【執筆原稿から抜粋】
陽明学
渋沢栄一が学んだ陽明学は、1500年頃に明の官僚・軍人の王陽明が始めた考えです。
思ったことを迷わず行動に移せという積極的な「知行合一」を特徴とし、幕末の志士に大きな影響を与えました。
陽明学のみならず修養一般に役立つ言葉ですが、王陽明の有名な言葉として
山中の賊を破るは易く心中の賊を破るは難し
があります。山賊を打ち負かすよりも自分の怠け心や弱い心に打ち克つことが難しいという意味です。
幕末に陽明学を有名にしたのは佐藤一斎という儒学者で、今の東大名誉教授の地位にありました。
彼の言行録『言志四録』にはいい言葉がたくさんありますが、中でも以下の言葉が陽明学的です。
一燈を提げて暗夜を行く暗夜を憂うることなかれただ一燈を頼め
暗闇の中でも恐れずに自分の心を頼りにして生きていけ、つまり環境に不満を言わずに自分の信念を貫け、という意味です。
この『言志四録』はとても有名で、約20年前に小泉純一郎首相(当時)が国会演説で以下を引用しました。
少にて学べば 壮にして為すことあり壮にして学べば 老いて衰えず老いて学べば 死して朽ちず
解説は不要でしょう、学ぶことの重要性を説いています。
陽明学に興味ある方は司馬遼太郎『峠』がお勧めです。長岡藩家老・河井継之助の息吹を通じて、陽明学の考えを受け取ることができます。
陽明学的な考えを最も代表する言葉は、孔子の弟子筋の孟子(イエスに対するパウロの位置づけ)の
自ら反みて縮くんば、千万人と雖も吾往かん
です。
自分が正しいとの信念があれば、相手が千万人といえども突き進めという勇猛果敢な精神を表す言葉です。吉田松陰はこの孟子が大好きでした。
他に、江戸時代後期に大阪で一揆を起こした大塩平八郎も陽明学の信奉者でした。
身の死するを恐れず心の死するを恐るる
と言いました。
身体の死を恐れず、心が死ぬこと、つまり周りに忖度してやるべきことを行う勇気を失うことを戒めました。
肉体的な死を恐れずに精神的な点を強調した点は、宗教的といえます。肉体や物質よりも、精神性を優越させるところに美しさがあります。