東京駅の浮浪者

わたしは、よく東京駅におりたつ。
我が家は、東京都２３区に隣接した他県に建つ一戸建てだが、地下鉄に乗ると
1時間以内で、東京都のどこにでも行ける。一番近い盛り場が、日本橋、銀座である。

ところが、ここ1年ほど、浮浪者の格好の一人の若者をよくみかける。
昨年の夏などは、東京駅構内を追い出されたのか、外の歩道に立ち上がったコン
クリートの縁に腰をかけ、じっと下を見てびくとも動かずにいた。

秋、わたしは、銀座でデパート券を現金化し（悪い奴だ。しかしデパート券はつ
かいづらすぎる）ＰＣにいれる広辞苑とアトランダム英和辞典のＣＤーＲＯＭを
購入するために、有楽町ちかくにあるというビッグ・カメラをめざして、
東京駅を横切ろうと構内にはいりこんで歩いていた。

ところが、見てしまった。
あの若者が、さらに汚い格好になって、東京駅構内の柱のそばで寝ているのを。

あの若者は、なぜゆえに、東京駅を離れないのか？
あの若者に、何が、起きたのか？

わたしは、胸がつまり、おもわず、息子の姿と重なり、現金化したばかりの
ＣＤ－ＲＯＭ代を、ぜんぶ渡してしまった。

人一人の命とＣＤ－ＲＯＭ代とどっちが重いか？
そりゃあ、人一人の命が重いに決まっている。

さらに、東京駅構内の整備にあたる上司という人の所へ行って頼み込んだ。
「あの若者を東京駅から追い出さないで下さい。あの若者が悪いのではない。
長期にわたる不況が悪いのです」
東京駅の上司は、笑って言った。
「あれは、ずっと東京駅に住み着いている、単なる浮浪者です」
私「なんですと。人を浮浪者などという言葉ひとつで片付けてはいけません。
私も、人の親です。うちの息子もどこかでああしているかもしれません。
とても他人事とは思えません」
上司「大丈夫ですよ。いつも1万円札ぐらい持っているんですよ」
私「頼みましたよ。ぜったい、東京駅から寒空にあの人を追い出さないで下さい
よ」
上司は、かすかにうなづいたような気がした。そして言った。にこやかに。
「お客様、景気はよくなってきております。おかげさまで、東京駅もにぎわって
きております。」

私の友人、クラシック・ソプラノも、自分が苦労したので、ホームレスを見ると、ぐっときて、飴をくばっているとのこと。