残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第十二回
なんとも妙な節回しの掛け声を、辺りの屋敷内に振り撒きながら、冷し飴の入った屋台風の桶を肩に担う行商人の姿が、常松の両眼へ飛び込んだ。
常松が如何に賢明だったとしても、やはり、子供であることに変わりはない。
「そこのお方、一杯、所望する…」
と、常松は、思わず声をかけてしまった。
「おう、お坊ちゃん。四文ですよ。今、椀に入れさせて貰いやすから…。ここで飲んでいきなさるかい?」
常松は、素直に首を縦に振った。歳の頃なら三十を少し出た頃の気っ風のいい男は、担っていた桶を地に下ろして、常松に振り向きながら、そう云った。常松は、使いの銭とは別の、首に巻いた布巾着から四文を出して、行商人の男に手渡した。この時、常松は、この事をそう深くは考えていなかった。ほんの使いの駄賃ほどの事…と、捉えていたのである。
蝉が、やけに騒がしく鳴いていた。