「先々のことは、お婆さん、いや、御祈祷師様がお思いのとおり100%、起こりましたか?」
「へぇ~、思いましゅ通りに成りよりましゅただ…」
「で、ご祈祷をお始めになったということですか?」
「へぇ、左様で…」
「では、身に着けておられる装束は…」
「これでごぜぇ~ましゅか?」
「ええ、何か訳でも?」
「いや、訳などごぜぇ~ません。身に着けとうなったからです…」
「よく、そんな装束がありましたね?」
それまで黙っていた鴫田が口を開いた。
「それが、不思議なんでごぜぇ~ましゅ。急に現れよりまして…」
「現れよりましたか…」
そういえば、奥多摩から遥か離れた麹町署へ突然、現れたこととも関連があるように口橋には思えた。
「ウイルスのお話でごぜぇ~ましゅが、実のところ私どもが撒き散らした微生物でしてのう…」
「それは…」
人が悪性菌を撒き散らすなど、国内に及ばず世界的にみても犯罪行為であることは疑う余地がない。ただ、この老婆にそれだけの大ごとが出来るとも思えない…と口橋は考えた。
「これ以上のことは私めの口からは申せましぇん…。お告げを申したいのは山々ですが、これ以上、口を開けば胸が苦しゅうなって死によりますだ…」
「誰が死によりますか?」
「私めが死によります…」
老婆に乗り移った[憑依した]Й3番星人は、自分の意思でないことを言った場合、その者を抹殺するようなのである。実にもって怖く、恐ろしい事実だった。だが、そんな現実離れした事実が刻々と進行しているなどとは、口橋も鴫田も知る訳がなかった。
「どうしてでしょう?」
「いろいろと先々のことが分かるようになりましてからというもの、そのような苦しゅうことになりよりましゅだぁ…」
「ご祈祷をお始めになってから、ということですか?」
「そうでごぜぇ~ましゅだぁ…」
老婆は首からぶら下げた勾玉を片手で握りながら皴枯れ声で説明した。
二人が駆けつけると、確かに霊安室の中に弥生時代の装束を身に纏った祈祷師の老婆がいた。
「お婆さん、いつ来られましたっ!!」
口橋は息を切らして老婆に訊ねた。
「またまたっ! その、お婆さん・・という呼び方は、やめて下しぇ~~まし、と申したはずですじゃ…」
「ああ、ご祈祷師様でしたな。ご祈祷師様、いつ来られましたっ!」
「ほん今、でございましゅだ…」
口橋、鴫田は瞬間、そんな馬鹿なっ!! と思った。当然と言えば当然で、三次元の地球科学を否定した話なのだ。
「あの…お車か何かで?」
口橋はそう訊ねるのがやっとだった。霊安室の中ということもあったが、少し怖くなってきたのである。
「いえいえ…」
老婆はニコリと哂(わら)いながら、片手を団扇のように振って否定した。
「…」「…」
ここはスルーしよう…と、口橋は思った。
「署長が、公安がウイルス絡みで埋葬したとご祈祷師様に話したと言ってましたが…」
「ええ、そのお話は署長様から聴きよりました…」
「聞きよりましたか…」
鴫田が話に割って入った。
「ええええ、怖ぁ~~か時代になりよりましたでしゅだ…」
老婆の話を確かにそうだな…と、二人は思うでなく思った。
そのとき、霊安室を見回っていた巡査が慌てふためいてやってきた。丁度、口橋と鴫田が署を出ようとしていた矢先だった。
「く、口橋刑事っ!!」
「んっ!? どうしたんだ?」
「霊安室に婆さんが突然、現れたんですっ!」
「なにっ!? 婆さんがっ!?」
マジックじゃあるまいし、老婆が突然、霊安室に現れることなどある訳がない…と瞬間、口橋は思った。それより、これから鴫田と疲れを取ろうと居酒屋へ向かうところだったのだ。そこへ、つまらない通報だ。口橋は憤(いきどお)っていた。
「その婆さん、今、どこにいるんだっ!」
「霊安室でお祈りなさってます…」
「祈るって…もしやっ!」
口橋の脳裏に奥多摩の老婆の姿がふと、浮かんだ。
「その婆さん、弥生時代の装束を身につけてなかったか!?」
「はい、確かに…」
「おい、鴫田っ! 行くぞっ!」
口橋は署内へ走った。当然、鴫田もそのあとに続いた。もし、通報が事実だとすれば、それは到底、現実には起こり得ないイリュージョンに違いなかった。^^
合同捜査本部の会議が終わり一同が退席したあと、残った正面席の三人が相談を始めた。
「署長、どうされるおつもりです?」
手羽崎管理官が左隣から鳩村に声をかける。
「どうされる? と言われましても、今の段階では、こうしますとは申せません。あなたなら、どうしますか?」
鳩村はスルーして左隣の庭取に振る。つい今し方、振られたことへの振り返しだ。^^
「…被害者かどうかも言えない五体のミイラですよ。そのミイラも消えて今は無い訳です。となりますと、いったい何を捜査すると言うんです、署長っ!」
庭取は少し興奮気味に鳩村の振り返しを、受けて凌(しの)ぐ。両者の間に刀の鍔迫(つばぜ)り合いにもにた雰囲気が漂った。
「まあ、今日はひとまず、これまでに…」
これは拙い…と思った手羽先が両者に割って入った。ハトとニワトリは相性がいいのか? は、定かではない。^^
「おいっ! どうなるんだ、この捜査?」
署内の自動販売機の前で缶コーヒー片手に口橋が鴫田に訊ねる。
「さあ…」
鴫田は、僕に訊かれても…という顔で口橋へ返す。
「まあ、いいか…」
何がいいのかは分からないが、口橋が悟りきったような声で呟く。こうして、この先どうなるか分からない、どうでもいいような一件を抱えたまま、麹町署の一日は終わろうとしていた。
ミイラの消滅・・コトのすべてはSFじみた事実にあった。その事実を知る者、それは奥多摩の山深くの庵で暮らす祈祷師の老婆、そして署長の鳩村の二人である。二人は孰(いず)れもЙ3番星人が憑依しており、地球の命運を握る人物と言えた。
五体のミイラに残された頭部の一致した星印の痣(あざ)の鑑定結果が科捜研から報告されるということで、捜査員と関係者を一堂に会し、合同捜査本部の会議は署長が戻った夕方近くに始まった。
「科捜研の関さん、鑑定結果をお願いします…」
正面最前列で一同に対峙して座る鳩村が指名し、科捜研の研究所員、関礼子がスクッ! と立った。
「各ミイラの頭部に残された痕跡は孰れも後天性の痕跡で、傷痕と言える傷ではない・・という結論に至りました。現在の科学技術では到底、説明出きない痕跡であり、どのようにして付着したものか? の判明は不可能という鑑定結果です…」
言い終えると、関研究所員は着席した。
「鑑定結果は以上のとおりです。ただ、全てのミイラは現在、行方が分からず、我々は何の捜査に時を費やしているのかが、さっぱり分かりません。このまま、謎のミイラ・合同捜査本部を継続していいものかどうか、その判断は、署長の決定に委ねます…」
鳩村の右隣に座る庭取が、残り少ない鶏冠(とさか)のように立った癖毛を撫でながら静かに言った。振られた鳩村は一瞬、私かい? …と庭取を見てギクッ! とした。
「その件につきましては、明日に日を改めて通達することに致します」
この段階で、鳩村はどう平和的に決定したものか? の判断がついていなかった。それは、鳩村に憑依したЙ3番星人の思惑でもあった。
「ともかく、よかったです…」
「ええ…」
手羽崎管理官と庭取副署長が顔を見合わせ、安堵の息を漏らした。マスコミに知られまいと、署内の全員に箝口令(かんこうれい)を敷いた矢先だった。
「このあと、どうします、副署長?」
「そうですね。取り敢えずは署長から詳しい話を聞くことに…」
「分かりました。合同捜査本部の会議は開く必要があるようですが…」
「科捜研の報告がありましたね」
「ええ…」
二人はゴチャゴチャと話し合い、合同捜査本部と分化本部は関係署員達でザワザワしていた。^^ そのとき、三人を乗せた覆面パトが麹町署へ戻ってきた。三人が急ぎ足で署へ入ると、署員達はまるで有名人を見るかのように遠目で視線を三人に送った。
「署長っ!」
「ああ、どうも…。心配をおかけしました」
「どうされたんです?」
「いや、それが…。私にもよく分からんのです。署長室の椅子に座ったまでは記憶しておるのですが、そのあとが…」
署長に乗り移った[憑依した]Й3番星人は、迂闊なことは言えないぞ…と語り口調がスローダウンし、慎重になった。
「ははは…若い人は、まあ、いろいろありますからね…」
何がいろいろあるのか? 口橋や鴫田には分からない。鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人にとって、地球上には、いろいろと珍しい事象があった訳である。鴫田の空腹状態も、実はその一つなのだ。^^
「さて、一度、署へ戻りますか…」
「そうして下さい。署内では署長が消えた消えたで、偉い騒ぎになってますから…」、先に連絡して下さい」
「分かりました…。ははは…それじゃ、署へ帰還しますかっ!」
「はいっ! 取り敢えず、合同捜査本部を一度、開きませんと…」
「そうですね‥‥」
「僕のパスタは?」
「馬鹿野郎っ! そんなもの、いつでも食えるだろうがっ!」
「ですよね…」
鴫田はオーダーを立って待つウエイトレスに片手を振ってキャンセルした。
署長を乗せた覆面パトは一路、麹町署を目指した。
同時刻の麹町署である。
「今、口さんから連絡が…。署長が見つかったようです」
署内から消え去り、繁華街で見つかったというマジックのイリュージョンを絵にかいたような通報に麹町署は沸き返っていた。
「他愛もない話ですか…」
「ええ、公安がウイルス絡みで埋葬したという…」
「公安のウイルス絡みの話でしたか…」
口橋は一応、納得した。鳩村の内心は、やれやれ…である。それは鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人だった。Й3番星の異星人は過去、百年近く前から交代で地球へ先遣者を送っていた。その理由は人類が地球上に生存し続けていいか? を見定める為だった。今までの経験値からすれば、人類はアホで地球を死の星にする輩(やから)・・という結論に達していた。五体のミイラの一件は、人類に最後のチャンスを与えるЙ3番星人の行為だった。麹町署の誰もが、そのような事実があろうとは夢にも思っていなかった。全員、アホだったということではない。^^ 誰もが想像もつかないSF的な事実が進行していたのである。
「そうです。実は…」
鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星人は進行しつつある事実を、ふと漏らそうとした。
「なんです、署長?」
「いや、何でもありません…」
口橋は鳩村の歯切れの悪さが気になったが、それ以上は訊かなかった。
「口さん、パスタいいですか? 腹ペコで…」
そのとき、今まで二人の会話を聞く人になっていた鴫田が口を開いた。
「お前な…。好きにしろっ!」
少しは場を考えろっ! と怒れた口橋だったが、鳩村の手前、言い出せず、許した。
「すみませんっ!!」
鴫田は大声を張り上げ、ウエイトレスを呼んだ。口橋は食うことだけは達者な奴だ…と心でボヤいた。^^
店内に客は疎(まば)らで、三人は周囲に客がいない席へ腰を下ろした。しばらくして、ウエイトレスが水コップをトレーに乗せて現れた。各自が注文を済ますとウエイトレスはオーダー書きを確認した後、楚々と去った。
「今どき、ハンディで注文、取らないんですね、この店…」
「いいじゃないか、レトロで…」
鴫田が訊ね、口橋が軽く返した。
「口さんが私に訊いた話なんですがね。情報は公安内部のある署員から聞いたんですよ、実は…」
「とある地へ埋葬されたって言ってましたよね。それは?」
「公安に迷惑がかかるかも知れませんので、今のところ、ドコソコとは話せませんが…」
「そうですか…。それと、例の祈祷師の婆さんが、署長に訊けば分かるって言ってたんですが、何のこってす?」
奥多摩の山深い庵で暮らす祈祷師の老婆に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人が老婆に言わせた話である。口橋には皆目、見当もつかなかったが、署長に訊けば分かると言ったのだから訊ねたのである。一瞬、鳩村はギクッ! とした。というより、鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人がギクッ! としたと言った方がいいのかも知れない。
「ああ、そうでしたか。いやなに、私がお婆さんに少しお話したことですかね?」
「と、いいますと…」
「ははは…他愛もない話です…」
鳩村に乗り移った[憑依した]Й3番星から来た異星人は内心で『つまらんことを言う奴だ…』と、自身の存在がバレる危うさに気づき、先遣者の異星人を愚痴った。