夏目漱石の「草枕」に
『山路を登りながらこう考えた。
智に働けば角が立つ。
(理性で動こうとすれば、ぎすぎすして穏やかに暮らせない)
情に棹(さお)させば流される。
(人間の感情はコントロールできなくて、感情に流されてしまう)
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、
詩が生まれて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向こう三軒両隣りに、ちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。』
漱石は、人は意地を通すものだから住みにくい。
だからと言って、どこへ行っても同じだ。
ならば、安らぎや喜びといった精神的安定を得るために、詩や絵といった芸術に親しむようにすればいい。
そうすれば、人の世界も決して悪いものではないと言っています。
お年寄りも体が不自由になり、仕方なく集団生活の中で窮屈にがまんしながら生きている。
「生きる覚悟」
禅の悟りとは、いつでも、どこでも死ぬる覚悟ができることだと思っていたが、よく考えてみると、それは大変な誤りで、いかなる場合でも、平気で生きることであることがわかった。
(正岡子規)
と述べています。
夏目漱石も正岡子規も
禅の心も、
人生の生き方を
教えていると思います。
平凡で何もない事の
幸せを大切に感じたいものです。
私も阪神大震災で宝塚にて被災しましたし、
親戚を神戸で亡くしました。
この度の災難にあった方々に心よりお悔やみ申し上げます。
合掌
『山路を登りながらこう考えた。
智に働けば角が立つ。
(理性で動こうとすれば、ぎすぎすして穏やかに暮らせない)
情に棹(さお)させば流される。
(人間の感情はコントロールできなくて、感情に流されてしまう)
意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、
詩が生まれて、画(え)が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向こう三軒両隣りに、ちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。』
漱石は、人は意地を通すものだから住みにくい。
だからと言って、どこへ行っても同じだ。
ならば、安らぎや喜びといった精神的安定を得るために、詩や絵といった芸術に親しむようにすればいい。
そうすれば、人の世界も決して悪いものではないと言っています。
お年寄りも体が不自由になり、仕方なく集団生活の中で窮屈にがまんしながら生きている。
「生きる覚悟」
禅の悟りとは、いつでも、どこでも死ぬる覚悟ができることだと思っていたが、よく考えてみると、それは大変な誤りで、いかなる場合でも、平気で生きることであることがわかった。
(正岡子規)
と述べています。
夏目漱石も正岡子規も
禅の心も、
人生の生き方を
教えていると思います。
平凡で何もない事の
幸せを大切に感じたいものです。
私も阪神大震災で宝塚にて被災しましたし、
親戚を神戸で亡くしました。
この度の災難にあった方々に心よりお悔やみ申し上げます。
合掌