残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《霞飛び①》第十五回
「そうだな…」
樋口らしい無愛想な言葉だが、その右手は左馬介の前へと出されていた。左馬介も同じように右手を出し返し、二つの手は一つに繋がった。その二人を鴨下は、ただ茫然と観望するのみであった。樋口が左馬介へ差し出した手の意味には、懐かしさの他に、もう一つの意味が含有されていた。それは、剣技で左馬介に一目置いたことを示したものだった。
少し前に遡るが、左馬介は樋口と剣を交えたことがあった。無論、それは真剣ではなかったが、蟹谷、井上と三強の一角に名を連ねた樋口に、その時の左馬介は惜敗したのである。その樋口が左馬介に一目置いた背景には、樋口が幻妙斎の影番だった故に自ずと悟った、という事情が隠されていた。当然のことながら、幻妙斎は樋口より以前に、今や堀川一の遣い手が左馬介であることを知っていたのである。
何故、樋口が幻妙斎の庵(いおり)にいたのかを具(つぶさ)に訊いて、左馬介と鴨下は唖然とした。樋口の話によれば、幻妙斎は確かに半時ほど前まで庵にいて、妙義山へ帰られたのだと云う。
「ということは、先生は私が戻った後、妙義山から道場へ来られたということですか?」