ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

神童たちの名人戦

2024-05-30 13:29:07 | 

先日行われた名人戦第5局

穴熊の堅陣を築き、藤井の眼が豊島の玉を捉える

藤井の表情は危機迫っていた

そして豊島は右手を差し出し、名人戦は終わった

 

藤井の4勝1敗

内容はお互いに満足のいくものでなかったに違いない

藤井は以前ほど終盤が見えていないようだ

豊島は負けが混むようになった

もがく神童たち

 

豊島は史上最年少でプロ養成機関の奨励会入り

藤井は史上最年少プロ棋士

ところが、ここからの歩みは違った

プロデビュー戦から29連勝

最年少タイトル

最年少名人

そして、21才にして全冠制覇

天才棋士のその上に君臨する藤井

 

対して豊島は20才でタイトル挑戦までは大棋士のレールに乗っていた

しかし、挑戦は失敗が続いた

「10で神童、15で天才、20過ぎれば」の括りに収まりつつあった

 

豊島の執念が実ったのは20代後半だった

棋聖戦で羽生を破り、初タイトルを獲得

進撃は続き、史上4人目の竜王・名人に

将棋界の第一人者となったのだ

しかし、これから豊島の時代になるとの声は少なかった

彼の背には大きな足音が鳴り響いていた

怪童、藤井聡太の足音が

 

将棋から離れれば

二人は穏やかな青年だ

しかし、譲れないものが盤上の奥深くにある

想像し得ない誇りの高さが激しく内包されている

だから豊島はいずれ復活する

そして藤井には負けられない戦いが明日に迫る

新たなライバルを前にして

眼光鋭く盤上を睨む藤井の姿が目に浮かぶ

 

 

 

 

 

 

 

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片隅のユミ

2024-05-09 12:11:56 | 

ユミはいつものように

教室の机にもたれ掛かって眠っている

教師が二度ほど机を叩いた

目を覚ます気配はない

教師は舌打ちして通りすぎた

 

ユミ、パパは仕事で帰りが遅くなるから

ママのこと、よろしくね

学校が終わったら真っ直ぐ帰ってな

出来る限りでいいから

父はありがちな笑みを浮かべ、玄関を出た

 

学校から自宅に戻ると

ユミは母と共に過ごす

夕食を作り

入浴を介助し

夜中は肩を貸し、トイレに連れていく

 

憧れていた男子生徒からの誘いも、断り続けた

終いには「そんなに俺が嫌いか」と捨て台詞を吐かれた

彼のせっかちな背中を

見詰めるユミの目から涙が溢れ

やがて頬を伝った

 

ユミはいつものように

教室の机にもたれ掛かって眠っている

髪が羽根のように拡がっていた

それは深い眠りだった

もう目を覚ます必要はない

ユミは夢の中で誓った

 

 

 

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春の色

2024-04-25 12:50:43 | 

空はぼんやりと青く

目に鮮やかな新緑が飛び込む

遠くから聞こえるチャイムの音色

人の服も明るくなった

 

新しい環境に戸惑いの色

時折、頭が真っ白になるほどに

そのよちよち歩きの教育に疲労の色

 

春が色を生むのか

色が春を生むのか

そして春が熟成されれば

色は夏へ向かい走り出す

 

 

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賛歌

2024-04-11 11:51:18 | 

まだ辛うじて見頃を保っているだろうか

いまにも宙に舞い

ひらひらと地に落ちそうな花びらを眺め

僕は遠い昔を思い出していた

 

大学の入学式を終え

ぐったりした体でふらふらと歩きながら

いつまで学生でいられるだろうと考えていた

 

長くても卒業までは持たない

千鳥ヶ淵の桜は満開だった

絶望と悲壮の心で見つめたあの桜が

これ迄で最も美しかったような気がする

大学生活は二年続いたが

卒業は遥か彼方だった

 

以後は転々と生きて長くなった

最近は「お前、凄いよ。よく頑張ってきたな」と

稀に自身の内側が誉めてくれる

あなたも人知れず

重たい運命を背負ってきたならば

人知れず苦悩に日々を奪われてきたのなら

「よく生きてきた」と讃えて欲しい

 

 

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不可抗力

2024-03-27 11:46:47 | 

桜の開花は寒の戻りで遅々として進まない

「全然、咲いてないな」

若い声が通りすぎていく

青春は振り返るために存在することを

只中の人々は知らない

 

この世界はなるようにしかならない

この人生もなるようにしかならない

諦観はずっしりとした絶望と

掴みどころのない安堵が混じり合う

蒸し暑い部屋で冷たい汗を流したり

弱者であることを滲ませる強がりを口にしたり

大いなる鳥かごの中で小さく夢を見たり

そして、ついには行き着くところに行き着くのだ

 

只中にある人よ

これから花が咲き

暖かくなり

日も長くなり

どこまでも長くなり

いつしか闇は消えて

光に満ちた世界が完成されるね

 

目に鮮やかな青天井の下

足どり軽やかに美しく走れ

青春が振り返るために存在することを知る

その日までは

 

 

 

 

 

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喝采を浴びるために彼女は

2024-03-25 11:53:37 | 

すらりとした長身

端正な顔立ち

パリオリンピックの代表選考会

女子200メートル決勝

第4レーンに大橋悠依の姿はあった

 

彼女は東京五輪の個人メドレー200・400mの金メダリストである

しかし、この選考会で女王は窮地に立たされていた

400mは4位で代表を逃した

10才程も若い力に屈したのだ

「200で代表になれなければ多分やめる」

偽りのない本音だろう

もはや彼女に後はなかった

 

このレースに全てをかけた気迫に

持ち前の美しさを加えた泳ぎ

背泳ぎ、バタフライ、平泳ぎをこなし、トップに立った

残り50メートル、自由形の勝負

大橋は若手の追随を許さなかった

体半分のリードを保ち、逃げ切った

 

しかし、これでオリンピックの切符が手に入った訳ではない

設定タイムを上回らない限り、代表落選となるのだ

大橋は電光掲示板を見上げた

少しして彼女は安堵の混じった笑顔を見せた

記録は設定タイムを大きく上回っていた

 

東京五輪で金メダリストになり、モチベーションの維持に苦しんだ

しかし、まだひとつだけ手に入れていないものがあった

東京はコロナ渦で無観客だった

次のオリンピックでは満員の観衆の前で泳げるのだ

彼女は喝采を浴びるためにパリへ行く

 

 

 

 

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明日の空はきっと青い

2024-03-12 10:52:12 | 

今にも雨が降りだしそうな

分厚い雲に覆われている

気象予報士によれば

先行きの天気は思わしくないらしい

路上には紙くずの日々たちが散らばっている

清掃ボランティアが巨大な袋に詰め込むが

紙くずの広がりの速さに追い付けそうにない

 

ヒトが水やタンパク質で出来ているなら

明日は何で成り立つのか

不確定なイレギュラーバウンドに

膨らむ不安と微かな期待

またその逆もあるのだろう

いずれにせよ不安は勝手に浮かび上がる

そのため生きていくには

期待をこしらえる事に力を尽くすしかない

 

声に出して叫ぶ自信など毛頭ない

だからせめて心で呟くのだ

「明日の空はきっと青い」と

 

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心の杖

2024-03-01 10:39:43 | 

冬を残しながら春へ変わる通り道は夕暮れ

疲れた大人たちの背中は、あの頃に戻りたいと呟く

思い出は醜いものをどこかへ捨て

美しいものだけを残していく

明日になれば、その美貌にさらなる磨きがかかるだろう

 

子供たちはよく笑う

何が楽しいのか笑いが絶えない

社会に染まるほどそれを忘れ

愛想笑いさえぎこちない

笑い方が下手になっていく

生き方が下手になっていく

 

だから思い出にすがるのだ

それは心が倒れそうな時

杖となって支えてくれる

どしゃ降りの中、傘も差さずにはしゃいでいたあの頃の記憶が

セピアの光を帯びた杖となって

 

 

 

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制服の終わり

2024-02-13 13:29:42 | 

窓の外の北風のように

大きな音を立てるでもなく

砂埃を舞わせることはないが

時の風は静かに

しかし、確実で誠実な力で

人をさらっていく

 

君も例外ではない

この教室にとどまることは出来ない

右手の指先を見つめる仕草も

その指先で柔らかく髪を撫でる仕草も

華やいだ笑顔も

まっすぐ肌を滑る涙も

何もかも

あと一月経てば

もう制服では似合わない

 

君もそれを知っているから

二度と着ることはないだろう

君が制服から離れていく

制服が君から離れていく

 

 

 

 

 

 

 

 

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悪夢を見た部屋

2024-02-06 11:41:15 | 

陽の時計が東を指した頃

私は突然、悪夢にうなされた

そして、この夢が長編になることを悟った

早朝特有の眩しさを強く憎んだ

 

陽の針が頂点に達した頃だった

私は病院へ行き、悪夢の緩和を求めた

処方された薬を毎日飲み続けたが

それでも止むことのない悪夢

うなされて目が覚めた

私は慌てて上体を起こし、眼を見開く

しばらくして気分がずしりと重くなった

陽は大きく傾き

部屋は薄暗くなっている

 

私はただ人並みの夢が見たかっただけ

子供の教育の方針を巡って妻と言い争うような

そうした夢が見たかっただけなのだ

 

 

 

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