蔵書目録

明治・大正・昭和:音楽、演劇、舞踊、軍事、医学、教習、中共、文化大革命、目録:蓄音器、風琴、煙火、音譜、絵葉書

「牡丹燈記」 帝国劇場 (1931.1)

2024年06月25日 | 帝国劇場 総合、和、洋

       
  第一幕 第一場 喬生の家の前
      第二場 夜の田舎路
      第三場 元の家の前 
 翁     小堀誠
 喬生    早川雪洲
 村の若い男 大川三郎 
 同 若い娘 大瀧鯉路
 村の男   井上德二
 同     原田盛雄
 同     菊池健
 同 子供  村島一夫
 村の若い男 金井進
 同 若い娘 水島令子
 村の娘   水町芳枝
 同 娘   川瀨靜子
 同     山路晴子
 同     酒井惠美子
 麗卿    水谷八重子
 金蓮    村田竹子  
 
  第二幕 第一場 喬生の家の内
      第二場 喬生の家の前
 喬生    早川雪洲
 翁     小堀誠
 麗卿    水谷八重子
 金蓮    村田竹子
 
   岡本綺堂作 
   長田秀雄舞臺監督
第二 牡丹燈記 三幕 
       繁岡鑒一裝置
       遠山靜雄照明
  第一幕 喬生の家の前
       夜の田舎路
       元の家の前
  第二幕 喬生の家の内
       喬生の家の前
  第三幕 月湖の湖畔
       湖心寺内
  
 喬生の家の前 支那の事だ。元代も末の至正二十年上元(正月十五日)の夜は更けて月明るく、元宵の燈を觀て城内から歸る人が疎 まばら に通る。
 門前に佇 たゞず んだ喬生が、若い男と女の二人連れを羨まし相に見送つて居ると隣の補鍋匠 ほかしやう ー鍋釜等の鋳 い かけをする職人のー 翁が出て聲を掛けた。
 去年妻を喪 うしな つて以來、鰥居無聊 くわきよむりやう に苦しむ喬生は翁の詞 ことば 位では慰められず、あゝ、病氣になつて一層 そ 死んで了 しま ひ度 た いと呟き乍ら、若い男女の睦 むつま し氣な姿を羨ましく見送るので、翁は笑つて、上元の燈籠見物は若い人達の書入れ時だ、お前さんも死んだ女の事許 ばか り考へて居ず、新しいのを探したら何うです‥‥‥等と元氣を付け、喬生が顔を背けるのを見ると、一寸謝まつて空の月を賞め、喬生にも最 も う寢る樣に勸めて内へ入つた。
 一人殘つて喬生が竚んで居ると、雙頭の牡丹燈を持つた小婢金蓮を先に美女麗卿 れいけい が通り過ぎる。
 麗卿の艷色に惹付けられた喬生は、二足三足追ひかけて躊躇したが、遂に思切 おもひき つて跡を追ふ。
 夜の田舎路 麗卿と金蓮の跡から付いて來た喬生は、月も陰 くも つた薄闇 うすやみ に麗卿の艷顔 えんがん を透 すか して見て恍惚とし、金蓮が咎めると、同じ方角へ歸る者で餘所 よそ 乍らお送りして居るのだと胡魔化す。
 喬生に住居 すまゐ を尋ねられた麗卿は、嬌羞を含んで月湖の畔 ほとり と答え、湖心寺の近所か、と訊 き かれて金蓮と顔を見合せた。
 燈籠を御見物でしたか。斯う訊ねられた麗卿は、鰥 やもめ 暮らしの燈籠見物に行く氣すら無い喬生の身の上を聞くと、つと進み寄つて聲を曇らせ、父母に早く別れて兄弟とて無く、金蓮と佗 わび 住居 すまゐ の寂さを語つて互の境遇に同情する。 
 月湖の邊 へん までは未だ可成の路程 みちのり 、いつそ引返して泊る樣に喬生が勸めると初めは躊躇 ためら つた麗卿も、心有り氣に喬生の顔を瞶 みつ めて妻のないのを確 たしか め、月の前で眞實を誓はせると、金蓮を顧みて喬生の後に續く。
 元の家の前 夜烏 よがらす が頻りに鳴く、扉をあけて出た補鍋匠の翁は月の隠れた空を見て、何だか忌 いや な晩だな‥‥‥と呟き捨てゝ入る。
 牡丹燈を持つた金蓮を先に、手を引合ふた喬生と麗卿が來て内へ入つた。
 蠟燭を持つて又外へ出た翁は、密 そつ と喬生の家 うち を窺つたが、連れて來た、喬さんも矢張り若い人だな‥‥‥と笑ふ。
 喬生の家の内 二月も初めの晝過ぐる頃だ。塌 とう に腰を掛けて眠つて居た喬生は、補鍋匠の翁に扉を叩かれて眼を覺 さ ましたが、懶 ものう さうに又俯伏 うつぷ して了 しま つた。  
 待 まち 兼ねた翁が扉を推して聲を掛けるので、半月前よりも窶 やつ れた顔を上げた喬生は、まだ晝中 ひるなか と聞いて春の日永 ひなが を喞 かこ つ。
 梨の花に眼を付けた翁は贈り主を訊ね、毎晩小女に牡丹燈を持たせて此へ尋ねて來る美しい女だらう、と圖星を指し、蒼蠅 うるさ がる喬生を捉まえて、女の素性を尋ねるのも、お前の命が助け度いからだといふが、揶揄 からか はれるものと思つて喬生は相手にしない。
 で補鍋匠の翁は、上元の晩から若い女の尋ねて來るのを知り、死んだ奥さんの事も忘れて好い鹽梅 あんばい だと喜んで居たが、樣子が同 ど うも訝 あや しいと氣付いたので、實は昨夜 ゆうべ 境の壁に穴をかけて‥‥‥と美人の幅 ふく を指差し、嚇 くわつ とした喬生に小突き廻され乍ら、壁の穴から覗いて見ると、對 むか ひ合つて喃々 なんなん の語らひをして居るのは骸骨で、傍 そば に附いて居るのは小さい藁人形の樣なものだ‥‥‥と語つて、御念の入つた夢扱ひにする喬生の、幽陰に魅せられたのを救はうとするが、顚 てん で信じない喬生は、手荒く翁を突出して壁の穴を調べ、花瓶が碎 くだ けて床に無惨な梨の花を見ると、今夜女が來た時の言譯 いひわけ を考へる。
 が、梨の花を拾つて眺めると、翁の云ふ通り少し期の早過ぎるのに不審を感じ、女の住家 すみか を月湖の畔 ほとり と聞いた丈 だけ で、また一度も訪れて見なかつた迂闊 うくくつ に想到し、引返して來た翁から、骸骨の事を最 も う一度確めると、呆れ顔の翁を跡に、梨の花を持つたまゝ足早に部屋を出る。
 喬生の家の前 翁が鍋の繕 つくろ ひをして居ると喬生が顔色を變へて戻り、息切れを水に癒 いや すと先刻 さつき の仕打を翁に詑びて月湖の畔 ほとり へ行つて女の住家を尋ねたが、堤 どて の上にも橋の下にも見當らないので、不安心は募る許りの直ぐ玄妙觀へ駆け込み、王眞人の御弟子の魏法師の前に跪 ひざま づき、怪 あやし い女が近寄れない朱符を頂いて來たが、魏法師は、此後決して月湖の畔へ足踏みするな、湖畔の古寺湖心寺へも立寄るな‥‥‥と言はれたと話す。
 魏法師は御祈禱やお禁呪 まなひ では第一の道士なので、其のお符 ふだ さへあれば大丈夫幽鬼 ゆうき から脱 のが れられる‥‥‥と翁に勵 はげ まされた喬生は、朱符を寢所へ貼りに行くと翁は道具を片附けて家へ入る。
 喬生が出る。朱符の一枚を門へ貼付けたが、蠟燭を持つて出た翁を見ると不安に脅えた聲で泊めて貰ひ度 た がる。其れでは第一朱符が役に立た無くなる譯なので、翁は喬生を勵まして、牡丹燈の灯 ひ の見えぬ前にと、喬生が袖 そで に縋 すが るのを振り切つて入る。
 呆乎 ぼんやり と竚んで居た喬生が家 うち へ逃込むと、軈 やが て牡丹燈を持つた金蓮と麗卿が來たが、金蓮が燈を翳 かざ して照らす朱符を見ると麗卿は門 かど に近寄れず、金蓮が拾つた梨の花を袖に抱くと、怨めし相に門を見遣 みや つて姿は消えた。
 跡には唯、闇の中を迷ふが如く流るる牡丹燈のみ。

  第三幕 第一場 月湖の湖畔  
      第二場 湖心寺内
 玩具を賣る商人 吉岡啓太郎 
 花を賣る娘   山本かほる
 男の一     菊田勝太郎
 男のニ     船木重雄 
 男の三     芦澤東一郎
 亭主      山田巳之助
 踏靑の娘甲   水原和子
 同   乙   梅野粹子
 飴を買ふ子供  今井龍郎
 同       及川正一
 湖心寺の僧   藤田東洋
 喬生      早川雪洲
 劉生      大矢市次郎
 麗卿      水谷八重子
 金蓮      村田竹子
 翁       小堀誠
 遊客 
  成島惠造   梅小路照篤
  山口正夫   福池初雄
  菊池健    白井正雄
  杉山進    荻野一夫
  水島令子   水町芳枝
  川瀨靜子   山路晴子
  酒井惠美子  大瀧鯉路
  村田美代子  其大他ぜい 
  
 月湖の湖畔 淸明 せいめい の節で、三月の空晴 はれ て春色天地に遍 あまね し。湖畔の柳も、岸の若草も靑々 せいせい と橋の朱欄に映じ、桃李花處々 ところどころ に、春風は酒賣る家の靑帘 せいせん に吹く。
 衣香扇影 いかうせんえい  長閑 のか に徘徊して居た人達も、飴賣 あめうり も、花賣る娘も立去ると、酒屋の亭主が出て踏靑 つみくさ の娘を揶揄 からか ふ。
 湖心寺の僧が蠟燭と燈明の油を買つて戻り、上元の夜から二月の初めへ掛けて、蠟燭が毎夜一本づつ失せた不思議を語つて立去り、踏靑の娘二人も歸つて行つた。
 空合 そらあひ が變つて、夕 ゆふべ の風に花が散る。
 醉拂 よつぱら つた喬生が友人の劉生と酒屋から出る。淸明の節を醉つて祝はうと、劉生は引込勝な喬生を連出したのだ。 
 尚も醉はせ樣とする劉生を罵つて、柳の下へ喬生は寝て了つた。
 劉生は持て餘したが、雨が來たら連れ込まう積 つもり の、長安市上 酒家眠 ねむる ー等と李白氣取りの喬生を殘して入る。
 空陰 くも り日暮れ、湖心寺の鐘が響く。
 忽然と姿を現はした麗卿と金蓮は、橋を渡つて眠れる喬生に近附いた。
 金蓮が控える袖を拂つて麗卿は、未練のある喬生の枕下 まくらもと に跪 ひざま づいて抱起すと、上元の夜に牡丹燈の光に顔を見て懐 なつか しさを覺え、優 やさし い心を知つて薄倖の身も心も捧げたのに、遽 にわか に疑念を生じて永く絕 た たうとするのを怨み、喬生が囈言 うわごと の樣に、隣の爺 ぢぢい が悪いのだ‥‥‥と云ふと、麗卿は怒りを帶びて、妖道士の言葉に惑はされる喬生の無情を責め軈 やが て突放して立上がつたが、憎いと思ひ乍ら逢へば未練が増して立去り兼ねる風情に、金蓮は何やら囁 ささや いて麗卿の頷 うなづ くのを見ると、では、連れておいでなさいますか‥‥‥と喬生を見返り、囁き合ひつゝ橋を渡る。
 雨が降つて來た。不圖 ふと 起上がつた喬生は、雨宿りをせねばならぬ、湖心寺へ行こかう‥‥‥と言捨てゝ橋を渡る。
 喬生を起しに來た劉生と亭主が、姿の見えないのに不思議がつて居ると、補鍋匠の翁が急足 いそぎあし に來て樣子を聞き、劉生を引張る樣にして湖心寺へ行く。
 湖心寺内 廻廊の壁際にある旅櫬 りょしん ー客死した人を寺に預けた柩 ひつぎ ー の正面には「故 もとの 奉化符州判之女麗卿之柩」と記し、柩の前には、雙頭の牡丹燈をかけ、其下には背に金蓮と記した人形の婢子 ひし が立つて居る。 
 劉生を導いて來た翁は、牡丹燈を見ると慄然 ぞつ とした叫聲 さけびごえ を上げ、伸上がつて柩から洩れた喬生の着物の裾 すそ を見付けると、階段を昇つて劉生に指し示す
 其れを見た劉生が、棺の主と喬生の因縁を聞かうとする處へ、油壺を持つた僧が廻廊を巡つて來る。
 翁が指さす着物の裾を見て僧は不思議な面持、棺の主は奉化で州判を勤めて居た符と云ふ人の娘麗卿で、十七の年に死んだのを寺へ預けた儘 まま 。親達は北の方へ歸つて音信不通だ、と話し、柩の蓋を開けると喬生は骸骨に緊乎 しつか り抱 いだ かれて死んで居た。
 前代未聞の不思議、柩の蓋をした僧が黙禱すると牡丹燈は薄明るくなる。
   
〔蔵書目録注〕
  
 この「牡丹燈記」は、昭和六年一月、帝国劇場の 初春新劇大合同 の 晝の部 の演目の二番目である。
 なお、同じパンフレットには、「牡丹燈記」の簡単な解説がある。
 「怪異雜話」小堀誠 と 「剪刀新話」大矢市次郎 である。