第六回 悪徳医者(6)
15. 長屋(留蔵の家・中)・昼
忍耐強い留蔵だが、流石に、うだる暑気には勝てず、昼寝している。
褌一丁の姿。開けっ放しの木戸からは蝉時雨が降る。だが、清涼な
風は流れていない。
留蔵 「今年は暑いや…」
とだけ、ひと言、吐いて寝返りを打ち、団扇(うちわ)で扇ぐ留蔵。
そこへ、仙二郎が戸口より、ひょっこり現れる。
仙二郎「ふう~、かなわねぇかなわねぇ。こう暑くっちゃ、日干しに
なっちまわぁ(胸元を手拭で拭き)」
急に現れた仙二郎に一瞬、驚いて半身を起こす留蔵。
留蔵 「なんでぇ…十手か」
と、ふたたび横になり団扇(うちわ)を扇ぐ留蔵。
仙二郎「偉(えれ)ぇ御挨拶だな(小笑いし)」
留蔵 「久しぶりだが、また手筈けぇ?」
仙二郎「いやな、そういう訳でもねえんだが、そうなるかも知れねえっ
て話よ…」
留蔵 「なんでぇ、そりゃぁ。回り諄(くど)くって、いけねえや(小笑いし)」
仙二郎「はは…。まあ、そうなりゃ、お蔦に言(こと)づけるが、今日は
な、日差しを避けてぇから寄った迄よ」
留蔵 「そうけぇ…。何もねえが、ゆっくりしてってくんな」
仙二郎「ああ…有り難(がと)よ」
留蔵 「まあ、白湯(さゆ)ぐれぇは出すか(立ち上がり)」
仙二郎「すまねえが、水でいい…」
留蔵 「腹、壊すぜ」
仙二郎「はは…そんな、やわな腹じゃねえや」
留蔵 「ちょいと訊くんだがよぉ(茶碗を持ち水瓶へと近づき)、流行
り病(やまい)のこたぁ何か分かったかい? 幸い、この近辺
じゃ、まだ出てねえんだがよ。又吉が幻斎先生と走り回って
るようだぜ」
仙二郎「又吉が?」
留蔵 「そうよ。あっしなんかより、あいつの方が詳しいだろう」
仙二郎「そうか…、又吉がな」
留蔵が差し出した茶碗の水を一気に飲み干す仙二郎。
仙二郎「それじゃ、またな…」
と、ひと言、残して戸口を出る。
16. 又吉の長屋前・夕刻
又吉、屋台で出る前の下準備をしている。いつものように井戸の釣
瓶で水を汲む。木桶に水を入れた時、薄白く濁った水を見て、異変
に気づく又吉。
又吉 「妙だな? 水が濁ってやがらぁ…。まてよ、…こりゃ幻斎先生
に知らせねえとな。こうしちゃいられねえ(慌てて走り出す)」