とおいひのうた いまというひのうた

自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

『いま、イラクを生きる』リバーベンド 9 (「確認できないこと」)

2008年04月20日 11時26分54秒 | 地理・歴史・外国(時事問題も含む)
2006年3月28日
      「確認できないこと」(全文引用)

 昨夜遅く、私はチャンネルをあちこち切り替えながら、イラクのテレビ局の番組を観ていた(ときどき私は、6つくらいのチャンネルを行き来して観ようとする)。電気が来ているときには、イラクのテレビ局が何をやっているのかを観るのが、深夜の習慣になってしまったのだ。
 一般的に言って、本当に「中立な」イラクの番組は見当たらない。みんながよく観る番組は、目下政権をめざして競い合っている政党が、それぞれスポンサーをしてついている。選挙が間近に迫ったころには、そういうことがとくにあからさまになる。

 私は鳥インフルエンザのレポート番組か、ラトミヤ(私注:宗教的行事の一つ)のさまざまな映像か、エジプトの連続ドラマのどれを観るか、決めかねていた。で、シャルキーヤのチャンネルで一休みした。ほとんどのイラク人は、この局の主張はそれほど極端でないと思っている(この局は選挙のあいだ、とくにアラウィー支持を打ち出していた)。私は画面の下に小さく流れるニュースの見出しを読んだ。いつもと変わらないニュース――バグダッドのなんとか地域で迫撃砲攻撃があった、米兵がこっちで死亡した、他の米兵があっちで負傷した........イラク人12人の遺体がバグダッドで発見された、などなど。突然、ひとつの見出しが私の目をひきつけた。私は、読み違えていないか確かめるために、ソファにきちんと座りなおした。

 弟は居間の向こうの端に座って、あとで組み立て直しそうにもできないだろうに、ラジオを分解していた。「ここに来て、これ読んで。私の誤解よね.....こう言って弟を呼んだ。彼はテレビの前に立って遺体や傀儡たちといった言葉が流れるのを眺めていた。待ち構えたいた記事がでてきたとき、すかさず立ち上がり、それを指した。弟と私は黙って記事を読んだ。弟は私が感じたのと同じくらい困惑しているようだった。

 こういう記事だった。
「夜のパトロールにおける軍隊または警察の命令には、彼らがそのエリアを管轄している連合軍と一緒に行動していない限り、民間人はこれに従わないようにと国務省は要請した」
 これは、現時点でいかにこの国が乱れているかをよく表(あら)わしている。
 
 私たちは、こんどは「バグダッド」というチャンネルに変えてみた。この局はムフスィン・アブドゥル・ハミード一派と連携している。ここでも同じニュースを流していたけれど、一般的な「連合軍」という用語の代わりに「アメリカ連合軍」を使っていた。あとふたつ、チャンネルをチェックしてみた。ダーワ党寄りのイラキーヤはこのニュースを報道していなかった。SICIRI寄りのフォラートでもこのニュースのテロップは流れなかった。

 きょう、別のチャンネルでも同じニュースが流れ、私たちはこれをめぐって議論した。
「これって、どういう意味?」みんなが昼食に集まったとき、いとこの妻が尋ねた。
「やつらが夜やってきて家を襲撃したくとも、家に入れないってことよ」と私は答えた。
「やつらは、許可なんて要求していないよ」と弟が指摘した。「あいつらは、ドアをぶち壊して人びとを連れて行くだけさ。忘れたの?」
「国防省の言うことにきっちり従うならば、私たちはやつらを撃っていいわけよね、ちがう?それは不法侵入で、やつらは強盗か誘拐者ってことになるわけでしょ.....」

 いとこは頭を振って「もし家族が家の中にいたら、やつらを撃つなんてできないよ。やつらは集団で来るんだ。覚えてるだろ?武装して、大人数で来るんだよ。やつらを撃ったり抵抗したら、家のなかにいる人を危険にさらすことになるよ」
「それに、やつらが最初に攻撃してくるときに、アメリカ人と一緒じゃないってどうやってわかる?」弟が言う。
 私たちは可能性をあれこれ考えながら、座ってお茶を飲んだ。結局、イラク治安部隊は宗教的で政治的な党派とくっついた私兵集団だという(私注、マリキ首相のダーワ党、サドルのマフディ軍など、他多数)イラク人にとってははじめからわかりきったことを確認しただけだった。

 しかし、それはさらに懸念されることを明るみに出した。治安状態がひどく悪いので、イラクで治安に関して最高権限と責任を持っている2つの省は、お互いを信用できないでいる。国防省は「アメリカ連合軍」を連れていない限り、彼ら自身の要員すら信用することができないでいるのだ。

 最近では何が起こっているのか理解することは、本当にむずかしい。私たちは、イラクの治安に関してアメリカとイランのあいだで交わされるやりとりについて聞いている。イラク駐在アメリカ大使は、国内の私兵組織に出資したことでイランを非難している。きのうのフセイニーヤの攻撃で、サドルの私兵を20人から30人も殺害したのはアメリカ軍だという申し立てが、きょう出された。アメリカ軍は、それはイラク治安部隊がやったのだと主張している。(イラク治安部隊って、いつもアメリカ軍が褒め称えている治安部隊と同じものなんだけど)。

 こうしたすべてが、イラク軍と治安部隊は状況をうまくコントロールしているというブッシュやほかのアメリカ政治家の主張とまったく矛盾している。いや、たぶんコントロールしているのだろう、ただうまくいっていないだけ。
 この数週間、バグダッドのあちこちで死体が発見されている――。状況はいつも同じだ。頭部にドリルで開けられた穴、何発もの銃弾、絞殺の痕――犠牲者たちは吊るされたように見受けられる。私兵集団の処刑様式だ。犠牲者の多くは治安部隊か警察、あるいは特別な軍団によって家から連れ去れた...............。彼らのうちの何人かは、モスクからいっせいに連行された人たちだ。

 数日前、私たちはいとこのHを迎えに行った。彼女の大学は、偶然その地域の遺体置き場に近い。弟といとこのLと私は、交通事情を考えて大学から少しばかり離れたところに駐車して彼女を待った。私は遺体置き場周辺の混雑を見ていた。
 数十人の人びとが――ほとんどが男性だ――ひとところに暗く固まって立っていた。何十人かはタバコを吸い、ほかの人は車や小型トラックに寄りかかっていた。深い悲しみ、激しい憎しみ、あきらめ――さまざまな表情があった。何人かの顔には恐れと期待の入り混じった心配の表情があった。それは、バグダッドの遺体置き場の外で見かける特有の表情だ。何かを探しているように、目は大きく見開かれ血走っている。眉根を寄せ、顎は堅く、口は厳しく噛みしめられている。その表情は、遺体の横たえられている場所に入っていくときに、探しているものが見つからないように祈っていることを示している。
 
 いとこのLは重いため息をつき、少し窓を開けてドアをロックするように私たちに言い、遺体置き場を確認しに行った。1ヶ月前、彼の妻のおじがお祈りの最中にモスクから連れ去られ、まだ見つかっていないのだ。遺体が運び込まれていないか、家族の誰かが1日おきに遺体置き場に見に行っている。「見つからないように祈ってくれ.......。いや、むしろ.......私はただ、確認できないことがひどく嫌なんだ」。いとこは、重くため息をついて車を降りた。彼が通りを横切り群集のなかに消えるとき、私は無言で祈りの言葉を唱えた。
 弟と私は、まだ大学のなかにいるHと遺体置き場にいるLを辛抱強く待った。何分も過ぎた。弟と私は黙って座っていた。この状況では、ほんのちょっとしたしゃべることも不謹慎な気がしたのだ。Lが先に帰ってきた。私は不安な気持ちで彼を見つめ、下唇を噛みしめている自分に気づいた。
「見つけたのかしら?インシャアッラー(神のおぼしめしあれば)見つけていない。」私は誰に言うこともなくつぶやいた。Lは車に近づき頭を振った。彼の顔は
こわばり険しかったが、その険しい表情のうしろではほっとしているのが見て取れた。「いなかったわよ、ハムドリッラー(神に感謝します)」
「ハムドリッラー」。弟と私は一緒に繰り返した。

 私たちは遺体置き場を振り返った。ほとんどの車が、息子や娘や兄弟が見つかったときに備えて、簡素な細長い木製の棺を積んでいた。黒いアバヤ(長衣)を着た、取り乱したひとりの女性がなかに入ろうともがいており、2人の親族が彼女をうしろから引き戻そうとしていた。3人目の男が車の上に伸び上がって、縛りつけてある棺を解こうとしていた。
「あの女性を見てごらん。息子さんを見つけたんだ。あの人たちが息子さんを確認しているのを見たよ。頭に銃弾を受けていた」。その女性はもがき続けていたが、突然足もとに崩れ落ちた。
彼女の慟哭は、午後を満たした。驚くほど暖かい日だったにもかかわらず、私は急に冷えてしまった指を覆おうと袖を引っ張った。

 私たちはずっと、さまざまな場面を観ていた。深い悲しみ、怒り、失意など。そして時々、彼らがもっとも恐れたものを見つけなかったときに見せる、一種それと分かる安堵。悪臭に涙しながらも、彼らが入って行ったときよりも少し足どりが軽くなって遺体置き場から去っていくとき、愛する者を引き取るという心配から一時的な猶予を与えられて...............。
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