水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

☆お知らせ☆

2009年12月29日 00時00分00秒 | #小説

年末につき、お休みを戴きます。休館日(12月29日~1月9日)です。皆さ

ん、よいお年をお迎え下さいますように…。\(^^)/


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十六回

2009年12月28日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十六回
 左馬介は━ 弱ったな… ━ と、空を眺めた。生憎(あいにく)、早朝は降る気配が全くなく、雨傘を持たずに道場を出たのである。ぽつり、ぽつりと降り出したのは、それから間もなくである。左馬は慌てて小間物屋の軒へと駆け込み、身を潜めた。瞬く間に本降りとなった雨は、滝のように流れ落ち、地面を激しく叩く。雪駄履きの足袋を雨滴の容赦ない跳ね返りが冷たく濡らす。だが、今となっては仕方がない。小降りになるまで待つ以外、手立てが
ない左馬介であった。
 幸いにも雲の流れは早く、流れの反対側
の空は明るかった。
 小降りになり、空が明るさを取り戻した頃合いをみて、左馬介は走り出した。とは云え、思うように早くは走れない。今し方、立ち寄った腰掛け茶屋まで走り、ひとまず軒で呼吸を整える左馬介
であった。
 その時、先ほど盆を運んだ娘が店奥から番傘を手にして現れ
た。
「お困りのご様子。宜しければ、この傘をお持ちになって下さい
まし。返しは、いつでも結構でございますから…」
 ハッとしてその声に振り返り、左馬介は黙って娘の言葉に聞き入った。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十五回

2009年12月27日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十五回
同心長屋で近所だったこともあるが、この想いは堀川へ入門したことで頓挫した。そして、この娘である。店の名が『水無月』と迄は分かったが、娘の名は分からない。いつの間にか、蟹谷を訊ねた経緯が立ち消えている。こんなことでは駄目だ…とは思うが、この感
情の迸(ほとばし)りを押さえるのは困難なように左馬介は感じた。
 娘は串団子と茶を置き、幾らか左馬介を意識したのか足早に奥へと去った。左馬介も同様に意識していたから名を訊きそびれてしまった。腰掛け茶屋の名が水無月と分かっただけでもいいか…
などと思いながら、左馬介は八文を床机の上へ置いた。
「ここへ置いておきます!」
 そう云って左馬介が立ち上がった時、店奥から娘が、「また、どうぞ!」と声高に返した。水無月と書かれた店奥前の暖簾が微かに揺れたように左馬介は思ったが、娘の姿までは見えなかった。未練めいた雑念が左馬介の胸中へ蟠(わだかま)って残っ
た。
 腰掛け茶屋を出ることは出たが、これといった当てもなく、左馬介はそのまま物集(もずめ)街道を溝切宿方面へと漫(そぞ)ろ歩いた。時は坤(ひつじさる)の刻になろうとしていた。昼過ぎから蔭り始めた空模様は、この頃から次第にその薄墨色を濃くしだした。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十四回

2009年12月26日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十四回
 少し歩いた左手前に鰻屋があったが、懐(ふところ)具合が覚束無(おぼつかな)い上に、ほんの少し前に蕎麦屋へ入ったこともあり、いい匂いを嗅ぎつつ通り過ぎることにした。店の入口上には、立派な木枠の大看板が掲げられており、『鰻政』と書かれた文字が妙に目を引いた。客の込みようも上々なようで、左馬介は次の機会に具合がよければ、是非、寄ってみよう…と思った。上手い具合に腰掛け茶屋が鰻間政の真向かいにあったので、左馬介は暫し寛(くつろ)ぐことにした。紺絣(がすり)に赤襷(だすき)がよく似合う、おぼこ娘が、ひょいと出てきて、眼と眼が合った。十六の左馬介は一目惚れの態で思わず頬を紅(くれない)に染め、軒に並べられた長椅
子の一つに座った。
「いらっしゃいまし。…何にしましょう?」
 紋切り型で訊ねられ、左馬介は一瞬、怯(ひる)んで躊躇(ちゅう
ょ)したが、それでも下向き加減に、
「串団子と茶を…」
 と、小さく云った。にっこりと愛想を振り撒くと、その娘は軽く会釈して店奥へと引っ込んだ。左馬介が異性に心ときめいたのは、これで二度目である。一度目は、道場へ入門する前、父の同僚で町廻り同心であった与左衛門の娘、お勢であった。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十三回

2009年12月25日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十三回
十六文を置いて店を出た左馬介は、続けてぶらつくことにした。昼過ぎの街道は閑静という程ではなく、時折り早足で通る旅人の往
来があった。
 ほんの少し溝切宿の方向に歩くと、札の辻と地元で呼ばれている十字路へと出た。角には、以前、千鳥屋と対立していた旅籠の三洲屋があったが、廃れて当時の面影は既になかった。左馬介は、ふと五郎蔵一家のその後の様子を知りたくなった。一家は、千鳥屋騒動で潰れたとは風聞で知ってはいたが、実際に己が眼で確か
めたくなったのである。
 札の辻より三町ばかり歩いた所に、かつて一家が屯(たむろ)していた廃屋があった。蜘蛛の巣が家屋のあちらこちらと漂う入口に人の気配は皆目ない。蟹谷、樋口、山上の三人で一家の三十四人を始末したあの日から、この屋の人の気配は失せたのだ。左馬介は入ろうとしたが入ることを躊躇(ためら)い、そして断念して引き返した。これ以上、見る必要がないように思えたからである。ふたたび札の辻へと戻り、物集(もずめ)街道へと出たところで右折した。帰途ではなく、左馬介としては未だ道草気分で、ぶらつきたいのである。時も夕刻迄には、たっぷりあるから、心理面の、ゆとりは充分にあった。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十二回

2009年12月24日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十二回
振り返りながら返し、左馬介は軽く会釈をした。
「ほおー、ただそれだけか…」
 小笑いした蟹谷は、敢えてそれ以上、語ろうとはしなかった。
 道場へ、このまま帰るというのも何故か野暮ったく思え、左馬介は葛西宿をうろつくことにした。夕刻の門限である暮れ五ツまでに道場へ戻ればいいのだ…と考えると、かなり心の余裕も出来た。腹は千鳥屋の裏で食べた握り飯のお蔭で、ひもじい、という程のことは
ない。だが、そろそろ空腹感に苛(さいな)まれ始めていた。
 主人の喜平に礼を云って店を出た左馬介は、物集(もずめ)街道を挟んで斜(はす)向うに暖簾を上げる蕎麦屋へ入
った。
「へいっ、いらっしゃい!」
 蕎麦屋の主(あるじ)が客を呼び込む威勢のよい声が響いた。
「かけ、を一杯…」
 左馬介は椅子に座りながら、奥の主に暖簾越しの声を投げた。
「へいっ!!」と、直ぐに小忙しく動く主から大声が返ってきた。くして、とは云っても、客は左馬介一人だから、そんなに待つという程でもなく、主は蕎麦鉢を盆に乗せて現れた。鉢を洗う音がしていたから、恐らくは大勢の昼客が帰った後なのか…と、左馬介は機敏に思った。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十一回

2009年12月23日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十一回
「先生は、それを杖で示されたのですか?」
「ああ…まあ、そうだな」
 蟹谷は大雑把(ざっぱ)な経緯を吐露した。
「集中せよと…ただ、それだけですか?」
「面白い奴だ。そんなに詳しく訊いて、如何にする積もりだ?」
「如何にする、などという事ではありませんが、先生の仰せになった
ことを知りたい一存です…」
「ほおー、そうか…。いや、なに。先生は俺の稽古、といっても、薪
を割る斧の振り下ろしなのだが…」
「それが、どうだと?」
「どうも、俺が割る薪は均一ではないらしいのだ。それを先生は目敏(ざと)く見られていたようで、集中力を欠いておる…と云われた
のだ」
「なるほど、そういうことでしたか…」
 左馬介は蟹谷にことの委細を訊き、漸く得心がいった。
「では、私は、これにて。どうも、お忙しいところを失礼しました」
 左馬介は立ち上がり、廊下へ出ようと歩きだした。その後ろ姿
に、
「なんだ、もういいのか?」
 と、蟹谷の鋭いひと言が飛んだ。


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第二十回

2009年12月22日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第二十回
 蟹谷は左馬介を急かせた。
「はあ…。幻妙斎先生に最近、お会いになったそうで…」
「ん? ああ、そのことか。権十にでも聞いたのか?」
 左馬介は無言で頷いた。
「別に俺が先生をお呼びした訳ではないのだ。先生の方から急に
お姿をお見せになった」
 蟹谷が話すその辺りの経緯については、左馬介も権十から聞
いていた。
「権十が申すには、何やら杖で御指南された
とか…」
 定かではない話だから、左馬介は言葉尻を濁した。
「そうか…、その話を訊きにきたのだな?」
 蟹谷は左馬介が千鳥屋へ足を運んだ意図を漸く理解したよう
だった。
「ええ、まあ…」
「俺の太刀筋を、恐らくどこかで見ておられたのだろう。振り抜
く時に息を止めよ、と…」
「どういうことですか?」
「いや、それは俺にもよく分からぬが、どうも集中力を欠いておるようだ」


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十九回

2009年12月21日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十九回
「ああ…蟹谷さん。薪はいつもの量を割って下されば結構です。賃は帰られる時に包ませて戴きます。それより、あちらの離れ
堀川の秋月様がお待ちでございますよ」
「えっ? 秋月…。左馬介ですか?」
「はい。確か、そう申されたようで…」
「いったい何用で?」
「さあ、そこのところはお訊きしておりませんから、しかとは分かり
かねますが…」
「そうですか、どうもご面倒をおかけしたようで…」
 何事だろう? と、首を捻りながら、蟹谷は左馬介が待つ離れ
の四畳半へと急いだ。
 離れに蟹谷が入った時、左馬介は、うつらうつらと首を縦に振
っていた。
「おい! 起きろ、左馬介!」
 背を叩かれ、左馬介は驚いて正気に戻った。後方をゆったり見上げると、そこには蟹谷が立っていた。その蟹谷が、ぐるっと
回り込むように左馬介の前へと出て、どっしり座る。
「いったい何の用だ? これから薪を割る野暮用があるから、早く云ってくれ」


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残月剣 -秘抄- 《剣聖②》第十八回

2009年12月20日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《剣聖②》第十八回
しかし、文句を云う筋合いでもなく、左馬介は取り敢えず部屋内へと入
り、どっしりと座布団の上へ腰を下ろした。
 その時、手代がふたたび現れた。手には盆を持っている。この景色は、つい先ほど、むさい店裏の床机に左馬介が座っていた折り、握り飯と茶を盆に乗せて現れた手代の姿と似通っているように思われた。よく凝視すれば、確かに先ほどの手代である。僅かな時の移ろいでしかないので見間違う訳がない。すると、近づいた手
代の方から、
「先
ほどは…。ここへおいて置きます」
 と、盆に乗せ
た茶碗と茶菓子を置いていった。
「度々(たびたび)、恐れ入ります」
「蟹谷様、早く参られると宜しゅうございますね」
 手代はそう云いながら軽い会釈をすると立ち去った。左馬介が置かれた茶を飲むと、これが熱からず冷たからず、丁度、絶妙の淹れ加減で、味もよく出ていた。その茶を飲み終えると、道場を早立ちの所為(せい)か左馬介は無性に眠くなり、いつしか微睡(まどろ)ん
だ。
 蟹谷が千鳥屋に現れたのは午の下刻から未の刻なろうとしていた頃である。


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