水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

生活短編集 3 変化

2014年01月31日 00時00分00秒 | #小説

 30年前は…と斎藤は家周辺の景色を見回した。ちょうどアルバムを眺(なが)めていたのだが、当時の家周辺を撮影した写真が偶然、目に入ったからだ。写真と今の風景を比較するように首を上げ下げすると、かなり変化しているのが観てとれた。
━ ああ、あの建物はなかったな…。この写真だと山並みに昇る日の出が見られたんだった… ━
 斎藤が思ったとおり30年前に高層ビルはなく、家の二階から、いや、二階といわず家の方々で日の出を見ることが出来たのである。今は? といえば、殺風景なドでかい高層ビルが何も語らず、ただ立っているのだ。景観が変わると、こうも気分が変わるものか…と斎藤は思った。他には…と少し角度を変えて眺(なが)めれば、あったはずの酒屋が消えていた。ここでは駄菓子も売られていたから、子供時代の斎藤は何かにつけて重宝した。懐かしい気分が、ふと込み上げ、斎藤の胸を熱くした。だが今は…と現実に戻れば、その酒屋も消え、コンビニの姿があった。そのコンビニも、よく考えれば三度変わり、今は店が撤収して空き店舗の寂れた箱物になってしまっている。いずれは、それも取り壊されるか変化するんだろうな…と斎藤は冷めて思った。さらに角度を変えて眺めれば、二つ…三つと田畑だったところに小屋とかの建物が立っている。さらに道も広がり、車の走行も激しさを増している。平穏でゆるやかな田園地帯の景観は、いつしか消滅していた。いや、物ばかりじゃないぞ…と斎藤はまた思った。知っている人もいつしか消え、随分と目変わりしているのだ。
「まあ、いいさ…。俺にゃ、どうしようもない」
 斎藤は諦念(ていねん)した。そのとき、斎藤は耳鳴りを覚えた。その耳鳴りは激しさを増し、やがて奇妙なことにピタリ! と止まった。斎藤は、やれやれと安堵(あんど)した。テレビで昨日、観た病気予防の番組で、その手の前兆を言っていたことを思い出したのである。だが、そうではなかった。
もう一度、見上げた斎藤の視線の先に30年前の原風景があった。嘘だろ!? と斎藤は思い、目を指で(こす)擦るともう一度、見た。やはり、前方に広がる風景は30年前のあの風景だった。建物も何もない原風景である。斎藤はしばらく、じっとその景観を見続けていた。今は改装されてなくなった古い窓に映る山並みに朝日が昇った。不思議なことにもう一人の斎藤がいて、今はもう亡くなった家族と語らっていた。斎藤の頬(ほお)に、なぜか涙が伝った。そして、ふたたび耳鳴りがした。その耳鳴りは最初と同じように激しさを増し、やがて奇妙なことにピタリ! と止まった。朝日が昇る山並みは消え、いつも見る冷たいビルが斎藤の前に立ちはだかるように、そそり立っていた。斎藤は、これが今を生活する俺の現実だ…と淋(さび)しく思い知った。

                                 完


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生活短編集 2 結果 オーライ!

2014年01月30日 00時00分00秒 | #小説

 田上新次郎はボクシングの世界チャンピオンである。数年の下積みを経て希有な才能が花開いた数少ないボクサーの一人だった。その田上が世間の爆笑に翻弄(ほんろう)されていた。彼は先天的な生理上の問題を抱えていた。これは問題視されるような病的なものではなかった。彼は対戦中、あることで緊張したとき、必ず尿意を催すのだった。それは突然やって来た。対戦相手と打ち合っているときであろうと、ラウンドが終わりゴングでコーナーへ戻ったときであろうと関係なくやって来るのだった。
 解説席では、アナウンサーとゲスト解説者のボルテージが、かなり上がっていた。アナウンサーが訊(たず)ねた。
「もう、そろそろ出ましょうか?!」
「ええ! 間違いないでしょう! ダダ漏れアッパー!!」
 解説者は興奮気味に返した。リング上の両コーナーでは対戦者が分かれて座っている。
「よし!! その調子だ!」
 ベンチサイドは田上を見ず、観客席をそれとなく見渡した。偶然を期待する密かな視線だ。ゴングが鳴り、マウスビースを口に入れられた田上はチェアーから勢いよく立ち上がった。そのとき、観客の一人が腕組みをした。田上の両眼は無意識にその男を見た。その瞬間、田上に異変が起きた。急激な尿意に襲われたのである。すでにファイトは始まっていた。尿意は小刻みの一定間隔で激しさを増した。田上は相手のジャブをガードし続けた。少しフットワークが変則気味になりだした。
「あっ! これは…」
 アナウンサーも固唾(かたず)を飲んで話すのをやめた。
「出ますよぉ~~!!」
 解説者の声が高まった。もう駄目だ! と思ったとき、田上はリング上で失禁していた。それと同時に相手はダウンし、気絶していた。失禁と同時に田上のカミソリアッパーが炸裂(さくれつ)したのだった。田上が得も言われぬ生理的な解放感に包まれ我に帰ったとき、レフェリーのカウントする声が聞こえた。
「2! … 3! … …」
 レフェリーは挑戦者が気絶していることを確認すると、試合を停止した。ゴングが激しくなった。その瞬間、田上とレフェリーの目があった。レフェリーは笑顔で両手を広げジェスチャーし、手で床(フロア)を指さした。さも、汚いねぇ~、あんた…とでも言いたげなジェスチャーだった。
「出ましたねぇ~~!! ダダ漏れアッパー!!」
 アナウンサーも興奮していた。
「期待どおりでした!! しかし、笑える試合は、彼だけでしょうねぇ~!」
 解説者が言うとおり、場内は拍手と爆笑の渦になっていた。田上はグローブをはめたまま、後頭部を掻いて苦笑した。数人の係員がモップで床を拭きまわる。
「やりましたね!」
「ええ、また掃除させてしまいました!」
 リング上の勝利者インタビューに、ふたたび観客の大爆笑と拍手が起こった。
「いやいや、メンテナンスされる方も生活がありますから…」
 アナウンサーの嫌味に益々、爆笑のボルテージは高まった。

                            完


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生活短編集 1 凡太の憂鬱(メランコリー)

2014年01月29日 00時00分00秒 | #小説

  いつの間にかウツラウツラとしてしまい、しくじったか…と、私は思った。それで、咄嗟(とっさ)の勢いで目覚ましを掴(つか)む。昨晩、眠気を封じるためにコーヒーを啜ったのがいけなかった。結果として、夜が更けても寝つけず、ええい、もう朝まで起きていてもいいや…と自棄(やけ)気味な発想に及んだのだが、人間の生理的欲求というのは妙なもので、いつしか微睡(まどろ)んでしまったのだ。起こされたのは凡太によってである。無意識でアラームを止めていたのか、空が白々と夜明けを主張しているのに、私は目覚めてはいなかった。
 凡太は家(うち)の飼い猫である。今年で三齢になる雄猫だ。ミャーミャー(アメリカだとミューミューなんだろうが…)と呼ぶ声は朝の餌を求めていたのだろうが、私にとっては至極、幸いであった。彼が目覚ましの代役を立派に果たしてくれたからだが、私には期待していない出来事だった。それは、特に休日の場合だが、私が、ぐっすり寝入っていると、彼もまた深い眠りの中にいる。それが、である。
「……、……!」
 私は、ガラス戸を両前足の爪で掻きながらミャーミャ-と啼く声に、はっ! と目覚めた。目覚ましは七時半を既に回っている。何もかもを半散らかしにして、私は慌ただしく着替え、台所へ行く。
「あらっ? あなた…、今日は休みじゃなかったの?」と、威風堂々、家の主(ぬし)とでも云えそうなカミさんが、私を怪訝(けげん)な目つきで見る。「……」思わず私は、停止した時計となった。アッ! 何のことはない。今日は土曜だったのだ。昨日は…と辿ると、明日は土、日の休みだからというので寝つけぬまま調べ物をして…、つい寝入ってしまった。そうそう、そうだった。
「凡ちゃんの食事、お願いね。今、手が離せないから…」と云いつつ、カミさんは朝食の準備をする。
 先ほどまで寝室のガラス戸を相手に爪研(つめと)ぎをしていた凡太だが、今はもう、うざったい表情で、台所の片隅で毛繕(づくろ)いをしている。
  このグルーミングという行為は、私が買い求めた動物飼育本によれば、猫本来の重要作業の一つだそうである。家(うち)の凡太も例に漏れず、片足を上げた妙な姿勢で毛並みをナメナメしている。この仕草が私は好きだ。思わず愛しくなったりする。
  凡太が捨てられていたのは、凍て尽くした外気が肌を刺す、厳寒の夕方だった。その日、私は外套の襟を立てながら勤めの帰路にあった。漸(ようや)く我が家の外灯が見える。疲れからか両足の運びも重く、しかも垂直に落下する砂状の粉雪が、冷たく体のあちこちに纏わりつく。雪は好きだからいいとしても、疲れた身体に、冷えは流石(さすが)にきつい。
 玄関へ回ると一つのダンボール箱が置かれている。誰かの悪戯(いたずら)か…とも思えたが、とにかく中を開けてみた。すると、中には一匹の子猫が蠢(うごめ)いていた。小さくニャーと愛想を振り撒(ま)く。彼? にしても必死なのだ、と思えた。局所を確認して彼であり、彼女ではないことが判明した。
 雪はサラサラと、無言に降っていた。
「おい! 今、戻ったぞ…」
 いつもより、やや大きめの声で、私は帰宅を告げた。
「お帰りなさい。あらっ? どうしたのよ、それ…」
「いや、俺もな、それを訊こうと思ってさ。外に置いてあったんだが…」
「捨て猫? まあ嫌だわ。態(わざ)と玄関に捨てたりする? 普通」
 私は黙ったまま、中途半端に頷(うなず)いていた。
 白く蠢(うごめ)く物体は大人しく鳴りを潜(ひそ)めている。真っ白な外観に、雪の落とし子か…と、淡い思いが、ふと浮かんだ。
「これも何かのご縁だ。なあ、飼ってやろうや、俺が面倒見るからさぁ」
 そう私が云うと、「私は別にいいわよ、猫は嫌いじゃないし…」とカミさんは、あっさり応諾した。
「じゃあ、これで決まりだ。よかったな、おい」
 小さく人差し指でつつくと、またニャーと可愛い声で微かに鳴いた。
 こうして私達夫婦と、か弱き子猫一匹の生活が始まったのである。
 名前の由来は、彼が一齢になった頃に遡(さかのぼ)る。それまで名前がなかったのか? という疑問に敢えて答えれば、あることはあった。それも、カミさんの命名、私の命名が、とっ換えひっ換え、実に数度にも及んだのだ。一年が巡った頃、他愛もないことが理由で、彼は凡太として華々しくデビューすることになった。
 動作に敏捷性が全くない。最初は子猫の所以(ゆえん)かとも思ったが、「ニャーニャーよく鳴くわりには動きが鈍いわねぇ…」とカミさんが愚痴り、「猫ってのはそんなもんだよ、なあオイ!」白い物体にそうは云ったが、目と目が合って彼はニャーと云うだけで、まったく要領を得ない。
「ボーンとしていて、風格があるじゃないか。凡太ってのはどうだ?」
「ボンタ? さあ、どうかしら…。なんか猫らしくない気もするけど…」
「いいじゃないか、凡太。平凡の凡に太るで凡太。いい名前だ…」
「どうでもいいけど…。この子もさ、いつまでも名無しの権兵衛じゃ可哀想だし…」
「そうだよ、今度こそ決まりだな」
 という訳で、彼は凡太と名乗ることになったのである。
 彼にはお気に入りの場所がある。その場所というのは裏手にある庭の一角なのだが、彼はそこが大層ご満悦なのだ。私とカミさんが口喧嘩していると、彼は良からぬ雰囲気を未然に察知して身の逃避を図る。そして、裏手へ回ると、まず間違いがない程の確率で、庭のその隅の一角にユッタリと座り瞼を閉じる。やがて私達の喧嘩が終わると、何故それが分かるんだ…という正確さで、また部屋へこっそり戻ってくる。
 去年と同じように、厳寒の冬がやって来た。凡太は? というと、寒さが気にならぬ風情で、冷気が舞う中、例の場所にドッカと身を委ねている。まあ、幾分か風除けのような窪地ということもあるのだが、彼がそこに存在するときは、一定の法則めいた決まりがあることに初めて私は気づいた。彼は四齢になろうとしていた。
 ハイテンションの彼は、ミャーミャーと愛想を振り撒(ま)くのだが、ロウのときは、ひと声も発せず寝入っている。近づくと、気配を察知してか、スクッと立ち上がり、例の場所へと去ってしまうのだ。つまり、例の場所というのは、彼が安楽を得るのに好都合の場所だ、ということになる。そこでロウをハイにしているのかは定かでないが、とにかく彼はそこへ行く。
「…、心地いい場所ですか? それは人にもあるでしょう。猫だって同じですよ」
 凡太が食欲不振に陥ったとき、動物病院へ連れて行ったのだが、そこの先生に訊くでもなくそう云うと、先生は笑いながら、そう答えた。
「四齢といえば、人間なら三十は、いってます。まあ、ストレスも出てくるでしょうしねぇ」
 付け加えて先生はそうも云ったが、私からすれば、彼にストレスを与えたこともなかったし、また彼がストレスを溜めているようにも思えなかった。
 粉雪が、また直下している。上空からサラサラと篩(ふるい)で粉を落とすように…。
 凡太は例の庭角(すみ)の窪地に身を委ね、毛繕いをしている。幸い、雪はかからないのだが、寒いことに変わりはないだろう。なにせ、屋外なのだから…。
「 あらっ、お隣のミーちゃんだわ」
 カミさんが、不意に口にしたのを、偶然にも私は小耳にした。急いでガラス戸へ近づくと、確かに隣の三毛猫だ。カミさんがミーちゃんと呼ぶのだからそうなのだろうが、それまで私は彼女に一面識もなかった。二匹は何やら猫語でニャゴニャゴとやっている。
「随分、仲がいいじゃないか…」
「あら、あなた知らなかった? 私は、ちょくちょく見るんだけど」
「凡太もなかなかやるじゃないか、彼女を通わせるとは…」
 凡太は白の一毛だが、ミーちゃんは蕪(かぶら)猫と表現できる、ふっくらした容姿の三毛である。
 これが、全ての疑問を一度に払拭する出来事となった。
  何のことはない。要は、凡太がストレスを発散していた例の場所とは、二匹のデートの場所だったのである。テンションを下げた彼が、単に例の場所で憩(いこ)ってハイに戻ってきたのも得心がいくし、私が何故だろう…と、疑問に思っていた点も頷(うなず)ける。つまりは、ミーちゃんと会っていたのか…と思えて、凡太の方をチラッと垣間(かいま)見た。彼は注視されていることなど気にも留めず、器用に手をナメナメし、その手を顔に擦りつけて男前になる。
「親の責任ってのは、どうなんだろうねぇ。放っておけば、ミーちゃんも孕んじまうんじゃないか?」と、テレビに釘付けのカミさんに云うと、「仕方ないじゃない、それはそれで…。凡ちゃんが悪い訳でもないし、ミーちゃんが悪いということもないんだから…」と、返された。私は、「……」である。
  また雪が舞いだしていた。庭は、既にうっすらと白いベールに覆われている。いつのまにか主役の凡太は部屋へ戻ってきていて、温風ヒーターの近くで心地よい寝息を立てている。
  宅のミーになにを! ってなことに、ならなきゃいいがなあ…と私は馬鹿馬鹿しくも思った。世の中それだけ平和だってことか…、有り難く思わにゃいかんな…、と私はまた思う。凡太はゆったりと毛並みを揺らして寝入っている。カミさんは煎餅を齧(かじ)りながら、テレビに見入っている。私はガラス越しに深々(しんしん)と降りしきる粉雪を眺(なが)めている。

                                    完


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不条理のアクシデント 第十話 変な人 

2014年01月28日 00時00分00秒 | #小説

 「あんたねっ! 勝手すぎるんだよ! もう少し、待ってくれてもいいだろ! ほんとに、もお~! 足が早いんだから!」
 山裾(やますそ)に沈もうとしている秋の夕陽を見ながら、勘一は呟(つぶや)いた。それを隣家の嫁、民江が窺(うかが)い見ていた。
「また、話してるよ、勘さん…。ほんと、変な人だよ。アレさえなけりゃ、いい人なんだけどねぇ~」
 そこへ旦那の芳三が顔を出した。
「どうした?」
「ああ、お前さん。ほら、アレ、見てごらんよ」
 芳三は民江が指さす方向を見た。勘一は山裾に半ば姿を隠した夕陽に向かって、まだブツブツと小言を垂れていた。
「大丈夫かねぇ~、あの人!」
「勘さんか…。まっ! アレだけだからなあ。見て見ぬふりでいいだろうよ」
「そうだね、いつものことだから…。でもさあ、なに言ってんだろうね?」
 民江は首を捻(ひね)った。
「さあなあ~? なにか、願いごととかだろうよ、きっと…。さあ、飯(めし)にしてくれ、飯に!」
「あいよっ! いい人なんだけどねぇ~」
 二人は奥へ姿を消した。隣では勘一が、まだ、ブツブツと話していた。
「そうでしたか…。忙しいんですね、あなたも。こっちの都合で語っちまって、申し訳ない…」
 芳三夫婦だけではなく、誰が見ても勘一は変な人だった。だが、真実は変でもなんでもなかった。太陽は勘一と語っていたのだった。
『いいえ、では…。また明日!』
「あっ! おいでに?」
 勘一は明日も晴れると確信した。

 

                    完


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不条理のアクシデント 第九話 アウト  

2014年01月27日 00時00分00秒 | #小説

 いつも他人から浮いている二郎という男がいた。二郎自身は、一度も他人がいる場で浮くようなことはしていない…と思っていた。それが、ことごとく浮いてしまうのだった。人々は、またあいつが来たぞ…と、いつの間にか二郎を避けるようになった。和んでいた場が彼が入ることによって、一瞬のうちに氷のように冷たく沈滞してしまうからだった。誰となく二郎をアウトと呼ぶようになっていた。
「あっ! アウトか…。じゃあ、話の続きはメールする」
「分かった…」
 二郎がテラスのベンチへ近づくと、それまでベンチで話していた二人はすぐ立ち上がって去っていった。毎度のことだから、二郎は腹立たしくはなかった。いや、返って清々していた。誰かがいて、自分に嫌な顔をされることもないからだった。嫌な顔をされ、それを見るのは流石(さすが)に二郎も嫌だった。
 二郎は自分がアウトと呼ばれていることを知っていた。アウトか…なかなか、いい響きだ。少しかっこいいしな・・くらいにしか二郎は思っていなかった。しかし、自分が加わると、なぜ浮いてしまうのかは二郎に分からなかった。実は、二郎には隠された秘密があったのである。彼の実態は宇宙人だった。生まれたのは未知の∞星だが、∞星の滅亡前に家族とこの地球へ移り住んだ経緯があった。家族はそのことを二郎には知らせず育てた。家族が亡くなった今、そのことは誰も知っていなかった。二郎自身も知らないのだから、当然といえば当然だった。その∞星人は特殊な磁波を放出し、それが地球人をネガティブ思考へと変化させた。二郎自身の出来の問題ではなく生理的な問題だった。
 ある夜、二郎はついにこの星と別れるときがやってきた。∞星滅亡の危機が去り、迎えがやってきたのだった。寝入っていた二郎は死んだはずの家族に肩を揺すられ、目覚めた。
「起きなさい、二郎。そろそろ出発ですよ」
「… … ええっ!?」
 二郎は絶句した。目を開けると、目の前に死んだはずの母がいた。
「あなたが驚くのは当然です。私達は∞星人なのです。死んだのではなく、一人ずつ星の再建に帰っていたのですよ。今夜は、最後のあなたを迎えに来ました」
 何も知らされず育った二郎には、俄かにその話が信じられなかった。すべてが夢の中だと思えた。
「もう、この星で嫌な思いはしなくて済むんだ、二郎!」
 父がそういい、祖父や母も頷(うなず)いた。夢の中なら従うしかないか…と二郎は思った。二郎は起き上がり、皆が歩く方向に続いた。
 次の日の朝、二郎は∞星で目覚めた。家族全員がいた。
「ここが、∞星?」
「なに言ってんの!」
 台所に立つ母は、笑って二郎にそう返した。そういや、建物もちっとも変っていない。夢だったんだ…と、二郎は思った。父も祖父も揃(そろ)い、家族の朝食が始まった。二郎は夢の話は黙っていようと思った。二郎がいつものように職場へ出勤すると、皆がやさしく話しかけてきた。二郎は、もはやアウトではなかった。やはり、ここは∞星だった。

             
                完


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不条理のアクシデント 第八話 なりきる

2014年01月26日 00時00分00秒 | #小説

 健次郎は借りてきたVTRの時代劇を観ていた。ちょうど、佳境に入ったところで、いよいよ悪党どもが正義の主人公に斬られる見せ場である。健次郎は思わず片方の拳(こぶし)を握りしめ、もう片方で煎餅(せんべい)を掴(つか)もうと菓子鉢へ手を伸ばした。ところが菓子鉢には、もう煎餅は残っていなかった。無意識に手が伸び、いつの間にか全部、食べてしまったのだ。健次郎は仕方なく、リモコンのスイッチを一時停止にして立ち上がった。立った途端、主人公になりきっている自分を感じた。感じるだけで、まだ自分だという意識は残っていた。それでも、かなり辺りが気になりだしていた。ひょっとすると、悪党どもが部屋の物陰やキッチンの机下から現れ、斬りかかってくるんじゃないか…という緊迫感に襲われた。
「う~む、殺気はねえな…」
 健次郎の話し方や仕草は、さっき観た瓦版屋風になっていた。だが、話し方が妙だ…と思う深層心理は、健次郎にまだ残っていた。辺りに気を配り、台所の戸棚からすばやく菓子袋を出すと、健次郎は茶の間へと戻った。茶の間のテレビでは、今にも主人公が悪党達の一家へ入ろうとする入口の場面で停止していた。主人公が入口の戸へ右手をかけようとする瞬間である。健次郎は菓子袋を破って菓子鉢へ入れたあと、リモコンのスイッチを解除した。途端、主人公は動き出し、戸を開けた。いよいよかっ! と、健次郎は固唾(かたず)を飲んでパリッ! と菓子の一枚を齧(かじ)った。その瞬間、悪党達全員の視線がカメラ目線となった。
『誰だ! でかい音を出しやがったのはっ! 静かに観てろいっ!!』
 健次郎は仰天したが、思わず「どうも、ご迷惑を…」と、瓦版屋になりきって言った。
『分かりゃ、いいんだ。静かに観てろい!』
 親分肌の悪党の頭目(とうもく)がカメラ目線で画面から健次郎に言った。健次郎は素直に頷(うなず)いた。すると、主人公が『ははは…そなた、謝ることはないぞ。こ奴らは拙者がすぐに斬り捨てるゆえ、安心めされい!』と言い放った。
 主人公がそう健次郎に言ったあと、壮絶な斬り合いが始まった。主人公が言ったようにバッタバッタと悪党どもは斬られて倒れ、ついに、頭目を残し数人となった。一歩、また一歩・・主人公が悪党どもに迫る。悪党どもは背水の陣となり、テレビ画面には迫る主人公と悪党どもの背中のアップが映りだされた。次の瞬間、悪党どもはテレビから消え、健次郎が観る目の前に突如として現れたのである。健次郎は卒倒し、一歩、下がった。そして、主人公もテレビ画面を抜け出して健次郎の部屋へ現れ、悪党の頭目に刀を振り下ろした。
『ウウッ!!』
 悪党の頭目は、叫び声とともに健次郎の前へ崩れ落ちた。健次郎はギャ~~! と叫んで後退(あとずさ)りした。残った悪党はテレビ画面の中へ一目散(いちもくさん)に逃げ込んだ。
『お怪我はござらぬか。これは些少(さしょう)じゃが、ご迷惑料!』
 そう言うと、主人公は健次郎に小判を一枚、手渡して画面へ戻った。嘘だろ! と健次郎は思った。画面に戻った主人公はカメラ目線で健次郎に品を作って微笑むと立ち去った。画面に「終」の、どでかい白文字が現れ、VTRは切れた。その瞬間、悪党の頭目は、スゥ~っと健次郎の前から消え去った。健次郎は暫(しば)し茫然(ぼうぜん)としていたが、ようやく我に返った。すべてが夢の中の出来事に思えた。しかし、健次郎の手には一枚の小判が握られていた。健次郎の手は震えた。
 後日、健次郎がその小判を鑑定してもらうと、紛(まが)いもない本物だった。いつしか、健次郎は心身とも瓦版屋になりきっていた。髷姿(まげすがた)の健次郎を世間は変わり者と見たが、都会のファッション街ではそれが流行(はや)りとなっていった。いつしか、違和感なく時代劇言葉が若者の間で話されるようになった。

                               完


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不条理のアクシデント 第七話 テクシー

2014年01月25日 00時00分00秒 | #小説

 道彦は歩くのを常としている。ジョギングなどと世間でもて囃(はや)されるその手の行動ではなかった。飽くまでも手段として・・なのである。長閑(のどか)に辺りを散策していると、なぜか気分が落ちつくのだ。無心でゆったりと流れる風景を眺(なが)めていると心地よくなる・・その感覚を大いに気に入っていた。世の中への迎合で運転免許も取ったが、使わないのに更新料や写真代が無駄に思え、二十五年ばかり前に返上した。自分ではタクシーの運転手気分でテクテクと歩いている。だから、家を出るときはテクシーを始動します・・と、心に言い聞かせるのが常だった。テクシーで家を出て、駅に着く。少し離れた会社への通勤は、もっぱらこの手である。休日は当然、テクシーで、あちらこちらとブラリ旅を決め込む。腹が空けばテクシーを駐車場へパーキングした気分で止め、適当な店へ入るのだ。自分は運転手気分なのだからお客さんが乗る可能性もあったが、道彦はそう気に留めていなかった。そんなことがある訳がない・・と深層心理が働いていたからに違いない。ところがある日、異変が起こった。その日は会社の休日で、道彦はいつものように適当な額を財布へ詰め込み、テクシーを始動した。
 長閑な小春日和で、寒からず暑からずの快適さである。
「あっ! すみません! 麻布十番までお願いします!」
 急に後ろから声がかかり、道彦はギクッ! と振り返って止まった。一人の笑顔の中年男が立っていた。
「? …」
 道彦は首を傾(かし)げた。
「だって、空車なんでしょ?」
「ええ、まあ…」
 道彦は心を見透かされているようで、薄気味悪くなった。
「じゃあ、お願いします」
「分かりました…」
 一列縦隊で歩くテクシーが始発した。
「いい天気ですね。もう長いんですか? このお仕事」
「ええ…。もう、かれこれ二十五年やってます」
「と、いえば、大ベテランじゃないですか」
「ははは、まあ…」
 二人はしばらく、歩いた。やがて麻布十番へ近づいてきた。
「お客さん、どこで降りられます?」
「ああ、その辺で結構です」
 中年男は前方に近づく信号を指さした。
「ありがとうございました! お金は結構ですよ。うちのテクシーはお足がいりません」
「歩いてますから、お足がいらない…上手い!」
 信号の前で二人は止まった。
「それじゃ、お元気で!」
 中年男は笑顔でそう言った。二人は信号で二手に別れた。そのとき道彦は異変に気づいた。道彦は制帽を被り、タクシー運転手の服装で歩く自分の姿に気づいた。

                              完


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不条理のアクシデント 第六話 電磁バリア

2014年01月24日 00時00分00秒 | #小説

  2065年・・日本は海域及び空域に完璧な防衛網を敷いていた。国会は紛糾し、一時は改憲論も出た憲法九条も危ういところで逆転ホームラン的勝利となり守られたが、それから早くも30年が経過していた。さて、そうなれば、国防の根幹と領土の保全を如何なる観点に求めるかが論議の対象となった。
「馬鹿言っちゃいけない!! ウッ! …」
「…だ! 大丈夫ですか!? 先生!」
 委員会の質問の席で、ある国会議員などは余りの剣幕で卒倒し、病院へ担ぎ込まれる事態も起きたりした。しかし、結果として与党は野党側との五分の折衝で防衛大綱の改定とそれに伴う法改正を実現し、国会で可決成立させた。野党側も譲るべきところは譲り、政府与党も妥協すべきところは妥協した挙句の成立であった。
 ここは、衆議院、本会議場である。白富士首相は施政方針演説で熱弁をふるっていた。
「防衛でございます。我が国を今風で言うところのシールドで守ります。電磁バリアであります。電磁バリアは目に見えない訳でございます。日本列島をドーム上のシールド、すなわちバリアでスッポリと囲む訳でございます。いつぞや隣国と物議を醸(かも)し、揉(も)めたこともあります海空の識別圏を線(ライン)といたします。この中へは、一発のミサイル、一機の航空兵力、一艘(いっそう)の軍艦、一匹の怪獣をも進入できなくする訳でございます。陸上の防衛力は自然、地震等の国土及び生活保安等の組織を除きすべて海空へ移管いたします。今般、国家行政組織法の改変整備に伴い、設置されました防衛保安省内の三組織、すなわち航空、海上、陸上保安庁、特に海、空保安庁の充実を図って参る所存でございます。怪獣に日本は屈しないのであります」
 議場のあちこちで、野次ならぬクスクス…という笑声が湧き起っていた。
「むろん、日米同盟は堅持し、両国の関係をより密にする努力を怠ってはなりません。集団的自衛権の行使につきましては、2020年に解決いたしました憲法の許容範囲内での後発支援、すなわち軍事物資、軍事燃料補給等の戦闘の危惧が及ばない範囲での支援による自衛権行使の方針を堅持して参る所存でございます。我が国は怪獣に食われる訳には参りません。また、食うことも出来ません。平和に越したことはございませんが、♪身に降ぅるぅ~~火の粉はぁ~払わにゃならぬぅ~~♪なのでございます」

 白富士首相が得意の渋い喉(のど)で唄い、演説を終えた。議場は爆笑の渦となった。
「静粛に願います!!」
 大仏(おさらぎ)議長の声は掻(か)き消され、効果がなかった。いつしか、議長も笑いの渦に引き込まれ、笑っていた。

                                           完


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短編小説集(50) とりあえず

2014年01月23日 00時00分00秒 | #小説

 いや、間にあわないことも考えられる…と、寝床で藤木は時刻表を睨(にら)みながら思った。とりあえず、そうなる失敗を避けるためにも一本前の6時の列車に乗ろう…と、決めた。そうすれば心に余裕も生まれ、ゆったりとした快適な旅の始まりが約束されるはずだ。時間はもう深夜域に入ろうという午後10時である。藤木は目覚ましを5時にセットし直し、両目を閉ざした。そのとき、また雑念が浮かんだ。鞄(かばん)に詰めた忘れものはないだろうか…もう一度、確かめておこう、と。布団を撥(は)ね退(の)け、藤木は枕元に置いた鞄を開けた。下着類、靴下…と確認し直す。まあ、ひと通りは間違いなく入っているようだ。藤木はそのときまた、おやっ? と思った。財布はどこだ? 確か…出がけに背広の上着に入れようと、とりあえず鞄に収納したつもりだった。いや、確かに収納した…と藤木は思った。その財布が見つからないのだ。これは偉いことになったぞ…と、藤木は些(いささ)か慌(あわ)てた。財布の中には前もって買い求めておいた切符やカードも入れていたから、事は重大だった。見つからないと、いくら早く目覚めても完璧(かんぺき)にアウトだ。藤木は、はて? と思いあぐねた。あれこれとそのときの状況を思い浮かべ、しぱらくして漸(ようや)く藤木は閃(ひらめ)いた。あっ! そうだ…鞄に入れたことを忘れるといけない、と思い直して、とりあえず上着へ戻したのだった。藤木はホッ! と安心し、溜息をついた。そして布団へ、ふたたび潜(もぐ)り込んだ。目覚ましは11時近くになっていた。もうこれで熟睡できるだろう…と、藤木は目を閉ざした。夜泣き蕎麦屋のチャルメラの音が遠くに聞こえた。藤木は俄かに腹が減っていることに気づいた。そうなると、もう寝つける訳がない。チャルメラの音がやけに喧(やかま)しく腹立たしかった。藤木は起き上がると、とりあえず何か食べようと台所の戸棚からカップ麺を出した。保温ポットの湯は、まだ十分にあった。湯をカップ麺に注ぎ、しばらくして食べたが、まだ硬かった。それでも食べ終えると、少しほっこりした。もうこれで眠れるだろう…と藤木は思った。食べ終えたカップをゴミ箱へ捨て、藤木は口を漱(すす)ぎに洗面台へ行った。洗面台で口を漱いでいると、髭(ひげ)を剃っていなかったことに気づいた。出がけにバタバタするのは嫌だから、とりあえず剃っておこう…と藤木は髭を剃った。洗面台の掛け時計の針が11時半を指していた。藤木は少し慌(あわ)てた。剃り急いだ藤木は頬を切った。血が滲(にじ)み出て、頬を伝った。藤木はいっそう慌て、ティッシュを取りに小走りした。小走りしたのがいけなかった。敷居で躓(つまづ)き、しこたま腰を打った。大丈夫だろうと立ち上がると片足が痛かった。捻挫(ねんざ)していたのだ。まあ、シップすれば、とりあえず、なんとかなるだろうと藤木は思った。幸い、薬箱にはシップ用の貼り薬があった。頬をティッシュで拭(ぬぐ)うと、血はもう止まっていた。藤木はもう何もしないで大人しく寝よう…と思った。とりあえず、これで心配事はなくなったんだ…と思えた。藤木は再々度、布団へ潜り込んだ。ようやく眠気が訪れ、藤木は寝入ることができた。
 5時になった。目覚ましが、けたたましく鳴り響いた。藤木は飛び起きた。そのとき、昨夜、シップした足に激痛が走った。見ると赤くはれ上がっていた。軽い捻挫ではないようだった。藤木は旅することを断念し、とりあえず病院へ行くことにした。歩かないと痛まないから、もう少し寝よう…と、藤木は、とりあえず布団へ潜り込んだ。そのとき、枕元の鞄が、ははは…と笑ったような気がした。藤木が見上げると、枕元は静まり返っていた。気のせいか…と藤木は思い、とりあえず目を閉ざした。だが確かに、鞄はクスクスと声を潜(ひそ)めて笑っていたのだった。

 

                        THE END


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短編小説集(49) 変わる 

2014年01月22日 00時00分00秒 | #小説

 久しぶりに出会った大学同期の篠崎と下川は大学に向かって歩いていた。
「あれっ? ここは平塚ビルじゃなかった?」
 下川が首を捻(ひね)った。
「ははは…、いつのことを言ってんだ。半年前から元山クリニックじゃないか」
 篠崎は上手に出て笑った。
「あそこも変わってる…。嶽地(たけち)煙草屋だったけどな」
「ああ、今はメイド喫茶だぜ。こんな近くに出来て勉強できんのか? ははは…」
「だな…。あの世の冥土じゃなくメイドか、ははは…。よく、OKでたな」
「まあ、風俗系じゃない喫茶だからさ」
「そうか…。ご時世ってやつだ。まあ、二十五年前と今じゃな」
「ははは…そういうこと」
 二人は笑いながら大学正門を入った。
「あれっ? 校舎は?」
「変わったって、この前、年報に出てたろ?」
「年報に? 見落としたか…。跡地は駐車場なんだ」
「ああ…。俺は大学職員だから、構内のことは何でも訊(き)いてくれ」
「そうだったな」
「付近も大部分は分かる!」
 自慢げに篠崎は言った。
「そういや、お前も変わったな。単位ではあれだけ小心者だったお前がなあ~、ははは…」
 今度は下川が笑って上手に出た。
「氷は溶ける。建物も変わるし、人も変わるさ…」
 篠崎は危うく踏んばった。
「ああ…。変わって欲しくはないけどな」
「新しいものでも古いものでも、いいものはいいし悪いものは悪い」
「変わるのは、悪いものであって欲しい」
「そうだな…。飽くまで理想だが…」
 二人は食堂の椅子へ座った。篠崎と目が合った賄いの寿子がニコッ! と笑って頭を下げた。篠崎も笑いながら会釈した。
「少し老けたけど、おばちゃんは変わらんな」
「ああ…」
 気づいた下山も笑顔で会釈した。その瞬間、食堂から見た外の風景が一変した。黄色く色づいた銀杏(いちょう)の葉が、取り壊されたはずの古い校舎にハラハラと舞い落ちていた。二人は目を疑った。 

                  THE END


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