【速報】河井克行は何故罪を認めたのか?自民党を破壊する爆弾となった元法務大臣。実際に河井克行を取材した記者が解説。元朝日新聞記者ジャーナリスト佐藤章さんと一月万冊清水有高

2021/3/23

 

河井克行元法相は、なぜ突然買収容疑を全面的に認めたのか、選挙日程を逆算した裏事情とは

河井克行元法務大臣(写真:Motoo Naka/アフロ)

河井克行元法務大臣が23日の東京地裁で開かれた買収罪に関する被告人質問で、これまでの供述を一転し、ほぼ全面的にその容疑を認め、議員辞職も表明しました

 これまで河井夫妻は警察や検察の取り調べに対して無罪を主張し、頑なにその容疑を認めようとしていませんでしたが、ここにきて突然買収容疑を全面的に認めたことが驚きを持って受け止められています。なぜ、今日ここに来て全面的に容疑を認めることになったのでしょうか。

鍵となるのは「3月15日」を超えたかどうか

 筆者は、この「一転して全面的に容疑を認めた」「衆院議員を辞職することを表明した」という流れは、河井元法相が緻密に計算して行ったことだと考えています。まずは、現職の国会議員という立場を考え、公職選挙法の規定を少しだけ読み解いてみます。

 

 河井克行元法相は、衆議院議員を辞職する旨を表明しましたが、公職選挙法では、議員が辞職した場合の補欠選挙について、次のように定めています。

公職選挙法第三十三条の二 2 衆議院議員及び参議院議員の再選挙(前項に規定する再選挙を除く。以下「統一対象再選挙」という。)又は補欠選挙は、九月十六日から翌年の三月十五日まで(以下この条において「第一期間」という。)にこれを行うべき事由が生じた場合は当該期間の直後の四月の第四日曜日に、三月十六日からその年の九月十五日まで(以下この条において「第二期間」という。)にこれを行うべき事由が生じた場合は当該期間の直後の十月の第四日曜日に行う。

また、同条第6項では、衆議院議員の任期満了が近い場合には、補欠選挙でなく本選挙に統合する旨の規定があります。

公職選挙法第三十三条の二 6 衆議院議員及び参議院議員の再選挙(統一対象再選挙を除く。)は、当該議員の任期(参議院議員については在任期間を同じくするものの任期をいう。以下この項において同じ。)が終わる前六月以内にこれを行うべき事由が生じた場合は行わず、衆議院議員及び参議院議員の統一対象再選挙又は補欠選挙は、当該議員の任期が終わる日の六月前の日が属する第一期間又は第二期間の初日以後これを行うべき事由が生じた場合は行わない。

 よって、3月15日までに議員辞職を行わなかった河井克行衆議院議員は、仮に3月16日以降に衆議院議員を辞職しても、少なくとも10月の第4日曜日まで補欠選挙が行われることはありません。また、現在の衆議院議員の任期満了日は今年10月21日のため、結果的に「補欠選挙」が行われないことになります。

 

 ここからは筆者の考えですが、おそらく河井元法相は、被告人質問初日の日程を3月16日以降にずらすため、あえて昨年9月15日に弁護士を解任し、10月21日に同じ弁護士を選任したのではないのでしょうか。刑事事件において、いわゆる「必要的弁護事件」では弁護士がいない状態では公判を開くことができません。そのため、当初予定されていた被告人質問の日程を、3月16日以降にずらすためには、この1ヶ月を「弁護士がいない状態」にして公判の進行を遅らせ、自らが法廷で言葉を述べる被告人質問の初日を3月16日以降にしたということです。

 

 これにより、法廷で罪を犯したということを河井元法相は述べることができるため、裁判進行上、少なからず情状酌量を狙う余地が生まれることになります。また、実際に衆議院議員の職を辞めれば、その点も量刑判断において、有利に働く可能性があります。(仮に3月15日より前に、裁判上や、検察取り調べで罪を認めてしまえば、国会において「国会議員辞職勧告決議」の可決という流れもあり得えたはずが、その段階では無罪を主張することで、あくまで推定無罪の原則に基づき、「離党処分」に留まっていたことも加味する必要があります)

 

 法学部出身で、法務大臣まで務めた河井克行氏ならではの、法律上の規定を熟知した上での計算尽くでの判断だったということでしょう。

ここで容疑を一転して認めたメリット

3月16日を超えて容疑を認めたことの、河井克行元法相にとっての裁判上のメリットはここまで述べてきました。しかし、それだけでしょうか。他にどのようなメリットがあるのでしょうか、考えてみます。

みそぎ選挙の出馬可否

 まず第一にみそぎ選挙日程です。筆者は、当初河井元法相が辞任の意向という報道が流れた日にも、このようにツイートしました。

 
「ほら、河井克行氏の被告人質問、本人すんなり認めた。先日ツイートした通り、被告人質問の日程を3月16日以降(=公選法規定により衆院補選が開かれず本選になる)になることを見越して、弁護士解職などを計画的にやった証拠。3月16日を超えたから、もう否認する理由がなくなった。用意周到な男。」

 公職選挙法では先ほど解説した通り、3月15日までに河井元法相の辞職が認められていれば、その補欠選挙は4月26日に執行される予定でした。一方、3月16日以降に辞職をすればその補欠選挙は10月の第4日曜日に執行されることになります。ところが現在の衆議院議員の任期満了日は2021年10月21日のため、同じく公職選挙法の規定により、この秋の補欠選挙が行われる見通しがなく、実際は第49回衆議院議員総選挙として執行される見通しです。

 公職選挙法では、衆議院議員が自ら辞職した後に行われる補欠選挙に自らが再度出馬するいわゆる「みそぎ選挙」を認めていません。そのため3月15日までに辞職をした場合4月26日に行われる補欠選挙には河井克行元法務大臣は立候補できないことになります(念のためですが刑事被告人の立場である河井克行元法務大臣は、現時点で刑が確定したわけではないので、少なくとも公職選挙法上は立候補する権利を有しています。これまで様々な国会議員の裁判において刑事被告人の立場であっても衆議院議員に立候補した候補者はいましたし、更に刑事被告人の立場でも当選した候補者も複数います)。

 一方、3月16日以降の辞職の場合には補欠選挙ではなく総選挙として行われる見通しのため、少なくともその総選挙の日までに河井元法相の刑が確定していなければ、同じく広島3区で立候補することができます。河井元法相が再度立候補を広島3区で希望しているかどうかは分かりませんが少なくともその可能性を残した選択と言えるでしょう。 

「広島3区」と「神奈川6区」の自公選挙区交換の完成

 

遠山清彦元衆議院議員
遠山清彦元衆議院議員(写真:アフロ

 

 ただ少なくとも広島3区の有権者が、これだけ大規模な買収事件に発展した渦中の河井元法相に政治的信頼を置けるかどうかはまた別問題です。すでに公明党は広島3区に斉藤鉄夫副代表を擁立する方向を発表し、自民党とも大筋合意しています。これは当初、公明党側が自民党との調整を行わずに擁立を決定した流れがあり、自民党広島県連からは大きな反発もありましたが、最終的には党本部同士の協議によって公明党斉藤副代表の擁立が決定したと言う経緯でした。ところがこの後、公明党のホープとも言われていた、遠山清彦元衆議院議員が、緊急事態宣言下における会食ならびに不適切な政治資金の支出によって、神奈川6区の支部長を解任され、衆議院議員を辞職しました。会見では、次期衆院選には立候補しないことも併せて述べたため、この選挙区の取扱について与党内では協議が進んでいます。元々は公明党副幹事長を務めた上田勇氏の地盤でもあった神奈川6区ですが、今回の遠山清彦元衆議院議員の事件によって公明党から再度の擁立は厳しくなった経緯もあり、また菅義偉首相の神奈川2区とも隣接する選挙区でもあることから、自民党からの擁立(地元市議)が検討されていると言われています。

 そうすると、結果的には(双方の政治家不祥事が理由とは言え)、結果的に自民党と公明党の小選挙区を「交換」した形となり、痛み分けの形ですが、与党連立の足並みを揃える結果となります。遠山清彦元衆議院議員は、前回の衆議院議員総選挙を比例九州ブロックで戦ったために、神奈川6区は補欠選挙の対象となりません。そのため、この「選挙区交換」を確かなものにするために、広島3区と神奈川6区の選挙を同じ日程にする必要があったことも、辞職を3月16日以降にずらす必要だったと言えるでしょう。

 

「自民党、補選0勝4敗」の悪夢を避ける目的も

 さて、今年4月に行われる国政補選・再選挙は、衆院北海道2区、参院長野選挙区、参院広島選挙区です。

 これまで報道されている通り、衆院北海道2区は自民党が候補者を出さないことを決断し、すでに地元自民党支部は自主投票を決めていますので、自民党は「不戦敗」を選択したことになります。

参院長野選挙区は、自民党は前回出馬した元衆議院議員の小松裕氏を、野党は亡くなった羽田雄一郎氏の弟、羽田次郎氏をそれぞれ擁立することに決めています。直近では、羽田氏が立民、共産、社民3党との間に結んだ政策協定の一部を国民民主党が問題視しており、完全な形の野党統一候補になれるかという問題が残っていますが、それでも前回の2019年参院選では羽田雄一郎氏 512,462票に対して、小松裕氏 366,810票と約15万票の差がついており、今回も羽田次郎氏にとっての弔い選挙であることを踏まえれば、羽田氏を中心とした選挙となることが見込まれます。

 最後に参院広島選挙区ですが、自民党が元経済産業省官僚の西田英範氏(39)を擁立したほか、立憲民主党も新人でフリーアナウンサーの宮口治子氏(45)の擁立を決定し、野党共闘を目指す方針です。しかし、こちらの選挙区は立憲側が候補者選定に時間を擁したこと、何より広島県が圧倒的な保守王国であることから、厳しい選挙であることには間違いありません。ところが自民党側も、河井夫妻の事件において資金を受領するなど事件に関与している地方議員が少なからずいることから、地方議員が矢面に立ちづらい選挙になったこと、政治とカネの問題による再選挙であることから公明党の支援が実質的に厳しいのではないか、との推測があり、予断を許さない状況です。

 

 仮に、河井元法相が3月15日までに辞職していた場合、これに「衆院広島3区補選」が増えて4戦となります。既に北海道と長野では与党にとって厳しい情勢の中、広島が河井夫妻の辞職による選挙というムードが前面に出れば、自民党地方議員にとっては動きにくい選挙になるだけでなく、公明党も政治とカネの問題が焦点になれば、支持者らの離反を招く恐れもあります。まだ広島3区の擁立が決まってから時間も経っていない中で斉藤鉄夫副代表がどれだけ地盤を固められるかという課題も残っており、仮に野党が広島3区に集中して勝利した場合には、公明党にとっては衆院選での選挙区敗北によって前述の交換が成立しないだけでなく総選挙へも大きな悪影響が出るでしょう。また、仮に参院広島選挙区まで野党が勝利することになれば、春の補選・再選挙は野党側の4勝0敗となる可能性もあり、そうなれば菅内閣は一気にレームダック化し、解散総選挙を待たずして菅下ろしからの総裁選という流れが決定づけられるでしょう。

 

 そうしたことを避けるためにも、これ以上「政治とカネの問題」を春の補選・再選挙の焦点にしないために、辞職時期をずらしたものと考えられます。無論、この意思決定が河井元法相の単独一人の意思決定とは思えません。政治とカネの問題が今年に入り大きなテーマとなりつつありますが、今回の河井元法相の「一転容疑を認める」という流れも、秋の自民党総裁選や、今年秋までには行われる衆院選のために、与党内で行われている駆け引きや調整の一幕とみるべきでしょう。