自宅放置死250人は「人災」 英米のコロナ対策を知る日本人医師が指弾
2021/09/23 08:00 AERA
筆者:亀井洋志
これは“コロナ棄民”政策による犠牲ではないのか。新型コロナウイルスに感染し、自宅などで死亡した人が、8月に全国で250人に上った。7月の31人から急増し、過去最多となった。第5波が猛威を振るった8月、政府は重症患者や、中等症でも重症化リスクの高い患者以外は自宅療養を基本とする「入院制限」を打ち出した。デルタ株による感染爆発から医療逼迫(ひっぱく)を防ぐ狙いだ。本来、入院や宿泊療養をするべき状態なのに、自宅療養を余儀なくされる人が続出する結果となっている。
この春まで英キングス・カレッジ・ロンドンの教授を務め、5月に帰国した渋谷健司医師は、日本の現状について怒りを滲ませながら、こう語る。
「保健所の職員が自宅療養の患者さんを観察し、入院が必要かどうかを判断するなんて無理です。最初から医療にかからなければ症状の急変には対処できません。酸素ステーションの設置も、後手の対策を象徴している。酸素が取り込めなくなった人に、酸素だけ投与して回復するわけがない。入院してきちんと治療しなければなりません。ネックとなっているのは病床不足で、大規模な専門病院が必要なことは昨年からわかっていたこと。お手上げになったら患者を自宅放置なんて、あり得ないくらいひどい話です」
政府はコロナ患者の受け入れを促すため、重症患者向けの急性期ベッドを新たに確保した医療機関に対し、1床当たり最大1950万円を補助しているが、機能していない。中小規模が多い民間病院がコロナ診療のために一般診療を制限し、さらに院内感染が起きれば大きな打撃を受ける。医療スタッフのやり繰りにも限界がある。
渋谷医師が続ける。
「中小の民間病院にコロナ患者の受け入れを求めるのは酷です。やはり大きな急性期病院でベッドを50床、100床と確保しないと対応できません。その役割は当然、公的病院が負うべき。国立病院機構や、尾身茂さんが理事長を務める地域医療機能推進機構(JCHO)はすぐにでもコロナ対策病院としてベッドを確保すべきです」
冬にかけて「第6波」が始まることが予測される。重症者用に既存の病院の病床を確保するとともに体育館やイベント会場などの臨時の施設を使って野戦病院をつくり、中等症の患者を収容する態勢づくりが求められる。
「いま専門家からロックダウン(都市封鎖)法制化を求める声が上がっていますが、ワクチン接種が進み、病床を確保して医療崩壊が防げればその必要はありません。英国のような罰則もないのに日本の国民は我慢強く行動制限しています。その真面目さに胡坐(あぐら)をかいて、国や専門家はやるべき対策を怠った。飲食店をスケープゴートにして自粛や緊急事態宣言をくり返しても社会が傷むだけです」
現在、日本では変異株による子どもの感染が急増している。渋谷医師はいま最も重要なのは学校対策だと話す。
「コロナは無症状感染があるので、症状がなくとも学校で定期的に検査を実施すること。日本はいまだにマイクロ飛沫と言っているが、主な感染ルートはエアロゾルによる空気感染です。教室にCО2モニターを置いて換気を見える化し、12歳以上の子どもと保護者、教師はワクチンを接種する。ワクチン、検査、換気、不織布マスクの4点セットで学校を成り立たせていくのです」
米国の事例にも学ぶべき点は多い。米国在住で、星槎グループ医療・教育未来創生研究所・ボストン支部研究員の大西睦子医師はこう説明する。
「米国では最も多い時で1日30万人もの感染者を出しましたが、医療崩壊を免れています。ライバル病院が協力して次々と臨時病院を開設し、患者さんの入院先を調整し合ってパンデミックに立ち向かったのです」
大西医師が住むマサチューセッツ州では、ハーバードの教育病院・マサチューセッツ総合病院(MGH)を擁する「マスジェネラルブリガム」が州最大の病院グループだ。昨年4月、ボストンに第1波が押し寄せた時に、コンベンションセンターを使用して約1千床の臨時病院を開設。ICU(集中治療室)ベッドも州全体で約1200床増やした。ICUでの治療から回復した患者は臨時病院で経過を見る。無症状者はホテルで健康観察するシステムが早期に確立した。
「マスジェネラルブリガムは長年のライバル関係にある他の病院グループと一致団結し、どこの病院に何人分のベッドが空いているかなど、お互いに情報を開示・共有し合いました。インターネットでも確認でき、患者さんがたらい回しされることはありません。救急車もすぐに搬送できるので、時間的なロスもありません。医療スタッフは定期的な検査など緊急性のない医療をやめて、コロナに集中しました。ワクチン接種が進んでから順次、元の診療科に戻りました」(大西医師)
情報を隠したら罰金100万ドル
コロナ対策においてこうした画期的な取り組みが実現できたのは、オバマ政権が2016年に制定した「21世紀治療法」があるからだ。パンデミックなどの危機に備え、公衆衛生のために電子記録を作成する医療従事者や企業は、他の医師や事業者と情報を共有することが義務付けられた。情報のブロックは禁止され、違反した場合は最大100万ドルの罰金が科せられることがある。大西医師が解説する。
「患者さんの電子カルテも共有化が進み、コロナによってさらに加速しました。もちろん、プライバシーは法律によって保護されます。まず、かかりつけ医であるホームドクターに行き、必要であれば専門の病院にかかる。データはシェアされているので診療はスムーズに進みます。患者は自分の情報はすべてオンラインで知ることができ、セカンドオピニオンが必要かどうかも判断できます」
日本でも医療情報の開示を導入すれば、閉塞したコロナ対策を打開する一助になるのではないか。(本誌・亀井洋志)
※週刊朝日 2021年10月1日号