蔵書目録

明治・大正・昭和:音楽、演劇、舞踊、軍事、医学、教習、中共、文化大革命、目録:蓄音器、風琴、煙火、音譜、絵葉書

「日露交歓交響管絃樂大演奏会」 (宣伝チラシ?) (1925)

2023年12月25日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

   

日露交驩交響管絃樂大演奏會
  
    練習を聞いた藝術界權威の批評
 
意義ある文化運動の表示。
            創作家 長田秀雄氏
日本が迎へた最初の驚異すべき管絃樂。
            東京音樂學校敎授 島崎赤太郎
藝術的にして且つ通俗的なる曲目の好配列‥‥‥。
            文藝家 昇曙夢氏 
力と熱の偉大なる藝術。
            創作家 秋田雨雀氏 
難曲の功妙な演奏と熟練せる手法。
            前戸山學校樂長 春日嘉藤次氏
生れて始めて聞いた微妙な音色。
            東京音樂學校敎授 頼母木駒子女史
山田君はオーケストラといふ樂器の名人なれども今迄は破れ樂器をとつて苦心して居たが今や「ストラウデイワ゛リウス」を貸して貰つたあの滿ちた指揮の仕方!
            東京音樂學校敎授 山充氏
露国の樂手は餘祐綽々として日本の樂手を敎へつゝ演奏して居る眞の日露交驩的演奏。
            國民の音樂記者 岡田孤煙氏
多年待ちこがれたる眞の交響樂を聽き感謝の語とてもありません。
            東京音樂學校敎授 安藤幸子女史
先年「明治頌歌」をきいて感動せざりし余も今度の交響樂によつて甚だしく感激せしめられた、尚大連で聞いたクァルテット四重合奏を音樂愛好家に特別に聞せてやりたい。  
            子爵 三島章道
今度の管絃樂は莊麗な本建築だ。從來のそれはバラックだ。いやそれよりも粗末だつた。眞に痛快。
            築地小劇場 土方與志
私は二日續けて練習を聽いて、ほんとうに驚嘆した。たゞ感激あるのみ‥‥‥。
            佐藤海軍々樂隊樂長
初めて眞正の交響樂を聽くを得た從來の管絃樂は盆栽のみ今や沖天の意氣ある大樹を見た何たる莊麗。
            坂西海軍々樂隊長
日本には從來好き手本のなかつた爲め指揮者が如何に説明しても樂員の技倆を向上せしめ得なかつた。今やその活ける手本が來た、日本音樂家に取つて洵に無上絕好の機會‥‥‥。 
            小山内薫
  
  新京極
    松竹座
  
 演奏者姓名並役名明細表

    總人員 七拾貳名
  
  露西亞より招致せる樂人中主なる者の略歷
  
シツフアーブラート(樂團長)最初テイフリスの音樂學校に学び獨國ドレスデン市に轉じてペイトリツヒ敎授に就き更にペトロヅラード音樂院に入りハイフエツツと同期生として有名なアウワー敎授に學び同音樂院卒業後ペトログラード市に獨奏者とし又は樂團長として活躍盛名をはせ終に同市國民歌劇座の指揮者となり三ヶ年就職、また同時代メクレンブルク大公四重奏團のヴイオラ奏手として選ばれ革命後難を哈爾賓に避け東支鐡道所屬の歌劇場並に交響樂團の樂團長となりまた自らシツフアーブラード四重奏団を組織してその主腦者として今日に及ぶ。
ケーニツヒ(副樂團長)プラーク音樂院に入りベネヴイツツ敎授に就く。後、プラーク、維納、アムステルダム、ヘルスインクフオルス等を演奏巡歴し、ペトログラードに入るに及んで帝室歌劇場の副樂團長として擧げられ帝室バレーの獨奏者となり指揮者に進み三ヶ年間その職に止る。後有名なるベライヱフ四重奏團の第二ヴイオリン奏者として選ばるゝ榮擧を負ひ、更にシツフアーブラート氏と共に歐洲の誇なるメクレンブルク四重奏團に入り革命と共に哈爾賓に來り東支鐡道所屬管絃團の副樂團長となり、同樂團の副指揮者となる。
 現に僚友シツフアーブラートを助けて同四重奏團のヴイオラを擔任しをれり。
トラハテンブルク(第一ヴ井オリン奏手)ペトログラード音樂院に入りナウバルチヤン敎授に就ヴ井オリンを學び同学院卒業後エカテリンブルグマルク、イルクーツク等の樂團に樂團長として盡し革命後哈爾賓に來り東支鐡道所屬管絃樂團に入り現にシツフアーブラート四重奏團の第二ヴ井オリンを受持をれり。
アスラマジヤン(第二ヴ井オリン主席)ヴラデイカフカス音樂學校を卒へモスクワ音樂院に入りコーニウム、カツタウワー兩敎授ニ就き樂理を學ぶ、後モスコー交響樂協會第二ヴ井オリン主席となり、更に樂劇座の第二ヴ井オリン主席となる。  
フイヨードロフ(ヴイオラ主席)ペトログラード音樂院を卒へ帝室管絃樂團員となり更にクセヴイツキー氏の管絃樂團に入り三ヶ年間就職、後再び帝室授團の獨奏授人として選ばれ一九一七年迄その職にあり、革命後ペトログラード交響樂協會の指揮者となり今日に及ぶ、露帝より金時計を賜はる。
ピエツケル(ヴイオロンチエロ主席)ペトログラード音樂院に入りピアーテ敎授に就き更にヴオルフ、イズラエル敎授に師事し卒業試驗に優等賞を得更に全露音樂競技會に出演天才賞をうく現にペマログラード交響樂團の主席セロ奏手なり。
ブエノフスキー敎授(コントラバス主席)ペトログラード音樂院卒業(ベツヒ敎授高弟)後王立マリンスキー歌劇場に入る現にペトログラード音樂院の敎授なり。
ヴエルホフスキー敎授(フリユート主席)ペトログラード音樂院卒業後帝室直屬マリンスキー大歌劇場の第一フリユート奏手となり十五年間同劇場樂人監督としてその盛名を馳せ現にペトログラード音樂院の敎授たり。
サリチエフ(オボエ主席)ペトログラード音樂院にゲエーデ教授に師事し卒業後マリンスキー大歌劇場次席オーボエ奏手となり、また同市交響樂團のオーボエ奏手として活躍しをれり、舊露帝より金時計を賜はる。
ゴルウチエンコ(トロムペツト主席)ペトログラード音樂院卒業後十三年間マリンスキー大歌劇場の奏手として就職現在に至る。
ラヴエンダ(ホルン主席)ペトログラード音樂院卒業後(タム敎授高弟)マリンスキー大歌劇場第三ホルン奏手として就職今日に至る。
倘此他十六日哈爾賓着十七日同地發來朝の樂人三名はキエフ音樂院敎授ドウルウジナ女史モスコー音樂院敎授ワシリエフ氏及フアゴツト主席たるペトログラード音樂院敎授たるゲリマン氏等なり。他二十二人計三十六名 
  
〔蔵書目録注〕
  
 上文中、明らかな誤りの部分は、赤字で訂正した。


「日露交歓交響大管弦楽演奏会」 御園座 (名古屋) (1925.5.2-3)

2023年12月19日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

 

  日露交驩交響大管絃樂演奏會
 名古屋曲目  五月二日・三日兩日 於 御園座 
       指揮者 山田耕作 
           近衛秀麿
  
  出演音樂家總員卅五名  
    全露藝術家組合の推薦にかゝるモスクワ市スイムフォニーオーケストラ樂員 
    レーニングラード市マリンスキー劇塲管絃樂部員
    キーエフ市國立音樂學校敎授等三十五名 
  
  第一日 五月二日(土
  
       第一部

 交響樂 第七番  イ長調 作品九十二番
                 ベートーヴェン作
  ポコ ソステヌートー アレグロヴイヴアーチエ
  アレグレツト プレスト アレグロ コンプリオ
                   指揮者 山田耕作
  
       第二部

 歌劇『フイガロの結婚』の序曲  モーツアルト作
  番外 セロ獨奏『未定』    ジー・ワイ・ベツケル
  『薔薇の騎士』のワルツ    シトラウス作
  『アルルの女』の第二組曲   ビゼー作   
    パストラール
     間奏樂
      メヌエツト
       フアランドール
                   指揮者 近衛秀麿

  第二日 五月三日(
  
       第一部

 交響樂 第四十番  ト短調   モーツアルト作
  アレグロモルト
   アンダンテ
    メニユエツトアレグレツト
     アレグロアツサイ
                   指揮者 近衛秀麿
       
       第二部

交響樂組曲シエヘラザード 作品卅五番 リムスキー・コルサコフ作
  (イ)海とシンドバツトの船 (ロ)カランダ―の王子の物語  
  (ハ)若き王子と若き王女  (ニ)バグダツドの祭典
                   指揮者 山田耕作 
  番外 セロ獨奏未定     ジー・ワイ・ベツケル
指鬘外道           山田耕作作         
  夜の曲
  なげき
野人創造           山田耕作作
浪漫的歌劇さまよへる和蘭人の序樂   ワーグナー作
                   指揮者 山田耕作
  
〔蔵書目録注〕  
  
  上文の赤字は、原文は 月 であったが、日付から日曜日と考えて 日 と変更した。


『A Cycle of FIVE JAPANESE LOVE-SONGS』 Kósçak Yamada (1919)

2022年02月26日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

   

 澄月集 
 山田耕作 
 Kósçak Yamada
    A Cycle of
  FIVE JAPANESE 
      LOVE-SONGS
  
       Price,$1.25, net
  New York・G. SCHIRMER・Boston
  
 澄月集 その一
   山田耕作々曲
 
 Ymama mata yama
 Ikuso no kai wo
 Tadori yukite,
 Yukue mo shiranu
 Wanga omoi kana!
 
 My yearning wanders far: 
 It reaches out beyond me
 Thro❜ valleys, over hills,
 Beyond the sky mine eye sees,
 So far!ーI may not follow!
 
〔蔵書目録注〕
  掲載の5つの楽譜の下には、次の記載がある。

 Ⅰ copyright, 1919, by G. Schirmer composed Tokyo, Sept. 9, 1917
 Ⅱ                   composed Tokyo, Sept. 10, 1917
 Ⅲ                   composed Tokyo, Sept. 12, 1917
 Ⅳ                   composed Tokyo, Aug.  20, 1917
   Ⅴ                   composed Tokyo, Sept. 11, 1917


『夢の桃太郎』 山田耕作 (1921.9)

2021年06月17日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

     

 ゆめの桃太郎
     山田耕作々曲

  山田耕作々曲
   夢の桃太郎    大阪開成館藏版

   守屋東姉に捧ぐ
      一九二一年三月
          東京にて
            山田耕作
                 大橋房畵

    はしがき

 ◇「夢の桃太郎」はピアノの小曲です。
 ◇曲は「夢路」「流れの桃」「誕生の喜」「森のたはむれ」「鬼ケ島」「凱旋」の六つに分かれてゐます。
 ◇私はこれをなるだけ皆樣がご存じの音樂の形式に據つて作りました。 
  Prelude,  minuettino.  Walz,   Ronidnetto,   Scherzo,   marcia,   といふ風に。
 ◇それにこの曲の主題もまた桃太郎のお噺しとゝもに皆樣に親しみの深いふしから採りました。

    大正十年九月五日發行  〔定價金壹圓五拾錢〕 
                 賣價金五拾錢
    著者  山田耕作
    發行所 大阪開成館


「指鬘外道」作曲所感  山田耕作(談) (1920.6)

2021年04月09日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

  「指鬘外道」作曲所感
                  山田耕作
  
 此の春白蓮夫人の『指鬘外道』が東京で上演されると云ふ事を、露風氏を通じて聞きました、その劇中の『夢の歌』は私に作曲せよとの露風氏の言葉もありましたので、私は臺本の出るのを待ちかねて熟読したすゑその歌は三月末頃書きあげました。私は劇中に用ひらる々歌について平素から、ある主張を持って居りました。それは在來の用法のやうに唯その所演の景物的に附せれるゝやうなものならば、むしろ歌は、ない方が好い、それに全々歌を要さないやうな戯曲に、ある一つのしゃれけから音樂を加へる事の惡い事もーれはイブセンの言行を待たずとも誰にも明かにわかる筈です。
 御承知の通り、イブセンは劇の中から音樂を驅逐しました。音樂者としての立場から見れば、その驅逐された事が、一應腹だたしく思はれるやうですけど、私はむしろそれをもっともな事とさへ信じて居ます。所謂イブセンの現す劇の内容と樣式には、何處にも音樂の住める家はないやうです。もっともペルギントのやうなものは例外ですけれど。
 それでは劇に用ひられる音樂、普通謂ふ所のインシデンタルミュージックとは、どうあるべきものでせうか。私はこれを、二つに考へられます、それは舊式のインシデンタルミュージックと新式のそれとです。
 舊式のインシデンタルミュージックーそれはどんなものか、一應説明の必要がありませう。舊式のインシデンタルミュージックとは、例へばファウストの中に用ひられる如きもの、或はシェークスピーア物のある物にも、その他ロシヤの作家の類なるものに現れて來るものはそれです。例へば、劇中に起る所の祭禮的或は儀式的音樂、言葉を換へて言へば劇の内容に含んで居る、寫眞的塲面にともなふ音樂。それに、劇の内容にはそれ程の密接な關係をもってゐないある歌謠の如き、例へばトルストイの『生ける屍』の塲合におけるやうに、又イブセンの『ペルギント』に見えるやうにこれ等の例によって見ても舊式ホインシデンタルミュージックは、劇的に見ても音樂的に見ても相互に、その美を増しあふといふよりは、相互にその美を濁らしあって居るやうに思はれます。ことに『ペルギント』にその一例をとって見ませう、例へば、オーゼの死に於ける塲合の如き、その音樂は在來の音樂的形式の上に築かれたものであって決して戯曲的の地盤に建てられた樂曲では無いやうです。これは戯曲を上演する際に、その戯曲のその部分が戯曲から離れて演劇の姿が音樂界の姿に變裝してしまふやうな恨みがあります。從って劇はその塲合、音樂に對して、遠慮するでせう又音樂は幕合の觀衆の倦怠をつなぐ、お茶うけのやうな役目をさせられるやうな事になるでせう。さうなって來ると舊式のインシデンタルミュージックの全く無用なものである事は可成誰にも明瞭にわかる事だと思ひます。
 私はそれで、劇に用ひられる所の音樂と云ふものは例へば幕合に演奏される所のものであっても、俳優の働作、せりふの緩急、聲の高低その他の劇を流れてゐる所のその流れと一處に流れ得るだけの音樂でなければならないと思ひます。私はこの所信を舊冬友達會上演の『タンタジールの死』の塲合に初めて實現して見ました。その結果、私は私の考への相當に善い結果をもたらした事を悦んで居ます。
 その新しい形式とは、もう一つ細かく説明すれば、こう云ふ事になりませう。例へば幕の開く前に音樂が始まるとする、その音樂は少くとも觀衆を普通の生活から、イマジネーティヴな世界に割合に早く導きます從って自分が自分の居處さへ覺えない所まで入り得るものだと思ひます。さうして光線の力と音樂の力とがほとんど、兩足の靜かに歩みを運ぶやうに進んで、幕が上るとすれば、觀衆は全く勞さないで、その劇の世界に靜かな眼をむける事が出來るに相違ありません。こう言えばその樂曲の終結は、まづ樂曲的には無いと云ふ事が出來ませう。つまり樂曲の終了は劇の始めであると云ふ事になります。此の終りと始めの一線が明瞭に意識せられないほど觀衆は悦びを感じるに違ひありません。そして戯曲は舞臺の上に展開されて幕の閉ぢられる時が來ると、又音樂がその戯曲の流した流れの速度、重さ或は波の高さ低さ流れの色その他と、お互が立體の流動である一點に、溶けあって觀衆を、その各のイマジネーションの國に誘ひます。こうして音樂は觀衆のイマジネーションを或意味に於いて誘導しながら次幕へと流れて行きます。こうすれば期せずして幕合に感ずる妙な喧騒やディスイルージョンは、恐らく起こるまいと思はれます。私はこう云ふ風に思って居りますので、露風氏を通じて依囑せられた『夢の歌』を書いた時も何とかしてこれを在來の劇中の歌のやうな、景物としては演じてもらひたくないと云ふやうな感じを持って居りました。
 處が丁度、十九日の事でせう、此の劇を演出せらる村田實氏その他が見えられまして、此の戯曲を一貫した音樂の流れで縫ってみたいと云ふ希望を語られました。それで出來るならばと云ふよりは、無理にも私にそれを書けと申されました。唯困った事は上演の時のあまりに近いので、はたして自信のあるものを生み得るか否かに迷ひましたが、村田氏はじめその來訪の方々の眞面目な慾求と熱心な努力に、おかされまして徹宵しても、書き上げて、一つでも好い演出を得たいと敢へてお引受けする事に致しました。一つには、それによって私の作った夢の歌も景物の災厄からは、逃れ得る歓びもありましたので。
 そして演劇が立體の流動でありますから、ピアノ一色では扱ひにくゝ樣々な色を盛ったオーゲストラが適して居りますので、それを選びました。
 この新しきインシデンタルミュージックは、むしろ日本に生れて日本に一番好く育つものだらうと私は思ふのです。それは日本の在来の演劇の姿を顧みて見ればその理由も解るだらうと思ひます。(談)


「指鬘外道」 市村座 (1920.6)

2021年04月06日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

   

 學生文藝會舘建設寄附興行
 創作劇塲第三回公演
   筋書

  伊藤白蓮夫人作(大鐙閣發行)
  指鬘外道  二幕十三場
  生田長江氏作(雄辯五月號掲載)
  長澤兼子  二場二幕

 指鬘外道執筆の動機    ‥‥ 伊藤白蓮(中央佛敎より轉載)
 指鬘外道の演出      ‥‥ 村田實
 指鬘外道の音樂雜感    ‥‥ 山田耕作
 長澤兼子に就いて     ‥‥ 生田長江
 第三回公演の挨拶     ‥‥ 飯塚友一郎
 學生文藝會舘建設に就いて ‥‥ 小泉矩

  自六月二日至六月六日
    市村座

 伊藤白蓮作
  指鬘外道    三幕十三塲
      演出者 村田實
      作曲者 山田耕作
      意匠者 溝口三郎

   現世の部
第一幕 第一 師の出發
    第二 鴦崛摩と少年
    第三 夫人と少年
        (幕間十五分)
第二幕 第一 鴦崛摩と夫人 
    第二 師の歸宅
    第三 師と夫人と鴦崛摩
        (幕間十五分)
第三幕 第一 鴦崛摩と釋迦

   過去世の部
第三幕 第二 妖婆と女房達
    第三 太子と小性
    第四 太子と女
    第五 女と太子 
    第六 妖婆と群衆
    第七 鴦崛摩と釋迦

  舞臺 監督  村田實
  舞臺裏主任  大久保忠素
  轉換 主任  溝口三郎
  光線 主任  和田精
  小道具主任  米澤參
  音樂 指揮  山田耕作

   現世の部
 鴦崛摩(過去の前身太力太子)     根津新
 婆羅門の師(過去の前身大果王)    關口次雄
 弟子一               淸水一郎
 弟子二               伊藤眞吉
 弟子三               松木綺良
 少年                淸野千都子
 夫人(過去の前身太子を迷はしの女)     加茂貞子
 弟子四               片山保
 弟子五               高橋季輝
 弟子六               小林保
 弟子七               相生基
 弟子八               山口邦郎
 弟子九               吉田絢
 母                 美谷志津子
 波斯匿王              星岡菫
 同 武士              山口邦郎
 釋迦牟尼尊             井上昇
 釋迦弟子              桐生基
   過去世の部
 妖婆                三村亘
 女房一               白鳥絢子
 女房二               日高萬里子
 太力太子              根津新
 太子を迷はしの女             加茂貞子
 小性                吉田絢
 須蠻女               仙女一子
 老人                伊藤眞吉
 若い男               淸水一郎
 群集の女一             桃山淸子
 群集の女二
 群集一 同二 同三

  「指鬘外道」筋書
    此の筋書は白蓮氏の原作の筋書ではなく、むしろ演出せらるゝ劇としての筋書である。ましてや阿舎經や鴦崛摩傳によったものではない。

   第一幕 第一塲
 婆羅門の敎團の一つに鴦崛摩 あうくつま と云ふ秀 すぐ れた弟子がゐた、彼れは意志つよく、感情美しく、しかも才智が備はって居た爲め、師匠からことの外愛されたので他の弟子達から嫉まれて居たのであったあたかも師は旅途につかれるのである。彼れの明るい生活にも異樣に暗い影がさしそめて來た。
   同   第二塲
 彼れの生活に落ちて來た影は師の妻の戀によって一層の暗さを增すのであった。
 彼れは此の暗い影の苦しさに思ひ沈んで居る時、師の妻からの使者として美しい少年が訪れて來た。彼れは少年の姿を見るにつけ自らの今の苦しい生活が厭はしく何とはなしに少年の日の昔戀しく、少年と共に昔のやうな心になって遊びたくなったのである。少年は一應師の妻の許しを得て又あとで遊びに來ると云って嬉しそうに飛び去ってしまう。
   同   第三塲
 師の妻は鴦崛摩を眞に戀して居た。恐らく彼の女にとって初めての力強い戀であったのであらう。けれども彼の女の戀には滿足は與へられなかった。彼女はその苦しい思ひに悶えつゝ一人淋しく泣いてゐる處へ、少年が歸って來た。然しやはり彼女の純眞な燃ゆるやうな戀には何の滿足も與へられない。彼女の思ひは狂せんばかりに燃えて行った。彼女は少年の物語によって暗示され彼女は少年に扮して今宵鴦崛摩に會ふ事を思ひ付いた。そして衣を替 かへ に彼女の寢室へと少年を導いた。
   同   第四塲
 月の光の流るゝ中に少年に扮した師の妻は鴦崛摩と會ったのである。然し鴦崛摩は彼女である事を知って驚いた、彼女は靈をこめて愛を物語った。けれども鴦崛摩の道徳は固く冷めたかった。鴦崛摩はやゝもすれば情と愛の美しさに溶けようとする心をおさえて逃げ去ったのである。彼女の愛はつひに呪ひの姿をかへた。あゝ恐ろしの呪ひに‥‥‥‥。
   第二幕 第一塲
 それから幾日かたって師は旅から歸って來た。皆出むかへたが、少年は去る日師の妻と衣をかへるために寢室に入った時に不思議な死にかたをして今は此の世の人でない。師の妻は出迎へにも出ず寝室で泣いて居る。師は歸って來たが此の泣く聲をきいて、いそいで妻の寢室へ入る。
   同   第二塲
 夫人は破れた衣をまとって寢臺の上に泣き伏し落花狼藉たる有樣。夫人の呪ひはついに此の虚僞のお芝居によって師匠をだまし得たのである。師匠は怒って鴦崛摩を呼び、妻に強いられしまゝに「百人の生命 いのち を絶つのぢゃ、それがこの法 のり を傳へらるゝ者の秘密の約束なのぢゃ」と云って殺人を命じた、鴦崛摩はあまりの不法な命令に驚いたが、師の命は絶對であると云ふ古き道徳に固められた思想をもってゐたひめ、つひにそれに快心をもって服從した、恐ろしの暗黑の影は彼れの生活に負ひかぶさって來たのである、此れが此の劇の頂點である。
   第三幕 第一塲 
 彼は廢頽道徳の人形となって九十九人を殺し、その指で鬘 かつら を作ってかけて居る。もう一人で自分の全人生の光明の門が開かれると思って居る。苦しい苦しい事ではあったが、あと只一人で一足飛びに光明界に入れると思って居る。
 師の妻は呪ひしものゝ戀の悶えは自分の靈を犯して行った。今は心も身も疲れはてゝ氣も狂はんばかりである。彼女は鴦崛摩の立てる四衢 しく 近く進んで來たが、足下に倒れて居る、若き男女の相抱ける 死骸を見て、此の純眞な戀の美しき屍を見て極度に感激させられ、つひに氣を失って死ぬ。
 又鴦崛摩の老いたる母も此の四衢に我が子をきづかって來たが、哀れにも我が子の刄 やいば の下に倒れようとした、その時、新しき光、新しき思想、凡ての人々を救ひ得る宗教をもった世尊が現はれた鴦崛摩は世尊の人格より漂い來る靈の薫りに心をうたれ、自分の信仰がまだ迷界にある事を悟って宗教的に救はれ行くのである。
 世尊は迷界に居る人々が皆因果律をもった運命の中に何の反抗も出來得ずに或は苦しみ或は悶え居る事を悟し、此の現世に對する過去世を語った。現世の苦しさは過去世の緣とあきらめ、現世の善行は來世に報はれると云ふ希望をあたへられて、現世生活の靜かなる事を期したのである。
   同   第二塲
 過去世、現世の神秘なる因緣の物語は、幻となって現はれ出された。
 過去世の塲である不思塲 ふしぢやう な奴姿 やっこすがた が豫言して居る。
   同   第三塲
 その國の太子は女を知らなかった。そして女と云ふスフィンクスの泣き聲を聞いて異樣の感にうたれてゐる、おゝ女のすゝり泣く聲よ。
   同   第四塲
 太子は此の女の泣き聲にひきづられて女の側に行き、つひに女を見近く寄せた。
女は哀れな境涯をもって居た、女の物語について太子は迷はされて行った。つひに太子は女を戀した。そして女に自分の胸を與へた。
   同   第五塲
 それ以來太子は女を得る事に歡樂 くわいらく を見出し、つひには婚姻の門から女をうばって行くやうになった。數々の女は皆太子の犠牲に上った。つひに人民は承知せず太子を王宮から引出し瓦石をもって打ち殺した。
   同   第六塲
 あゝ世尊の御光に鴦崛摩も救はれた。凡て皆救はれるのである。如何なる罪人も皆。


「最新楽譜」 1-9 松島彜 (大正)

2020年09月01日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

 最新楽譜 

 第一編 のあした

       大正六年三月八日初版発行 大正十一年 〔一九二二年〕 四月二日三版発行
       尾上紫舟作歌 作曲兼発行者 松島彜   〔第五編の「崩るゝ蕾」を除き、すべて同じ作歌者、作曲者〕
       発行所 十字屋楽器店 2頁

  

 NIPPONOPHONE ニッポノホン 
 獨唱 春のあした(松島彜子作曲) ソプラノ 永井郁子 ピアノ伴奏 松島彜子 15875-A
 獨唱 月見草(松島彜子作歌作曲) ソプラノ 永井郁子 ピアノ伴奏 松島彜子 15875-B

                 

 第二編 水ぐるま   大正十二年三月五日〔三版〕発行  発売元 十字屋楽器店 2頁
 第三編  夕べの濱  大正十一年十月十日〔再版〕発行  発売元 十字屋楽器店 2頁
 第四編 ましろき波 大正八年四月十日発行        発売元 宮内省御用達 共益商社 2頁
 第五編 崩るゝ蕾  大正八年六月一日発行 大谷句佛上人作歌   発売元 宮内省御用達 共益商社 2頁

                 

  第六編 朝の村   大正九年九月廿六日発行   発売元 十字屋楽器店 6頁
  第七編 大空     大正九年九月一日発行     発売元  十字屋楽器店 2頁 
  第八編 野火   大正九年九月廿六日発行     発売元 十字屋楽器店 2頁
  第九編 海へ   大正十年四月二十日発行     発行所 十字屋楽器店 6頁

第五編「崩るゝ蕾」について: 

〔「故大谷政子姫追悼音楽会 作曲家及曲目紹介」に次の紹介がある。〕

  崩るゝ蕾は大谷句佛氏が長女政子姫の夭折を花の開かずして  崩れ落たるに喩へて傷まれたる哀悼の作歌なり。

  崩るゝ蕾
         大谷句佛上人作歌

   柳は萌えつ梅咲きつ           
     都の春は来 き つれども
   晴れぬ心の淋しさを           
     永久 とは の涙に閉 とざ されぬ
   呼べど帰 かへ らぬ呼子鳥       
     雲に入る日の笑顔 えがほ の名残
   心耳 しんに 残るさへずりに      
     ありし昔しを今も尚
   實 げ にあだなりしうつし世や     
     夢と知らざる夢にこそ
   希望 のぞみ の光り消え果てゝ    
     闇路 やみぢ に迷ふ親心
   二十年 はたとせ 余り二 ふた かへり 
     雨にも風にも心して
   育 はぐ くみにけるこの花の      
     花咲く末 すへ を楽しみし
   詮 かひ なく 傷 いた む春の霜 しも に  
     あゝいじらしゝ崩るゝ蕾よ 

  

  NIPPONOPHONE ニッポノホン 
 獨唱 崩るヽ蕾 (大谷句佛上人作歌)(上) ソプラノ 永井郁子 ピアノ伴奏 松島彜子 15752-A
 獨唱 崩るヽ蕾 (大谷句佛上人作歌)(下) ソプラノ 永井郁子 ピアノ伴奏 松島彜子 15752-B


『大管弦楽演奏会曲目及解説』 関西学院 (1923.5)

2020年07月26日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

  

  大正十二年五月二日 午後六時半

  於 上筒井 關西學院

山田耕作氏指揮

  大管絃樂演奏會曲目解説

      主催 「女性プラトン社

      後援 大阪毎日新聞社

  大管絃樂演奏會曲目

    第一部

一、『英雄』交響曲 ‥‥‥ ルードヴィッヒ 

                  ヴァン・ベートーフェン曲

          (神戸初演)

    い、アッレグロ・コン・ブリオ

    ろ、葬送行進曲 - アダーヂヨ・アツサイ

    は、スケルツオ - アツレグロ・ヴイヴァーチエ

    に、フィナーレ - アツレグロ・モルト

ニ、交響舞踊詩曲 ‥‥‥ 山田耕作曲

   『野人創造』 (神戸初演)

      休憩

   第二部

三、交響舞踊詩曲 ‥‥‥ 山田耕作曲

    『盲鳥』  (神戸初演)

四、管絃樂『組曲』‥‥‥ サン・サ-ンズ曲

   い、前奏曲

   ろ、サラバンド曲 (神戸初演)〔本来、ろ、と は、の間にある〕

   は、ガヴオット 

   に、ローマンス

五、交響舞踊詩劇 ‥‥‥ 山田耕作曲

   『マグダラのマリヤ』 (神戸初演)

 大管絃樂演奏會曲目解説

  歌劇『カルメン』序曲   ビゼー

  英雄交響曲        ベートーヴェン

  管絃樂の組曲       サン・サーンス

  藝術家の生活      ヨハン・シュトラウス

  マグダラのマリア     山田耕作

 マグダラのマリア」は東京フィルハーモニー・オーケストラ時代に育まれ、米國における最初の音樂會において發表された、山田氏にとつてはもつとも思ひ出の深い作品であります。先年渡歐の際、ヨーロッパ各地において演奏される運びとなつてゐましたが、不幸總譜表が紛失したために中止さるゝに至りました。歸朝後ふたゝび總譜表を作り、且本邦の楽壇に適合するやうに改訂して、舞踊劇として羽衣會公演に上演したその音樂が今回演奏されるもので、原曲は百餘名のオーケストラのために書き下された大規模なものであります。

 舞踊劇の題材はメーテルリンクの同名の戯曲からヒントを得たものですが、もちろん一箇の別な藝術品として作り上げられたものですから、これを以てメーテルリンクのものと同意であるといふことは出來ません。臺本の大意は左の通りです。

 主イエスが捕縛されて刑場に送られる夜、恐怖に襲はれた信徒の群は、アリマタヤのヨセフの家の、最後の晩餐のあつた部屋に、寄るともなく固まり合つて、壁とはず柱といはず、ピタツと張り著いてゐる。やがてこの石化したやうな群衆の一人一人が剥がされた樣に中央に集まる。跛、盲、乞食、奴隷などと、凄惨な姿が怯え震うてゐる。

 その中のラザロが窓に駆けよつて下を覗き見、女一人と男四人が來たことを知らせると、一同はどつと亂れて窓口に行く、と右戸口の帷を破つて、やぶれ衣を纏うたマグダラのマリアが飛びこんで來るなり停立してゐると、續いてアリマタヤのヨセフ、ヤコブ、アンデレ、シモンの四人が急ぎ足に入塲する。群衆は背後を振り向いてマリアの立像を呆然と見守る。

 マリアは今こゝで昔の愛人羅馬士官のヴェールスと落ち合つて、キリストを彼の手によつて處刑から救つて貰はうとするのだ。

 やがてラザロはヴェールスの來たことを告げた。と、今まで男性的な鎧に身を固めてゐたマリアは忽ち衝動的に美しい女に返つて嬌態な身振りで自ら扉を開いてヴェールスを迎へた。彼は夫等異樣の群衆に驚いてマリアに人拂ひをさせた。人々は二人から眼をはなさず、しかも左の扉から落ち込むやうに次の部屋へ吸ひ入れられて終ふ。

 ヴェールスは靜寂の中にマリアを仰ぎ、今までの豪慢な態度を崩して跪き胸の惱みを訴へる。マリアの心ー嘗てヴエールスへの戀に身も心もやきつくした心ーその肉の享樂に溺れ死ぬことから甦らせてくれたイエスの救ひを思ふ心ー今、再び肉に墮ちて彼の手によつてイエスを救はんか。はた又イエスの靈愛にのみ活きて彼を拒まんか?マリアの心は悶えに悶えてゐる。

 それまでヴェールスの膝に抱かれてゐたマリアは俄然彈かれたやうに飛び退いてヴェールスを拒む。憤りと憎みとに燃え立つたヴエールスは殘虐にマリアを地につき倒した。

 群衆は又入つて來た。ヴエールスはマリアの諾意とキリストの極刑とを賭けて群衆を煽つた。群衆は猛然として四圍からマリアに肉迫する。

 その時、マリアは非常な勢ひで立つた、群衆は一齊に遠のく。その中からマルタとクレオパスのマリアが現はれて、マリアに縋 すが りついて靜かに歔欷く、人々はこの女たちの悲しみに惹き入れられて終ふ。

 と、屋外に物音がして、槍をもつた騎士が窓下を飛び過ぎる。炬火が窓外の闇に擴がる。群衆は初めと同じやうに壁に身を寄せた。轟然たる音響‥‥‥そして廣塲の方から頭だけを見せて十字架が窓の外へ‥‥‥嚴粛、甘美、朗らかな沈黙が天地をつゝむ。その中にヴェールスは最後の答へを得べく全力を以てマリアにつめよる。しかしマリアは唯神の如き威嚴をもつて「行け!」とヴエールスに云つた。その時音樂は靈の節と肉の旋律とのもつれを、次第に靜かな行進曲へと解いて行く。

 十字架は炬火の光の中に尊くもゆれながら窓外を彼方へよる。ヴエールスもみつめた瞳をマリアから離さず、一歩一歩十字架の消えて行く方へと歩み去る。 

  盲鳥           山田耕作

  野人創造         山田耕作

  「野人創造」は石井漠氏の渡歐告別舞踊會のために特に書き下された舞踊詩で、臺本音樂も、共に山田氏の手になつたものであります。梗概はその通りで、山田氏はこの中に「表現の惱み」とでもいふべきものを現はさうとしたのださうです。

 何物かに襲はれたものゝやうに、一人の女が一直線に走つて來る。そしてしばらく立ち止まつたと思ふ間もなく、大波の崩れ返るやうにもとの方向へ逃げ去る。

 そのあとへ小刀をふりかざした野人が走つて出て來る。が、刺さうとする女の姿が見えないので、野人は見るともなく自分の手にある小刀に眼をとめる。が、眼をとめると同時にまた惱ましげに面をそむけて力なく頭垂れる。

 うなだれた野人の眼にふと支へた刀の地上に落す影が映る。驚いてその影をさした左手の影が刀のそれと混亂していよいよ野人を惱ませる。が、やがて野人は指した左手の影の先に、等身大の木塊の横はつてゐるのを見出し、殆んど機械的にそれに歩み寄り、それに今自分の心の中にある像を刻みこまうとする。けれども一度生の實相にふれた野人は、その實相の束縛に煩はされ、遮られて、實在そのものでない自分の心像を木彫の中に表現することが出來ない。野人は懊悩の極不彫を放ち、刀を投げすてて苦惱の叫をあげるが、絶叫の果に何ものかを見出し、再び刀を取りあげて俄かに踊り立ち舞ひ狂ふ。

 野人の亂舞に惹き入れられてか、さきの女がこはゞ野人に窺ひより、自分も一緒に踊らうとする。俄然野人が踊り倒れ、その拍子に女は木彫に躓き、いぶかしげにそれを眺める。野人は自分の刻まうとした實相のもとである女が目のあたりにゐるのに驚き怖れて後じさりし、女もまた恐ろしい野人の形相を見て後じさりする。その時野人は突然女に肉迫して格闘の末遂にこれを刺殺す。

 女の死に面接して、野人ははじめて一種の靈気を感じ、血に染んだ刀をかざして見て、せつなさうに面を反向ける。憐れみと悲しみと悔いの混亂した悲痛な気持で、女の屍と血に染んだ刀を見比べてゐた野人は不意に木彫に走りよつて、かき抱きながらその瞬間の靈感を刻みこまうとするけれど、どうしても自分の気持を現はすことが出來ない。絶望のあまり野人は木彫人形の首に刀を突き刺し、渾身の苦惱を絞り出すもののやうに、からつぽな双手をさし上げて泣き且つ笑ふ。


「山田耕作氏 作品自奏音楽会 曲目及梗概」(1917.10.13)

2020年04月24日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

  

  den 13.ORt.1917.7½
  YAMADA ABEND
  PROGRAM

  山田耕作氏
   作品自奏音楽会
         曲目及梗概

    音楽奨励会第廿七回演奏会

 題歌

   ことくにの
    はなはあれとも
     しきしまの

    やまとこころの
       やまさくらはな

   曲目
     第一部

 一、兒供とおったん  十章     一九一六、七、二四
 二、黎明の看経           一九一六、十、二四
 三、源氏楽帖抜粋
   い、花の宴の巻より       一九一七、三、二五
   ろ、花散る里の巻より      仝    三、二一
   は、須磨の巻より        仝    三、二四
 四、舞踊詩「靑い熖」        一九一六、三、 八
 五、更衣詩曲「哀詩」        一九一七、一、一五
       -瀧廉太郎氏作「荒城の月」を主題として-

     第二部

 六、更衣曲「散り逝く乙女」     一九一六、八、 五
       -澳国民謡を主題として-
 七、い、牧場の静夜         一九一七、四、二一
   ろ、壺の一輪          仝、   五、 二
   は、月光に棹して        仝、   四、二九
 八、バラーデ「ねたみの火」-初演- 仝、   九、二〇 
 九、い、夜の詩曲          仝、   三、二〇
   ろ、スクリアービンに捧ぐるの曲 仝、   四、二八
   は、聖福第一章ー(初演)ー   仝、   七、二一
 十、舞踊詩劇「マグダラのマリア」ー(初演)ー 一九一六、三、一三
       -モーリスメーテルリンク氏作同名の戯曲に因る-

    御挨拶として

 音楽奨励会の御希望に応ずるのはこれが二度目でございます。第一回目は去年の一月でした。その時は私が滞欧中に作った独唱曲が主で、ピアノ曲が客でした。殊に私は伴奏者としてポーディウムに出たゞけで、演奏はその道の専門家にお願ひいたしました。
 しかし、今夜の会は、前回のとは種々の点に於いて変って居ります。発表する曲が全部帰朝後のピアノ曲なのと、ピアノには極めて未熟な私が自奏するのです。出来るものならば演奏は専門家にお願ひしたいのですけれど、今の日本では、短時日の間に今晩の曲目全部をこなして演奏して下される方も探し得ないので、誠にお耻しい技術で汗顔の至りですが、「作者の意を直接に伝へるには、下手でも作者自身が奏いた方がよい」といふ言葉に僅かの力を得て、自作自奏の暴挙を敢えてする次第でございます。
 曲目中、「聖福」「バラーデねたみの火」及「舞踊詩劇マグダラのマリア」を除く他は総て、去年の十一月と今年の七月に開いた、私の作品発表会に出したものでございます。その中に「牧場の静夜』「壺の一輪」「月光に棹して」「スクリアービンに捧ぐるの曲」「源氏楽帖」「更衣詩曲哀詩」等は会の御希望で特に加へました。
 更衣曲と云ふのは、ヴァリアツィオーネンの訳語です。従来あった替手曲、変化曲などの訳語は余りに逐次的で香りもなく響きもない字なので、体は一つでその装を更へるヴァリアツィオーネンの性質から、かう云ふ訳字を作って見ました。従って更衣詩曲と云ふのは私の謂ゆるポエーム ヴァリアツィオーネンの訳語です。
 この会では、実はヴァイオリン楽曲を出すお約束でしたが、この二三ヶ月以来、二三年あまり気のすゝまなかった独唱曲が書けたので、遂にヴァイオリン曲の方は一二曲しか完成しませんでしたので、この次の会迄待って戴かねばなりません。
 新作の独唱曲の中でも、五曲からなる「澄月集」は、和歌をはじめて独唱曲として作りましたもので、私には可成の自身もあり、また楽式史の方面から見ても極めて興味ある試なので、いゝ機会を得て、近い中に発表し度いと思って居ります。
 私の恐れるのは、今夜の曲目が少し重過ぎはしないかと云ふことです。殊にピアノには不馴れな私が奏くのでございますから嘸 さぞ 御退屈であらうと存じます。どうか、自作自奏の冒険を敢えてする私のある信條と熱心さに免じて、私の拙技をあなた方の愛で緩和して、どうかあなた方御自身が直接に作品の奥に進み入られて、私を通して流れいづる、ある声を御聞きゝ下さる様お願ひいたします。
 事情がゆるせば、私は今年中に渡米する予定でございますから或はこの会で皆様ともしばらくお別れになる事と思ひます。それ故この会は何となく私には意味のある会の様に思はれます。
 終りに私は、この会を催して下さる奨励会の方々に厚く御礼申上ます。

    大正六年十月十三日       青山にて
                      耕作
 
 一、兒供とおったん
 二、黎明の看経
 三、源氏楽帖抜粋
   い、花の宴の巻より
   ろ、花散里の巻より
   は、須磨の巻より
 四、舞踊詩「靑い焔」

 「古城の薄暗い一室。室の中央には、人の胸にも及ぶ程の生血 ナマチ で塗り上げられた樣な赤い柱が立って居る。室の前方の左右には綠靑色の香爐が置かれてある。白い烟が絶え間なく上って居る。
 中央の血の柱の頂上に、俄然眞靑な気味の悪い樣な熖が弱く燃え出す。それと同時に室の左右の奥から二個の人影が現はれる。男は左の手頸に縄を結むで、その餘りを左腕に輪にしてかけ、縄の他の一端を右手に握って居る。女は全くそれと反對にして。二人は共に、極めて薄い、孔雀の模樣の樣な衣を、身に纏ふて居る。二人ともに髪は亂して極めて憔悴して居る。
 二人はいつの間にか、その血の柱を構むでその握って居る縄の端を交換した。と同時に熖は高く燃え上った。二人は驚き倒れ、羞耻らふ様に左右の香爐へといざり行く。將にその手が香爐に觸れ樣とした時、縄は張り切って二人は、急にまたもとの血の柱へとひき戻される。しばし二人は背を合したる儘に黙して佇立して居る。然し二人は相見ずに居られなかった。二人は縄を力に、血の柱を間にして相擁した。焔は惡鬼の笑の樣に猛り狂って、強烈に燃え上った。繩は燒けて、二人も左右に倒れて了った。二人の口からは鮮血が流れた。其時、血の柱も靑い熖も消えて見えない。香爐の烟のみたゞ靜かに立ち上って居る。
 二人の屍には蛇の樣な縄が巻きついて居る。何處からともなく差し入る柔かい朝の光は二つの屍の上に平和に輝いて居る』

 五、更衣詩曲 ポエム、ヴァリアツィオー子ン 「哀詩」
       -故瀧廉太郎氏作「荒城の月」を主題として作る

 帰朝以後作り出した、私の所謂「ポエーム」なる形式は、私には段々と親しみの深いものとなりまして、遂に、其の形式に基いた、一つの新しい、「ポエム、ヴァリアツィオーネン」と云ふ様なものが生れて来ました。この傾向は併し、私には、余程依然から、私の内に潜むで居た様に思はれます。少くとも、私が私の母のために作った、「ハ長調のヴァリアツィオーネン」を御存じの方は御首肯下さる事と信じます。
 一体「ヴァリアツィオーネン」なる形式は、極めて、興味深いものなので、殆ど総ての作曲者の愛用する處となって居ります。然し今日迄のそれは、全然、形式から形式への変移してゆくものと定められて、内容から内容へと連接進展するものは、殆ど皆無の様に思はれます。これは私の浅学からの独断ではありません。然し、その何れにしても、近代楽が、形式よりも内容に重きを置く様になった今日、かうしたものゝ生れるのは、極めて当然の事と思ひます。
 従って、この「哀詩」一篇は、各章共に、それ自身、独立し得る生命を持ち乍ら、同時にそれが、各章相互には、なくてならぬ様な、恰も有機体の一つの様な、極めて密接緊要な関係を持って居るものであります。
 私が、この「哀詩」を単に「ヴァリアツィオーネン」と呼ばないで、特に「ポエーム」なる一語を冠したのはこの故に他ありません。
 私はこの曲を作ると共に、吾が国最初が作曲者とも云ふべき、先輩、故瀧廉太郎氏の凡ならぬ楽才を驚嘆し痛ましき氏の夭折を吾が楽界のため深く悲しむものでございます。
 序章 云ひ知れぬ吐息。と共に、ふと響く、過ぎし日の華麗なる思出で。しかもそは、逝きし日のものなれば、追ふに従ひて消えうすれゆく。のころはたゞ、深き、失ひしもの、嗟嘆 さたん の声。かゝるとき、人は歌ふ。
   「春高楼の花の宴、
          めぐる盃かげさして‥‥‥‥」
 一章 やる瀬なき怒りの心。
 二章 美しかりし日の讃美。
 三章 また、すゝり泣き。
 四章 かくて失へるものゝ心には、怒り喜び、嘆きの果てに、過ぎし日の現実 ありのまゝ なる世にめざむ。驕り誇れる興宴。
 五章 咲き乱れたる花のもとに、盃めぐらせて、歌ひ遊ぶ一群。
 六章 酔ひ且つ舞ふさなかに、もの凄き不凶なる響の漂ふあり。
 七章 されど乱舞狂踏はつづく。その時馬に鞭ちて馳せ来る急使あり。
 八章 かゝるうちに、城門押開きて、進み出づる勇士の流れ見ゆ。
 九章 そを送る骨肉の悲み。行くものゝこゝろ、
 十章 されどそれ等も、一切 すべて は過ぎ逝きし日の思出でなるを。
 十一章 かくて、その幻は、朧なる、いく重もの霞みの衣きて、嘆息 ためいき の淵に沈む。
 結章 過ぎ逝きし栄華も、そを思ひ出でゝ嘆く人も、また、ひとり静かに立つ荒れたる城も、そはみな人の世の現れぞかし。されど、それ等のものゝ奥に潜める力。荒れはてたる城の上に寒く照る月。何処ともなく聞ゆる夜半の鳥声と。

     休憩  ■ー二十分ー■

 六、更衣曲 ヴァリアツィオー子ン 「散り逝く乙女」
 七、イ、牧場の静夜
   ロ、壺の一輪
   ハ、月光に棹して
 八、バラーデ「ねたみの火」 
        本野外相並に令夫人に捧ぐ 
 九、イ、夜の詩曲
   ロ、スクリアービンに捧ぐるの曲
       ー忘れ難きモスコーの一夜ー
 十、舞踊詩劇「マグダラのマリア」の第二幕
 
     大正六年十月十三日(土曜)午後七時半ヨリ
     本郷追分大学々生基督教青年会館ニテ


「赤い鳥」音楽会曲目」 帝国劇場 (1919.6.22)

2020年02月09日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子
  

 GRAND ORCHESTRAL CONCERT

    IN WELCOME OF
  KOSCAK YAMADA
   UNDER THE PATRONAGE OF
  VISCOUNT K.KANEKO
   BARON K.IWASAKI

   SOUVENIR PROGRAMME

    「赤い鳥」一周年記念
     山田耕作氏歓迎
     出征日本軍隊慰問

  「赤い鳥」音楽会曲目

     賛同 金子子爵
        岩崎男爵

   TEIKOKU THEATRE
  SUNDAY AFTERNOON,JUNE TWENTY SECOND
          1919

    演奏曲目

 合唱(挨拶の代りに)   少女廿名
           伴奏 佐藤節子

  (い)かなりや(西條八十)  ‥‥ 成田為三
  (ろ)あわて床屋(北原白秋)‥‥ 石川養拙
  (は)夏の鶯(三木露風)   ‥‥ 成田為三
 1 管弦楽     指揮 山田耕作
    オーヴァチュア(前奏曲) ‥‥ 近衛秀麿
 2 管弦楽     指揮 山田耕作
    管弦楽組曲        ‥‥ マクドーウェル
    (い)森の妖怪
    (ろ)夏の牧歌
    (は)十月
    (に)羊飼の歌
    (ほ)森の精
 3 音詩      指揮 山田耕作
    青い焔          ‥‥ 山田耕作
 4 ヴァイオリン独奏   佐藤謙三
           伴奏 佐藤節子
    バラード         ‥‥ ビュータン
 5 独唱         外山邦彦
           伴奏 佐藤節子
    (い)木の洞(三木露風) ‥‥ 成田為三
    (ろ)嘆(三木露風)   ‥‥ 山田耕作
    (は)ひばり(三木露風) ‥‥ 成田為三
    (に)踊り子の歌     ‥‥ 山田耕作
 6 ピアノ独弾      ペッオルド
    (い)バラード         グリーグ
    (ろ)謝肉祭          グリーグ
 7 管弦楽     指揮 山田耕作
    シンフォニー第四     ‥‥ チャイコウスキー
    (い)アンダンティノ、イン、モド、カンツォーナ
    (ろ)スケルツィオ
 8 管弦楽     指揮 山田耕作
    舞踏曲          ‥‥ スキルトン
    (い)鹿猟の踊
    (ろ)出征の踊

 


 世界楽壇に於ける山田耕作氏の位置  鈴木三重吉

 目下東京の社交界は、わが山田耕作氏の米国音楽界に於ける絶大なる名声に対する驚愕と、氏についての日本人の共同の誇りとに充たされてゐる。
 これまでにも音楽好きの人々は、氏が全然独自的な努力によって、日本の最初の作曲家として特種の地位を開き、日本の音楽的創作を導いて来た、真の第一人者であったこと、及び、氏が外人の指導を絶って日本人のみの管弦楽を組織し、指揮者としても最初の芸術家であったことを認めてゐる。けれども氏のこの両方面の芸術を世界の音楽界へ持出して果してどの程度の輝きと権威とを誇り得るかといふことは、恐らく、氏自身の外には、何人も仮想だもしなかったに相違ない。尤、氏はすでに今から十年も前に、独逸に留学中、年二十を出づること僅両三年のとき、楽劇「第七の天女」(The seventh Tennyo)に作曲し、それが一九一四年の伯林の夏興行に採用されたといふ如き天才的飛躍を見せたことがある。氏はその上演の衣裳を調へる為めに、不意にわれゝの間に帰って来た。併し、氏の折角の歓びと希望とは、同年の夏、世界戦乱が勃発すると共に消滅してしまった。
 次で氏が米国の音楽界を視察すべく再びわれゝの間を立ったのは、一昨年の十二月であった。そして紐育で徐々にその天分を公認され遂に昨年の十月、同地カーネギー・ホールに於て、いずれも米国第一流の音楽家たる、Svederofsky, Skolnick, Herner, Borodkin, Sordero, Loitito, Laucella, Reiter 氏以下、九十五人の楽手と、同じく有名なる Koemmenich の率ゐてゐる紐育の New Choral Society の合唱団百五十名を指揮して、氏が独逸留学中に作曲した「秋の祭」(The Autamn Festival)と、あとは総て帰朝後の創作たる「御即位奉祝歌」(Coronation Prelude), Maurice Maeterlink の戯曲を取って作曲したる Choreographic-symphony “Maria Magdalene”, Symphomic poem 「黒い扉」(The Dark Gate)「斑の花」(Madarano Ha na)を演奏し、同時にこれも米国第一流の声楽家 Whitehill 氏をして同じく氏の作曲「漁師の歌」(FIsher❜s Song)「花の歌」(Flower Song)「今様」(Imayo)「帰り路」(Homeward Bound)「道成寺の鐘」(The Bell of Dojoji)「踊り子の歌」(Song of the Dancer of yedo)其他の小曲を、英訳又は日本語にて独唱せしめ、次で今年の一月に至り、紐育エーロリアンホールに於て、九十名の管弦楽手を指揮して、Wagrer  もの数曲の他に、すべて氏の作曲たる Classical form の Symphony たる「勝利と平和」(Triumph and Peace)を演奏して、群抜なる作曲家指揮者として、紐育の聴衆と一流の音楽批評家とを驚倒せしめたのである。音楽の批評に於て最多くの権威を有せる、Koven, Krehbiel, Tink, Liebling 諸氏は、氏を論評して、嘗て米国に生れ、又は留りたる最高の音楽家の一人として推奨するに躊躇しなかった。氏はその為に米国一流の音楽家の団結で、これに附属しない限りは、音楽家として何事をも仕遂げることが出来ないと言はれてゐるほどの、相異った三つの権威ある音楽家協会、American Musician Association 及、MacDowell Club, Modern Musical Society の名誉会員に推薦された。
 これ等の協会は、従来有色人の音楽家は一切排斥して加入せしめなかったものである。
 上記の Koven氏(New York Herald の記者)は「山田氏は指揮者として偉大なる才能と非凡なる熟練と創造力と、管弦楽的表現の力を備へたる楽師」だと称揚し、「作曲の方面に於ては、自由に近代フランス流の様式を駆使し、その広く、強大なる調律に於ては、Strauss 又は Mahter の最高の作品に比肩すべく」「情緒的、戯曲的表現の真実なる力量と、思想の発表については、適確なる手法と技巧とを示してゐる。」と言ってゐる。 Krehbiel 氏(New York Tribune記者)は「作曲に於ても、氏は指揮の場合に於けるが如く、根底深き、確信的な、巧妙な音楽家である。」と推奨し、「完全なる畏敬と、絶大なる嘆称と」に値することを保證してゐる。その他いづれも、氏の指揮の楽々たる自由さと、確実と、優雅と、氏の作曲家としての色彩的微妙と感情の独自性とを称讃しないものはない。或評家は、氏の独特なる日本的感情の表出について、音楽的描線の節約を北斎の線の簡素に比較してゐる。氏は英国からも多大の信頼を受け、倫敦の Prough Movement のために、合唱、管弦用の組曲を作曲するの依頼を受けてゐる。同氏が紐育に於て発行したる曲譜集は、すべてゞ数十に達してゐる。目下氏は、紐育の Dippel Opera Company の総音楽長の地位を保ってゐる。
 

 

紐育カーネギー・ホール・に於ける山田耕作氏指揮
     第一回管弦楽演奏会(指揮台に立ってゐのが山田氏)
 

 
A scene of Carnegie Hall, New York, on the first orchestral concert, given by Kocak Yamada. He is shown on the conductor❜s platform and at his right is Clarence Whitehill, and on the left is seen Charles A. Baker, who handled the organ at the concert. In the rear are menbers of the New Choral Society, who sang several of the Yamada❜s works for massed voices and orchestra. (Reprinted from the Musical Courier, issue of November 7, 1918.)


 「赤い鳥」の標榜語

 〇われゝは西洋人と違って、哀れにも殆未だ嘗て、子供等のために純麗な読物を授け、子供等に向って真に芸術的な謡と音楽とを與へてくれる、彼等自身のための特別なる作家、詩人、音楽家の存在を誇り得た例がない。
 〇たゞ独り「赤い鳥」は、在来の世俗的な下卑た子供等の読物と貧弱低劣なる子供の謡と音楽とを排除して、彼等の真純な感情を保全開発するために、現代第一流の作家詩人、作曲家の誠実なる努力を集め、兼て、子供のための真価ある若き創作家、音楽家の出現を迎へる、一大区的劃運動を導いてゐる。
 〇「赤い鳥」は、童話に於ては、只単に話材の純清を誇るのみならず、全誌面の表現そのものに於て、一般日本人の表現の規範を授けてゐる。特に鈴木三重吉氏選出の「募集作文」に到っては、すべての子供と子供の教養に任ずる人々と、その他のすべての国民に向って、真個の文章の活例を教へる機関として世間を驚倒せしめてゐる。その他北原白秋氏選出の子供の自作童謡の如きも、われゝの誘掖一つで彼等からいかに自由な、いかに麗しい感情を繰り出すことが出来るかを語ってゐる。
 〇赤い鳥の運動に賛同せる芸術家は、泉鏡花、小川未明、小山内薫、徳田秋声、谷崎潤一郎、高濵虚子、野上豊一郎、野上彌生子、久米正雄、久保田万太郎、松居松葉、小宮豊隆、江口渙、有島武郎、有島生馬、芥川龍之介秋田雨雀、西條八十、佐藤春夫、北原白秋、菊池寛、三木露風、島崎藤村、森林太郎、森田草平、鈴木三重吉の諸氏其他十数名。殆現代名作家の全部を網羅し作曲家に山田耕作、成田為三、近衛秀麿の三氏を、装画家に清水良雄氏を擁することを独り窃かに誇りとしてゐる。

 「赤い鳥」の童謡(挨拶に代へて少女諸子合唱)〔各歌詞は省略〕

  かなりや        童謡 西條八十 作曲 成田為三
  あわて床屋(当選作曲) 童謡 北原白秋 作曲 石川養拙
  夏の鶯         童謡 三木露風 作曲 成田為三

「管弦楽演奏会」 築地水交社(1920.6.19)

2020年02月06日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

    

    音楽会開催趣意書

 常盤会は女子学習院卒業生並に曾在学した者の集まりてありまして同窓輯睦の目的に加へるに社会公共事業の一端にも携り幾分の貢献をも致し度と期して来た次第てあります
 此度私共有志の者が音楽会を開くのも右趣旨に則りまして大方諸君子の清玩に資し合せて若干の収益を得て之を慈善救済事業費の一分に加へたいと思ふからであります、常盤会々員の方々並ひに世上の仁人君子にして幸に此意を了とせられ御賛助を給はりますならは誠に本懐の至りて御座ります
  大正九年六月
         常盤会々員有志一同

     常盤会有志主催
    管弦楽演奏会
   大正九年六月十九日 昼 自午後三時 夜 午後八時 於 築地水交社
       指揮者 山田耕作氏

         曲目

 一、管弦合奏
    歌劇「アウリスのイフイゲニア」の序曲 ‥‥ グルック曲
 二、高音独唱
    「未定」  (アンドレエーヴァ嬢)
 三、弦楽並風琴合奏
    戯曲「タンタヂールの死」の音楽    ‥‥ 山田耕作
 四、セロ独奏附弦楽合奏 (八時ヨリノ会ニノミ演奏ス)
    「セレナーデ」            ‥‥ フォールクマン作曲

       -休憩-

 五、弦楽合奏
    い、アダヂェット           ‥‥ ビゼー
    ろ、オルフォイスの舞曲        ‥‥ グルック曲
    は、セレナーデ            ‥‥ ハイドウン曲
 六、管弦合奏並独唱
    戯曲「しまんげどう」の音楽      ‥‥ 山田耕作曲
    い、夜
    ろ、夢のうた(独唱)
    は、なげき
 七、ピアノ独奏 (八時ヨリノ会ニノミ演奏ス)
    「テームヴァリヱー」         ‥‥ パテレフスキー曲
      (ヂョヂーヂ ロランヂ氏)
 八、弦楽合奏
    ヴァルス               ‥‥ チャイコフスキー曲


「東京フィルハーモニー会管弦楽部 第三回公開試演 曲目及梗概」(1915.9.26)

2020年02月05日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

        

    Ⅲ
 Public Rehearsal
   OF THE
 Tokyo = Philh = Orchestra

    Programme

 東京フィルハーモニー會 
    管絃楽部 
   第三回公開試演
     曲目及梗概

 東京フィルハーモニー會管絃楽部
  (第三回月次公開試演音楽會)
  於 丸の内帝国劇場 自 九月廿六日(日曜)午後正一時半

     指揮者 山田耕作
     獨奏者 多基永


      曲目

 一)歌劇「帰郷」の序曲                   メンデルスゾーン曲
 二)スィンフォニー「かちどきと平和」の第二楽曲       山田耕作曲
     アダーヂヨ、ノン、タント、エ、ポコ、マルチァーレ
 三)絃楽合奏「セレナーデ」                 フォルクマン曲
     セロ獨奏附
 四)ろ単調スィンフォニー                  シゥーベルト曲
     い)アッレグロ、モデラート
     ろ)アンダンテ、コン、モート

         (休憩)

 五)アルサスの風景                     マスネー曲
     い)菩提樹の下、ろ)旅宿にて
 六)セロ獨奏(管絃楽伴奏)「コール、ニードライ」      ブルッフ曲
 七)戯曲「アルルの娘」の音楽、第二番            ビゼー曲
     い)パストラール
     ろ)メヌエット
     は)ファランドール

    当日山葉ピアノ使用ス

    楽曲梗概

 (一)歌劇『帰郷』の序曲
      メンデルスゾーン曲
   第二回公開試演音楽会楽曲梗概中の第五番参照。

 (二)スィンフォニー『かちどきと平和
      山田耕作曲

 是は山田耕作氏が、千九百十二年の七月に完成した、スィンフォニー『かちどきと平和』の第二楽曲である。
 スィンフォニーは楽聖ハイドゥンに依って定められた音楽上の形式である。それはソナタと同一形式を持ってゐるが、たゞソナタよりはその全体の構造が大規模に出来てゐると言ふに過ぎない。然しソナタは獨立した楽器への楽曲であって、 スィンフォニーは管絃楽への楽曲である。
 此のスィンフォニーに就いて作者が斯う云った事を覚えてゐる。
 『これは決して私の思想上の論述でもなければ哲学的思索から来た説明でもない。「かちどき」と云ふものと、「平和」と云ふものゝ本體から受けた感じを、たゞそのまま音を通してスィンフォニーの形式に盛り上げたまでゞある』

 (三)セレナーデ
     フォルクマン曲
 (四)ろ単調スィンフォニー
     シゥーベルト曲
 (五)アルサスの風景
     マスネー曲
 (六)コール、ニードライ
     ブルッフ曲
 (七)『アルルの娘』の音楽
     ビゼー曲
   第二回公開試演音楽会楽曲梗概中の第六番参照。

 予告         予告
   第四回公開試演音楽会

  於帝国劇場 自十月廿四日午後正一時
      演奏曲目予定
 一)ノオノーレ序曲    (ベートーヴェン曲)
 二)アンダンテ      (ラッハナー曲)
 三)女聲獨唱       (未定)
 四)ヴェローニク     (メサヂェー曲)
 五)スウィート・ヂァポネー(山田耕作曲)
 六)女聲獨唱       (未定)
 七)ヂィプスィの戀    (レハー曲) 

 予約会員募集

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 ・十字屋楽器店
 ・音楽普及会 會員募集
 ・松本楽器店 創立明治二十六年
 ・共益商社
 ・合名会社西川楽器製造所 明治十三年創立
 ・クラブ歯磨


「東京フィルハーモニー会管弦楽部 第二回公開試演 曲目及解説」(1915.6.27)

2020年02月04日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

     

   Tokyo
 Philharmonic
 Orchilhestra
  conductor
Kóscak Yamada


 東京フィルハーモニー会
   管弦楽部 
    第二回
   月次公開試演

    曲目
     及
    解説


    東京フィルハーモニー会
     管絃楽部
    赤坂区伝馬町三丁目廿ニ番地
      (電話芝五三一九番

  !!予約会員募集中!!

    目次

  曲目
  曲目梗概
  第三回公開試演予告
  楽人逸話

 東京フィルハーモニー会管弦楽部
   ー第二回公開試演
 大正四年六月二十七日(日曜日)午後正一時半
      於 帝国劇場
   指揮者 山田耕作

   独唱 外山國彦(バリトン)
      船橋榮吉(テナー)
   合唱 有志 

   ー曲目

 一)歌劇「アブ、ハッサンの序曲」(初演) ヴェーバー曲
 二)管弦楽伴奏附男声合唱(初演)     ブールック曲
     「テルモピーレの敗北者に」
 三)ズィンフォニー第拾壹番(初演)    ハイドゥン曲
    い、アダーヂォーアレッグロ
    ろ、メヌエット
    は、フィナーレ

      -休憩-

 四)管楽五部合奏曲「パストラール」(初演)ピエルネ曲
 五)歌劇「帰郷」中の二部合唱(初演)   メンデルスゾーン曲
 六)アルルの娘              ビゼー曲
    い、プレリウード
    ろ、メヌエット
    は、アダーヂォ
    に、カリロン

    曲目梗概

    予告 第三回公開試演

    楽人逸話

  一 誤解

 ヴェーバーがフライシュッツの総譜を書き上げた時、批評をして貰ふつもりでそれをベートーヴの許へ送った。ベートーヴェンはそれを仔細に調べた上ヴェーバーに極めて簡単に、『今後は一切オペラをお作りにならぬやうに』と書き送った。
 賞讃の言葉を予期してゐたヴェーバーは此返事に対して不満の感じを持たずにはゐられなかった。そして、何時か機会を見て、親しくベートーヴェンに面談し、その訳を訊さうと思って居た。
 或日の事であった。機会を得たヴェーバーは、極めて不満さうに、何故、自作のフライシュッツを悪評したかと云ふ事をベートーヴェンに詰った。ベートーヴェンは笑ひながら、
 『悪評ですって? なにそんな事があるもんですか、その反対ですよ。私はあれ程いゝオベラは、今までは勿論の事今後とても出まいと思った程、感心したので、それで、「今後は一切オペラをお書きにならないやうにと」申上げたまでゞす。』

  二、ハイドゥンとメヌエット
  三、未婚者のお祈り
  四、ビゼー誤って勲章を授けらる


 カルメンが初めて上演されようとした時どういふ訳だったか急に延期になった。
 作者の友人達は、此の上演の機を幸にビゼーの為に勲章を貰ってやらうと企てゝゐたのだが、丁度その時、殆ど危篤の報さへ伝へられたビゼーが、その興行延期のために、その名誉を存生中に擔ふ事が出来るか何うかを一様に心配した。それで、その中の一人が、早速大臣に面会を求めて、有名なビゼーに対して名誉の勲章を與へられん事を懇願した。すると大臣は解せないやうな顔付で、
 『一体ビゼーとは誰です?』と訝った。
 『あの、いろいろな有名な作物をした藝術家ですよ』
 『いろいろな作物‥‥‥? で、例へばどんなものです。』
 『ま、何を置いても、あの「アルルの娘」ですね。』
 大臣は急に驚いて、
 『え-あの「アルルの娘」? ありやあ実に立派な作です、私もあれは非常に好きです、あの作者はまだ頌表されてゐませんでしたか? ではお帰りになったらすぐ仰しやって下さい。勲章はすぐに下げるやうにいたしますから‥‥‥。』
 かういふわけでビゼーは勲章を貰った が実は大臣は「アルルの娘」の音楽を書いた楽聖ビゼーと「アルルの娘」の戯曲を書いた文豪ドーデーとを取り違へてゐたのであった。

    注意

 〇月次公開試演と云ふのはいつも帝劇で月末日曜日の午後に開くのです
 〇七、八、両月は劇場の都合上開催いたしません。
 〇然し暑中納涼音楽会の様なものを鶴見の花月園で開く事になって居ります
 〇予約券は但し此種の会には通用いたしません

    東京フィルハーモニー会
      管絃楽部
   
 〔広告〕

 ・十字屋楽器店
 ・共益商社
 ・松本楽器店
 ・毎月第三日曜演奏 音楽普及会 會員募集 臨時入場金参拾五錢 事務所本郷西片町十にノ十九

 ■本會は米国ビクタア会社と特約し、毎月同会社製の新譜全部をとり寄せ演奏会ごとに御聴かせいたします。故に居ながらにして欧米の最新楽潮を我国に於いて最も早く知ることが出来ます。
 ■本會は顧問に伊澤修二、柳澤伯、湯原音楽学校長を戴き楽界三十名家の賛助を得、五十餘名の本邦一流の演奏會員を有してをります。
 ■本會社東儀哲三郎、大輪田愛羅、小松耕輔の三人が凡て其責に任じて決して會員諸君に御迷惑をおかけいたしません。

 ■本會々費は普通會員一ヶ年分(十回分)貳圓五拾錢(一回貳拾五錢)の割特別会員六圓です。特別會員は特別席を設け一人の同伴者を入場せしめることが出来ます(一人一回卅錢の割)會費は半ヶ年分宛分納しても差支ありません。
 ■本會は七八両月を除き毎月一回第三日曜午後二時より神田區錦町女子音楽学校で開催いたします。
 ■御申込は本會事務所(本郷西方町一〇にノ十九)九へ葉書で御姓名御住所御報被下れば直ちに集金に向ひ會員證差上げます。本會は既に第三回を開会いたしました。

 ・夏期 講習会  期日 九月上旬 演劇=小山内薫 舞踊=西本朝春 音楽=山田耕作
      (委細は本会事務所へ承合せらるべし)
   会場 赤坂区伝馬町三ノ廿ニ 東京音楽協会

 ・西川楽器店
 ・クラブ歯磨


「東京フィルハーモニー会管弦楽部 第一回公開試演 曲目」(1915.5.23)

2020年02月03日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

   

 Public Rehearsal OF THE Tokyo = Philh = Orchestra
    Programme

 東京フィルハーモニー会 管弦楽部 
   第一回公開試演
     曲目

 東京フィルハーモニー会管弦楽部
   第一回公開試演
 大正四年五月二十三日(日曜日)午後正一時半
      於 帝国劇場
     指揮者 山田耕作

     ー曲目

 一)序曲             山田耕作曲
 二)美しき青きダニゥーヴに沿にて ヨハン・シトラウス曲
 三)芸術家の生活         ヨハン・シトラウス曲
 四)維納気質           ヨハン・シトラウス曲
      -休憩-
 五)不朽のワルツ         レオ・ファル曲
 六)離婚の女           レオ・ファル曲
 七)妖女の舞踏          フランツ・レハー曲
 八)気軽な寡婦          フランツ・レハー曲

   第二回公開試演曲目予定〔省略〕

   お聴きになる方々の
    御便利の為めに


 私共の会は来る五月から丸の内帝国劇場で七八月の両月を除いて毎月一回(日曜日の午後)管弦楽合奏の試奏音楽会をいたす事になりました。プログラムは通俗的なものと古典的なものとを隔月に換へて私共の真面目な研究をお耳に入れ度いと思ひます。それで御聴きになる方々の御便宜の為めに右記の割引で六ヶ月と一年極めとの予約会員を募る事といたしました。御希望の方は赤坂区伝馬町三ノ廿二当会事務所へ御申込み下さい。

 〇割引の額

     特一等
 六ヶ月分前金   七圓貳拾錢
     壹等一席
 六ヶ月分前金   四圓八拾錢
     貳等一席
 六ヶ月分前金   三圓八拾四錢

  年極めは之れに準します

 〇普通額(御参考までに)

     特等一席
 六ヶ月分   九圓
     壹等一席
 六ヶ月分   六圓
     貳等一席
 六ヶ月分   四圓八十錢

    赤坂区伝馬町三ノ廿二
      電芝五三一九
   東京フィルハーモニー会
  管弦楽部事務所

 〔広告〕

 ・共益商社
 ・十字屋楽器店
 ・山野大音楽会〔上の右の写真参照〕


「スィンフォニー音楽会 曲目梗概」 (1914.12.6. )

2020年02月02日 | 作曲家 山田耕筰、松島彝子

    

  大正三年十二月六日午後一時十五分於帝国劇場
   東京フィルハーモニー会
   第拾四回演奏会
     スィンフォニー音楽会 
             曲目梗概
              東京フィルハーモニー会

   曲目梗概  山田耕作記

       曲目

     一、「ローエングリーン」前奏曲     リヒャルド ヴァグナー作曲
     二、「カルメン」第三幕中 ミカエラの歌 ヂェオルヂ ビゼー作曲      
     三、音詩「曼陀羅の華」         山田耕作々曲
     四、「カルメン」第一幕のハゞネラ    ヂェオルヂ ビゼー作曲
     五、スィンフォニー「かちどきと平和」  山田耕作々曲
       い、モデラート。
           アッレグロ モルト。
       ろ、アダーヂォ、ノン、タント
           エ、ポコ、マルツィアーレ。
       は、スケルツォー。
       に、アダーヂォ、 モルト。
           モルト、アッレグロ、エ、トゥリオンフォンテ。

 一、歌劇「ローエングリーン」前奏曲 プレリウド  リヒャルド ヴァグナー作曲

 二、歌劇「カルメン」第三幕中 ミカエラの歌  ヂェオルヂ ビゼー作曲
                         独唱者   永井郁子嬢
 三、音詩「曼陀羅 まだら の華 はな (初演奏)  山田耕作々曲 〔下は、その一部〕

  音詩はSymphonic Poem,Poème Symphonique,Sinfonische-Dichtung 等の訳語である。

 画家は色をもって表現の手段とする。
 作曲家は音を以て表現の手段とする。
 画家が花を画く、それは模写ではない。
 作曲家が詩を描く、それは逐字的翻訳ではない。
   この「曼陀羅の華」は友人齋藤佳三君が伯林滞在中父君の訃に接して痛める心の奥を静かに綴り出された詩である。
 この曲は千九百十三年十一月廿ニ日に完成した。

 四、歌劇「カルメン」第一幕のハゞネラ     ヂェオルヂ ビゼー作曲
                        独唱者   柳兼子夫人
 五、スィンフォニー『かちどきと平和』(初演奏) 山田耕作々曲 〔下は、その一部〕

 第二及び第三楽曲は此形式に従はない。 
 このスィンフォニーは自分が尊敬する
    男爵岩崎小彌太氏に      深い感謝の心をもって捧げたのである。
 原稿には一九一二年六月廿五日起稿としてある。
 第一楽曲はいつ頃書き上げたかよく覚えて居ない。
 第二楽曲は一九一二年七月二十二日に。
 第三楽曲は同年同月の二十八日に完成した。
 第四楽曲は
 「一九一二年十一月八日夜二時完成」完成と総譜に書き入れられてある。
 純然たる形式の上に建てられた楽曲に題名を附す事は頗る困難な事だ。然し今迄にもそれが皆無だとは云へない。ベートーヴェンの「パストラール、スィンフォニー」などもそれである。
 自分は如何しても劇音楽者であって純音楽者ではない。
   (純音楽と劇音楽との分類に就ても今少しく述べたいと思ふがそれは他の機 おり にしよう)
 が 純音楽者のする様に心の内側を話した そして それに
   「かちどきと平和」と云ふ題名を附した。
 自分は自分の作った曲の説明をしたくない たゞ この四つの楽曲中に織り込んだ主要な主題 テーマ 各個の一部を列記するに止めて置かう。
    ●第一 楽曲
     第一 主題
     第二 主題
    ●第二 楽曲
     第一 主題
     第二 主題〔上の右の写真参照〕
     第三 主題〔上の右の写真参照〕
    ●第三 楽曲
     第一 主題の(イ)
     第一 主題の(ロ)
     第二 主題
     第三 主題
    ●第四 楽曲
     第一 主題
     第二 主題