに寄り添っているのが印象的。脇役でなく、主演かもしれない。
ちなみに、作品はもちろん、パルムドール受賞!そしてアメリカのアカデミー賞で脚本賞。

ところで一言、言いたい。あれほどアルコールを飲んでアルプスの山道をドライブしても大丈夫なの?飲酒運転は許されるの?突っ込むのはそこかいな(笑)
(アロママ)

原題:ANATOMIE D'UNE CHUTE  ANATOMY OF A FALL
監督:ジュスティーヌ・トリエ
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
撮影:シモン・ボフィス
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、サミュエル・タイス