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東京五輪閉幕 最も深い傷とは? 作家 赤川次郎氏が目にとめた2つの小さな記事 2021.8.26 11:30

2021年08月26日 21時21分54秒 | オリンピック

東京五輪閉幕 最も深い傷とは? 作家 赤川次郎氏が目にとめた2つの小さな記事

週刊朝日#東京五輪

特集ワイド:赤川次郎さんが語る憲法 若者よ、もっと想像力を 守る努力しなければ、暮らし脅かされる | 毎日新聞(ネットから借用)

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって1年延期された東京五輪が幕を閉じた。人の交流を避けることが求められた緊急事態宣言の中、多くの反対を押し切って開かれた大会は、五輪のあり方を問う機会となった。作家の赤川次郎さんの視点を紹介する。


*     *  *
「傷だらけの祭典」

<東京オリンピック2020>(実際は2021年だが)をひと言で言えば、これが適当な言葉だろう。

 もともとが原発事故の「アンダーコントロール」と、「東京の七月は温暖でスポーツに最適」という二つの嘘からスタートした祭典である。平穏無事に開催できるはずがない。

 それにしても安倍首相(当時)のあの発言に唖然としなかった日本人がいただろうか? 原発事故は全く先が見通せない状態だった。

 さらに七月の猛暑を、どうやって「温暖な気候」に変えるのか?

 だが、毎年猛暑はくり返し、さらに新型コロナという厄災が追い打ちをかける。その時点で、当然「オリンピックどころではない」という議論がわき起る、と私は思っていた。

 しかし、世界でどれだけの死者が出ようと、オリンピックの準備は、何ごともなかったように進んで行った。そこにはもう想像力や良識のかけらもなかった。

 そしてオリンピックは終った。

 終った? 終ったのか? 本当に?

 オリンピック閉会後に激増するコロナ感染者数。今、オリンピックのつけを払わされているのは、すでに崩壊しつつある医療現場で必死に戦っている医師、看護師や、そして感染しても入院さえできずに苦しむ人々である。

 いくら菅首相や小池都知事が「オリンピックと感染拡大は関係ない」と言い張っても、誰が信じるだろうか。しかもオリンピック開催にあれほど執着していたこの二人が、コロナ対策となると、まるで他人事のように「人流」のせい、と言って澄ましている。

 反対の声を無視して、オリンピックを強行した人々にこそ、つけを払ってもらわなくてはならない。その責任を取らせたとき、初めてオリンピックは終るのだ。

それにしても、これほど不祥事とスキャンダルにまみれたオリンピックがあっただろうか。

 そのきっかけになった、森喜朗氏の女性差別発言を聞いたとき、私は二十代のころ勤めていた職場での上司を思い出した。親分肌で、上司としては決して悪い人ではなかったが、酒の席で酔うと女性社員の胸やお尻をなでて、「触ってあげなきゃ失礼だよ」と言うのだった。

 四十年以上も前と、日本の男は少しも変っていなかった。それに続いて次から次へと出て来た、「問題発言」や、開会式の演出を巡る混乱と辞任劇。

 見せられるこちらの方が目を覆いたくなる惨状だった。しかし、これがオリンピックという国際舞台で起ったことでなかったら、これほどの問題になっていただろうか。森氏の発言など、ただのジョーク(笑えないが)ですんでいただろう。

 おそらく、一連の出来事で批判された人々は表向き謝罪しても、内心では「外国のメディアが大げさに取り上げたからだ」と苦々しく思っていただろう。

 そういう本音を含めて、今回のオリンピックをめぐる一連の混乱は、文字通り今の日本の縮図と言って良かった。何でも自分の思い通りにして、周囲からはほめられたことしかない人々と、それを形にした大手広告代理店の相互依存の骨組をレントゲン写真のように明白にしたのだ。

 聖火ランナーの前を巨大な宣伝カーが行進する光景を見て、恥ずかしいと感じなかった人々が、コロナ禍にオリンピックを強行開催したのだった。

 私は、今度のオリンピックの残した最大の傷は(もちろんコロナの感染拡大もあるが)、日本のジャーナリズムの敗北だったと思う。

 安倍さんの「アンダーコントロール」発言から、日本のジャーナリズムはその問題点を指摘して広く世界に発信すべきだった。原発はいつ再び地震で事故を起すか分らず、七月の猛暑を変える手段などどこにもないということを。

 さらに、新型コロナという人類史上にも例のない、世界同時感染の恐怖がやって来て、特にヨーロッパでは埋葬すら間に合わないほどの死者が出たときも、日本で「オリンピックを中止すべき」という声は上らなかった。日本のジャーナリズムは日に日に内向きになり、「明日は我が身」と考えることさえしなかった。

大新聞やTV局はオリンピックの協賛企業になって、国民の命を守ることより、保身に走った。私は朝日新聞の「声」欄にオリンピックの中止を求める投稿をした(編集部注)。朝日新聞は翌日夕刊の<素粒子>で、「胸のすく思い」と書いてくれたが、それきりだった。「胸のすく思い」をした人は、その後何をしていたのか? 「その通りだ」と思えば、やるべきことはあっただろう。

 結局オリンピックは開催された。それがコロナの感染爆発をひき起す可能性を知りながら、ジャーナリズムは、首相と都知事が死のルーレットに国民の命をチップとして賭けるのを黙って見ていた。

 今、現実に医療崩壊が起きても、政権を非難する声は小さい。

 最近私は二つの小さな記事に目をとめた。

 一つは、電通が史上最高益を出したこと。

 もう一つは、IOCのバッハ会長の記事だ。

 近年、これほど日本で評判の悪かった外国人はいなかっただろう。偉大な作曲家と同じ名前ということに、音楽を愛する者としては腹が立つのだが、この人、菅首相と小池都知事に功労賞を贈ったという。このニュースで私が連想したのは、一夜に十万人の民間人の死者を出した昭和二〇年三月一〇日の東京大空襲を指揮した米軍のカーチス・ルメイに、戦後、日本が「航空自衛隊の創設に貢献した」として勲章を贈ったことだった。

 立場は違うが、「日本人の命を危険にさらした」という点では共通している。

 そして、少しほとぼりがさめたころに、日本政府は「東京オリンピック開催に貢献した」として、バッハ会長に勲章を贈るに違いない、と私は思っている。(寄稿)

編集部注・赤川次郎さんは、2021年6月6日の朝日新聞朝刊の「声」欄に、「国の指導者の第一の任務は『人々の命を守ること』」と、東京オリンピック2020の中止を求める投書をした。

あかがわ・じろう/作家。1948年、福岡県生まれ。76年に「幽霊列車」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。以降「三毛猫ホームズ」シリーズをはじめとする推理小説のほか、数多くの作品を執筆。2016年『東京零年』で吉川英治文学賞受賞。著書に『セーラー服と機関銃』『ふたり』など多数。

週刊朝日  2021年9月3日号


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