以下の記事は、猫組長(菅原潮)氏の『元経済ヤクザが総括「ゴーン氏は、もはやマフィアを超えた」 逃亡は「新展開」ではなく「帰結」 』と題した記事の転載であります。
『元経済ヤクザが総括「ゴーン氏は、もはやマフィアを超えた」 逃亡は「新展開」ではなく「帰結」』
4件の罪で起訴されていた元日産会長、カルロス・ゴーン氏(65)が日本を密出国したのは昨年末のことだった。
この逃亡劇は、日本国内は元より世界中でニュースとして報じられ、衝撃を与えているが、私は冷ややかだ。
ゴーン氏の犯罪内容を知悉した私は自著『金融ダークサイド』(講談社)でその悪質性を詳細に分析しており、そのことが実証されたに過ぎないと考えているからだ。
犯罪者が罪から逃亡するために犯罪を重ねるのも、暗黒街の日常だ。
むしろ興味深かったのは「ゴーン事件」を試薬として、浮かび上がったいくつかの問題だった。
黒い国際金融の実務者だった私が、ゴーン氏の暗い未来を交えながら明らかにしたい。
浮かび上がる「ドス黒い欲望」
2019年12月30日、日産トップの立場を余すことなく利用して私腹を肥やしたゴーン氏がレバノンに密出国した。
ゴーン氏は、以下の4件の罪で東京地検特捜部によって起訴されている。
・2010~14年度の役員報酬を有価証券報告書に虚偽記載したことによる金融商品取引法違反罪
・15〜17年度の役員報酬を有価証券報告書に過少に記載したことによる金融商品取引法違反罪
・サウジアラビアの友人側に日産資金を不正支出したとされる会社法違反(特別背任)罪
・日産自動車の資金をオマーンの販売代理店に不正に支出した特別背任罪
私が特に問題にしたのは、サウジアラビアルートとオマーンルートだ。
一言でまとめれば、実際の商取引に見せかけて、資金を迂回させて自己に還流していたということだ。
現金をダイレクトに移動させていれば誰でも理解できるのだが、資金移動にSBL/Cという多くの日本人には不可知の証券を使ったことで悪質性まで覆い隠した。
すでに昨年7月に発売された自著で、その犯行を詳細に解説しているので、ぜひ読んで欲しい。
まずは今年始まる初公判を控え、罪を逃れようというドス黒い執念によって練られた綿密な逃亡計画を、報道を元に整理していこう。
・2019年4月に15億円の保釈金を納めて保釈されて以降、24時間、保釈条件で指定された都内住宅や外出先を含めてゴーン氏が行動確認(見張りや尾行)されるようになる(行動確認は日産側によるものだが、この時点でゴーン氏側は誰かを把握していない)。
・ゴーン氏が、アメリカ陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」の元隊員でPMC(民間警備会社)運営するマイケル・テイラー氏と接触する。
・テイラー氏を中心に、多国籍で構成される最大25名のスタッフが日本中の空港など国外脱出ルートを調査。関西空港に巨大なセキュリティーホールを発見する。
・9月23日、ゴーン氏が100万ドル(約1億700万円)、日産が1500万ドル(約16億円)の課徴金をSEC(アメリカ証券取引委員会)に支払うことで和解した。
(SECはゴーン氏が有価証券取引書に虚偽記載をしたことでアメリカの投資家を欺いたことを認定していたことによる)
・12月8日、ゴーン氏による虚偽記載について、日本の証券取引等監視委員会が、日産に約24億円の課徴金支払いを命じるよう金融庁に勧告する方針を固めたと報じられる。
・12月25日、ゴーン氏の弁護人である弘中惇一郎弁護士が、弁護団で調べた結果、行動確認が日産の依頼により警備会社によって行われていると説明。
業者を軽犯罪法違反と探偵業法違反の罪で年内に刑事告訴すると表明する。
・12月29日、日産側はゴーン氏への行動確認を一旦中止。
・12月29日午後2時半ごろ、ゴーン氏は単独で東京都港区の住居を出発。
六本木のホテルでテイラー氏ら2名と合流。
3人で東海道新幹線を使って品川駅から新大阪駅に移動し、夜に関空近くのホテルに入る。
・12月30日、テイラー氏らがドバイから持ち込みホテルに搬入していた大型の楽器ケースの中にゴーン氏が隠れて関西空港の出入国管理ゲートを突破。
トルコのMNGホールディングが運航するチャータージェットを使ってイスタンブールへと向かった。
乗客名簿にテイラー氏らの名前はあったが、ゴーン氏の名前はなかった。
・12月31日午前6時30分過ぎ、イスタンブールを経由してレバノンのベイルート国際空港にチャーター機が到着。
ゴーン氏は「私はレバノンにいる」と発表する。
・2020年1月2日、日本政府がICPO(国際刑事警察機構)に対し、レバノン政府によるゴーン氏拘束を要請。
ICPOは赤手配書(国際逮捕手配書)をレバノン政府に送付。
・1月3日、トルコ裁判所はゴーン氏の逃亡を幇助した5人の逮捕を発表。
・1月7日、東京地検特捜部はゴーン氏の裁判における虚偽証言容疑でゴーン氏の妻、キャロル・ナハス氏の逮捕状を取る。
・1月8日、日本の捜査当局がICPOに対し、キャロル氏の国際手配を要請。
・1月9日、レバノンの検察当局がゴーン氏を事情聴取。
身柄は拘束せず、レバノン国外への当面の渡航禁止を決定する。
太字は本稿でポイントになるところである。
マフィアを超える逃亡の手口
報道によれば、逃亡計画を主導したテイラー氏はアメリカ陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」を4年勤め退役。
82年にレバノンで軍事訓練を手伝い、85年にレバノン人の妻と結婚する。
冷戦時のアメリカのインテリジェンス機関では、仮想敵国の言語「ロシア語」を話せることが重要視されていた。
しかし91年のソ連崩壊から、湾岸戦争を経てテロとの戦いに至るまで「アラビア語」へとウエイトがシフトする。
テイラー氏は、アメリカ人でありながら「アラビア語」を使える先駆者の一人だ。
こうした経歴から、テイラー氏は91年にアメリカ捜査当局の要請によりレバノンで3トンのハシシ(樹脂大麻)の押収を成功させた。
「歴史上最も重要なDEA(アメリカ麻薬取締局)活動の1つの重要なプレーヤー」と称される一方で、00年以降、契約詐欺と資金洗浄の罪を含めて複数の前科を重ねた。
テイラー氏は政府機関の仕事を通じて犯罪組織と関わるうちに悪の世界に染まったということがわかるだろう。
現在では「人質解放」を得意とするPMC(民間警備会社)を経営している。
だがこの「警備会社」は日本のそれとは違う。アメリカでは退役した特殊部隊の軍人がPMCを作り、元兵士を募って「戦争」を稼ぎの場としている。
テイラー氏は「傭兵」と呼ぶべき立場の人間だ。
関西空港の出国審査に違和感を覚える人も多いと思うが、日本中からただ一点の穴を見つけるほどテイラー氏の組織が優れていたということだ。
最高度の技術を持った「傭兵」を使って不法に国外脱出をすることなど、世界でも極めて暴力性の強い南米の麻薬カルテルなど、テロ組織に近い犯罪組織しか行わない。
前述の著書中ではゴーン氏を「黒い経団連会長」と呼んだが、訂正しなければならない。
今回の一件でゴーン氏はマフィアを超えた。
毀損された近代国家の根幹
1月8日には、ゴーン氏がベイルートで会見を開き、日本の司法制度を、「フェアではない、根本的な市民の自由、そして国際的な規範に違反する」と主張する。
だが、この発言にはゴーン氏の「黒い倫理観」が凝縮していると私は考えている。
多くの近代国家は「暴力」ではなく「法」によって統治されている。
その根幹にあるのが「自然権」だ。
「自然権」とは、法が社会に生まれる以前から人間が持つ、生命、自由、財産、健康などについての権利で、人権はその総称といえるだろう。
ナチス政権下のドイツや旧ソ連、北朝鮮などの特殊な国家を除いて、自然権は「法」によって保障されている。
「根本的な市民の自由」を訴えながら「法」を破ったということは、「日本の司法制度」の毀損だ。
そのことによって日本国民ばかりか、特に「外国籍の在留者」の「生命、自由、財産、健康」を脅かしている。
今後は「次のゴーン」を生まないために、外国籍の被告に対する保釈条件は厳しくなるばかりか、保釈中の監視も人権を毀損するレベルのものになるだろう。
1月7日には、森雅子法相が会見を行った。
法務省がGPS機器を利用した保釈者の監視を検討することばかりか、法相が保釈を規定している刑事訴訟法の改正も視野に入れること、出国審査の厳格化も課題とした。
もちろんこれらの対応は、日本人にも行われるだろう。
すなわち、ゴーン氏によって、日本国民が享受していた「自由」は、阻害されたことになる。
「ゴーン事件」の最大の被害者が皆さん自身であることを自覚しなければならないと、私は考えている。
だが、極めてロジカルにゴーン氏の事件を分析してきた私だが、今回の逃亡を期に2人の「大物著名人」から名指しで批判されることとなった。
ご両名への怨嗟はないが、この批判には重要な問題があると私は考えている。
事件の「理解不能」が擁護派を生む
大物の一人が、ゴーン事件を使って検察批判を展開していた、元検察官で現在は弁護士の郷原信郎氏だ。
「『有罪率99%は誤解』との見方で『特捜事件』を論じることの“誤解“」と題された署名記事の中で郷原氏は、「検察が起訴する率は63%で、有罪件数を逮捕件数で割ると国際的な平均に近い」という主張に対して反論を試みている。
「「特捜事件における有罪率」という観点が完全に欠落している」という主張だ。
百歩譲ってここまではロジカルであることまでは認めよう。
だが、「『猫組長』という、元暴力団組長という経歴からして日本の刑事司法について語る資格があるとは到底思えない人も、同様のことを言っている」と付け加えた点は驚きだ。
まさか高名な郷原先生が私を相手にするとは思いもよらなかった。
ばかりか「日本の刑事司法」を語ることに「資格」がいるということを初めて知ったことは、僥倖というほかない。
2010年の大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件などにより、特捜部の「不敗神話」は崩壊した。
郷原氏が主張するように「特捜部」が問題を抱えていることは、ある部分では事実だと言えるし、それを明らかにする言論には価値もある。
だがある組織が「問題を抱えている」ということは、「常にミスを犯す」こととイコールではない。
「不敗」が崩れたことは、この先の「勝率ゼロ」を意味しない。
検察の問題を明らかにすることと、「ゴーン氏が100%無罪である」ことは別の問題だ。
そもそも「ゴーン氏が無罪である」という齟齬が生まれる根底には、前述したようにゴーン事件の核心が一般の日本人には理解不能な形で行われたことにあると私は考えている。
こうした無知が「ゴーン氏はグレー」と判断させ、逃亡した現在でも「推定無罪なのだから人権問題だ」という誤識へと連なっているとしか思えない。
裏でも表でも国際金融の実務経験者は「SBL/C」という証券が使われた時点で、このゴーン氏が「推定有罪」であることを認識している。
法律の専門家が国際金融の専門家であるとは考えにくい。
一方で郷原先生ほどの優秀な弁護士が「検察憎し」の感情に任せて私を批判したとは考えられない。
「SBL/C」を含めた国際金融の仕組みを理解し、海外の法律を熟知しているからこその「無罪主張」ということなのだろう。
ゴーンは「反体制のアイコン」か?
その郷原氏に相乗りする形で、「ゴーン氏が日本の司法制度について語るのは盗人猛々しくて許せないが、元暴力団組長の自分が司法制度を語るのは当然であるという素敵なダブルスタンダードです。猫組長が司法制度を語るのは自由でしょうが、当然ゴーン氏が語るのも自由でしょうし、ゴーン氏が盗人猛々しいなら猫組長も同じでしょう」と、私を批判したのが元新潟県知事の米山隆一氏である。
本稿程度の言語能力しか有しない私の至らなさか、理解に苦しむ日本語だ。
こちらも暴力団員だった私の「過去」を問題にしているようではある。
米山氏は出会い系サイト「ハッピーメール」を通じて女子大生を買春していたことで県知事を辞任した。
そのような安い遊びをしたことがない私には、それが県知事を投げ出すほどの動機かどうか判断できないし、買春の過去を議論の「資格」とすることもない。
ただし、現在一般市民である私と、現在「被告」であるゴーン氏を同列に扱うロジックが成立しないことだけは確実だ。
ゴーン事件による「刑事訴訟法改正」とは、日本国憲法が持っていた「性善説」の方向性を変えるほどの大事態であることを見逃している人はあまりにも多い。
優秀な政治家であらせられた米山先生が問題にするべきは、ゴーン事件をきっかけに国民の自然権が毀損されつつあることだと私は考えているのだが……。
国際社会で「日本の司法制度」を批判するゴーン氏の論調は、現在の日本の在り方を批判する層の「アイコン」になっている印象だ。
政治に夢を抱かない私だが、テロという暴力や外圧によって制度変更を試みることに賛成の立場ではない。
日本には選挙制度があるのだから、現体制を転覆させたいのであれば選挙を通じて行えばいいだけの話だ。
傭兵を雇って国外脱出を実現したテロリストレベルの人間を反体制のアイコンとするのは、あまりにも安直だ。
そんなことで民意を得られると本気で考えているとすれば、それこそ「民意」を馬鹿にしていると言えるだろう。
そもそもの事件の被害者は日産と投資家だった。
だが国外逃亡によって日本国民も被害者となったことを忘れてはならない。
最大多数の被害者の立場から物を考えなければ、「民意」には繋がらないことは「猛々しい」私でさえ理解できるのだが。
「アメリカ」からは逃れられない
さて、ひとまず日本の司法制度から逃亡した形のゴーン氏だが、蓄えた資金を元手に悠々自適の生活を終生送れるかは不透明だ。
その理由の一つが、ICPOから出された「赤色手配」である。
「赤色手配」が出ると、まともな国への入国のハードルは格段に上がる。
そう言えるのは、私自身「赤色手配」をされた経験があるからだ。
渡航できるのは、自動車産業など存在しない賄賂の効く貧困国に限定される。
もう一つは「アメリカ」だ。
今年9月にゴーン氏はSECと100万ドルで手打ちを行っているが、弘中氏は「米国でSECと裁判で争えば、何倍もの費用がかかる」と説明した。
まずは「保釈金」から解き明かしていこう。
「保釈金」は被告の保有している財産を調査して、没収されたら逃走することができない金額を言い渡される。だが、ここに疑義がある。
19年間も日産に勤め、年収19億円とも言われるゴーン氏にとって本当に15億円が「困る」金額だったのか。
どう考えてもバランスが合わない。
導き出されるのは、この「15億円」の元になったのは、日本国内に保有している財産ということだ。
それはゴーン氏が、海外に財産を逃避させているということでもある。
こうした時、世界で通用する最も強いマネー「ドル」で蓄えるのが、黒い国際金融に精通した者の常だ。
そしてアメリカは「ドル」で悪事を働くことを絶対に許さない。
SECの認定は「結末」ではなく、「はじまり」と考えるべきだ。
逃亡を首謀したテイラー氏は、政府機関で仕事をした「アメリカを良く知る犯罪者」だ。
アメリカにとって「敵」となったテイラー氏を使ったことによって、アメリカはゴーン氏の資金監視をますます強化していると考えるべきだろう。
共犯者の妻でさえ国外移動が難しい状況で、どのように在外資産を守ることができるだろうか。
SECはアメリカという国の一部でしかない。
ゴーン氏が海外に逃がした全資産没収のリスクは依然残っているということだ。
最良の就職先は「テロリスト専門の銀行家」
さらにもう一つはレバノンの国状にある。
1997年、国際手配を受けてレバノンに潜伏していた日本赤軍メンバー5人が検挙され、禁固3年の判決が確定した。
出所後、4人は日本に強制送還されたが、岡本公三氏ただ一人だけ政治亡命が認められた。
イスラエルと対立するレバノンが、岡本氏を反イスラエルの政治犯としたからだ。
レバノンではイスラエルへの渡航が禁止されている。
ところが08年ゴーン氏は、レバノン国籍を保有しながら、ルノーの代表としてイスラエルに入国。政府要人と会談している。
石油を扱っていた私は中東社会で生きた。
「イスラエル」というのは、アラブ社会では極めてデリケートな存在だ。
パスポートにイスラエルの入国スタンプがあると、他のイスラム圏の国に入国できないことは多い。
だから、イスラエルに入国する時には別紙に入国印を押してもらい、再びアラブ社会に入国する時にはそれを一回剥がして審査を受けるほどだ。
過去のゴーン氏とイスラエルの関係の濃淡が明らかになっていけば、別な罪でレバノンで拘束される可能性は十分にある。
実際には多面楚歌の状況にあるゴーン氏に必要なのは、自分を守ってくれる強い「暴力」だろう。
そこで私がお薦めする次の転職先は、テロリスト専門の黒い銀行家だ。
脱出前にはゴーン氏を「反日」のアイコンとして、韓国や中国の自動車メーカーで雇用するという観測もあった。
レバノンでの「ゴーン節」が、どれほどメディアで賞賛されても傭兵を雇って国外脱出をする人物に経営を任せる一流企業は存在しない。
一方で、ゴーン氏が所有しているドルをテロリストは喉から手が出るほど欲しがっている。
テロリストたちは、いつでもスポンサーがマネーを引き出せるよう「安全」を保障してくれるはずだ。
転載終わり。