"議論再燃。「処理水海洋放出」は何がまずいのか? 科学的ファクトに基づき論点を整理する | ハーバー・ビジネス・オンライン | ページ 2" https://hbol.jp/pc/202689/2/
再燃した「トリチウム水海洋放出」問題
注目を集めているのは、原田義昭前環境大臣が退任寸前に「海洋放出しか方法がないというのが私の印象だ」「思い切って放出して希釈すると、こういうことも、いろいろ選択肢を考えるとほかに、あまり選択肢がないなと思う」と発言し、NHK他で報じられた*ことが切っ掛けとなっています。 <*環境相「処理水は海洋放出しかない」福島第一原発2019/09/10 NHK、“原田環境相、原発処理水「海洋放出しかない」2019/09/10 日本経済新聞>
続いて大阪府知事、大阪市長による大阪湾に持ち込んで海洋放出するという発言が続いています。維新の会の政治家が2019年09月17日に大阪と東京で一斉に主張しはじめた*ことが特徴的です。 <*大阪府/令和元年(2019年)9月17日 知事記者会見内容 福島第一原発の処理水関連について(1)、“(43) 2019年9月17日(火) 松井一郎大阪市長 囲み会見 – YouTube大阪維新の会” 、“✕汚染水→○処理水。福島・原発処理水にかけられた誤解と「呪い」を解け – “2019/09/17 おときた駿 選挙ドットコム>
これらの発言は、たいへんな賛否両論を起こしていますが、賛成論の中には、明らかに宣伝業者や利益密接関係者による仕込み(いわゆるデマゴギー)がきわめて大量に見られ、混沌の様相を見せています。
いずれにせよ東京電力は、福島核災害による放射能汚染水の発生の制圧に失敗しており、放射能汚染水の発生量は200t/日に近い(正確には現時点で140~220t/日)ため、何らかの最終解決法を決めなければ2〜3年以内にいわゆる「トリチウム水」=ALPS処理水の行き場が無くなることも事実*です。
2011年3月11日に発災した福島核災害では、大破した一号炉から三号炉地下へおよそ800t/日の地下水の流入が発生し、地下に落下した溶融炉心=コリウムと接触した放射能汚染水が発生しました。当初この放射能汚染水は、地下を介して福島第一原子力発電所専用港=海洋に流入し、JAEA(日本原子力研究開発機構)の研究者ですら「見たことも無い核種だ」と驚愕させるような多種多彩の放射性核種が海に流出していました。
本連載では、いよいよあと数年後に迫ったタイムリミットを前に意志決定のための事実と考え方を示してゆきます。 なお本連載は、文理共通で高校卒業程度の知識と理解力で読解できるようにしていますが、一部大学の共通教育程度の力を必要とします。できるだけ多くのリファレンス(出典、参考文献)を示しますので、理解と学習と議論の土台としてご活用ください。また、配信先によってはそれらのリファレンスへのリンクが機能しない場合があるので、その場合は本体サイトにて御覧ください。
何が起きているのか? 東京電力、経産省、原子力規制委員会の説明
東京電力他、関係各位による試行錯誤の上での努力によって地下水の流入と放射能汚染水の流出は、相当程度抑止されていますが、現在も100t/日余りの地下水が原子炉建屋地下に流入しています。
また、サブドレンから汲み上げた地下水には、トリチウムが含まれており、濃度監視の上で薄めずに海へ捨てています。あくまで一例として、2017年には、サブドレンからのトリチウムを110GBq/年海洋放出しています。この量は、サブドレンのみの排出に着目する限り、福島第一原子力発電所が平常運転していた2010年以前の実績値である2TBq/年に比して約1/20であって排出目標上限値であった22TBq/yと比するとたいへん小さな値です。但し本稿では、サブドレン以外の護岸などからの漏出については評価していません。
福島第一原子力発電所では、多核種除去設備(ALPS:アルプス)により溶融炉心と接触した放射能汚染水を処理し、除去が困難なトリチウム以外は、告示濃度未満まで除去していると東京電力、経産省、環境省、原子力規制委員会は説明してきています。そして、昨年8月30日、31日に行われた公聴会での配付資料では、「事実上トリチウムしか入っていない水」として「トリチウム水」の海洋放出への同意を得ようとしていました。 著者は、昨年8月中旬までトリチウムを含む水は、ロンドン条約締結国の同意を得た上で福島核災害前の排出目標値(22TBq/年)で総量・濃度基準を設定し、厳格な管理の下で海洋放出を行い、60年程度で処分完了することが最善であろうと考えていました*。 <*2018年3月時点でのタンク内トリチウム総量は1PBq(ペタベクレル:一千兆ベクレル)である。またトリチウムは、毎年50〜80TBq(テラベクレル:一兆ベクレル)増加している。今後、一号炉から三号炉の溶融炉心の水による冷却と地下水の流入を止められない限り50〜80TBq/年の割合で増え続けるため、半減期による自然減少を考慮しても海洋放出によってタンクの増加すら止められない場合もあり得る。従って最優先課題は、失敗に終わった原子炉建屋地下への地下水流入の完全停止である>
公聴会直前に暴かれた嘘 合意への大前提が崩壊
国際基準で言われる「トリチウム処分」と同列に語れないシロモノ
既述のように、去る9月10日に退任寸前の原田義昭前環境大臣による「海洋放出しか方法がないというのが私の印象だ」「思い切って放出して希釈すると、こういうことも、いろいろ選択肢を考えるとほかに、あまり選択肢がないなと思う」という発言が報じられた頃から、「トリチウムは、世界の原子力発電所では海洋放出されている。だから当然、福島第一のトリチウム水は海洋放出しても全く無問題だギャハハハハ」という金太郎アメ発言が大量発生し、今も続いています。それらの発言者は大概が次の図を添付して論拠としています。発言者達は、「自分たちは、冷静で科学的な主張をしているプゲラ」とまで自己主張しています。
さて、これらの自らを「冷静で」「科学的」と自称する主張は妥当でしょうか。 これらの主張は、根本的に誤っています。完全な誤りです。そして科学からかけ離れた主張であり、これらが自らを「科学的」と自称することは、悪質な僭称(せんしょう)です。 なぜか。ここまでに事実として明らかになっているように、福島第一原子力発電所の莫大なタンクの中にある液体は、かつて呼ばれていた「トリチウム水」ではなく、「処理水」という表現も怪しい、過去8年間、処理に失敗してきた「ALPS処理失敗水」に過ぎないからです。 より正確な表現をするならば、「ALPS不完全処理水」です。 トリチウムは、水からの分離が難しく、原子力の商業利用においては基本的に環境に捨てるしかありません。幸い、トリチウムは生物濃縮しにくく、無機形態であるならば速やかに生体から出て行きますので、高濃度のトリチウム雰囲気を作らないことが重要です。放射毒も比較的弱いためにトリチウムは、特例的に環境放出が一定限度の自主基準、法定基準において認められてきた経緯があります。 しかし、福島第一原子力発電所の「処理水」、実態は「ALPS不完全処理水」は、およそ存在するはずの無い告示濃度を遙かに超過した多くの放射性核種を含んでいます。 従って、福島第一原子力発電所の「処理水」=「ALPS不完全処理水」を正常な原子力・核施設から排出されることが認められている「トリチウム水」と同列に述べることは、事実に反し、完全に誤っています。 繰り返しますが、福島第一原子力発電所の「処理水」=「ALPS不完全処理水」を、正常な原子力・核施設における「トリチウム水」と同列、同等に論じることは、根本的且つ完全な誤りです。 簡単に例えれば、「未処理のウンコやオシッコ、トイレットペーパーが混ざる浄化不完全の水」と「下水処理施設で浄化済の水」を同列、同等に述べて、ウンコ、オシッコ、トイレットペーパーを膨大に海や川に放出するに等しい主張です。情けないことに、大雨が降ると、お台場でその実態を見ることができると報じられています。 原子力・核工学と原子力・核産業は、規制(自主規制含む)の上に成り立つ工学であり、産業です。福島第一原子力発電所に100万トン余り存在し、恐らくそのうちの8割前後に及ぶ「ALPS不完全処理水」を「処理水」と僭称し、海洋放出する行為は、自ら規制を破壊する、自滅行為でしかありません。 このようなことを相変わらず画策するのが東京電力だけで無く環境省、原子力規制委員会であると言うことが度し難い実情であり、致命的な信用失墜行為です。経産省は、昨年8月30日31日の公聴会での盛大な失敗が堪えているのか、かつてよりはやや消極的になってきたと思われます。 今回厳しく指摘したように、ある事実において、饒舌に大量の情報を出しながら不都合なことは隠すまたは分かりにくくして言及しないというやり方は典型的なプロパガンダ技法であり、デマゴギーです。典型的な事例が、今回再三取りあげてきた2018/08/30、31公聴会での説明*です。これらでは、東京電力ほかが知っていたにも関わらず、タンクの中身は「トリチウム水」であって他の放射性核種の存在に言及していません。完全に欺す気満々です。 <*多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会説明・公聴会説明資料p.p.22 2018/08/30より>
原子力は社会的合意を得るためにPA(Public Acceptance:パブリック・アクセプタンス=社会的受容)事業が欠かせません。PAとは、本来は情報を包み隠さず開示し、その意味を伝え、討議した上で合意を得るという手続きを意味します。しかし実際にはこの「トリチウム水」問題が典型のように、重要な情報を隠し、市民を欺した上で資金と権力を笠に着た強圧的手法で合意形成をでっち上げるという手法が横行してきました。昨年の失敗した公聴会に至る過程がその典型事例と言えます。 このHBOL原子力シリーズで筆者は、この日本独自の似非PAを「ヒノマルゲンパツPA(JVNPA: Japan’s Voodoo Nuclear Public Acceptance)」と名付けて厳しく批判してきています。 JVNPAは、国内でしか通用しない理屈であり、国外からは核を弄ぶ蛮族の凶行にしか見えません。結果、海外から厳しい批判を集めることとなります。そもそも、嘘とペテンと場合によっては暴力で形成された合意の上で事を起こしても結果は公害の発生です。例え公害に至らなくとも、信用失墜は経済活動を潰します。 JVNPAにおいては、それを「風評被害」と連呼して、消費者や顧客へと責任転嫁します。 現在、ヒノマルゲンパツPA業者やヒノマルゲンパツPA媒体、ヒノマルゲンパツPA師が氾濫させている嘘=ヒノマルゲンパツPA(JVNPA)は、およそ考え得る限り最も卑劣で愚劣で有害なものと言えますが、彼らがいくら嘘を氾濫させようと事実は変わりません。 しかし、ヒノマルゲンパツPA(JVNPA)に侵された政治は明確に科学を著しく歪めます。それが「科学的」と僭称する完全に誤った前提による政治的主張と言えます。そしてそれらの特徴は、「科学的」という言葉を非常に好んで使い、「科学」を権威として使うことです。科学とは、その根本が懐疑主義と実証主義であり、権威主義とは対極であって、「科学」という言葉の濫用は何の意味もありません。「事実」を「検証可能な証拠」と共に提示すれば「科学」という言葉を権威化して依拠する必要はないのです。
まっとうに社会的合意を得ることを放棄したヒノマルゲンパツPA
公害の歴史は人類の歴史ですが、「科学的」と僭称する科学的に誤った=エセ科学的(権威主義的)政治主張が公害を蔓延させ、激甚化させてきています。このような誤りを繰り返してはいけません。 本連載では、今回取りあげ概説してきた各項目についてそれぞれ詳説していくことを考えています。 『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』「トリチウム水海洋放出問題」再び編1 <文/牧田寛>
Twitter ID:@BB45_Colorado まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題について、そして2020年4月からは新型コロナウィルス・パンデミックについてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中