あんたはすごい! 水本爽涼
第ニ百七十八回
「あっ! どうも…。それで、沼澤さんは最近、一度も寄られてないんですか?」
「それそれ! 私も早希ちゃんも少し気味悪いしね。どうしようって云ってたとこなのよお~」
「沼澤さんって、一人暮らしでしたっけ?」
「分かんないわ。霊術師たる所以(ゆえん)ね。それに私、一度も行ったことないから…。なにせ、連絡は電話だけだったからさあ…」
「妙に気になりますねえ。…そういや、店で最後にお会いした夜、『皆さん、お元気で!』って云ってらしたですねえ。それが少し気がかりです」
「まさか、最近さ、巷(ちまた)で流れてる独居老人の孤独死、ってんじゃないでしょうね」
「いやあ…それはないと思いますが、何かに思いつめて自殺、なんてえのは強(あなが)ち、否定できませんよ…」
「ちょっとした、サスペンスじゃない?」
「いや、ちょっとしたスリラーでしょ、この場合」
二人は大笑いした。まあ、笑えるような不確実な世間話だからいいんだが…と思えた。その後、しばらく話し、最後に早希ちゃんと二人で是非、霞ヶ関へ遊びに来てくれるよう招待して電話を切った。十一時中ば頃の深夜だったが、寝酒の酔いも去り、妙に頭が冴えて寝つけなかった。私はベッドを離れ、テーブルに置いたブランデーをもう一杯、喉へと注ぎ込んだ。
━ 初恋 ━ 水本爽涼
キャスト表による(別添) ○ 秋の信州連峰 遠景 青空にぽっかりと浮かんだ白い雲。その下に連な ○ リンゴ畑 細道 格子模様の着物に袴姿の老人が杖をついて歩いて ○ 秋の信州連峰とリンゴ畑 老人。青い空。樹にたわわと身をつけたりんごの ○ リンゴ畑 細道 ふと、我に帰った老人、手拭いを袴の腰に挟むと、 ○ 秋の信州連峰とリンゴ畑 青い空。樹にたわわと身をつけたりんごの実。下 青い空。樹にたわわと身をつけたりんごの実。下 青年M「まだ上げそめし前髪の 白きやさしき手をのべて わがこころなきためいきの 林檎畠の樹の下に ○ メインタイトル「初恋」 ○ 旧制中学校 校舎 遠景 昼 ○ 同 教室内 昼 授業風景。
登場人物
る信州の連峰。小鳥のさえずり。
いる。一瞬、佇んで信州の連峰を懐かしんで見る。
腰に下げた手拭いを引き抜くと、うっすら滲んだ
額の汗を拭き取る。また、懐かしんで信州の連峰
を見渡す老人。
実。
何事もなかったかのように、ふたたび歩き始める。
の小道を歩く老人のゆったり歩む姿。また、何を
思ったか、歩みを止める老人。懐かしく辺りの樹
々を見る老人。
樹にたわわと身をつけたりんごの実。
O.L
樹にたわわと身をつけたりんごの実。
T「六十年前」
の小道を歩く青年の歩む姿。音楽が流れる。その
背景の中を「初恋」の詩が字幕で下から上へと流
れては消え去る。
林檎のもとにみえしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思いけり
りんごをわれにあたへ(え)しは
薄紅の秋の実に
ひと恋初(そ)めしはじめなり
その髪の毛にかかるとき
楽しき恋の盃を
君が情けに酌みしかな
おのずからなる細道は
誰(た)が踏み初(そ)めしかたみぞと
問ひ(い)たまうこそこひ(い)しけれ」
パパ … 30代 キャスト表による
ママ … 20代 キャスト表による
娘 … 小学生 キャスト表による
○ 浴室 前廊下 夕方
娘がやってくる。
娘「パパッ! 早く上がってね!(内に向けて)」
○ 同 中 夕方
浴槽に浸かるパパ。
パパ「んっ? ああ!(外に向けて) …」
パパM「くつろげんな…」
白い湯けむり。
○ メインタイトル「くつろげる場所」
○ 台所 食事風景 夜
家族三人が食事をしている。娘、食事を終え、食器
を持って立ち、洗面台へと歩く。
パパ「おおっ! 感心だな(食べながら娘の方を向き)」
娘「だって、これしないとママがお小遣い上げてく
れないもん!(食器を洗いながら、淡白に)」
パパ「…」
ママ「…、早く寝なさい(取り繕うように)」
娘「はぁ~い(上辺だけ返して)」
洗い終わった娘、台所の二階への階段を登り始める。
台所の側壁にかけられた時計が七時頃を指してい
る。パパが食べ終え、立つとそのまま去ろうとする。
ママ「パパッ!!(強く)」
パパに一瞬、目線を遣るママ。振り向くパパ。合う目
線と目線。ママの目線がパパの食器に落ち、ふたた
びパパを威圧ぎみに見る。
ママ「…」
パパ「はい…(抵抗できず)」
後戻りし、食器を洗面台へと運ぶパパ。
○ 同 洗面台 夜
パパM「ここも、だめか…(食器を洗いながら)」
○ 日の出と家の外景 朝
小鳥のさえずり。地平線から昇る朝日
○ トイレ 前廊下 朝
娘がパパが出るのを忙しく待っている。
娘「パパ、遅刻するから早く出てよっ!(内に向け
て)」
○ 同 中 朝
便座に腰を下ろしたパパ。
パパ「んっ? ああ…(外に向けて)」
パパM「やはり、だめか。くつろげる場がない…(テ
ンションを下げて)」
○エンド・ロール
スタッフ、出演者等
T「おわり」
━ 困った人 ━ 水本爽涼 老 人 A … キャスト表による ○ とある喫茶店内 近景 昼 ご近所の茶飲み仲間、老人AとBがボックス席に腰 老人A「それは悪いでしょう!(声高に否定して)」 ○ 同 喫茶店内 遠景 昼 二人が話す遠景。 N 「この二人、いつも極上のスイーツを目当てにこ ○ メインタイトル「困った人」 ○ 同 喫茶店内 近景 昼 二人が話す近景。 老人A「だって、スイーツですよ?(腑に落ちず訊き)」 至極、当然といった態度のA。盆上にサービスのスイ 店 主「えらく盛り上がってますなあ、おふた方(盆か Aは申し訳なさそうに、ただ黙って恐縮し、頷くだ 老人B「おお、そうですか。そりゃ、よかった! 話は変 スタッフ、出演者等 T「おわり」
登場人物
老 人 B … キャスト表による
喫茶店主 … キャスト表による
N … 男声、女声、どちらでもよい
を下ろし、コーヒーを飲みながら対面で話している
近景。
老人B「いえ、そんなことないです(納得させるように)」
老人A「そうですかねえ?(窺うように)」
老人B「ええ、そんなものは当然のサービスですから…」
云い返せず、黙り込むA。テーブル上のコーヒーカ
ップを手に持ち、啜り始めるしたり顔のB。
の店へ来ては食べて帰っていく常連客である」
老人B「ええ、そうですよ。ただのスイーツです」
老人A「いつもは悪いですよ、ご主人に…」
老人B「いやあ、ご主人は納得されとるんですから…」
ーツを乗せて現れる、二人と同年配の店主。
らスイーツ皿を二人の席に置きつつ微笑み)」
老人B「ああ、いつも、すいませんな(さも当然、と云わ
んばかりに)」
店 主「ははは…、お気にされず。お二人がみえられ
ると、なぜか心が安らぐんですな、これが不
思議と」
け。片や、Bは動じず、強気である。
わりますが、いつもいただくこのスイーツ、な
かなか美味いですな」
店 主「そうですか? そりゃ、よかった。お口に合っ
たようですな。まあ、たかだか数千円のもん
ですから…」
AとB「エエ~~ッ!(声を合わせて驚き)」
店 主「そんなに驚かれずとも…。代金はちゃんと、奥
様方から、いただいとりますから…(軽く嗤っ
て)」
AとB「エエ~~ッ!!(再度、声を合わせて驚き)」
○ エンド・ロール
頑強そうな浮浪者 … 中年男(キャスト表による)
セレブでひ弱そうな子 … 小学生(キャスト表による)
○ とある公園 昼下がり
枯れ葉が時折り舞い落ちる。ベンチにうらぶれたボロ着
を纏い、座っている頑強そうな浮浪者の男。木漏れ日が
暖かく男に降り注いでいる。サッカーボールを一人で蹴
り、無心に遊ぶ蝶ネクタイをしたセレブな身なりの小学
生。そのひ弱そうな小学生を、ただじっと遠目に見続け
る男。
○ 青空と秋の雲 昼下がり
太陽がクロス光線(カメラ・フィルター効果)を描いて青
空に輝いている。
○ メインタイトル 「あわてなさんな」
○ 同 公園 昼下がり
小学生の何げなく蹴ったボールが男のベンチまで転が
ってくる。拾って軽く手で返す男。転がって小学生の足
元へ戻るボール。
小学生「おじさん、ありがとう(笑顔で元気に)」
男 「ああ…(少し照れて)」
何回か軽く蹴って、ボールを止める小学生。男の方を
振り向く小学生。
小学生「おじさん、この辺りじゃ見かけない人だよね?」
男 「ああ、そうだな。…坊主、それが、どうかしたか?」
小学生「ママがね、余り見ず知らずの人と話しちゃ駄目
だって云ったんだけど…」
男 「なら、話さなきゃいいだろ」
小学生「…そうだけどさ。おじさんの服がさ、珍しいから
…(小さく笑い)。そんなの見たことないもん」
男 「おお、そうか…。どうだ、なかなか、いいだろうが
(自慢げに)」
小学生「んっ! すっごく格好いい。え~とね、ちょっと待
って…」
ポケットに手を突っ込み、デジカメをとり出す小学生。
小学生「おじさん、撮っていい?(カメラを手で男に示し)」
男 「ああ、いいぜ、坊主…」
小学生、デジカメのシャッターを幾度となく切る。撮り終
えてポケットへカメラを納める小学生。反対側のポケット
から帯封付きの百万円の札束をとり出す小学生。男に
歩いて近づく小学生。
小学生「これね…。少ないけど、ほんのお礼」
札束を男の目の前へ差し出す小学生。眼前の札束に、
少しとり乱す男。だが、すぐ威厳をとり戻す男。
男 「ぼ、坊主…。じゃねえや、坊ちゃん。それは、い
けねえぜ(拒んで)」
小学生「そうなの? 多い?(分からず)」
男 「多いの、なんのって…(呆れて)。坊ちゃん、人生
は長いんだぜ(云い聞かせるよに)、そうあわてな
さんな。そんな大金を俺なんぞに…」
小学生「そうお? 今日のお小遣いの半分だけだよ?」
口をポカンと開け、唖然とする男。
小学生「おじさんって、からっきし、なんだね?」
返す言葉がない男。札束をポケットへ戻し、ボールの方
へと去る小学生、ふたたびボールを蹴り始める。ボー
ルを蹴って遊ぶ小学生を、ただじっと見続ける男。
男M 「あわて過ぎた…(威厳を失った声で)」
ボールを蹴って遊ぶ小学生を、ただじっと見続ける男。
○ エンドロール
出演者、スタッフなど。
T「おわり」
格好いい若者 男 … キャスト表による
格好いい若者 女 … キャスト表による
マッサージ師 男 … キャスト表による
マッサージ師 女 … キャスト表による
○ とある噴水前の待ち合いベンチ 夜
男がベンチに座っている。クリスマス・イブのBG
Mが、どこからともなく流れてくる。ビルの街頭に
設置された電光掲示板。そこに映し出された時報テ
ロップが8:10を示している。
○ メインタイトル「クリスマス・モドキ」
○ 同 待ち合いベンチ 夜
男「遅いな…(腕時計を見ながら)」
息を切らせて小走りに現れる女。ドラマの名シー
ンを彷彿とさせる二人。
女「… … 待ったぁ?(息を切らせて)」
男「いやあ、そうでもないさ…(わざと否定して)」
女「そう? …」
一瞬、流れる沈黙の時。ドラマの名シーンを彷彿
とさせる二人。
男「じゃあ、行こうか…」
ベンチから立ち上がる男。
女「…」
黙って頷き、立ち上がる女。
○ とある整体の専門店 外景 夜
○ 同 マッサージルーム 夜
二床の整体用ベッドが平行に並んでいる。その上に
男女がうつ伏せに寝てマッサージを受けている。男
には男のマッサージ師、女には女のマッサージ師が
担当している。先ほど流れていたクリスマスのBGM
が小さく聞こえている。
マッサージ師 男「イブにマッサージを受けられるカッ
プルは余りおられません(小笑いし
て揉みほぐしながら)」
男と女「…(返答できず)」
○エンド・ロール
キャスト、スタッフ等
T「おわり」
男 … キャスト表による
足の靴ダコ N… キャスト表による
○ リビングルーム 夜
バスローブを着た風呂上りの男が新聞を読みなが
ら長椅子に座っている。読み終えて何げなく新聞を
前のテーブルに置き、立ち上がる男。室内の小物
入れより爪切りを取り出し、ふたたび長椅子へ座る。
足裏を見る男。
○ 男の足裏
男の靴ダコができた足裏。靴ダコ(カメラアップ)。
○ メインタイトル「足の靴ダコ」
○ 同 夜
足の爪を切り始める男。一瞬、切る手を止め、足裏
の靴ダコを、ふたたびシゲシゲと見る男。
○ 男の足裏
靴ダコ(カメラアップ)。
男声「靴ダコも伸びるから不思議なんだよなあ~」
N 『そりゃ、わてかて伸びまっせ!』
○ 同 夜
ふたたび、足の爪を切る男。爪を切り終わって、立
ち上がり、小物入れよりハサミを取り出し、また
長椅子へ座る。靴ダコを切り始める男。
N 『そない荒けのう切ってもろたら痛いがな。優し
ゅう切ってや。…そうそう、ええ具合やがな。あ
んた、切るの上手いな』
聞こえない男、切り続ける。やがて切り終え、切っ
た爪と皮の始末を始める。手の平の上の切られ
た爪と皮。汚そうにテーブル上のティッシュに、く
るめる男。
N 『あんたのもんなんやさかい、そない汚ながらん
でも、ええがな』
聞こえない男、立ち上がって部屋隅の屑籠へ狙い
を定めて投げ入れる。スンナリと屑籠へ入るティ
ッシュ。
男 「うまいっ!(自己満足して微笑み)」
○ 同 屑籠 夜
屑籠の中。捨てられたティッシュ。
N 『あほらし! なにが、「うまいっ!」 や!!』
○ 同 夜
満足げな男。立って、爪切りとハサミを小物入れ
へ戻す。ふたたび、テーブル上の新聞を手にする
男。長椅子へ座り、新聞を読み始める男。
○エンド・ロール
キャスト、スタッフ等
T「おわり」
ユルキャラA … 男
ユルキャラB … 女
N …男声、女声、どちらでもよい
○ とある街の駅 出口 昼
駅構内付近の喧騒な人々の出入り。
○ 駅沿いに植えられた木々 遠景 昼
歩道に植えられた冬の木々。木枯らしが舞っている。
ほとんど枝葉を落とした木々。(流し撮り)
○ 同 近景 昼
背景の空は、どんより曇った鉛色。
○ 同 梢 昼
木々の梢。わずかに一枚残った枯れ葉が風に震える。
やがて、その一枚が梢から離れて道路下へと落ちて
いく。ゆっくりとスローモーションで落ちる枯れ葉。
ストップモーション。
○ メインタイトル「ユルキャラ」
○ 駅沿いに植えられた木々 梢 昼
スローに梢より幹へ、幹から歩道へ。(カメラのパン)
○ 同 梢下の歩道 昼
俯瞰。ユルキャラが、歳末大売り出しの街頭宣伝を
路上で繰り広げている。賑やかなパフォーマンス。
余り気に留めず行き交う通行人の群れ。
○ 空と街 昼から夜
どんより曇った鉛色の空から暗黒の空へ(時間経過)。
街頭の灯やネオンがカラフルに輝き始める。
○ 歩道 夜
パフォーマンスをやめる二人。まばらに行き交う通行
人の姿。
N「この二人、実は、太陽の三倍の質量をもつシリウス
系の異星人なのである(厳粛な声で)」
A「五時か。さっ! そろそろ終わろうや…」
B「そうね…」
A「六時からは人間だから忙しいよな」
B「ええ…」
撤収を始める二人。
N「皆さんには、二人が話した話の内容が理解できる
だろうか(厳粛な声で)」
○ ビル影の着替え部屋 夜
窓に外のネオン光が映る薄暗い部屋。ユルキャラか
ら抜け出る二人。やや疲れ気味の二人。椅子に座り
溜息をつく二人。
N「二人はこれから、人間を演じるのである。ネバネバ、
ネチネチとした人間を、である。二人が真の姿を取
り戻すのは、あけ方なのである。その時、二人は人
間の皮を脱ぐのである(厳粛な声で)」
○ 歩道 夜
まばらに行き交う通行人。
N「あっ! 勘違いしないでくださいね。ネバネバ、ネ
チネチと云ったって、そんなイヤラシイ意味じゃ
ありませんよ(明るく軽い声で少しニヤケぎみに)」
○ エンドロール
キャスト、スタッフなど
T「おわり」
タコ星人 … 異星人
会社員A … 先輩社員 男
会社員B … 新入社員 男
酒屋の主人 …男
○ とある街角 歩道 夜
薄暗い歩道。酒に酔った新年会帰りの会社員二人が
話しながら歩く歩道。ビルの隙間に潜み、二人の姿
を観察するタコ星人。ヨロめきながらも、少しずつ
タコ星人の方へ近づく二人。
○ メインタイトル「酔っぱらったタコ星人」
○ 同 歩道 夜
手にした小型翻訳機(地球上には未だない)で会話
の言葉を異星語に翻訳するボタンを押すタコ星人。
二人の会話に、首を捻ったり、うなづいたりするタ
コ星人。
タコ星人「○×△§?[タノシイノカ?] …※■△、☆
◆。%&#*! [ …ソレニシテモ、ナゼサワ
グ ヒツヨウガアル!] ◎?[シゴトカ?]…◇
”●<>★[…ドウモソノヨウダ]」
相変わらずフラフラと千鳥足で歩く会社員二人。
かなり出来上がっている。タコ星人の潜む方向へ、
なおも近づく二人。
会社員A「ハハハ…。お前、なかなかいい声してたぞ
ぉ~、ウィッ!(呂律が全然、回らない)」
会社員B「なに云ってんスカっ! 先輩もなかなかい
い喉してましたよお~~。酒も美味いし、最
高っスねぇ~、ウィ!(呂律が時折り回らな
い)」
楽しげで、気持ちよさそうにフラついて歩く二人を
ただじっと、ビルの隙間に潜み、観察するタコ星人。
翻訳機の声に耳をそばだてるタコ星人。
タコ星人「○、◇×。[サケトハ、ウマイヨウダ。]…▽!
&、◎◆□#![…ヨシ! ヒトツ、ノンデミル
コトニシヨウ!]」
ビルの隙間に潜むタコ星人に気づかず、通り過ぎる
二人。タコ星人から遠ざかる二人、次第に小さくな
る。ズボンベルトの真ん中のダイヤルを回すタコ星
人。スウ~っと透明になり、姿を消す。
○ 酒屋 自動販売機前 夜
スウ~っと、現れるタコ星人。ズボンベルトの真ん
中のダイヤルを元の位置へ戻し、眼前の自動販
売機(酒)をじっと見るタコ星人。
タコ星人「★◎![コレダナ!]」
タコ星人、指のリングを自動販売機(酒)に向ける。不
思議な光がリングから出て、自動販売機を照射する。
ボトン! という音とともに出る酒カップ。それを
取り出して飲むタコ星人。すぐ、ヨロめきだす。
タコ星人「◎、○![イイ、ホシダ!] …¥、&□$[…
サッソク、ナカマヲヨブコトニシヨウ](ヨロめき
ながら)」
○ 同 自動販売機前 翌朝
酒屋前に散乱する、ゆで上がったタコの山。ガラス戸を開け
て出てきた酒屋の主人。
酒屋の主人「だれや! こんなとこに捨てたんは…(ゆでダコ
の山を覗き込んで)。よっしゃ! これはメッチ
ャ、もうかるでぇ~。正月やしな、酒のアテに
なっ!(ニタリと笑い、カメラ目線で)」
タコ星人(M)「×、★●~![ ソ・ン・ナ、ア・ホ・ナ~!]」
○エンド・ロール
スタッフ、出演者等
T「おわり」
男…中年男性
バナナ… N(男声、女声、どちらでも構わない)
○ 安アパート とある部屋 夜
うす汚れた部屋。机の上。ただ黒ずんだひと房のバ
ナナだけがある。それをじっと腕を組んで見続け、
考え込む一人のうらぶれた男。男を照らす吊り下げ
られた電球一個の灯り。
○ メインタイトル「バナナを見続ける男」
○ 同 部屋 夜
両手を合掌して、食べようとするが、ふと思いとど
まる男。そして突然、絶叫し、ブツブツと呟き始め
る男。
男「なんでや! なんでお前は黒うなるんや。一週間
はいけると思てたんや! いや、十日はな(涙声
で)。お前は生命線なんやで…あかん! 黒うな
ったらあかん! あかんにゃで~(言い聞かせる
ように)」
突然、語りだすバナナ。
バナナ「私はバナナです」
男「えっ? (自分の耳を、指で擦りながら)ええ~
っ! それは分かったるにゃ。分かったるにゃで
ぇ~~。お前はバナナや。(バナナが話すという
こと自体を疑うように、バナナを覗き見て)」
バナナ「私は黒くならなければダメなのです。それが
生命線なのです。私は食べられてナンボのも
のなのです。分かって下さい~(懇願するよ
うに)」
男「いや、いやいやいや、それはおかしいわ。それは
あまりにもワガママや。自分勝手や。そんなら、
このワイはどうなる? どうなるんやいな? 云
うて! 云うてんか!(やや切れぎみに)」
バナナ「わ、私にどうしろと云われるんですか?」
男「そんなん…。今、云うたやないか。黒う、黒う
ならんとってくれたらそれでええんや。簡単な
ことやないか。バナナな君なら分かるやろ。…
バナナな君か・・、これは自分でも上手いこと
云えたな。ほめてあげたい。自分をほめてあげ
たい。なんや、こんなこと云うてたマラソン選
手いたなぁ~」
バナナ「何を云っておられるんですか?」
男「なんや! なんにもないわい! 馬鹿にしくさっ
て…(泣いて)」
バナナ「馬鹿になんぞしておりません。ただ、私は
私の存在価値を述べたまでです」
男「ほなら、ワイの存在価値はどこへ行ってしもたん
や? わいはバナナ以下かい! バナナ以下なら
なんやねん!」
バナナ「…知りません」
男「まあ、ええわ。…百歩、譲って黒うなるのは我慢
しよやないかい! (急に懇願調の声になり)ほ
んでいったい、どれだけもってくれんにゃいな?
十日はいけるんか? 三日は、かなんでぇ~。ほ
れはあかん。きつい」
バナナ「分かりました。こうしてお話ししてても、切り
がありません。何とかしましょう」
男「えっ!? どないすんにゃいな?」
バナナ、突然、純金に変身する。
男「かなんなぁ~。これでは食えんがなっ!(悲しそ
うに)
バナナを見続ける男。
○ エンド・ロール
スタッフ、出演者等
T「おわり」