米大統領に再就任したトランプ氏。大統領選の圧倒的な勝利の背景には何があるのか、トランプ政権は今後どうなるのか。エマニュエル・トッド氏の独占インタビューを2週にわたって掲載する。「上」を掲載したAERA 2025年2月17日号より。
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──トランプが圧倒的な強さで当選し、大統領に就任しました。
トランプは、2017年1月、そして今回と2回大統領に就任しています。最初に、この2回の当選についてどのような変化が起きたのかを考えていきたいと思います。
17年のときは、ギリギリの当選でしたし、多くの人はトランプが大統領になるとは予想していませんでした。トランプ自身も準備をしていませんでしたから当然、アメリカのシステムをコントロールできず、ある意味で“弱い大統領”として当選したと言えると思います。当時は、アメリカの覇権について誰も大して問題視しておらず、それについて疑問を抱く人もあまりいませんでした。ところが、今回はその真逆です。選挙人の数だけでなく得票数でも上回り、前回のようにギリギリではなく確実に当選したのです。
今回のトランプ当選の結果を分析しながら注目したのは、トランプがいかに勝利したかという点ではなく、カマラ・ハリスがいかに敗北したか、という点です。ハリスの選挙キャンペーンは、さまざまな失敗を犯していたと言えます。民主党が掲げたテーマは、今のアメリカの人々が抱えている問題とはまったく関係ないことが多く、食費や家賃の高騰といった、さまざまな問題を抱えている一般のアメリカ人からしたら、あまりにも自己満足的に感じられ、響かなかったのだと分析しています。
ですから、トランプに対する熱狂というよりも、むしろ民主党に対する意気消沈の方が問題だったんじゃないかと見ています。確かにトランプは圧倒的な勝利をおさめましたが、知性面でのアメリカの再活性化のようなものはまったく感じられません。
──トランプ大統領が就任演説で「黄金時代がはじまる」などと語っていましたが、発言通りになるのでしょうか。
私はトランプ大統領は失敗するだろうと思っています。ただ、その前に、私の分析が通常のイデオロギーなどによるものでないということを押さえていただくために、彼の発言で合理的だと思った点について挙げていきたいと思います。まず、トランプはアメリカの医療制度が問題を抱えているという点を挙げました。つまりトランプは、アメリカが抱える現実問題を認識できているということです。
それから、人類には男女の二つの性別しかないとも言いました。私は人類学者として、この男女というのをどう考えるかを述べてみたいと思います。非常に偉大な人類学者、マーガレット・ミードの著書『男性と女性』で、男女という二つの性というのは、人間社会を組織化するために、構造化するために必須なんだと言っています。私自身は、フランスの左派の人間でリベラルな思想を持っていますので、同性愛者に対して反対するような考えはありません。人類学者的な観点から性別というのをどう考えるか、ということです。すると、人類には男女という性別しかないという話は「常識的」だと言えるのです。
また、戦争への関与を止め、平和を求めようというのもまた「常識的」な提案だと言えるでしょう。そして移民問題についても同様だと思います。確かに、彼の語り方は非常に非人間的ですが、その考え方がどこから来ているのかというのを考えれば、国境の管理という点に関しては常識的な側面も含まれていると思います。トランプの政策の中には常識的な点がいくつかあるわけです。しかし私は、失敗するだろうと思っています。
■トランプ政権の今後
──失敗するという根拠は何ですか。
まず、一つ目に経済問題があります。ドイツの経済学者、フリードリッヒ・リストは、保護主義がうまく機能するために最も必要なことは熟練労働者の存在だと言っています。ところが、今のアメリカはその熟練労働者がいないのです。トランプの掲げる保護主義政策が進んだとしても、うまく機能することができないというわけです。
たとえば、アメリカとロシアの産業構造を見てみると、自然資源ではそれぞれ石油と天然ガスを生産しています。ただし、アメリカはロシアよりも人口が2倍以上も多いのに、ロシアよりエンジニアを輩出できていません。両国の違いは、労働人口、つまり熟練労働者の存在の有無です。アメリカという帝国、そこにはアングロサクソンの国と、日本、韓国、台湾などが含まれますが、エレクトロニクスを含む先端産業や工作機械の生産分配を見ると、アメリカ本国は空洞で、周辺地域が盛んになっていることが分かります。まるでアメリカという肉体の血液が、体の末端に散っていったというようなイメージです。
二つ目の問題は、ドル覇権です。トランプは、中国やロシアなどでつくる主要新興国BRICSに対して、脱ドルを進めれば加盟国に100%の関税をかけると脅していますが、ドル覇権こそが米国内の産業の発展を妨げているのです。つまり、高学歴の人々の多くが、こういったドルの源泉に近い仕事にどんどん就いていくわけです。エンジニアよりも、金融といったセクターの仕事に就くという流れがあることによって、アメリカのエンジニア不足という問題は決して解決されずに問題は深刻化して、失敗し続けるアメリカというものを持続させてしまうというわけです。トランプは結局何もわかっていないのです。「コモンセンス(常識)」だけでは足りないのです。
(構成/編集部・三島恵美子、通訳・大野舞)
※AERA 2025年2月17日号より抜粋