蔵書目録

明治・大正・昭和:音楽、演劇、舞踊、軍事、医学、教習、中共、文化大革命、目録:蓄音器、風琴、煙火、音譜、絵葉書

「牡丹燈記」 帝国劇場 (1931.1)

2024年06月25日 | 帝国劇場 総合、和、洋

       
  第一幕 第一場 喬生の家の前
      第二場 夜の田舎路
      第三場 元の家の前 
 翁     小堀誠
 喬生    早川雪洲
 村の若い男 大川三郎 
 同 若い娘 大瀧鯉路
 村の男   井上德二
 同     原田盛雄
 同     菊池健
 同 子供  村島一夫
 村の若い男 金井進
 同 若い娘 水島令子
 村の娘   水町芳枝
 同 娘   川瀨靜子
 同     山路晴子
 同     酒井惠美子
 麗卿    水谷八重子
 金蓮    村田竹子  
 
  第二幕 第一場 喬生の家の内
      第二場 喬生の家の前
 喬生    早川雪洲
 翁     小堀誠
 麗卿    水谷八重子
 金蓮    村田竹子
 
   岡本綺堂作 
   長田秀雄舞臺監督
第二 牡丹燈記 三幕 
       繁岡鑒一裝置
       遠山靜雄照明
  第一幕 喬生の家の前
       夜の田舎路
       元の家の前
  第二幕 喬生の家の内
       喬生の家の前
  第三幕 月湖の湖畔
       湖心寺内
  
 喬生の家の前 支那の事だ。元代も末の至正二十年上元(正月十五日)の夜は更けて月明るく、元宵の燈を觀て城内から歸る人が疎 まばら に通る。
 門前に佇 たゞず んだ喬生が、若い男と女の二人連れを羨まし相に見送つて居ると隣の補鍋匠 ほかしやう ー鍋釜等の鋳 い かけをする職人のー 翁が出て聲を掛けた。
 去年妻を喪 うしな つて以來、鰥居無聊 くわきよむりやう に苦しむ喬生は翁の詞 ことば 位では慰められず、あゝ、病氣になつて一層 そ 死んで了 しま ひ度 た いと呟き乍ら、若い男女の睦 むつま し氣な姿を羨ましく見送るので、翁は笑つて、上元の燈籠見物は若い人達の書入れ時だ、お前さんも死んだ女の事許 ばか り考へて居ず、新しいのを探したら何うです‥‥‥等と元氣を付け、喬生が顔を背けるのを見ると、一寸謝まつて空の月を賞め、喬生にも最 も う寢る樣に勸めて内へ入つた。
 一人殘つて喬生が竚んで居ると、雙頭の牡丹燈を持つた小婢金蓮を先に美女麗卿 れいけい が通り過ぎる。
 麗卿の艷色に惹付けられた喬生は、二足三足追ひかけて躊躇したが、遂に思切 おもひき つて跡を追ふ。
 夜の田舎路 麗卿と金蓮の跡から付いて來た喬生は、月も陰 くも つた薄闇 うすやみ に麗卿の艷顔 えんがん を透 すか して見て恍惚とし、金蓮が咎めると、同じ方角へ歸る者で餘所 よそ 乍らお送りして居るのだと胡魔化す。
 喬生に住居 すまゐ を尋ねられた麗卿は、嬌羞を含んで月湖の畔 ほとり と答え、湖心寺の近所か、と訊 き かれて金蓮と顔を見合せた。
 燈籠を御見物でしたか。斯う訊ねられた麗卿は、鰥 やもめ 暮らしの燈籠見物に行く氣すら無い喬生の身の上を聞くと、つと進み寄つて聲を曇らせ、父母に早く別れて兄弟とて無く、金蓮と佗 わび 住居 すまゐ の寂さを語つて互の境遇に同情する。 
 月湖の邊 へん までは未だ可成の路程 みちのり 、いつそ引返して泊る樣に喬生が勸めると初めは躊躇 ためら つた麗卿も、心有り氣に喬生の顔を瞶 みつ めて妻のないのを確 たしか め、月の前で眞實を誓はせると、金蓮を顧みて喬生の後に續く。
 元の家の前 夜烏 よがらす が頻りに鳴く、扉をあけて出た補鍋匠の翁は月の隠れた空を見て、何だか忌 いや な晩だな‥‥‥と呟き捨てゝ入る。
 牡丹燈を持つた金蓮を先に、手を引合ふた喬生と麗卿が來て内へ入つた。
 蠟燭を持つて又外へ出た翁は、密 そつ と喬生の家 うち を窺つたが、連れて來た、喬さんも矢張り若い人だな‥‥‥と笑ふ。
 喬生の家の内 二月も初めの晝過ぐる頃だ。塌 とう に腰を掛けて眠つて居た喬生は、補鍋匠の翁に扉を叩かれて眼を覺 さ ましたが、懶 ものう さうに又俯伏 うつぷ して了 しま つた。  
 待 まち 兼ねた翁が扉を推して聲を掛けるので、半月前よりも窶 やつ れた顔を上げた喬生は、まだ晝中 ひるなか と聞いて春の日永 ひなが を喞 かこ つ。
 梨の花に眼を付けた翁は贈り主を訊ね、毎晩小女に牡丹燈を持たせて此へ尋ねて來る美しい女だらう、と圖星を指し、蒼蠅 うるさ がる喬生を捉まえて、女の素性を尋ねるのも、お前の命が助け度いからだといふが、揶揄 からか はれるものと思つて喬生は相手にしない。
 で補鍋匠の翁は、上元の晩から若い女の尋ねて來るのを知り、死んだ奥さんの事も忘れて好い鹽梅 あんばい だと喜んで居たが、樣子が同 ど うも訝 あや しいと氣付いたので、實は昨夜 ゆうべ 境の壁に穴をかけて‥‥‥と美人の幅 ふく を指差し、嚇 くわつ とした喬生に小突き廻され乍ら、壁の穴から覗いて見ると、對 むか ひ合つて喃々 なんなん の語らひをして居るのは骸骨で、傍 そば に附いて居るのは小さい藁人形の樣なものだ‥‥‥と語つて、御念の入つた夢扱ひにする喬生の、幽陰に魅せられたのを救はうとするが、顚 てん で信じない喬生は、手荒く翁を突出して壁の穴を調べ、花瓶が碎 くだ けて床に無惨な梨の花を見ると、今夜女が來た時の言譯 いひわけ を考へる。
 が、梨の花を拾つて眺めると、翁の云ふ通り少し期の早過ぎるのに不審を感じ、女の住家 すみか を月湖の畔 ほとり と聞いた丈 だけ で、また一度も訪れて見なかつた迂闊 うくくつ に想到し、引返して來た翁から、骸骨の事を最 も う一度確めると、呆れ顔の翁を跡に、梨の花を持つたまゝ足早に部屋を出る。
 喬生の家の前 翁が鍋の繕 つくろ ひをして居ると喬生が顔色を變へて戻り、息切れを水に癒 いや すと先刻 さつき の仕打を翁に詑びて月湖の畔 ほとり へ行つて女の住家を尋ねたが、堤 どて の上にも橋の下にも見當らないので、不安心は募る許りの直ぐ玄妙觀へ駆け込み、王眞人の御弟子の魏法師の前に跪 ひざま づき、怪 あやし い女が近寄れない朱符を頂いて來たが、魏法師は、此後決して月湖の畔へ足踏みするな、湖畔の古寺湖心寺へも立寄るな‥‥‥と言はれたと話す。
 魏法師は御祈禱やお禁呪 まなひ では第一の道士なので、其のお符 ふだ さへあれば大丈夫幽鬼 ゆうき から脱 のが れられる‥‥‥と翁に勵 はげ まされた喬生は、朱符を寢所へ貼りに行くと翁は道具を片附けて家へ入る。
 喬生が出る。朱符の一枚を門へ貼付けたが、蠟燭を持つて出た翁を見ると不安に脅えた聲で泊めて貰ひ度 た がる。其れでは第一朱符が役に立た無くなる譯なので、翁は喬生を勵まして、牡丹燈の灯 ひ の見えぬ前にと、喬生が袖 そで に縋 すが るのを振り切つて入る。
 呆乎 ぼんやり と竚んで居た喬生が家 うち へ逃込むと、軈 やが て牡丹燈を持つた金蓮と麗卿が來たが、金蓮が燈を翳 かざ して照らす朱符を見ると麗卿は門 かど に近寄れず、金蓮が拾つた梨の花を袖に抱くと、怨めし相に門を見遣 みや つて姿は消えた。
 跡には唯、闇の中を迷ふが如く流るる牡丹燈のみ。

  第三幕 第一場 月湖の湖畔  
      第二場 湖心寺内
 玩具を賣る商人 吉岡啓太郎 
 花を賣る娘   山本かほる
 男の一     菊田勝太郎
 男のニ     船木重雄 
 男の三     芦澤東一郎
 亭主      山田巳之助
 踏靑の娘甲   水原和子
 同   乙   梅野粹子
 飴を買ふ子供  今井龍郎
 同       及川正一
 湖心寺の僧   藤田東洋
 喬生      早川雪洲
 劉生      大矢市次郎
 麗卿      水谷八重子
 金蓮      村田竹子
 翁       小堀誠
 遊客 
  成島惠造   梅小路照篤
  山口正夫   福池初雄
  菊池健    白井正雄
  杉山進    荻野一夫
  水島令子   水町芳枝
  川瀨靜子   山路晴子
  酒井惠美子  大瀧鯉路
  村田美代子  其大他ぜい 
  
 月湖の湖畔 淸明 せいめい の節で、三月の空晴 はれ て春色天地に遍 あまね し。湖畔の柳も、岸の若草も靑々 せいせい と橋の朱欄に映じ、桃李花處々 ところどころ に、春風は酒賣る家の靑帘 せいせん に吹く。
 衣香扇影 いかうせんえい  長閑 のか に徘徊して居た人達も、飴賣 あめうり も、花賣る娘も立去ると、酒屋の亭主が出て踏靑 つみくさ の娘を揶揄 からか ふ。
 湖心寺の僧が蠟燭と燈明の油を買つて戻り、上元の夜から二月の初めへ掛けて、蠟燭が毎夜一本づつ失せた不思議を語つて立去り、踏靑の娘二人も歸つて行つた。
 空合 そらあひ が變つて、夕 ゆふべ の風に花が散る。
 醉拂 よつぱら つた喬生が友人の劉生と酒屋から出る。淸明の節を醉つて祝はうと、劉生は引込勝な喬生を連出したのだ。 
 尚も醉はせ樣とする劉生を罵つて、柳の下へ喬生は寝て了つた。
 劉生は持て餘したが、雨が來たら連れ込まう積 つもり の、長安市上 酒家眠 ねむる ー等と李白氣取りの喬生を殘して入る。
 空陰 くも り日暮れ、湖心寺の鐘が響く。
 忽然と姿を現はした麗卿と金蓮は、橋を渡つて眠れる喬生に近附いた。
 金蓮が控える袖を拂つて麗卿は、未練のある喬生の枕下 まくらもと に跪 ひざま づいて抱起すと、上元の夜に牡丹燈の光に顔を見て懐 なつか しさを覺え、優 やさし い心を知つて薄倖の身も心も捧げたのに、遽 にわか に疑念を生じて永く絕 た たうとするのを怨み、喬生が囈言 うわごと の樣に、隣の爺 ぢぢい が悪いのだ‥‥‥と云ふと、麗卿は怒りを帶びて、妖道士の言葉に惑はされる喬生の無情を責め軈 やが て突放して立上がつたが、憎いと思ひ乍ら逢へば未練が増して立去り兼ねる風情に、金蓮は何やら囁 ささや いて麗卿の頷 うなづ くのを見ると、では、連れておいでなさいますか‥‥‥と喬生を見返り、囁き合ひつゝ橋を渡る。
 雨が降つて來た。不圖 ふと 起上がつた喬生は、雨宿りをせねばならぬ、湖心寺へ行こかう‥‥‥と言捨てゝ橋を渡る。
 喬生を起しに來た劉生と亭主が、姿の見えないのに不思議がつて居ると、補鍋匠の翁が急足 いそぎあし に來て樣子を聞き、劉生を引張る樣にして湖心寺へ行く。
 湖心寺内 廻廊の壁際にある旅櫬 りょしん ー客死した人を寺に預けた柩 ひつぎ ー の正面には「故 もとの 奉化符州判之女麗卿之柩」と記し、柩の前には、雙頭の牡丹燈をかけ、其下には背に金蓮と記した人形の婢子 ひし が立つて居る。 
 劉生を導いて來た翁は、牡丹燈を見ると慄然 ぞつ とした叫聲 さけびごえ を上げ、伸上がつて柩から洩れた喬生の着物の裾 すそ を見付けると、階段を昇つて劉生に指し示す
 其れを見た劉生が、棺の主と喬生の因縁を聞かうとする處へ、油壺を持つた僧が廻廊を巡つて來る。
 翁が指さす着物の裾を見て僧は不思議な面持、棺の主は奉化で州判を勤めて居た符と云ふ人の娘麗卿で、十七の年に死んだのを寺へ預けた儘 まま 。親達は北の方へ歸つて音信不通だ、と話し、柩の蓋を開けると喬生は骸骨に緊乎 しつか り抱 いだ かれて死んで居た。
 前代未聞の不思議、柩の蓋をした僧が黙禱すると牡丹燈は薄明るくなる。
   
〔蔵書目録注〕
  
 この「牡丹燈記」は、昭和六年一月、帝国劇場の 初春新劇大合同 の 晝の部 の演目の二番目である。
 なお、同じパンフレットには、「牡丹燈記」の簡単な解説がある。
 「怪異雜話」小堀誠 と 「剪刀新話」大矢市次郎 である。


歌劇 「カバレリア、ルスチカナ」 (歌詞) 帝国劇場 (1911.12)

2024年03月21日 | 帝国劇場 総合、和、洋

   

      歌劇 
  カバレリア、ルスチカナ 
 
 歌劇 カバレリア、ルスチカナ野人の意氣歌詞
  
本歌劇は伊太利の音樂家マスカニーが初めて名を爲 な したる懸賞入選の作にして舞臺は伊太利シヽリー島の一村落、事は耶蘇復活祭 イースター の當日、敎會堂を右に見 みた るルシアといへる老婆が田舎茶屋を開き居る廣場の一部に起る。若き農夫トリードウといふもの、ローラ―といふ女 をんな 、と相愛の仲となりしが、兵役果 は てヽ故郷に歸り見れば、ローラはアルフイオといふ富める運送屋が妻となり居れり。トリードウは悶々の情を慰 なぐさ めんため、サンツッツアといふ農夫の娘と契り初 そ む。サンツッツアは心を盡して彼を愛するに至り、ローラは心安からず、再び昔の情人 じょうじん に秋波を送る。爰 こゝ に於いてサンアトツッツアの嫉妬となり、トリードウに怨言を試みるに、トリードウ今は心は全くローラに奪はれて、サンツッツアが誠ある言 ことば は耳にも入らず、折しも禮拜 らいはい の爲めに來 きた れるローラにつゞいて敎會堂に入去 いりさ る。サンツッツアは口惜 くちを しさに前後を忘れ、偶 たまた まそこに來 きた れるローラが夫アルフィオに、彼が妻とトリードウとの交情 なか をば包 つゝ まず語る。アルフィオ奮然トリードウに決闘を挑 いど む。トリードウこゝに至り、初 はじ めて自己の罪を知り、サンツッツアを母に托し敵の爲に仆 たを さる。以上を此 この 歌劇の梗槪とし、今囘上場せらるは、サンツッツアがトリードウに嫉妬心を述べ、却つて其身を棄 す てらるヽに至る、人間の感情が恐ろしきばかり高潮に達せる件 くだん を選みたるものなり。
  
     役割
  農夫トリードウ   ザルコリー
  娘サンツッツア   柴田環子
  馬車屋女房ローラ  音羽かね子
  敎會參詣者     福原花子
  同         上山浦路  
  同         川窪鶴子
  同         夢野千草
  同         河合磯代
  同         中山歌子
  同         大和田園子
  同         澤美千代  

 舞臺はシヽリー島中の一村落の十字街、下手の奥に敎會堂、上手に一軒の旅宿 はたごや と年寄つたるルシアの住居 すまゐ を見る。 
 幕開くと敎會に參詣の娘大勢出 い で來り、 
   合唱         
  美しい聲をして、鳥がマートルの木で歌ふ  
  オレーンヂの花、シトロンヤベーも照り輝く
  美しい聲をして、鳥がマートルの木で歌ふ
  あゝ樂しきは眞盛 まさか り!
  人生 いのち と愛とに活々 いき〱 と
  吾等の胸には一樣に、歡喜の歌が歌はれて  
   (打連れて敎會堂へ赴く、トリードウとサンツッツア出て來 きた り) 
 トリードウ 
  サンツッツアこゝに居 を るのか。 
 サンツッツア
  こゝであなたを待つて居りました。
 トリ
  復活祭だのに敎會へも行 ゆ かずに?
 サン 
  あなたに話があるのです。
 トリ
  おれはお母 つか さんを探して居たのだ。
 サン
  デモ私はあなたに話があるのです。
 トリ
  こゝぢやいけない。
 サン 
  一體 いつたい あなたは何處へおいでになつたの?
 トリ
  何を云ふのだい、きまッた事ぢやないか、フランクホルテに行つたのさ。
 サン
  いゝえ、噓を云ふても駄目です。
 トリ
  サンツッツア己 おれ の云ふ事を信じるがいゝではないか。
 サン
  噓を云ふものではありません、あなたが山の小路 こうぢ をまがる處 ところ を見た人もあります。そして今朝あけ方にあのローラさんの戸 と のそばに貴方 あなた が居たのを見た人がちやんとあるのです。
 トリ
  それぢやおれを疑 うたぐ つて後をつけ廻すのだな!
 サン
  いえ決して左樣 さう ではないのですが、アルフイオが私に先程さう云ひました。
 トリ
  おまへは疑惑、私は情 なさけ 、疑惑と情を取り換へねばならぬのか。
 サン 
  そんな事は戲 たはむれ にも云ふものぢやありません。
 トリ
  甘い言葉を用ひて己 おれ の不快を鎭 しづ めんとしても無效 だめ な事だ。
 サン(弗 むつ として)
  それでは貴方は那 あ の人を愛して居るのですね。
 トリ
  否 いや 。 
 サン
  夫 それ はもう、ローラさんは私より美しいのですからね。
 トリ
  そんな事を云ふなよ、私は愛しては居ないんだ。
 サン 
  愛して居るのよ〱、あッ、ほんとに憎い、アヽ性惡男 しやうわるをとこ !
 トリ
  サンツッツア!
 サン
  あの毒々しい女に、貴方はとう〱心を奪はれましたね。
 トリ
  こら、サンツッツアよ、おれはお前の樣な女の嫉妬の奴隷にはなりません。
 サン
  お打ち下さい、お罵 のゝし り下さい。‥‥でも私は貴方を愛して居ます。私の心は裂ける程苦しくとも、私は貴方をお許 ゆるし します。
      (ローラ登場)
    南部伊太利の風俗にて、一の花の名を取り、其花を題目にして、その語尾を歌詞の語尾と合はせて歌ふ慣 ならひ あり。ローラはジヤジヨロー(菖蒲 しやうぶ )の名を取り、 
 ローラ
  菖蒲の花〱、天 あま が上にはいく萬の天の使 つかひ あり、美 うる はしく愛らし、かく愛らしく、うるはしきは地の上に那 あ の方ひとり菖蒲の花よ〱。
       (ふいとトリードウを見て、)
 ローラ
  おやトリードウさん、アルフイオは此處を通りましたか。 
 トリード
  己は今此處へ來たばかりで、一向知らぬが。
 ローラ
  蹄鐵屋 かなぐつや の處に居るかも知れませんから、今にも來るかも知れません、あなたは敎會には行かないの?          
       (サンツッツアの居るのを見て、少しく嫉妬して)
  敎會に行かずに、貴方は此處の會堂前の廣場で禮拜をするのね。 
 トリ
  でも、サンツッツアが今己 おれ に話があると云ふから‥‥
 サン
  私は話をして居たのよ、今日は復活祭で神樣は何から何までお見通しなさる日だと申す事です。
 ローラ
  それでも貴方は禮拜にこないの?
 サン
  私は参りません、敎會に行く人は罪なき人ばかりです。
 ローラ
  私は神樣にお禮を云ひませう、そして此地に接吻 キツス しましやう。
        (地にキツスする事は南部伊太利の風俗にて、神に深謝するときに行 おこな はる。)
 サン
  お尤 もつとも です、ローラさん。
 トリ
  さあ行かうよ〱、此處に何も用はない。
 サン
  お待ちなさい、私は尚 ま だお話が少しあります。
 ローラ
  今日は復活祭で、神樣は何でも御覽になるとの事、其神樣のお目にお二人を任 ま かして、私は敎會に行きますよ〱。
                     (ローラ去る)
 トリ
  そら見ろ、貴樣は下らぬ事を云ふ女だ。
 サン
  そんな事を私に云はれるのは、貴君 あなた の自業自得と云ふもの。
 トリ
  ヱー、忌々 いま〱 しい。
 サン
  アヽ腹が立つ、私の胸を割 さ いて殺しなさい。
 トリ
  サア、行け。
 サン
  マアお待ちなさい。
 トリ
  行 ゆ けと云ふのに。
 サン
  トリードウさん、待つて。
 トリ
  行け。
 サン
  トリードウさん、待つて頂戴、待たないの?それぢやあなたは私を見捨てる氣?
 トリ
  何故貴樣は己 おれ が去れと云ふのに、己に尾 つ いて來るのだ?
 サン
  イヽヱ、トリードウさん。
 トリ
  何故一體貴樣は己の跡をつけるのだ!!!
 サン
  マアお待ちなさい、それでは、貴方は私を遂に捨てる積 つも りなのね?(之より男聲女聲二部合唱となり)聖 きよ き敎會 みや の門 かど に迄も、人の心を疑ひて深ぐるか、疑ふか。
 サン
  否 いヽえ 、トリードウお待ちなさい。(男聲女聲二部合唱)否 いヽえ 、トリードウ待て!
 トリ(男聲女聲二部合唱)
  疑 うたが ひて〱〱、人を探 さ ぐるか。
        (此時 このとき オーケストラにて、サンツッツアの苦悶を奏出す)
 サン
  貴方を愛するサンツッツアが涙を以て貴方に願ふに、貴方はサンツッツアを逐 お ひ去らしめなさるか。
        (此獨唱終はらざる間 うち にトリードウ歌ふ)
 トリ
  行け、また己に無駄に口をきかせるか、行けと云ふのに何故行かぬ。
 サン
  否 いヽえ 、トリードウ、今少し待つて!
 トリ
  人に罪を被 き せてから、後で後悔しても駄目な事。
 サン
  トリードウ。
 トリ
  ヱー煩 うる さい!
 サン
  トリードウ!待つて!
 トリ
  行け。
 サン
  否 いや 。
 トリ
  行け。
 サン
  トリードウ。
 トリ
  行け。  
 サン(男聲女聲二部合唱)
  アー否 いや よ、トリードウ止 とゞ まつて!   
 トリ(男聲女聲二部合唱)
  行けと云ふに分らぬか、幾度も同じ事を繰返させる、懊 うるさ い奴!
 トリ
  後悔しても駄目の事だ。
 サン
  否 いや 。
 トリ
  行け。
 サン
  否。
 トリ
  行け。
 サン
  泣いて願つても捨てるのですか、何故捨てるのです?
 トリ
  行け、懊い。
 サン
  何 ど うして貴方は私を捨てるのです?
 トリ
  行け、後悔しても駄目、行け。
 サン
  貴方を愛するサンツッツアを捨てるのですか‥‥
  何うして捨てるのですか?
 トリ
  行け。
 サン
  何うして捨てるのですか。
 サン(男聲女聲二部合唱)
  貴方はかくして私を捨 すて る氣?
  それでは眞乎 ほんと に貴方は捨てたいのですね。
 トリ
  懊い幾度云はせるのだ、下らぬ願 ねがひ は止 や めにしろ。
 サン
  トリードウ、待つて、待つて‥‥アヽそれでは愈々 いよ〱 捨てる氣だね。
 トリ
  後悔しても駄目な事。エー懊い。
 サン
  如何にあなたが怒つても、その怒 いかり は恐れはせぬ、
        (音樂急調となる)
  アヽ汝 なんぢ !偽善者のトリードウよ。
  幸 さち ある復活祭の此日、汝を呪ふ、汝を呪はんとす。
                             (幕)


  明治四十四年十二月十五日發行  定價金五錢
  
〔蔵書目録注〕
  
 下は、本書の広告で、帝国劇場の明治四十四年十二月の絵本筋書の見返しにある。

 
  
  歌劇カバレリア、ルスチカナ歌詞
            定價金五錢
カバレリア、リスチカナは伊太利の音樂家マスカニーの初めて名を爲したる榮譽の歌劇にして、今囘當劇場に於いて伊太利の聲樂家ザルコリ氏と、本邦の聲樂家柴田女史とに依りて唱和さる。歐洲の都市に演ぜらるゝ歌劇と雖も多く此上に出づるものあらざるべし。
本書は右歌劇の大體の結構を叙述して、今囘演奏の部分を盡く邦語に譯したるものなり。歌章の意味を知曉せざれば歌曲を樂む趣味葢し完きを得ざらん。開幕前に必ず御閲覽を給へ。


「北緯五十度以北」 (新築地劇團第三囘帝劇公演) (1929.7)

2022年02月16日 | 帝国劇場 総合、和、洋

  

 〔口絵〕
 新築地劇團第三回帝劇公演 
  「宣傳」      左 丸山定夫の按摩太田
  「北緯五十度以北」 蟹工船の勞働者
  七月二十六日より六日間

  
 新築地劇團第三回帝劇公演
  七月廿六日より卅一日まで六日間
   高田保作
  1 宣傳      四幕十場
   小林多喜二作 高田保・北村小松脚色
  2 北緯五十度以北 五幕十二景
       (「蟹工船」増補脚色)
 毎夕六時初日に限り五時開演
     演出 土方與志
     裝置 吉田謙吉
      伊藤晃一
      細川ちか子
      高橋豐子
      山本安英
      丸山定夫
      薄田研二
       外數十名出演
    一、二階白券 二圓五〇錢
    一、二階靑券 一圓五〇錢
    三階席       七〇錢
  一日十人以上の團體にして帝劇庶務又は新築地劇團發行にかゝる證明書を御持參の方々に限り白席券を二圓に特別割引致します

  御挨拶
 私ども「新築地」劇團は、このシイズンに誕生致しました。幸ひに皆樣の御聲援御支持を得まして、このシイズンに一躍新興劇壇の第一線に立つ事が出來ました。私どもは、この記念すべきシイズンの最終の興行と致しまして、別項の如く七月二十六日より六日間、第三回帝劇公演を擧行致します。
 私どもは、創立當初發表致しました宣言書の意を體して、「飛ぶ唄」「生ける人形」「彼女」「母」と、一歩一歩堅實な道を踏み固めて參りました。私どもは、有らん限りの力を盡して、私どもの明確なる意志を略々大過なく行動の上に表明して來た積りでございます。今回の「宣傳」「北緯五十度以北」も、その同じ延長線上に在る私どもの意志の現れと信じて居ります。一は、代々木原頭の軍事宣傳ラヂオ中繼放送に端を發して、資本主義の最高段階に於ける帝國主義戰爭が、果して國民全體の福祉增進を目的とするものか否かについて、犀利なる觀察解剖を加へました社會劇。一は最近新聞の社會面を賑はせました某漁業事件を中心に、北緯五十度の北、夏なほ寒きオホーツク海に生命を賭して漁撈に從事する蟹工船夫と、身はビルヂング内の廻轉椅子に座して、遠く北海の同胞の膏血を絞り巨萬の富を爲す資本家の一團を對比せしめて、現代社會機構の一斷面を示しました問題劇。
 この二種の演目を提げて、三伏の炎暑をも厭はず、新興演劇のために奮鬪する私どもの微衷をお汲み取り下さいまして、前囘に劣らず御來觀御批評のほどを御願ひ申上げます。
                        新築地劇團

 新築地劇團上演脚本 解説・梗槪
              新築地劇團文藝部

  第一 『宣傳』 〔省略〕

  第二 『北緯五十度以北』

解説 「戰旗」所載小林多喜二氏の「蟹工船」が、本年度上半期の文壇に於ける最大傑作である事は疑ひを容れない。勞働者の生活から遊離したプロ文學の横行する中に、これのみは眞にプロレタリアートの現實の生活と苦難と鬪爭とを、飽くまでリアルに記錄し描破し得た稀に見る名作である。この小説を脚色上演する企てが、既に方々の劇團で計畫されてゐたのを見ても、原作の價値が首肯されよう。しかし乍ら、オホーツク海からカムチャッカへかけての地方的事情に緣の遠い東京の觀衆の前には、「蟹工船」を原作の儘のスケエルで舞臺化する事は適當でない。從って今囘の脚色では、一層社會的視野を擴大して、帝都の中央に於ける漁業會社の本社の内幕暴露をも取り入れ、これと對比的に北海の激浪と鬪ふ勞働者の悲惨な境遇を描いて現代社會機構のカラクリを抉出したのである。高田保氏の立案によって、特に北日本の事情に明るい北村小松氏の執筆を煩はした。なほ劇團からも、美術部吉田謙吉君を原作者の居住地小樽へ派して、その意見を徴し、また漁業の實況を踏査せしめて、舞臺上に蟹工船夫の實際生活を髣髴せしめるべく充分の準備を整へたのである。
梗槪 オホーツク海の海底には、骸骨となってなほ死に切らない人間がゐる。彼らは、限りない底の底の世界から、光の中へ浮び出す日を待ってゐる。或る者は、ラッパの音に、マストの旗に、眞黑な巨砲に導かれて、遂に異郷の海底に沈んだ。或る者は漁船の上で雜巾のやうに酷き使はれ、豚のやうに叩きのめされて、やがてデッキから蹴落された。彼等は、生きて待ってゐる。待ち構へてゐる。待ちきれなくなった瞬間に、彼等は聲を合せて合唱する。喉の續く限り合唱する。海中が明るくなった。鮭、鱒、蟹の群が盛んに泳ぎ廻る。また一年の時がめぐった來た。彼等の支配者が齒を鳴らし牙を光らすなまぐさい時が來た。蟹工船の作業歌が聞えて來る。(第一幕
    ‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥
 カムチャッカ近海は、世界屈指の漁場である。人間の來さうも無い所だから、魚がゐる。緯度が高いから白夜が續く。ここへ稼ぎに來た蟹工船夫は、だから晝夜ぶっ通しの勞働を強ひられる。蟹工船は、工場船だから航海法も工場法も適用されないのだ。蟹工船夫の間には、まだ階級的意識が目覺めてゐない。中には、勞役に耐へかねて身を隱した雜夫を見つけ出して、バット二箱の褒美にありつく裏切り者もゐる。しかし彼等の中の幾人かは、常にピストル片手に彼等を酷使する監督の淺川に對して、旣に激しい反抗心を燃やしてゐる。彼等は船員組と蟹工組とで仕事の競爭をさせられる。「賞品」で釣って能率を上げようといふ遣り口だ。「突風」の警戒報が無電ではひったにも拘らず、彼等は川崎船を下して仕事にかからなければならない。彼等は激浪と鬪ひながら激しい作業を續けて行く。一つ足を滑らせば忽ち奈落の底だ。突如無電室の受信機が靑白くスパアクする。SOSだ!この船と並行する秩父丸が救助を求めてゐる。船長が舵手に命じて救助に赴かうとすると、監督の淺川が劇しく制止する。秩父丸は廢船に近いボロ船だが勿體ないほどの保險がつけてある。沈んだ方が會社の得だ。かうして秩父丸の四百二十五人の乘組員は海底の藻屑と消え去ってしまふ。
 彼等の命掛けの勞働の結晶が、年間四千七百萬圓の罐詰と化して、「北海漁撈會社」の株主連は、三割の配當を受けてゐる。會社は更に事業の能率增進を圖るために、またカムチャッカに働く二萬五千人の技師、職工、漁夫、雜夫の思想激化を防止する爲に、慰問班として活動寫眞隊を派遣する。
西で「北海漁撈」の株をしきりに賣り叩く者がある。後場の寄りつきはガタ落の低値だ。社長は大川といふ男を案山子に使って、防戰買ひの索戰に出る。資力の競爭なら、こっちには、最近買収した契約高十億以上の九重生命がある。これが社長の肚だ。保險に保險をかけなければならない恐ろしい時勢だ。(第二幕
    ‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥
 中積船が、國に殘した者の手紙や小包や寫眞を積んで蟹工船に來る。そして蟹工が拵へ上げた一萬箱の蟹罐を運び去る。「一萬箱」の祝ひには酒が出る。するめが出る。キャラメルが出る。餘興は、慰問班の映畫だ。アメリカ・ユニバアザル會社の傑作「西部開發史」。辯士は滔々と述べる。アメリカの西部貫通鐡道は如何にして完成されたか。それは今このカムチャッカに北海開拓の大使命を荷って出漁する諸君と同じ樣な犠牲的努力の賜物だ。辯士は、映畫の説明者ではない。社長と監督の代辯者だ。
 本社の社長室では、船主と社長が沈沒した船の保險金を中心に醜い爭ひを起してゐる。防戰買ひの資金の出所を探りに、新聞記者が現れる。「北海漁撈」の株を、底値百圓までに飛ひ止めた大川は、過當な報償を社長に要求する。此處ではすべてが金を繞って廻轉してゐる。
 仕事を怠ける者には燒棒を當てる、組を作って怠業すれば、賃金棒引の上、凾館へ歸ってから警察へ引渡す、これが社長からの訓示だと監督は一同に觸れ廻る。虐使に耐へかねて死人が出來ても、その水葬に船長も監督も一片の弔辭すら讀まない。どんなに風浪が激しくても、川崎船の作業を強要する。餘りに殘酷な彼等の仕打に激昂した勞働者は遂にストライキを企てた。
 水夫も火夫も雜夫もこれに應じた。彼等は代表を選んで淺川に要求書を突きつける。彼の手に持ったピストルを叩き落して、その面上へ鐵拳を加へる。(第三幕
    ‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥
 「北海漁撈」の漁區が今年限りといふ風評が立って、株は大暴落、立合停止だ。社長室には重役連が殺倒して混亂を極めてゐる。そこへ、更にストライキ勃發の飛報が來る。しかも最後の知らせは、更に致命的だ。大藏省が九重生命を調査し始めた。
 ストライキ中の蟹工船へ、一艘の見馴れない艦が近づいた。勞働者は、自分たちの船に、無線があるのを忘れてゐた。今來た船からは、役人とその部下が乘り移って來て、船長や監督に迎へられながら、ストライキの首謀者を拉致して去る。かうして騒擾は鎭壓された。(第四幕
    ‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥ 
 蟹工船の群は入港した。しかし、ストライキを起した彼等の船だけは、上陸禁止だ。たとへ上陸しても、波止場まで迎へに來た家族のものの所へは歸れないのだ。ただ一人孤影悄然と船から下りて來たのは、監督の淺川だ。彼は監督不行届の廉で馘首されたのだ。ストライキの最中に拉致された勞働者達は、今放免されて波止場へ來た。他の陸上の勞働者達も聲援に來た。彼等は陸と海とで互に激勵の詞を交し合ふ。今年よりは來年、來年よりは再來年だ、吾々は鬪爭意識を強めて行かう。腕を組まう。足並を揃へようと絕叫する。(第五幕

   主なる配役 〔「宣傳」の分は省略〕
 丸山定夫  蟹工船の監督淺川
 山本安英  蟹工船の雜夫
 薄田研二  水兵の骸骨 北海漁撈會社社長 陸の勞働者
 高橋豐子  蟹工船勞働者の家族
 伊藤晃一  北海漁撈株式會社支配人
 細川ちか子 波止場の物賣り

    原作者の寸言
            小林多喜二
 「蟹」がノソゝ帝劇の「舞臺」を歩き出す!
 滑稽だらうふか。ー今、その蟹が諸君の見てゐる眼の前で、足をもがれ、甲殻をはがれ、煮沸され、「罐詰」にされてしまふ。ー然し、この「蟹」がそのまゝ「勞働者」であったら、どうだらふ。そして蟹がされると同じやうに、手足をもがれ、胴を切られ、「罐詰」にされるとしたら、どうだらふ。ーそれでも尚滑稽だらふか?
 罐詰になるのは、實に「蟹」ではなかったのだ。だから諸君、あの不恰好な蟹がノソゝ這ひ出たからッて、それは「笑ひ事」ではないのだ。
      ✕
 「北緯五十度以北」の出來事さ。北氷洋、カムサッカのことさ。ーだが、そんな呑氣なことを云ってる前に、たった一本の「糸」を手繰ってみやうではないか。それは、たった一本の糸でいゝのだ。
 何が出てくるか?ーロシヤが出てくるー勞働者が出てくるー帝國軍艦が出てくるー丸ビルが(丸ビルが?)出てくるー代議士さんが出てくるーいかめしい大臣さへが出てくる。
 ぢや、「カムサッカ」と「東京」は、「丸ノ内」と「深川」より近かったのではないか。
      ✕
 労働者に似てゐる、カムサッカの蟹よ!
 今こそ、お前は誰が味方であり、「舞臺」の上から、ハッキリお前にさしのばされてゐる幾百萬の「仲間の手」を知ることが出來るのだ。
 堅く手を握れ!
 お前がハルゞ「カムサッカ」から出てきたことは、無駄ではなかった!
                          (小樽・一九二九・七・一四)

〔蔵書目録注〕
  上の写真と文は、昭和四年七月二十五日発行の雑誌 『帝劇』 第八十一號 昭和四年八月號 に掲載されたものである。


歌劇 「連隊の娘」 帝国劇場 (1914.2)

2020年06月28日 | 帝国劇場 総合、和、洋
   

 大正三年二月狂言

     ドニツエテイ作曲
     小林愛雄譯
     ローシー指導
 第一 歌劇   聯隊の娘  一幕
 第二 時代劇  淸水淸玄  二幕
     田口掬汀新作
 第三 喜劇   留守宅   一幕     
 第四 時代劇  本藏下屋敷 一幕 二場
     山岸荷葉新作
 第五 喜劇 浄瑠璃 スケート  一幕

 第一 

 一 ホルテンシオ(侯爵夫人ノ家扶)  南部邦彦
 一 ズルピッツ(曹長)        淸水金太郎
 一 マリー(娘酒保)         原信子
 一 トニオ(青年農夫)        松山芳野里       
 一 伍長               柏木敏
 一 墺太利擲弾兵           石井林郎
 一 同                服部曙光
 一 同                小島洋々
 一 同                菅雪郎
 一 伊太利農民            河合磯代
 一 同                中山歌子
 一 同                澤美千代
 一 同                湯川照子
 一 同                石神たかね
   其他侯爵夫人擲弾兵農民等

     帝國劇場管絃樂部員
     竹内平吉指揮

     ドニツエテイ作曲
     小林愛雄譯
     ローシー指導
  第一 歌劇   聯隊の娘  一幕

 『墺太利 オーストリー テイロル山間の地方』上手に小舎 こや 、下手にとある村外 はづ れの家二三あり、背景には山見ゆ、農民大勢丘の上に立ち遠方の眺め、女共は聖母マリアの石像の前に跪 ひざま づき、侯爵夫人は家扶ホルテンシオに扶 たす けられ上手の石の上に勞 つかれ を休む、遠く太鼓の音聞え、銃の響漸 やうや く近づく、此侯爵夫人は家扶を連れて旅行する中 うち 、測 はか らずも戰爭の渦中に飛込み逃場を失ひたるものにてホルテンシオに命じて馬車を探し求め、難を傍 かたはら の小屋に避く曹長ズルピッツに續いて聯隊の娘と言はれ居る少女マリー出來 いできた れば、老曹長は『何だか、つひ昨日の事のやうだ、佛蘭西 フランス 軍が逃走して、道は破れた車や、容赦を願ふ人民で一杯だつた、所が不意に馬の足元に棄兒 すてご が居てな、笑顔を作つて我々の方へ可愛い手を延ばしたのよ』とマリーの戰場の棄兒にして、兵士等の手厚き介抱の下に人となり第二聯隊の娘と呼ばるゝやうになりし仔細を語り『お前と一緒に妙な書物を拾つたけれど、要領を得ないので、今でも衣嚢 ポツケツト に入れて歩いて居るのだ』と謂ひ、マリーに戀人の出來し噂ありとて其眞僞を尋ぬれば、マリーは岩間の花を手折 たを らんと足を滑らして打倒れ、折好く居合せし瑞西 スヰツル の若き男の親切なる介抱を受け、遂に戀に陥りしも、其男とは敵味方どうせ二度と會へる譯のものでなしと告げ、ズルピッツの心を安んず、茲へマリーの戀人トニオはマリーに逢はんとて浮々 うかゝ 敵中に入り、捕へられ出來り、兵士等は敵の間諜なり軍法に照らし死刑にせんと犇 ひしめ けば、マリーは吾が命を救けし恩人なりと、衆を宥 なだ む、是にて人々心を和 やはら げ、トニオを拉 らつ して戰線に入る、トニオ又立歸りマリーと戀の歌を唄ふ、ズルピッツ出來りて之を妨げトニオを追遣り、マリーも續いて退場す、侯爵夫人出來り、其口よりしてマリーの父タアルハイム大尉は侯爵夫人の妹の良人 をつと にして、マリーは實に夫人の姪なるのみならず、夫人の財産と名前の唯一人の相續人なる事も分明し、マリーは父と呼び、子と呼ばれし聯隊を後に夫人等に連れられ、名殘惜し気に立去れば、兵士は孰 いづれ も捧げ銃をなし、トニオは絶望の姿にて帽子を足にて踏付ける此模樣宜しく幕

「歌劇 マダム、バタフライ」 帝国劇場 (1914.1)

2020年06月27日 | 帝国劇場 総合、和、洋

     

 大正三年一月狂言

     井手蕉雨脚色
 第一 史劇  小櫻縅 二幕 三場 
     ダビツトベラスコ著作
     ジアコモ、プチニー作曲
     高折關一改訂
 第二 歌劇  マダム、バタフライ 一場
     右田寅彦脚色
 第三 お夏淸十郎 壽連理の松 一幕
     太郎冠者新作
 第四 悲喜劇 かねに恨 一幕 三場

  他では眞似の出來ない
 歌劇 オペラ 『蝶子夫人 バツターフライ』上場
  高折夫人すみ子談

 新しい試みの多い中でも。この歌劇 オペラ ばかりは、他で眞似が出來ません、率先して試みますと同時に、玩賞の趣味を促しました當劇場の貢献は、偉大なもので厶 ござ います、今までに幾囘も試みられまして、種々に工夫されて上場毎に好評を博し來つて居ます處へ、這囘 こんど 私が加入しまして、マダム・オブ・バツターフライを演じますことは、最も光榮ある事と存じます、此は伊太利のプチニーが名曲と致しまして、夙に歐洲の劇壇を震撼せしめましたものゝ最後の一節で厶います、筋は蝶子夫人 バツターフライ といふ美人が心變りした夫とは知らずに、孤閨を寂しく守りつゝも、歸來の日を樂しみ、歸來の暁を想像して居ましたが、それも今は仇なれ、夫は遠く出て行きたるまゝ、復還り來ないので、悶絶悲哀の淵に沈淪するといふ、閨怨春愁の情景を寫したもので厶いまして、艶麗の裡に悲哀を帯びた風情と、樂しみを豫期した想像とを併せ有して、夫を待ち詫びる愁ひと、歸來の日を豫想しての樂しみとを表して、幾變化せねばなりませんが、當劇場の電気應用の舞臺面といひ、平素専用のレート化粧の榮 はえ といひ、思ふまゝに勤めることの出來ますのは、何から何までが完備して調和を得て居るからの事で厶います、これでこそ、帝劇の樂屋にはレートの香気 にほひ が漲り氤氳 いんうん して居る譯で厶いまして、家庭用としましては申すまでもなく、舞臺上の扮粧 ふんそう も、レート白粉とレート化粧料のお化粧を致しますと、申分のない美しい心のまゝな容姿が粧 つく られるので、レートが帝劇專用の化粧料といはれる理由も事實も、全く歌劇 オペラ が帝劇の獨擅 どくせん で、他に眞似られないやうにレート化粧の美は、他々の品では眞似られないレートの獨占といふ特色があるからで、帝劇對他の劇場 しばゐ 、レート對他の化粧品といふ比較は實に面白いと存じます。

 第二 

 長崎市蝶子夫人佗住居
 櫻花の庭園

 一 マダム、バタフライ マダム、スミ子
 一 女中鈴子      かね子
 一 花見の娘      マダム、スミ子
 一 同         大和田園子
 一 同         中山歌子
 一 同         澤美千代
 一 同         湯川照子
 一 同         多勢
 一 車夫        羽多藏
  帝国劇場附屬管絃樂部員

     ダビツトベラスコ作
     ジアコモ、プチニー作曲
     高折關一改訂
  第二 歌劇 マダム、バタフライ  一場

 本歌劇は伊太利プチニーが名曲として、夙に歐洲に喧傳せらるゝものゝの一節にして、幕開くと茲は日本長崎市蝶子夫人 マダムバタフライ 佗住居の一室の體、蝶子夫人は女中鈴木と共に夫の歸国を待佗び、夫の身の上恙なかれかしと、伊弉諾 いざなぎ 、伊弉册尊 いざなみのみこと 、猿田彦尊 さるたひこのみこと に祈願する事あり、幾らか心は安まれど、所持金も今や殆ど遣ひ果し、昔の榮耀は唯夢とのみ残る心細さに、女中鈴木は『旦那様に一日も早く歸つて戴かなきや、この先私達はどうなる事か解りません』と打悄 うちしお るれど蝶子夫人は深く心に信ずる所あるものゝ如く、蝶子『けれど旦那様はお歸りになるんだよ………若し旦那様が二度と歸らぬ御心なら、何で那麼 あんな に金庫迄据ゑ付けて、細ゝ こまごま と所帯向の事をお世話下さるものかね』と、夫の心變りせるも知らで、女中が疑ひの言葉を打消し、必ず歸ると謂ひ、又其折の事を我心に描き、悲喜交々到つて遂に卒倒す、女中は泣くゝ夫人を抱き起し、海の見ゆる縁側の柱に倚らしむ、長き春の日も漸く暮れ、晩霞蒼然として湾内を罩 こ むれば、市街にも、港内の遠近 をちこち に碇泊せる船にも、ポツリゝと火點 とも され始む、下婢は子供を寝かし付けつゝ、昼の勞 つか れに何時しか眠に入る、此時遙に欵乃 ふなうた の聞ゆるあり、余韻嫋々 でう々 として春怨孤閨の情いとゞ身に沁むされど蝶子夫人は冷たき大理石の如く、少しも動かず、月は血の気なき雙頬 そうけん を照らして、神々しき美しさを示す、此模樣宜しく幽 かすか なる且寂しきオーケストラ音樂に連れ、ダークチエーヂにて
     其二 高折夫妻 西洋土産 櫻々とちよきんな
となり舞臺は平舞臺櫻花咲競へる庭の遠見、茲へ花見の娘人力車に乗り出來り車上にて『櫻さくら彌生の空は見渡す限り云々』と唄ふ、此處へ又左右より振袖姿の娘四人出來り、合唱にて『ちよんきな』節を唄ひ賑かなる音樂を冠 かぶ せて幕 


新舞踊劇 「お夏狂乱」 帝国劇場 (1914.9)

2020年06月24日 | 帝国劇場 総合、和、洋
    

 大正三年九月狂言

     右田寅彦新作
 第一 大江戸歌舞伎  市川團十郎 三幕 四場 
     坪内逍遙作
 第二 新舞踊劇    お夏狂亂  一幕
     松居松葉譯
 第三 ナポレオン戰爭 英雄と美人 二幕 四場

  歌舞の精と新劇の粹 すゐ とは
    九月帝劇
    =專屬男優と川上マダムの奮勵=
     帝劇作者主任文學士 二宮行雄氏談 〔下は、その一部〕

 それに續いて、坪内逍遙博士が、その東西の劇研究の餘暇として、日本在来の所作事を土臺に、お夏淸十郎の艶種を骨子にした新しい方面に於ける
     第二 舞踊劇 お夏狂亂
は、在来の狂亂を一新して、材を西鶴の『五人女』に依據し來つたものであつて、梅幸氏をして其の振事の妙技を揮 ふる はしめ、日本舞踊の精粹 せいすい を遺憾なく發揮せしめ、竹本と長唄を掛合に用 つか つての所作になり、間 あひ に里の子や馬士 まご さては巡禮を絡めて、變化ある妙手を傾けさせた上で活人畫の幕切を以て、一轉の新味を掬 きく せしむるといふ手段の巧 たくみ なることゝ、之を演ずる梅幸氏の努力技倆が、いかに見物を魅するであらうかは、私の測り知れない深さと廣さがあるを疑はない、其の材を昔に取つて、而も現代の趣味に化し一致融合せしむるといふとは、劇作者としても最も苦心の存する所であるものを、此の二つは既にそれを完了せしめ、見物をして其の意を諒解せしめて居ることは、之を舞臺にかけて得た帝劇が、劇界に提供する任務に向つて、盡すべきを盡した一つであらう
 
 第二 
     松並木の場

 一 里の子甲    丑之助
 一 同  乙    一鶴
 一 同  丙    由次郎
 一 同  丁    高丸
 一 狂女お夏    梅幸
 一 馬士      幸四郎
 一 順禮 男    菊四郎
 一 同  女    梅昇

    常磐津連中
    振附  藤間勘右衞門
    ふり附 藤間藤藏

 常磐津連中

   常磐津 志妻太夫
  常磐津松尾太夫
    常磐津 彌生太夫
     常磐津 鳴渡太夫
   
   三味線 常磐津 八百八
  三味線 常磐津文字兵衞
    上調子 常磐津 文字助
     上調子 常磐津 菊三郎 

     坪内逍遙作
 第二 新舞踊劇    お夏狂亂  一幕

 『解説』お夏の狂亂を材としたるもの古くは近松の名作『歌念佛』あり、近くは富本の『最迫戀男容 いとせめてこひしのとのぶり 』に其面影を傳へたれども、本曲はそれらに負ふ所鮮 すくな し、筋も近松の作に見えたるを取らずして西鶴が『五人女』に因 ちな ませて彼の『何事も知らぬが佛、お夏淸十郎がそうなくなりしとは知らず、兎や角や物を思ふ折節、里の童子 わらべ の袖引連れて、淸十郎殺さばお夏も殺せと歌ひける、聞けば心に懸 かゝ りて、お夏育てし乳母に尋ねければ、返事し兼ねて涙をこぼす、扨 さて は狂亂になつて、皆々是を悲しく、樣々とめても止み難く、間もなく涙雨ふりて、向ふ通るは淸十郎でないか、笠がよく似た菅笠 すげがさ が、やはんははのけらゝ笑ひ、美 うる はしき姿がいつとなく取亂して狂ひ出 だし ける』とあるに據りたるものにて、風の音鳴子の音にて幕開くと、直 すぐ に常磐津になり 常『行く秋の名殘をとどめおく手田の苅跡黑む一と時雨云々』トよき程に里の童四人向ふより駈出て花道にて振有つて舞臺に來り、いつもの笠の狂人 きちがひ お夏の前へ來懸るを見付け、泣かせて遊ぼと、點頭 うなづき 合ひ下手に隠れる、お夏根の崩れたる元祿島田好みの振袖、奉納 おさめ 手拭を肩にかけ走り出て振有 あ つて舞臺へ來れば、待構へたる以前の童走り出で 常『通つたゝ今茲を通つた、色が白うて幹 せ が中丈 ちゆうぜい で、齡 とし は二十四五ひんなり男、菅 すげ の小笠を着て通つた』 ト手拍子打ちて踊り、淸十郎に逢はす代りにいつもの歌を歌へと、強 しひ てお夏に踊らしむる事宜しく、散々にお夏を嬲 なぶ り、打囃して上手へ逃げる、お夏追ふて入る馬子唄聞え、馬子一人一升徳利をぶら下げほろ醉機嫌千鳥足にて出來り、路傍 みちばた の石地蔵に物を謂ふ可笑 をかし 味などあり、戻り來りたるお夏の姿を見驚き乍ら其美貌に心を動かし、お夏に絡みて道化たる振、トゞその狂人なるを知り、醉も醒め、興も醒め、お夏を突放し逃げて入る、巡禮唄になり巡禮の老人夫婦出來れば、飽迄 あくまで 笠に執着せるお夏はその菅笠に眼を付け、いろゝありて夫婦の菅笠に手をかける、巡禮驚き左右へ散る、お夏追縋 おひすが り宜しくあり、トゞ活人畫模樣に極まりて幕。
 附言 劇中に籍 か り來りたる『奉納手拭』『遍照金剛』などは凡てお夏の淸十郎の身に恙 つゝが 無かれかしと神信心し居たる心を利 き かすものなりと云ふ

 なお、上の写真の一番右は、絵葉書のもので、下の説明がある。

 帝國劇塲(大正三年九月興行)新舞踊劇(お夏狂らん)
     尾上梅幸の扮装お夏

時代劇 「西行と靜」 帝国劇場 (1920.9)

2020年06月21日 | 帝国劇場 総合、和、洋
     

 大正九年九月狂言  女優劇

     文學博士佐々木信綱〔佐佐木信綱〕閲
     竹柏會同人平山晋吉作 (婦人畫報所載)
 第一 時代劇 西行と靜 三幕 
     アンナ・スラヴィーナ
     太郎冠者       合作
 第二 コメディー 薔薇の答 二幕
     邦村完二作
 第三 史劇 明暗錄 一幕
 
 第一 
  序幕 
     八幡社法樂舞の場
     雪の下歸還の場

 一 靜御前     浪子
 一 源賴朝     彦三郎
 一 御臺政子の前  菊江
 一 大姫君     小春
 一 梶原景時    彌左衞門
 一 梶原景茂    錦吾
 一 畠山重忠    介十郎
 一 和田義盛    守藏
 一 江間泰時    彌好
 一 川越重賴    田三郎
 一 千葉常秀    彌助
 一 八田重藤    彌五郎
 一 藤判官代邦通  三津之助
 一 安達淸經    鶴之丞
 一 工藤祐經    門之助
 一 磯の禅師    房子
 一 侍女撫子    薫
 一 同 女郎花   日出子
 一 同 彌生    ふく子
 一 侍       大和平
 一 同       紅笑
 一 西行法師    勘彌     

 一 濵人男     喜藏
 一 同       守彌
 一 同       喜美藏
 一 同       喜の字
 一 同 女     貞子
 一 同       千代子
 一 同       明子
 一 同       久子
 一 女房      錦絲
 一 同       靜子
 一 同       花枝
 一 同       豊子
 一 同       きん子
 一 同       照子
 一 巫子      松江
 一 同       竹子
 一 仕丁      鶴助
 一 同       喜美藏
 一 同       松藏
 一 侍       佳根松
 一 同       玉次
 一 同       鶴治
 一 小姓      喜美丸

    長唄音樂師社中

 長唄       杵屋六左衞門
 小鼓       田中傳左衞門     

   笛       望月太喜藏
   長唄      中村兵藏
   小鼓      梅屋市左衞門
   長唄      中村六三郎
   三味線     杵屋六郎
   三味線     杵屋六一郎
   長唄 喜八改メ 中村瓢二
   ふえ      望月太喜四郎
   三絃      杵屋彌三郎
   つゞみ     田中傳次
   三絃      杵屋六次郎
   同       杵屋六吉
   同       杵屋六郎次
   うた      中村六七郎
   たいこ     柏扇吉
   つゞみ     住田長五郎
   三み      杵屋六之丞
   同       杵屋千吉
   同       岡安喜三郎

 部長 杵屋寒玉 

     文學博士佐々木信綱〔佐佐木信綱〕閲
     竹柏會同人平山晋吉作 (婦人畫報所載)
 第一 時代劇 西行と靜 三幕

 『序幕、八幡社法樂舞 はふらくまひ の場』 舞臺一面八幡宮一の鳥居松並木の道具幕茲に濵の男女多勢立掛り、義經の嬖妾靜が、今日神前にて法樂舞を舞ふと云ふ筋を謂ひ、道具幕を切つて落すと、本舞臺は假に造りし神樂殿、茲に囃子の役として、畠山は笛、工藤は鼓、梶原は銅拍子を持ち座を構へ、靜は畫面の拵 こしら へに立 たも ち。上の方には賴朝、御臺所政子、息女大姫等住居 すまゐ 、下の方には、和田、川越、北條其他の諸大名綺羅星の如く居並び、見物して居る見得。直に唄になり、舞は進みて『吉野山峰の白雪踏わけて、入 いり にし人の跡ぞ戀しき』『賤 しづ やしづ、賤の苧環 おだまき 繰返し昔を今になすよしもがな』の所に到れば、賴朝憤然として靜が振舞を咎め成敗せんとしたるも、畠山が諫めと御臺所政子の取做 とりなし とに依り漸 やうや くに心解け、成敗を思ひ留 とゞま り、改めて靜を呼出し、土佐坊昌俊が堀川の館を襲ひし當時の事、又吉野山にて義經と別れし仔細を尋ぬれば、靜は義經の決して兄に二心なき事、義經との仲の變りなき事を述ぶれば、賴朝の不興も直り、狩衣を與へて纏頭 はなむけ となす、更に靜は賴朝に向ひ、義經が御勘気の赦免を願へば、賴朝は其儀は猶考ふべしと答へ、靜を犒 ねぎら ひ、座を立つ、靜は本意なき思入此仕組宜しく幕
 『同、雪の下の歸館の場』 ツナギにて幕開くと靜の母磯の禅師、侍女に靜と義經との間に生れたる子を抱かせ出來 いできた り、お不興受けしと云ふ靜の身の無事を聽きて安心し和子に宮詣 みやまいり させんと奥へ入る、西行法師行脚の姿に出來り、社頭の花を眺め居る處へ賴朝出來り、西行を其昔北面の武士佐藤兵衞憲淸にて、文武の道を極むと聞き、夜と共に語り明さんと、西行を誘 いざな ひ歸り行く、以前の景茂酒に醉ひ出來り、靜の歸りを待受け、赤子の命を枷 かせ に我戀を叶へんとすれど靜聽かず、烈しく景茂を恥 はづか しむれば、景茂は怨みを含みて立歸り、禅師も出て、靜の將來 ゆくすへ を案じる、此模樣宜しく幕。

 二幕目
    營中和歌物語の場
    同 塀外の場

 一 源賴朝     彦三郎
 一 梶原景時    彌左衞門
 一 梶原景茂    錦吾
 一 近臣      佳根松
 一 同       喜の字
 一 同       鶴次
 一 同       玉次
 一 御臺所政子の前 菊江
 一 大姫君     小春
 一 侍女      錦絲
 一 同       靜子
 一 侍       鶴助
 一 畠山重忠    介十郎
 一 工藤祐經    門之助
 一 女の童     君子
 一 西行法師    勘彌
 一 漁師荒作    柳藏
 一 女房おなぎ   ふく子
 一 一子磯松    三津兒

 『二幕目、營中和歌物語の場』 幕開くと、茲に近臣六人住ゐ居て、西行が君の御前にて、武道の古實を物語り、又今日は御臺所大姫君の御所望にて、和歌物語をすると云ふ筋を謂ふ、廊下より梶原景時、子息景茂出來り、賴朝に謁見して、判官殿に心を寄する者なきに非ざれば猶豫なく、義經の子を失ふ可く、後に悔 くひ を遺す事勿れと、殊に景茂は靜への意恨を含みて讒言すれば、政子、大姫を連れて出來り、靜が八幡宮に於ける法樂の舞は、和子の無事をも祈りし事と、靜の心を汲み、共に助命を希 こひねが ふ、折柄 をりから 重忠の西行を伴ひ、出仕せしとの報 しらせ に、賴朝直ちに召出し、法師が弓矢の物語は、永く我等の龜鑑 かゞみ となす可きものありと誉め、御臺及び息女等の爲に、和歌の談 はなし を求め、先づ前日靜が御前にて歌ひし歌の、即興より出でしものなるかと尋ぬれば、西行はそれぞ、伊勢物語、古今集にある古歌を聊か改めて歌ひしものと、併 あは せて其意をも述べ、凡て歌は物の哀れを思ふ人の、まことの心より生れ出づるものにて、如何に詞 ことば を巧に、詠みたりとて、人として價 あたへ なき人、卑しき人の言の葉は、みなつくり物、其人は詞の歌人と、歌道の奥義を明 あか し、暗に梶原親子を諷すれば、親子は怒りをなして、西行を罵り、荒法師文覺上人の西行を怖れしと云ふ、重忠の物語に尻込して口を噤 つぐ む、西行は暇を願ひ、賴朝は紙臺に載せたる銀猫 ぎんべう を取つて西行に與へ、其勞を犒 ねぎら ひ、西行は一同に會釋して出行く、跡に梶原親子は堀の館へ遣 づか はせし安達淸經 きよつね の歸りの遲き事を謂ひ、景茂自ら立越え、子を受取り立歸らんと立懸れば、政子制し、夫 それ には靜と仲善き、工藤の室磯屋こそよからんと云ひ、改め其事を夫祐經 すけつね に命ず、此模樣宜しく道具廻りて、
『同 おなじく 、塀外の場』となり、茲に漁師荒作醉 よひ どれにて立掛り、女房おなぎ、素肌に子供を背負ひて泣き居る、荒作は女房に金の無心を謂ひ、此上はおなぎを女郎に賣り、餓鬼等は海へ捨てゝしまうと、女房を窘 いぢ めて無理難題を謂ふ、折柄 をりから 西行通り懸 かゝ りて此體 このてい を見、脊なる磯松の泣けるを見て、好い物を取らする、夕 ゆふべ の酒の代 しろ にせよと、父に遣 や れと、以前の銀の猫を與ふれば、是にて荒作の怒 いかり も直り、餘りの事に醉も醒め、夫婦の仲も直り、禮を述べて歸り行けば、西行後 あと を見送り、述懐の白 せりふ 宜しく幕。

 大詰
     堀屋形靜居間の場
 同返し 由井ヶ濵の場 

 一 侍女撫子    日出子
 一 同 女郎花   薫
 一 同 葉末    花枝
 一 工藤の室磯屋  美禰子
 一 堀の室夕顔   勝代
 一 侍女      明子
 一 同       光代
 一 磯の禅師    房子
 一 侍       松藏
 一 靜御前     浪子
 一 堀の娘龍田   延子
 一 堀親家     松助
 一 梶原景茂    錦吾
 一 家人      彌助
 一 船人      喜藏
 一 同       喜美藏
 一 西行法師    勘彌
    浄瑠璃   竹本重壽太夫
    同     竹本伊壽太夫
    三味線   鶴澤市造
    同     鶴澤才三郎

 『大詰 おほづめ 、堀屋形靜居間の場』 幕開くと、茲に侍女撫子 なでしこ 、女郎花 おみなへし 住ゐ居て、靜御前が和子 わこ の爲に苦勞し、心の休まる暇なき事を語り居ると、工藤の室磯屋、堀野の室夕顔と共に出來り、神に利生 りしやう を願ひし法樂舞も、其甲斐なく、梶原輩 など の讒口 ざんこう に依り、君の怒 いかり の烈 はげ しき事を嘆く、磯の禅師出來り、磯屋が来意を尋ね、靜も亦屛風を除きて對面すれば、磯屋は、夫祐經 すけつね 等が諫 いさめ をも用ひず、猶豫 よ 致さず成敗せよとの嚴命なりと語り、靜は此和子一人助けたりとて、大事の起る筈なきを謂ひ、此儘になし置き呉れよと賴む、安達淸經 きよつね が先程より返事を待居るとの報に、夕顔、磯屋は内に入り、後床 あとゆか の浄瑠璃になり、娘龍田 たつた 出來り、今一應和子の命乞せんと、淸經、磯屋の御所へ伺候せし事を告げて、親子を慰め、禅師は滿願の祈を上げんと鶴ケ岡へと赴く、後に龍田 靜より子を抱取 いだきと り、打囃し、堀親家 ほりちかいへ も亦一間の内より出來り、心にはさは思はずも、助命の沙汰のある事を語り、龍田を促し、奥へ入り、靜一人後に殘り、和子を抱き其薄倖 ふしあはせ を嘆く處へ梶原景茂家來引連れ入來り、即刻沈めにかけよとの嚴命なりと、先程の意趣返しに、遣らじと爭ふ靜を突退 つきの け、和子奪ひて立去れば、靜は気も狂亂し、跡を慕ひて去り行けば、引違へて禅師立歸り、和子の奪はれし事を聽き、又其後を追へば、堀親子は気の毒げに、是を見送る此模樣宜しく幕。
 『同返し、由井ヶ濵の場』 ツナギにて幕開くと、舞臺は由井ヶ濵浪打際、向ふは相模灘の書割 かきわり 、船人二人立掛り居て船の用意の整ひし事を語り、梶原の姿を認めて又船へと戻る、景茂馬上に赤兒を抱き、家來引連れ出來り、直 すぐ に船へと向ふ、間もなく靜髪振亂し、景茂の後を追ふて出來り和子を返してと呼 よば はれど、岸を噛む浪に隔 へだ てられて近寄れず、空しく身を悶えて悲しめば、禅師も亦走り出でゝ孫の命を危 あやぶ む内、景茂遂に赤兒を刺殺 さしころ したる體 てい に、靜は其場に泣倒れ、又立上り決心し、入水して果てんとする時、以前の西行出 い でゝ夫 それ を留め、哀別離苦の理を解き、辱世 じよくせ を去つて、無爲の家に住めと勸むれば、靜も始 はじめ て其悟 さと しに服したるも、尚和子の事を忘れ兼ね、夕日落ち行く海の上を望みて、空しく其影を追ひ、放心の體にてウットリとなれば禅師は抱止め歔欷 すゝりな き、西行は海に向ひ囘向 えかう をなす、此仕組にて幕。

 なお、上の写真の一番右は、絵葉書のもので、下の説明がある。

 帝國劇塲九月興行(西行と靜)

コメディー 「薔薇の答」 帝国劇場 (1920.9)

2020年05月27日 | 帝国劇場 総合、和、洋

    

  大正九年九月狂言  女優劇

     文學博士佐々木信綱〔佐佐木信綱〕閲
     竹柏會同人平山晋吉作 (婦人畫報所載)
 第一 時代劇 西行と靜 三幕 
     アンナ・スラヴィーナ
     太郎冠者       合作
 第二 コメディー 薔薇の答 二幕
     邦村完二作
 第三 史劇 明暗錄 一幕

 第二

   佛國巴里大通カフェー
    アメリキャンの店頭

 一 米國將校          介十郎
 一 紳士ニコラ         門之助
 一 佛國將校          彌左衞門
 一 帽子屋の女         かね子
 一 近眼紳士          彌好
 一 パンヤ           柳藏
 一 職人            大和平 
 一 ジプシーの爺        三津之助
 一 同    娘        延子
 一 同    娘        小春
 一 青年紳士リシャール     紅笑
 一 往來の女シャロット     薫
 一 同   マルグリト     日出子
 一 紳士ルヰ          田三郎
 一 伜ピエール         玉三郎
 一 夕刊賣ピエール       律子
 一 紳士フィリップ フーシェ  勘彌       
 一 同夫人エレーヌ       菊江
 一 紳士            三吉
 一 老年紳士アンドレーピカール 錦吾
   (一名ベゞちやん)
 一 往來の女アデール      嘉久子
 一 同   テレーズ      ふく子
 一 同   イルマ       美禰子
 一 群衆の女 甲        勝代
 一 同    ジュリエット   房子 
 一 同    ベルト      かね子
 一 巡査            彌五郎

  〔以下の配役初一二字は欠損、推測部分は青字〕

 一 來の女アニー       壽美代
 一  ジエルメーヌ       花枝
 一 中            錦絲
 一 頼漢           彌助
 一  生            佳根松
 一 草拾ひ          守彌
 一 ーイ乙          松藏
 一 ーイ甲          守藏
 一 働者甲          喜藏
 一  告屋           喜の字
 一  ウァーヴ         玉次
 一  ラハリヤ         喜美藏
 一 賣娘           豊子
 一 來の女マド
    レーヌ          きん子
 一  ジャンヌ         照子
 一  の女           貞子
 一 來の女
    エリーズ         千代子
 一  マリー          明子
 一  リフロー         久子
 一  イザベル         松江
 一  ジョルジ
     エット         光代
 一  グレマ
    ンテイヌ         文子      
 一               竹子                 
 一  子供           君子
    
     帝國劇場管絃樂部員   

 管絃樂部員 指揮者 樂長 永井健子

 部員        横山國太郎
 同         山崎榮次郎 
 同         萩田十八三
 同         横須賀薫三
 同         吉田盛孝
 同         村上彦三  
 同         小松三樹三
 同         内藤彦太郎
 同         紣川藤喜知
 同         渡邊金治 
 同         加藤順  
 同         大野忠三
 同         篠原慶心
 同         大木精一
 同         高島齋次郎

    アンナ、スラヴイーナ 
    太郎冠者       合作
 第二 コメディー 薔薇の答  いらへ 二幕

 『序 プゝローグ 、佛國巴里 パリ― 、カフェー、アメリキャンの店頭』カフェーの内にて演奏する輕快なる音樂にて幕開けば、店頭の人道に並べたる卓子 テーブル には、幾組かの男女相對 むか ひて腰を下し、ボーイの運ぶ美酒佳肴 かかう に舌皷 したつゞみ を打ち、樂しげに打語らひ、美しき衣 きぬ を着たる人々洛繹 らくき として絶間なく徂徠し、都 すべ て世界の不夜城、花の都巴里夜景の一部を表はす、上手より巴里の名物、婦人帽子屋 モデイスト 、帽子箱を抱へ、褄 つま を取り、急ぎ足に出來る後 うしろ より、近眼の紳士、件 くだん の帽子屋の兩足の曲線美に引付けらるゝ如き態度にて、引添 ひきそ いて出來り、途中より引返 ひつかへ す帽子屋に突當り、思はず反身 そりみ になりて倒るゝ途端、後より來る人々に突當り一同将棋倒しとなりて打倒れる可笑味 をかしみ あり、勇ましき軍樂に連れ、佛國軍隊通過れば、一同ハンケチを打振り、歡呼の聲を上げて打騒ぐ處へ、富豪の子息ピエール駈來 かけきた りて見物し元來し道へ引歸さんとして、同じく軍隊に心を奪はれて路傍に立ちし夕刊賣 うり に突當り、持ちし玩具 おもちゃ を取落し、倒るゝ拍子に膝頭を擦剥 すりむ けば、夕刊賣は慌てて介抱し連 しきり に詑 わび を謂 い ひ居る處へ、ピエールの父フヰリップ夫人エレーヌと出來り、一圖 づ に夕刊賣が倅 せがれ の玩具に眼をくれし者と思ひ、少年を捉へて激しく打擲 ちょうちゃく し、遂には警官にも引渡さんとする時、少年の母なる往來の女アデール道樂紳士と共に出來り、此體 このてい を見て走寄りて我子を庇ひ、件の紳士の、身も心も捧げて、振捨てられし昔の戀人なるに驚き、詑 わび の印 しるし にとフヰリップ、フーシェが差出す、小切手を寸斷して叩き突くれば、フーシェは尚謂はんとして、ピエール連れ去られ、跡 あと にアデールは恥し気に我子ピエールに身の懺悔をなし、先程の紳士ピエールの誠の父にして、其子ピエールとは腹異 はらちが ひの兄弟なる事を明 あか し、親子の薄倖を嘆き不良少年アンドレー、ピカールが往來の女に取巻かれて出來るを見て、舊交を温 あたゝ むる振して其仲間に加はり、泣き顔を笑 わらひ に隠し、遂に嗜みし事なき強烈なる酒を呷 あふ れば、孝心深きピエールは始終母の身を案ずる事宜しく、幕ばアデールが憂 うれひ を紛らす悲痛なる歌にて閉ず。

  第一幕 

     巴里ホテル
      ベルヴューの一室

 一 新婚旅行の紳士
    ピエール、フーシェ  勘彌
 一 同    夫人ニナ   律子
 一 ホテル支配人
      ドルナン     柳藏
 一 同  事務員      彌好
 一 同  門番
      グユスターヴ   守藏
 一 使小僧ルシャン     小春
 一 女中マリー       ふく子 
 一 探偵          三吉
 一 巡査          喜藏
 一 同           玉次
 一 大賊ピエール
      フーシェ
     (一名幻)     勘彌
    帝國劇場管絃樂部員

 『第一幕、(序より十一年後)巴里ホテル、ベルビュヴーの一室』靜かなる音樂にて幕開くと、舞臺は暗黒にして、怪しき光現はれ、此處彼處 かしこ を照らしたる後、突然消滅し、人を案内する聲と共に、舞臺明るくなると、茲は旅館ベルヴューの客間となり、女中マリーを先に、新婚旅行のピエール、フーシェ夫妻、ホテルの事務員、荷物を持たる門番、使 つかひ 小僧ルシャン等入來り、夫婦は五月蠅 うるさ く附纏う下人等を退けたる後、女中マリーより、此頃巴里に幻 まぼろし と云ふ綽名の大賊 たいぞく 往行し、銀行又富豪を荒し廻り夫 それ が爲に今夜も、此ホテル出口は盡 ことごと く探偵の見張り居る事を聽き気味悪く思ひ乍らも、兎に角オペラ見物に出掛けんと、夫 おっと ピエールは新聞廣告を見る可く階下へ下 お り行き、夫人ニナは夫の着衣 きもの を出し、戸棚に掛けんとする時、戸は内より開かれて夫ピエールに寸分違 たが はぬ賊幻本名ピエール立居たれば、ニナは夫と思ひ近寄らんとするに、幻はそれは人違ひにて、自らお尋者 たづねもの の幻なる事を告げ、驚き逃げんとするニナを留 とど めて、探偵の眼を逃 のが るる可く、主人の着衣 きもの を貸さん事を求め、聽かずば命 いのち にも及ばんとする気配に、ニナも已むなく承諾し、幻が禮代りに置き行かんとする彼の着衣を受くるを拒み、盗賊 どろぼ よお禮を貰ふ樣な者にないと、激しく彼を罵れば、幻は辯解的になり、彼が如き泥棒を造りしは、冷酷なる社會の罪なりと、彼の母が富豪の若紳士に処處の操を破られ、素気なく棄てられたる後、其子の教育の爲に、往來の女と迄身を墮 おと し、一人前の人間とはなしたるも、冷酷なる社會は、彼が身許 みもと を云爲 うんい して、門戸を閉ぢ、落魄 らくはく に落魄を重ねたる極、世を呪ひ、人を詛 のろ ひ、復讐の手段として盗賊となりたれば、母は悲しみて水死したりと、幻と世に恐怖さるゝに至りし輕路を語れば、ニナは幻の我が夫と父を同じうする義兄のピエールなる事を知り、驚きは軈 やが て同情となり、瓜二つなる夫が幻と誤られ、警官に拘引され行きたる間に、一旦隠したる幻を箱戸棚より出し、幻を兄と呼び、同情の籠りたる言葉を以て人の世に疎 うと まれし時、何故に神樣の戸をば叩かざりしと、今迄耳に聽きし事なき温言を以て理を説けば、幻は聲を上げて慟哭し、正路に立歸りて、直樣自首す可き事を誓ひ、其證據には部下等に話して、彼が自首を無事に承知したる時は、白き薔薇、事の露現を恐れて、彼が命を取る場合には、赤き薔薇を送らんと約束して出行きしが、間もなく使小僧の持参せし薔薇の色の白なるを見て、ニナは気も狂はんばかり打喜び、嫌疑の晴れて放免せられし夫を、寝床へ休ませ、明日亡き父の墓を詣てゝ、件の花を供へんと謂ひ、天を仰いで神に感謝の祈祷を捧ぐ、幕。


喜劇 「唖旅行」 帝国劇場 (1914.10)

2020年05月21日 | 帝国劇場 総合、和、洋

      

 大正三年十月女優劇
 
    オツフエンバハ作 小林愛雄譯 ローシー指導
 第一 喜歌劇 天国と地獄 四場
      並木宗輔原作
      岡本綺堂脚色
 第二 時代劇 石橋山 二幕
      太郎冠者作
 第三 増補改訂 喜劇 唖旅行 四幕 五場
     Soda San in London  

  秋の劇壇を彩る 
  帝劇一流の花形
 女優劇の権威 オーソリテー
  =他では眞似られぬ獨特の長所=
    帝劇作者主任 二宮文學士談 〔下はその一部〕 

 第三 喜劇 唖の旅行

 これが女優劇の最も光彩ある出し物であって、作者は喜劇に一流の妙味を有した太郎冠者君だけに、見るから面白く、殊に其の帝劇で上演するために、特に増補し改訂せられて、出場俳優に嵌 はま るやうにせられたゞけに、役々の生きて活動する上に、すべてが眞に迫って居る、それに現代を背景としてあるだけ、見て實際が首肯 しゅこう され、而 そ して事實あり得べき事だけに、一層の感興が深いのである、     
 
 第三

  序幕 神戸港香取丸甲板の場

 一 大野富三郎    宗之助
 一 事務長      高麗之助
 一 井筒の女將お花  房子
 一 藝妓 繁男    嘉久子
 一 舞子 豆奴    早苗
 一 双田宇介     松助
 一 前島進      長十郎
 一 事務員      律子
 一 同        菊枝
 一 舵手       麗重
 一 同        宗右衛門
          國之助改
 一 船長       四郎五郎
 一 三等運轉手    錦吾
 一 日の出商會支店員 三幸
 一 西村手代峯吉   有平
 一 乗客 支那人   錦彌
 一 同  婦人    蝶子   

 一 事務員      澤右衛門
 一 同        柏木
 一 司厨長      錦五郎
 一 同        三代造
 一 水夫       服部
 一 同        櫛木
 一 同        石井
 一 靴直シ      しやこ六
 一 雑貨商      横藏
 一 端書や      桃次
 一 見送人      錦車
 一 同        にしき
 一 同        宗三郎
 一 同        宗彌
 一 同        三之助
 一 同        小島
 一 同        高田
 一 同        しづ子
 一 同        すみ子
 一 同        增野
 一 同        ふみ子
 一 乗客       松藏
 一 同        南部
 一 同        葉須
 一 同        小幡
 一 同        モリノ
 一 同        百合子
 一 同        麗子
 一 同        たかね
 一 同        喜久代
 一 同        せい子 

      長唄音樂師社中 

     太郎冠者作
 第三 増補改訂 喜劇 唖旅行 四幕 五場
     Soda San in London

 『序幕、神戸港碇泊香取丸甲板の場』舞臺一面大阪灣神戸港の光景にして、遙に摩耶、六甲の連亙 れんこう より、和田岬の燈臺を臨み、港内には帆檣 はんしょう 林立し、埠頭の大桟橋には、日本郵船會社の新造船香取丸は、一萬五百二十六噸 とん 山の如く堂々たる雄姿を横 よこた へ、將に歐洲航路に向はんとして、盛 さかん に煙を揚ぐ、歌劇式 オペレット の水夫歌にて幕上ると、乗客、見送人大勢右往左往し、別離を惜しむもの、嬉々として歸國の途に就くもの、荷物を持込むもの、甲板上一時に雑沓を極むる内 なか に日の出貿易會社倫敦支店長大野富三郎は、馴染の大阪藝妓 げいしゃ 繁勇 しげゆう 、南地井筒の女將お花、舞子豆奴、日本橋の羅紗問屋双田 さうだ 宇助の見送りを受けて出來 いできた り、別離を惜しむ繁勇が涙に、我乍 なが ら罪な事をしたと、天下一の色男となり濟まし、ダイヤの指環 ゆびわ を強請 ねだ られる事など宜しく、凡て大腹中の英國仕込の紳士風を發揮したる迄は宜かりしも、昨夜 ゆうべ の勘定より、神戸迄の見送りの汽車代、歸路 かへりみち の車代迄請求さるゝに及び、流石の色男も少々悲歡して了 しま ふ、繁勇等は大野、事務員丙丁を相手に日本タンゴを踊り、下船を促す銅鑼 どら の音に驚き、双田の既に降りたるものと思ひ、慌てゝ船を立去る、然るに愍 あはれ なる双田は少しも之を知らず、同じく乗客の一人なる前島進と云へる悲歌慷慨の士に、煙草の火を借りしが緒 いとぐち にて、彼が滔々たる日本人の海外発展策の演説に引込まれ、船の動き出したるも少しも知らず、一心に彼が説を傾聽するを、大野出來りて見て吃驚 びっくり し、双田に注意すれば、双田は半信半疑にて周圍 まはり の景色を眺め、 双『アッー大變だ、船が出ちまった!』 大『君何うする気なんです』 双『何うするゝ、是りや斯 か うしちや居 ゐ られない、オイ船 ふね 船長、小 こ 蒸気!待つて呉れ!人殺し!』 大『冗談言つちや可 い けない、双田さん、騒いぢや可 い かん』 双『デモ、豆奴、畜生おいてき堀、オイ船、船長を留 と めろ、待つて呉れ、オーイ』と狂気の如く荒廻り、遂に舞臺前の手摺 てすり より海中へ飛込まんとするを、大野、前島其他にて抱留る模樣にて幕。

  二幕 倫敦市ピカデイリー街
     モニコ料理店外の場

 一 猶太の紳士         石井
 一 同             岸田
 一 乞食音樂師         菅
 一 號外賣の小僧        銀杏
 一 モニコ料理店ボーイ     小治郎    
 一 同             柏木
 一 双田宇助          松助
 一 大道商人          宗右衞門
 一 同             三代造
 一 花賣娘           勝代
 一 同             靜枝
 一 捨子の母          壽美代
 一 田舎者の夫         錦五郎
 一 同   妻         重子
 一 巡査            幸四郎
 一 大道果物商夫        松山
 一 同    婦        はま子
 一 大野富三郎         宗之助
 一 芝居行の紳士        高麗之助
 一 同   夫人        蔦子
 一 ローズ、ビウフォルト嬢   律子
 一 リリー嬢          菊枝
 一 ヴァイオレット嬢      かね子

 一 兵卒            錦車
 一 サンドヰツチメン(廣告屋) しやこ六
 一 メッセンヂャボーイ(使屋) 宗彌
 一 靴磨の小僧         宗三郎
 一 女コック          愛子
 一 往來の紳士         南部
 一 同             小島
 一 同             高田
 一 同  婦人         磯代
 一 同             百合子      
 一 同             桂
 一 同             年枝
 
 『二幕目、倫敦 ロンドン 市ピカデイリー街、モニコ料理店兼酒店外の場』倫敦流行節の音樂にて幕明けば、正面下手寄に同市中最も賑やかなるピカデイリー街モニコ料理店の正面入口、及美しき内部を硝子越しに見せ、上手下手とも同所近隣火入の遠見、倫敦市中雑沓 ざつたう の夜景、料理店入口兩側の人道に、小形の白の蠟石製のテーブルを圍み、美酒に咽 のど を潤して談笑する紳士婦人數名、料理店に出入 しゆつにふ する男女、忙しく立働く給仕 ウエーター 、其他種々 さまゞ の通行人を出 いだ し、觀客をして宛然 あたか も身倫敦市中に在 あ るの思ひあらしむ、今しも料理店外に談笑中の甲乙二人の猶太 ジユダヤ 紳士、何やらん連 しき りに打興じ居る矢先に、一見ボヘミヤ人らしき乞食音楽師、ヴァイオリンを持って面前に立ち塞がり、怪しげなる聲を出して歌ひ立つれば、兩人は五月蠅 うるさ がり乍 なが らも、賭 かけ をなし、負けたる方は一片 ペンス を出して乞食を追返す、號外賣の小僧紳士が談笑に餘念なき隙を窺ひ、卓子 テーブル の下より手を出し、洋盃 コップ の酒をの飲干して遁 にげ 出せば、兩紳士は大に怒り、小僧を追ふて下手に入る、前幕の双田宇助船に降り場を失ひてより、儘 まゝ よと覺悟を極め、倫敦へ直行したるが、人込みの中にて大野に紛れ、四邊 あたり の雑沓にキョトゝして居る内、見知らぬ婦人より赤兒 あかご を預けられ、後に夫 それ が棄兒 すてご と知れ、大野の骨折にて漸 ようや く巡査に引渡す、大野が倫敦にての馴染みなるエムパイヤ座の女優ミス、ローズ。ミス、ヴァイオレット、ミス、リリー連れ立ちて出來リ、大野を見付けて色々と話しかけ双田が滑稽なる態度を笑ふ、されど彼の金滿家なるを聞くに及んで、忽ちに愛相 あいそ よくなりて、彼を取巻き、大野が繁勇のために指環を求めに行きたる間 ま に、双田の言語の通ぜざるに附込み、高價なるシャンペン酒を抜かせ、散財させ相場にて儲けたる時の記念にして、双田が命より二番目の指環を取上げる、大野立歸りて、此場の有樣に呆れ返り、澁々 しぶゝ に双田が爲に、勘定を立替をなし居る内、双田はポケットより煙草入れを取出し、刀豆 なたまめ の煙管 きせる にて煙草を吸付け其火を掌 てのひら に轉 ころが せば、今迄之を見物し居たる人々は總立ちなり、女優も思はず双田の手首を摑む、大野は驚き振返り双田は呆然として一同を見る模樣にて幕。

   三幕目 コスモポリタンホテル内
        同 双田寝室の場
          浴場入口の場

 一 ホテルの下男ジヤツク 麗重
 一 ホテルの女中メリー  日出子
 一 大野富三郎      宗之助
 一 双田宇介       松助
 一 ホテルの番頭     錦五郎
            國之助改
 一 露西亞人       四郎五郎
 一 ホテルのボーイ    麗三郎
 一 ホテルの召使     重子
 一 ホテルの小僧     小春
 一 佛國人        小治郎
 一 同 婦人       浪子
 一 ホテルの召使     蝶子
 一 年若き婦人      龍子
 一 老婦人        勝代
 一 宿泊人        宗右衞門
 一 同          錦吾
 一 同          三幸

 『三幕目、コスモポリタンホテル内、双田寝室の場』輕き靜 しづか なる音樂にて幕開けば、茲は倫敦中流ホテルの一室、室内にはホテルの女中メリー、下男ジヤックと巫山戲 ふざ け居る、メリーは蒼蠅 うるさ く附纏 つきまと ふジャックを打たんとして、運惡く入り來る双田の顔を嫌と云ふ程、撲り付け、面目無げに兩人は逃げて入る、後より續きし大野は、双田の室内にて素足なるに驚き、せめて上靴 スリッパー なりと穿 は く可きを勸め、今迄の失策 しくじり の爲に如何に迷惑したりしかを語り、何にも云はずに寝かせんとするに、双田は未 ま だ食事を濟さず、且つピカデイリー街 まち にて女優等に、エムパイヤー座見物を約束し置きたることを告げ、其前に是非一 ひ と風呂浴びんと強請 せが む、大野も已むを得ず、女中を呼び風呂の仕度を命じ、兎角日本人には風呂場の失策 しくじり 多き事とて、双田にも懇々と注意を與へ、尚ほ念の爲めにもと、自ら附添ひ風呂場へと行かんとするに、双田は日本の浴衣、兵児帯を取出 とりいだ し、其場にて着替へんとするをもて、大野は狼狽 あわて てそれを引つ奪 たく り、双田を睨む、双田の呆れて立つを見て、下女は思はず吹出す、此模樣無言にて幕。
 『同、浴場入口の場』舞臺は凡てホテル二階廊下浴室外の模樣にて幕開 あ くと、色々なる宿泊人の出入ありたる後、下女メリーの案内にて、大野に附添はれて双田出來り、浴室の扉 と の一旦締りたる上は、外よりは開かざる事を、大野より注意されて内に入 い り、衣類は其儘廊下に脱ぎ置きたる爲めに、他の下女に持去られ、日本手拭を持ち來らんと、外へ出たる拍子に、戸は内より固く締りて、最早開かず、若き婦人下より昇り來りて、双田が異樣の扮装 いでたち を見て、金切聲を上 あ ぐれば、之を聞き附けて、ドヤゝと人の駆付け來る足音に、双田は愈々狼狽し、度を失ひて他の部屋へ飛込めば、客は烈火の如く怒りて、双田を抓み出し、ホテルの人々總出となりて双田を捕へんとすれば、双田も今は絶対絶命、夢中になって駈廻り、遂に自分の部屋の鴨居へと飛上ると同時に、大野狼狽 あはて て、扉を開けば、双田の兩足に胸を蹴られ、尻餅を搗 つ きて呆れて見上げる、此模樣宜しく大騒動の體 てい にて幕。

  四幕目 
   エムパイヤ座演藝の場

 一 大野富三郎     宗之助
 一 双田宇介      松助
 一 見物の老紳士    錦車
 一 同  老夫人    澤右衞門
 一 場内案内の女    錦彌
 一 佛國下層社會の男  ローシー
 一 同   その情婦  ミセス、ローシー
 一 下層社会の男    淸水
 一 同   その情婦  信子
 一 日本將校      律子
 一 同 旗手      かね子
 一 英國將校      菊枝
 一 同 旗手      蝶子
 一 米國將校      はま子
 一 同 旗手      日出子
 一 露國將校      勝代
 一 同 旗手      蔦代
 一 佛國將校      嘉久子
 一 同 旗手      壽美代
 一 白國將校      房子
 一 同 旗手      龍子
 一 平和の女神     宗彌     

 一 バーの女      磯代
 一 同         モリノ
 一 同         百合子
 一 同         桂
 一 同         せい子
 一 米國黑奴      石井
 一 同         柏木
 一 同         南部
 一 同         小島
 一 同         松山
 一 同         高田
 一 同         岸田
 一 同         菅
 一 日本兵士      せい子
 一 同         愛子
 一 同         小春
 一 同         京子
 一 英國兵士      桂
 一 同         磯代
 一 同         八千代
 一 同         八重子
 一 米國兵士      ふく子
 一 同         薫
 一 同         たかね
 一 同         喜久代
 一 露國兵士      玉枝
 一 同         歌子
 一 同         年枝
 一 同         百合子
 一 佛國兵士      みね子
 一 同         靜枝
 一 同         重子
 一 同         早苗
 一 白國兵士      すみ子
 一 同         照子
 一 同         しづ子
 一 同         モリノ

       帝國劇場管絃樂部員

 帝國劇場洋樂部員

 第一 ヴアイオリン 荻田十八三
 同         吉田盛孝
 同         山崎榮荻次郎
 第二 ヴアイオリン 佐藏忠恕  
 同         渡邊吉之助
 同         小松三樹三
 ヴイオラ      蛯子正純  
 同         紣川藤喜知
 セロ        内藤常吉  
 同         村上彦三
 バス        荒木茂二郎 
 同         内藤彦太郎
 フリユート     横山國太郎
 オーボエ      八尾五郎
 クラリネツト    横須賀薫三
 同         大野忠三
 ホルン       吉田民雄
 同         篠原慶じ 
 トロンペット    吉田竹二  
 同         加福一雄
 トロンボン     加瀬順
 ドラム       渡邊金治

 『四幕目、エムパイヤ座演藝の場』舞臺正面にエムパイヤ座の舞臺を見せ、上手下手共に二階造 づくり の金碧燦爛たる桟敷を設け、凡てエムパイヤ座幕開き前の光景、微醉 ほろよい 機嫌の双田宇助、大野に案内されて桟敷に現はれ、場内の美事なるに打驚き、大聲を出して話し掛くれば、大野は穴へも入りたき心地にて、双田を靜むる内、幕開 まくあ きとなり、演藝の第一は『ダンス、ザパッシュ』と稱すると佛國下流社會居酒屋の内部を描ける無言的舞踏となり、居酒屋の内にはバーの女を相手にに數人の男飲酒し、女と共に舞踏する事宜しく、次 つい で男女二人打連れ入來り、座す可き空席なきを見、 一隅に居る一人の男の肩を叩き立去れと命ずれば、件 くだん の男は怒って立上り、既に喧嘩とならんとする時、人々出來り、男を宥 なだ めて別室へ導く、更にミセス、ローシーの扮せる一婦人、其夫を探しに出來り、茲に在らぬに失望すれば女連れの男は、之を見掛け、其仲間に引入れんとす、されど其婦人は之を斷りて上手へ行く、間も無く婦人の夫にて、ローシーの扮する一無頼漢、獰猛なる顔色 がんしょく にて入來り、婦人の茲に來り居るは、彼 か の男と密會する爲なる可しと嫉妬し、先づ其男を撲 なぐ り付け、次いで女房を捕へて散々にこずき廻し活劇的舞踏乃ちダンス、ザパッシュを演ず、演藝の第二は『ニグロース、クーン、ソング、エンド、ダンス』にして南米の廣漠たる小麥畑を背景として、黑奴男女の可笑 をか しき歌唱と舞踏とを見せ、更に第三に至りては『武装的平和 アームド、ピース 』とを題し、女優の扮する日、英、米、白耳義 ベルギー 、佛、露の陸軍々人、軍装美々しく、聯隊旗を翻 ひるがへ し、オーケストラの奏する各國々歌に從ひ入來り、勇壮なる分裂式を行ひ、平和の女神天の一方に現はれて、此場に神嚴を加ふ、此間双田は大野より雙眼鏡を借り、女優の中 うち にローズ其他の交り居るを見乗出して見物する内、過って雙眼鏡を取落し、夫 それ を取らんとして桟敷より吊下 ぶらさが れば、一同驚きて双田を見る此模樣宜しく幕

 なお、上の写真の一番右は、絵葉書のもので、下の説明がある。

 (帝國劇塲喜劇唖旅行) 神戸港碇泊香取丸甲板の塲


喜歌劇 「天国と地獄」 帝国劇場 (1914.10)

2020年05月20日 | 帝国劇場 総合、和、洋
    

 大正三年十月女優劇

      オツフエンバハ作 小林愛雄譯 ローシー指導
 第一 喜歌劇 天国と地獄 四場
      並木宗輔原作
      岡本綺堂脚色
 第二 時代劇 石橋山 二幕
      太郎冠者作
 第三 増補改訂 喜劇 唖旅行 四幕 五場
     Soda San in London   
 
 第一

  第一幕 テエバ附近牧場の場
       天国の場
  第二場 地獄鬼の邸内の場
       地獄の午餐会の場

 一 牧人     (アリステウス)(後にプルトー) 石井林郎
 一 音楽院長   (オルフォイス)         松山芳野里
 一 音楽院長の妻 (エウリデイーチェ)       原のぶ子
 一 輿論                        春日桂
 一 主の神    (ジユピター)           清水金太郎
 一 主の神の妻  (ユノ)              湯川照子
 一 地獄の鬼の下僕(ジョンスティック)       南部邦彦
 一 神の使    (メルクリー)           高田春雄
 一 眼の神    (モルフォース)         柏木敏
 一 戦の神    (マーチ)             岸田辰彌
 一 獵の女神   (デイヤナ)           天野喜久代
 一 愛の女神   (ヴエヌス)           花岡百合子
 一 愛の使    (クピツド)            澤モリノ
 一 智慧の神   (ミネルバ)           中山歌子
 一 地の神    (チベーレ)            石神たかね
 一 永遠青春の女神(ヘーベ)           河合磯代
 一 海の神    (ネプチューン)         小島洋々
 一 日の神    (アポロ)             菅雪郎
 其他諸々の神
    帝国劇場管絃楽部員

    オツフエンバハ作曲 小林愛雄譯 ローシー指導
第一 喜歌劇 天國と地獄 四場

 『テエベ附近牧場の場』

  音楽院長オルフォイスの妻は歌ひ乍 なが らその恋人なる牧人の前に花束を作り居る所へ音楽院長オルフォイス出て来り大に立腹して忽 たちま ち夫婦喧嘩となり、とど双方承知の上離縁といふことになり、音楽院長は退場すると、その妻の恋人の牧人(実は地獄の鬼)現はれ、音楽院長の妻と野を歩く折しも、音楽院長の仕掛けた蛇のためにその妻は足をかまれる。この時舞台は暗くなりて牧人は鬼の正体を現はし、音楽院長の妻を地獄へ伴つて退場、此に音楽院長出て来り妻の不在を喜び、早く己 おの が情人にこの事を知らせんとする所へ、輿論現はれ、天国へ行き主の神に妻を帰してもらへと命令する、院長は詮方なくその命令に従ひ両人共に飛行機に乗つて天国へ急ぐ件 くだり にて幕。

 『天国の場』

  諸神一同眠れる所へ鐘鳴り皆目を覚ませば、獵の女神出て来るに、主の神は獵の女神の不品行を責める。所へ神の使現はれ地獄の鬼の来訪を告げる。主の神は、弟の地獄の鬼が、地上より音楽院長の妻を奪ひ去りし事を責める折しも、諸神は天国の食物の悪しきに立腹して騒乱を起し攻め寄せると、鬼はこれを煽動する。此に主の神は一同の前に鬼の罪悪を告げれば、二三の神及鬼達交 かは るゞ主の神の悪徳を笑ふ。所へ輿論は音楽院長をつれて出て来り地獄へ行つてその妻の取戻しを請求する。主の神これを許可し諸神と共に地獄行と決定すれば諸神は乱舞して喜ぶ件 くだん にて幕。

 『地獄の鬼の邸内の場』

  元の音楽院長の妻は地獄の退屈を忍び兼ねてゐる所へ、鬼の家僕登場して口説けども応ぜず、所へ主人の鬼の帰館となり、音楽院長の妻は逃げ隠れる、主の神入り来り名刺を置いて退場したる後へ、音楽院長の妻出でゝ主の神が救ひに来りしを喜ぶ折から、主の神は一羽の蝉に化けて現はれ、音楽院長の妻は嬉しげにこれに戯れる、とゞ蝉は主の神なる由 よし を告げ二人にて逃れ出る、鬼は蝉の在処 ありか を家僕に問へど要領を得ず、鬼は怒つて家僕を土の下へと踏み落す、家僕は歌ひ乍ら奈落へと沈んで行く件にて幕。

 『地獄の午餐会の場』 

  諸神及酒の巫女の姿をしたる音楽院長の妻等は盃を揚げて酒を飲む。主の神は音楽院長の妻を伴ひ逃げ出さんとする時、輿論と音楽院長と現はれて妻を返せといふ。主の神は院長に向ひ「返すけれども條件がある、おまへは先に立つて決して妻を振返つてはならぬ、もし振り返れば妻を失ふぞ」といひ、音楽院長の行くを見済 す ます後 うしろ より足にて蹴れば思はず院長は振り返る、とその妻は主の神にとられて仕舞ひ、一同やんやと踊り狂ふ見えにて幕。

  秋の劇壇を彩 いろど る 
  帝劇一流の花形
 女優劇の権威 オーソリテー
  =他では眞似られぬ獨特の長所=
    帝劇作者主任 二宮文学士談〔下はその一部〕

 第一 喜歌劇 天國と地獄 

 といふ洋劇で、クレミウが作にかゝるオツヘンバツハ曲を小林君が譯され、帝劇専属の洋劇部員によつて演ぜられるもので、斯界の名手たる譯淸水金太郎君が声楽の天才家原信子嬢と中心に立つて、部員一同と総出で演ずるから、舞台面の変化が自由に作用されて、テエベ附近の牧場も天国たるオリムプス山上も、地獄の鬼の邸内も、地獄の午餐會も、すべて斯もあらうかと想像せられ得るだけに仕立てられて居る、そこへ名手が独特の妙技を振つて、作の全体を活躍させる邊 あたり は、他に真似も出来ない點であらう、

 なお、上の写真の一番右は、絵葉書のもので、下の説明がある。

 帝國劇塲(大正三年十月興行)喜歌劇(天国と地獄)地獄のご午餐會の場

喜歌劇 「マスコット」 帝国劇場 (1913.9)

2020年05月15日 | 帝国劇場 総合、和、洋
  

 大正二年九月狂言

     佛國、シボー、デユリユー合作
     二宮行雄抄譯 ローシー指導
 第一 喜歌劇 マスコット 三場 
     山崎紫紅作
 第二 史劇  三七信孝  三幕
     右田寅彦脚色
 第三 祖父は山へ柴苅に 楠昔噺 二幕
    祖母は川へ洗濯に
 第四 浄瑠璃 一樹蔭雨合綠 一幕

 第一

   第一場 ある田舎の農場
   第二場 ピオムピノー宮殿
   第三場 森林中の露營

 一 コッコー        柏木敏
 一 百姓男         服部曙光
 一 同           原田潤
 一 同           大勢
 一 百姓女         大勢
 一 ピッボー 牧羊者    淸水金太郎
 一 ベッチーナ       河合磯代
    田舎娘所謂マスコット 
 一 アンゼロ 小姓     小島洋々
 一 ローレント十七世    南部邦彦
    ピオムピーノ公爵
 一 皇女フィアメッタ    大和田園子
 一 ピザの皇太子      菅雪郎
    フリッテリニ
 一 廷臣          大勢
 一 貴婦人         中山歌子
 一 同           湯川照子
 一 同           石神たか子
 一 同           大勢
 一 ボヘミヤ人ビアンカ   澤美千代
 一 宿屋の主人マテオ    石井林郎
 一 アントニオ中尉     松山芳野里
 一 男女兵士        大勢
     帝國劇場管絃樂部員
     竹内平吉指揮

    佛國、シボー、デユリユー合作
    二宮行雄抄譯 ローシー指導  
 第一 喜歌劇 マスコット 三場

 『第一場、さる田舎の農場』幕開くと舞臺は都 すべ て葡萄収穫祭の折にして、ロッコーと云へる農夫は、打續いたる災難に弱り果て、救 すくひ を兄に求むると、兄なる人は、七面鳥の世話をする女のベッチーナと云ふものを送り、此女こそ運勢を引付ける、世にも不思議の魔力のある福の神乃ちマスコットなれば、自然に幸福なる身分になる事が出來ると告げ、追々其效驗 しるし が現はれ來る、茲へ此ピオムビノーの領主ローレント十七世と云ふ、運の甚だ宜しからざる王様が、狩場の歸途 かへりみち 皇女フィアメッタ、皇婿フィリッテリニを從へて通り懸り、ロッコーがマスコットを有 も てるを見、權威を以て、ロッコー諸供 もろとも 我が宮廷 やしき に連れ行けば、ベッチーナの愛人牧羊者 ひつじかひ のピッポーは之を奪ひ還さんと思ひ、竊 ひそか に宮中に入込む。
 『第二場、ピオムビノー宮殿』歸館後ローレントはベッチーナを伯爵夫人、ロッコーを侍從長となして世の人口を防ぐ、マスコットの魔力は、傳説によれば、思ふ男と結婚する時は忽ち消え失すると云ふ、故にローレントとロッコーは、極力ピッポーをベッチーナより遠ざけんと謀る、ピッポー巧にサルタレロ一座の俳優に變装して、ベッチーネナに近づきしも、事露顯 あらは る、ローレントはマスコットのベッチーナがピッポーと結婚して、其效力を失ふ可きを恐れ、皇女フィアメッタが同じくピッポーを慕へるを見、ピッポーを公爵となして娘との結婚を許し、ベッチーナとの仲を割く、フリッティリニは、ローレントが恣 ほしいまゝ に約束を破棄せしを怒って、戰 たたかひ を宣し、兩國茲に戰端を開く。
 『第三場、森林中の露營』ピッポーは巧にベッチーナを盗み出し、携 たづさ へてフィリッテリ方に投じ、ローレント方負戰 まけいくさ となる、ローレント、フィアメッタ、ロッコーと、田舎廻りの音樂師に變装し、兩人の行方 ゆくへ を尋ね、フィリッテリニの陣中に來り、捕虜となる、されどフィリッテリニはフィアメッタに悔悛の狀現はれたるを見、罪を許して妻となし、和議を結び、ベッチーナはピッポーと結婚して、新 あらた なるマスコットを生む事となり四方目出度く局を結ぶ。

 帝國劇場洋樂部員

 第一 ヴアイオリン 山崎榮三郎 
 同         小松三樹三 
 同         荻田十八三
 第二 ヴアイオリン 吉田盛孝  
 同         佐藏忠恕
 同         吉野俊夫
 ヴイオラ      蛯子正純  
 同         紣川藤喜知
 セロ        小林武彦  
 同         内藤常吉  
 同         村上彦三
 ダブルベース    荒木茂次郎 
 同         内藤彦太郎
 フリユート     横山國太郎
 オーボエ      八尾五郎
 クラリネツト    横須賀薫三 
 トロンペット    小田越男  
 同         吉田民雄
 トロンボーン    木村仙吉
 チンバニー     渡邊金治

「羽衣会第一回公演」  帝国劇場 (1922.2)

2020年05月01日 | 帝国劇場 総合、和、洋

    

   大正十一年二月廿六日、廿七日、廿八日
   三日間毎日午後正五時開場

 羽衣會第一回公演番組

     帝國劇場


   岡鬼太郎氏 作歌
   杵屋佐吉氏 作曲
   小室翠雲氏舞臺装置
 第一 舞踊 潯陽江 一幕

   本居長世氏 作曲
   久保田米齋氏舞臺装置
 第二 童謡 移り行く時代 一幕 五場

  故杵屋正次郎氏  作曲
   久保田米齋氏舞臺装置
 第三 古曲 月顔最中名取種 一幕

   本居長世氏 作詞作曲
   田中良氏舞臺装置
 第四 樂劇 夢 一幕

   坪内逍遥氏 作歌
   吉住小三郎 杵屋六四郎 兩氏 作曲
   松岡映丘氏舞臺装置
 第五 舞踊 鉢かづき姫 一幕

  京橋區木挽町三丁目三原橋際
    羽衣會事務所
  劇場 
    帝國劇場

 羽衣會 第壹回 公演

 ・潯陽江に就て ‥‥‥ 岡鬼太郎
 ・同 役割
 ・潯陽江梗概
 ・同  出演樂員
 ・移り行く時代役割
 ・同     梗概
 ・童謡の舞踊化 ‥‥‥‥ 木村錦花
 ・月顔最中名取種役割梗概
 ・同      出演樂員
 ・月顔最中名取種考 ‥‥‥ 渥美淸太郎
 ・「夢」の舞臺のあくまで ‥‥‥ 本居長世
 ・「夢」の役割
 ・同  梗概
 ・同 合 團管絃樂部員
 ・鉢かづき姫について ‥‥‥ 坪内逍遥
 ・同    役割、梗概
 ・同    出演樂員

  中村福助

  坂東三津五郎
  市村龜藏
  尾上榮三郎
  中村福之丞
  坂東羽太藏
  市川七百藏
  坂東羽三郎
  中村翫右衛門
  尾上鐘造
  坂東三津之丞
  河原崎長十郎
  市川桔梗
  中村時藏
  市川猿之助

 本居長世作詞作曲
 第二 移り行く時代 一幕 五場

  第一場 奈良三笠山の場

 中古時代。短き前奏の中に幕あく。靑く柔らかな草の上に、童が十人胡坐して遊んでゐる。 〽ひとふた、みいよう、いつむう、なゝやあ、こゝのとう、もゝちよろず‥‥‥の唄につれて、一人つゞ立って舞ってゐる。その唄の終った時、巫子四人つゞ眞榊と鈴とを持って上手と下手から出る。春日の山の眞榊を、折りかざし遊ぶ子等。めぐしたが子ぞ家告らせ‥‥‥の唄に、童達は下へおりて舞ってゐる。 〽家を告れとは笑はしや、誰が子と聞くも笑はしや‥‥‥と巫子の唄がつゞいて、それが消えても、音樂だけは聞えてゐる。その中に巫子は靜々と去って行く。
           (背景替る)

  第二場 京都郊外の場

 平安朝時代。上加茂あたりの景。こゝに前場の童達が、そのまま居殘って唄ってゐる。 〽からすゝからす、かあゝからす、お寺の屋根から森の中へ、かへるからすかあゝからす‥‥‥の唄の間に、だんだん黄昏れて、夕闇が濃くせまってくる。雪がちらちら降りはじめる。童達はそれぞれの家へ皈ってゆく。上手より二人の童が、寒さうに兩手を口によせて溫めながら來る。 〽ふれふれ小雪、つもれゝ木の股に‥‥‥と唄の聲が聞える。四邊はいよいよ暗くなって、やがて眞の闇黑。
 暗い、黑い闇に、雪がしきりに降ってゐる。二三人つゞ童が來る。その眞中に怪しさうな爺が一人立つ。 〽大雪小雪、雪のふる晩に誰か一人、あっち行っちや‥‥‥と子供の唄に、怪しい爺も、 〽なく子を貰はう、寝ない子を貰はう‥‥‥と唄って、童達を追ふ。童達は追はれながら去る。(幕)

  第三場 神田社頭の場

 徳川時代。華やかな前奏の中に幕あく、子供が大ぜいゐる。 〽これは何處の細道ぢや‥‥‥と唄ひながら遊んでゐる。それがすむと、つゞいて 〽向ふ横町のお稻荷樣へ‥‥‥の唄になって、面白さうに遊んでゐる。やがて祭禮の衣裳をつけた子供達が、山車を引いて賑かに出て來る。 〽江戸の生粋、神田の祭、わたしや神田の唄人よゝ、江戸まつりヨイゝゝ‥‥‥の唄で、華やかに、賑かに、江戸祭の總踊になって、暗轉。

  第四場 プラットホームの場

 現代。からんゝと停車場の振鈴が鳴る。ぱっと電気がついて明くなる。停車場のプラットホーム、その後に海が見える。五六人の小兒が一列にならんで汽車ごっこして遊んでゐる。一人は車掌のつもりで、少し離れて立ってゐる。車掌呼笛を吹く。気鑵車となった先頭の子供が汽笛を吹くと共に、音樂が始って、その汽車が徐々と進行を始める。 〽汽笛一聲新橋を、早やわが汽車は離れたり、愛宕の山に入りのこる‥‥‥の唄で、やがて品川に着いたらしい。「品川々々、五分停車品川品川」と驛夫の呼ぶ聲がする。物賣りの聲も聞える。また振鈴が鳴って、車掌は呼笛を吹く。汽車は靜かに進行を始める。 〽梅に名を得し大森を、すぐれば早も川崎の‥‥と唄はつゞいて、とうたう汽車は横濵驛に着く。こゝでは御辨當サンド井ッチ、お茶などを賣りに來る。また汽笛が鳴って、汽車は動き出したが先頭の汽鑵車はノロゝとして進行しない。「どうしたんだい、汽鑵車、しっかり發車しないか」と驛夫が怒鳴ったが、汽鑵車は、「僕もう疲びれて、お腹が減って駈けられないのだもの」と元気がない。車掌は困ったやうな顔をして、汽鑵車に故障が出來たからといって、一同に降りてくれるやうに賴んだ。こゝまで進行してきた汽車ごっこも、これで止めになった。「急ぎの旅だのに、汽車が故障で閉口だなァ、諸君、仕方がないから、こゝから駈けっこで行かうよ」と駈てけ入る。

  第五場 上野公園の場

 櫻が咲きみだれて美しい。上手より兎の姿になった小兒達が、大ぜい駈けてきて、後をふり返りながら、 〽もしゝ龜よ龜さんよ、世界の中にお前ほど、歩みの遲いものはない‥‥‥と唄ってゐる。そちらから龜の姿をした小兒が大ぜい來る。のそりのそりと遲い歩み方。龜と兎の姿が、面白く可笑しく踊りあってゐる。(幕)

 『夢』の舞臺のあくまで
        本居長世


 この歌劇『夢』を書いたのは、今から十年ばかり前です。或る夜、私は夢にヒントを得て、異常なる感興の下に、直に奇怪極る一種の傳説風なものに纏めて、脚本を創作し、それから作曲にかゝって兎に角、半月ほどの間に書きあげました。さうして年の暮の忙 せわ しい時に、如月社同人の手によって試演が行はれましたが、時間その他いろいろの事情のために、劇中の一部を演出したに過ぎませんでした。その後、この脚本は私の本箱の底に秘められて、今日に及んだのであります。
 今回、中村福助氏のために羽衣會が成立して、同會の木村錦花氏から是非にもこの『夢』を福助氏のために上演させてくれるやうにとの交渉を受けました。私としては若い時代の作であって今の眼で見てゆくと稚気がありますから、再三辭退したのですが、若い時代の創作といふことを條件にして見て頂ければ、そこに私としての若々しい感激もあれば、またまっしぐらに行進しやうとした努力もあると思ってゐますから、それを若い福助氏の新らしい舞踊運動の第一歩に試みて貰ふことはまったくふさわしいと思ひまして、こゝに上演することになったのであります。
 そんな譯で今の私としては、この脚本に飽きたらないところがありますから、多少の改竄 かいざん を加へたいとも思ひましたが、一面から考へますと、たとへそれが拙劣であるとしても、創作當時の感興そのものを今更に補綴 ほせつ して、それを破壊してしまふのは忍びませんから、そのまゝ上演することにいたしました。即ち脚本に於ては一言一句、樂曲に於ては一音一符、少しも改めません。
 それからこれは歌劇として書いたものですから、舞臺の上で演技者が歌唱することを必要としてゐますが、今回の演技者は舞踊と臺詞 せりふ だけを演じて、合唱獨唱は蔭から歌唱させることにしましたから、豫め御承知を願ひたいと思ひます。 この上演に際しても、時間その他の事情のために、劇全部を演出することの出來ないのは、甚だ遺憾であります。この劇をつくりあげた傳説としては、むしろ前半に生命を有してゐるのですが、今回は後半が上演されるのですから、この劇を御覽になるお方は、まづ幕のあく前に、どうぞ次ぎの梗概を読んで頂きたいと存じますそれは斯 か うです。
 往昔 むかし 、或る處に左京右京と呼ぶ二人の男性がありました。神の惡戲か、二人とも通稱を鏡之助と呼んで、全く同樣の人間でした。ただ右京左京の名に區別のあるやうに、その運動に際して、左京が左する時は、右京は右するといったやうな差異だけはありました。このために二人は、現世に於て遭遇する機會がありませんでした。自分と同一の人間が、他處 よそ に實在してゐるといふことは、相互で知らなかったのです。
 こゝに神の惡戲は、更にお京と呼ぶ美しい女性をこの二人にからむべく生れさせたのです。お京は右京左京の兩人を處 ところ を異 こと にして知って、遂に焔のやうな戀を抱くことになりました。お京は二人に對して至上の愛着を感じてはゐたが、二人のあまりに似ているために、何れに身と心とを寄せることも出來ませんでした。その苦しい運命の翻弄 ほんろう に悶えて、とうたう深い淵に身を沈めて、この世を去ってしまひました。
 お京のその苦しい心を知らなかった二人は、近頃どうしてお京の姿が見えないのか、不思議に思ってゐました。さうして懐しい顔を見ることが出來ないのを寂しく思ってゐました。時は過ぎてゆきました。やがて二人はお京の死に心づきました。二人はどんなに悲しんだでせう。人世 じんせい の果敢 はか なさを感じて、とうたう二人は山深く入って出家得道の途 みち につきました。
 神のなした宿世 しゅくせ の不思議は、法 のり の道をゆく二人に、再び不思議を與へました。それは即ち鏡圓といふ法名が、また一致したことです。この二人の鏡圓は、その後、山から山へ、寺から寺へと、ひたすら亡きお京の冥福を祈ってあるく行脚 あんぎゃ の身とまりました。
 月の圓 まど かな秋の或る夜、二人は深山 みやま の奥にて、ゆくりなくも左右より邂逅しました。二人は始めは己れの姿の反映かと思ひましたが、次ぎの瞬間に、この世に唯一人と思ってゐた自分と同じ人間が、今、眼の前に實在してゐることを知って驚かずにはゐられませんでした。あまりの不思議さに、二人の胸は愕 おどろ き顫 ふる へました。さうしてお京がこの世から去った原因も、期せずして釋然と了解しました。二人は右京左京といふ互の俗名を名乗りあったのみで、他は無言の中に意味深き目差 まなざ しを交 かは して、永久に右と左へ別れてゆきました。
 今回舞臺の上に演出されるのは、これから後の物語です。その後、右京は或る山に入って、おぼろ月に花が霞んで白く散る夜、峯のお寺の梵鐘の音に引きつけられて、うつらうつらとなった刹那、夢ともなく幻ともなく一場の幻影を見ました。ちようどその日、その時、左京も何れかの山奥で、やはり全く同じ幻影を見てゐました。--これは詳しい梗概が別に添へてありますから、これで止 とゞ めておきます。どうぞ、それをもお讀みなすって、舞臺の幕のあくのをお待ち下さい。

 本居長世氏作詞作曲
    一幕

 若き僧 鏡圓  福助
 所化  行念  翫右衛門
 同   頂念  長十郎
 老いたる僧了觀 七百藏
 役僧  了順  梅次
 同   祐觀  千化壽
 歌ひ女 お京  榮三郎

 〔梗概略〕

 (夢)合唱

   ソプラノ 長澤よね子
   同    三笠秋枝
   アルト  相馬たづ子
   同    相田まつ子
   テノール 千葉榮三
   同    水原保定
   バス   大牟田愛作
   同    矢部五郎
   ソプラノ 瀨野伊都子
   アルト  飯野今子
   テノール 伊藤小四郎
   同    小島虎之助
   同    菊池武夫
   同    荒川新二
   同    本間資高
   バス   藤英之
   同    石橋太郎
   同    鹽澤三之助
   同    黑田光明

        本居みどり
        本居貴美
   指揮者  本居長世
   補助   三宅延齢

  帝國劇場管絃樂部員

    樂長  永井建子
    部員  山崎栄次郎
        萩田十八三
        吉田盛孝
        村上彦三郎
        内藤彦太郎
        紣川藤喜知
        渡邊金治
        大野忠三
        篠原慶心
        大木精一
        齋藤長七
        神山梧平 


黙劇 「金色鬼」 帝国劇場 (1914.6)

2020年04月28日 | 帝国劇場 総合、和、洋
         

     大正三年六月狂言

     右田寅彦新作
 一番目 時代世話劇 靜御前古塚緣起 三幕 四場

 帝劇一流の新しい気分に
 更に新しい機軸を加へし
   六月興行の舞臺
          帝劇作者主任  文学士  二宮行雄氏談 〔下は、その一部〕

 大切 おほぎり としての黙劇『金色鬼 ゴールデンモンスター 』は、帝劇のオペラ、ダンスの指導者たる、斯界の權威 オーソリテー 、ロンーシー氏が自から作り、自から指導した最も新しい気分を以て滿たされたもので、帝劇専属の管絃樂 オーケストラ 部員の妙調と相待って、外に類と眞似の出來ない、研究すべき一大新試演ともいふべきものであって、變幻の巧 かう を極めた、一流の舞臺面が、五場となって遺憾のない處までを演じ盡 つく されるので、近來にない大芝居であると思ふ。 

 中幕 (一日替)時代劇  鎌倉三代記 一幕

 中幕 (一日替)時代劇 岸姫松轡鑑 一幕
     
 浄瑠璃  戻駕 一幕

 大切
      
 一コロムビーナ   マダム、ローシー
 一ピエロット    ミスター、ローシー
 一アレキーノ    石井林郎
 一プルートォ    原信子
 一パンタローネ   柏木敏
 一金色鬼      高田春雄
 一トニオ      淸水金太郎

 一妖精       
 一妖婆       男女洋劇部總出
 一百姓男女
 
 前以て下記筋書御一讀の上此の黙劇御覽被下候はゞ一層御興味相增し可申と存候

     ローシー作並に指導
  大切 黙劇  金色鬼 五場

 『第一場』舞臺は凡て地獄の神プルートォが住居 すまゐ の光景にして、中央に大なる釜あり、之を繞 めぐ って妖婆の一群、マカブラと稱する怪し気なる舞を舞ふをプルートォは王座に椅りて眺め居る、舞の終る頃アレキーノと云へる若者、突然人間界より墜落し來り、プルートォの王座にあるを見て、其不幸なる戀に同情し、愛人コロムビーナが父の心を變ぜしめん事を求む、プルートォ承諾し、部下の怪物金色鬼を呼出し、人間界に赴きアレキーノを助けて愛人と結婚せしむ可きを命ずれば、金色鬼はアンキーノを拘 かゝ へて飛去り、幕は妖婆の演ずる地獄の舞を以て閉ず。
 『第二場』舞臺はコロムビーナが父パンタローネが住居の座敷にて、トニオといふ富裕なる農民訪ね來り、深く心をコロムビーナに寄せ居る事を語り結婚を申込めば、パンタローネは喜びて承諾し、下僕 しもべ ピエロットにコロムビーナを呼來らしめ、トニオを紹介し、其來意を告ぐるに、コロムビーナは且つ驚き且つ怒り、席を蹴立てゝ立去れば、パンタローネは呆気に取られたるトニオを慰め、娘を説得せん事を約し、祝言の日取を定めて雙方別れ去る。
 『第三場』茲 ここ は百姓家の外部にして百姓の男女大勢の科 しぐさ 宜しくあって、パンタローネ、コロムビーナ、ピエロット出來 いできた れば、トニオは花束を持ちて出來り、コロムビーナに捧ぐるに、コロムビーナは腹立し気に、花束を引つ奪 たく り、夫 それ にてトニオが顔を引つ擦 こす り、其儘其處に抛り出して、家の中へ駈込めば、之を見たる一同は、ドッと聲を擧げて打笑ふパンタローネは再び面目を失ひ、娘の心の勝 すぐ れざる故なりと間に合せの詫 わび を謂ひ、トニオを案内して内に入る、男女一同はタムバーリン、ダンスを踊りて引込む後へ、金色鬼はアレキーノと出來り、パンタローネが家の戸口に行きベルを鳴らしピエロットの出來る隙を窺ひ内へ忍入る、コロムビーナ出來り、アレキーノを見て其腕に縋附 すがりつ く、ピエロットはコロムビーナを探して出來り、此有様を見て驚き、コロムビーナを引立て行かんとするに、アレキーノは隠し持った棍棒にてピエロットを撲 なぐ り付け、家へ追込み、同時に乞食の姿と變ず、ピエロットがパンタローネとトニオを引連れ、銘々大なる棍棒を提 ひつさ げて出來るに、アレキーノにはあらで、救 すくひ を求むる乞食を認め、トニオはコロムビーナが歓心を得んが爲に、金財布を拂 はた く可笑味 をかしみ あり、パンタローネに伴はれて内に入る、ピエロットは振返りて再びアレキーノを見、思はず聲を上ぐれば其聲を聞付け、パンタローネとトニオは又歸り來り、ピエロットの誤れるを見、烈しく彼を叱責して又家に入る、ピエロットは狐に魅 つまゝ れたる心地して我が身を抓 つめ り、家の内に入らんとする時、二本の巨大なる脚 あし の吊下 ぶらさが れるを見て吃驚 びっくり し、パンタローネが授 さづ けたる大なる銃を持ち出來り、アレキーノが姿を見付けて發砲したれば、アレキーノの五體は憐む可し寸斷されて地上に落つ、ピエロットも流石に気の毒になり、手足などを拾ひ集め繼合 つぎあ はする内、不思議やアレキーノの體はスックと立ちて動き出 いだ せば、ピエロットは恐怖に打たれ、今度は大なる劍を持ちて立出 たちい で、アレキーノを斬倒さんとするに何時の間にやら金色鬼之に代り、散々ピエロットを翻弄し遂に姿を隠す。
 『第四場』舞臺はパンタローネが食堂にしてパンタローネはピエロットと共に客待の用意をなしつゝある處へ、客はコロムビーナ、トニオ等と共に到着し、酒宴開かれ、ピエロットは皿を澤山重ねて持來るに、不思議や皿は卓子 テーブル に達せざる内に飛散し、炙 あぶ りたる七面鳥は孰れへか飛去り、卓子亦消え失せて恐ろしき金色鬼の立居るを見、一同恐れ慌てふためき、我先にと遁れ去る、ピエロット一人後に殘り、アレキーノがコロムビーナと睦 むつみ し気に語るを見、之を追立つれば、アレキーノは、傍 かたはら なる箱の中に遁込むをもてパンタローネとトニオとを連れ來り、三人箱を取圍み遁路 にげみち を塞ぎて蓋を開くるに、茲にも亦金色鬼が代り居て、鏡を破りピエロットの股間を通り抜け、窓の上に姿を現はせば、ピエロットの恐怖は絶頂に達し、跪きて其憐を乞ふのみ。
 『第五場』舞臺はアレキーノが住居にしてコロムビーナとの祝言の爲に催されたる舞踏あり、ダンスの後舞臺は再び展開してオリプス山上の光景となり、アレキーノとコロムビーナとは燦然たる太陽の光線に取卷かれ、空間遙に昇り行く模様にて幕。 

 なお、上の写真の一番右は、絵葉書のもので、下の説明がある。

 帝國劇塲(大正三年六月興行)黙劇(金色鬼)

喜歌劇 「日本娘」 バンドマン喜歌劇団(1912.6.29)

2020年04月24日 | 帝国劇場 総合、和、洋

    

 PROGRAMME
  (June 29th, Saturday)
  The Imperial Theatre

      THE
  BANDMANN OPERA


   from June 24th to june 30th
    every evening at 7 o❜clock

     ADMISSION
 Boxes ‥‥‥  yen 3.50
 Orchestra stalls  yen 3.00
 Doress circle ‥       Numbered and Reserved.
 Pit stalls ‥‥‥  yen 2.00
 Familly circle ‥ 

 Upper circle ‥  yen .50
 Gallery ‥‥‥  yen .25

       Tel. Nos.      1612 1613
       ( Honkioku )  2514 2515  
       ( Yokohama ) 1662

 MARUNOUCHI TOKYO

 六月二十九日(土曜日) 午後七時開演
 喜歌劇『日本娘』三幕

    第一幕 日本津村の神社
    第二幕 東京の料理茶屋
    第三幕 津村神社の廣前

      役割

 大久保大將         イー、グランビー氏
 山木大尉          フレッド、コイン氏
 藤原大尉          ファーマー氏
 間毛井中尉         ゼームス、マクグラス氏
 伊藤中尉          パーカー氏
 橋本    料理店の主人  アルフレッド、フリス氏
 貴易    僧侶      ベーガー氏
 田中    新聞記者    ウヰリアム、ギルバート氏
 須本    占者      ボッビー、ローバーツ氏
 美代子さん 大久保大將令嬢 ジョルヂー、コーラス嬢
 みつ    藝妓屋女將   キッチー、バーロー嬢
 小松    藝妓      エルシー、プロビン嬢
 小富士   同       ジャネット、マイケール嬢
 小柳    同       エヂス、マアチン嬢
 小菊    同       ルビー、ビンセント嬢
 梅     料理店女中   ヴアイオレット、フラムプトン嬢
 すみ    同       リリー、ドルーリー嬢
 つき    同       アンニー、ヒル嬢
 つる    同       マーベル、マアデンス嬢
 ぎん    村の女     アイリーン、ヘーズマン嬢
 春さん   同       ゼニー、プール嬢
 竹さん   同       アンニー、ヒル嬢
 秋さん   同       ビビヤン嬢
 小雪    花賣娘     エセル、カーリヨン嬢
 勘助            シュバルリー氏
 甚平            ヒッギンボーサム氏
 清藏            デー、キャッスル氏
 お花さん          マージョリー、テムペスト嬢

       略筋

 第一幕は日本士官の出征の途に上らんとするを示せるのである。藤原大尉は同僚間には受けのよい男ではあるが不幸にして山木大尉に借金をして居る、山本は本篇の敵役であって如何にしても藤原を苦しませんとして居る。此二人の大尉は旅順港に向って出發する事になって居るのだが、軍司令官の大久保大將は部下の軍人に借金を皆濟せざるに於ては出征するを許さずと布告したに依て藤原大尉は金策のため奔走する、大尉と相思の仲であるお花さんは此借金を調達せん爲に五年の年期にて其身を藝者に賣り大尉の借金を片付けたが然し大尉は其事は夢にだに知らないで出征した。お花さんは神佛に大尉の無事凱旋を祈願す。
 第二幕 料理店で凱旋の祝杯を擧て居る、席上山木は藤原に怯懦の行爲ありたりと云ひ之を辱め藤原は怒って之を取調べられむ事を要求す。山木を取て押へるに唯一の證人たる占者須木は既に死んで仕舞った。と思って山木は安心して居った所が意外にも彼は生きて居る。藤原はお花さんの己のために藝者となったのを知り甚だ愕き且悲しむが其譯は知らないで何うかして之を救ひたいと其前借を拂はんとするに意外にも其證書の山木の手にあるを見て大 驚き、交渉の結果之を讓受けんとせるに若し午後四時まで料理屋に留まるにあらずば其要求を受け入れ難しとの難題を持ち出す若し四時まで留まらんか、彼は軍事會議に出席する事出來ず若し缼席せば再度長官よりの譴責を甘受せざるべからず、遂に意を決して職を退かんとまで決心する時幸にして大地震ありて會議延期となる。
 第三幕 山木大尉と大久保大將の令嬢美代子さんとの結婚談熟せる際占者須木來りて大尉の悪辣なる性質を曝露す遂に大尉は退職す。藤原大尉はお花さんの誠意を識り以前にまして深く愛すると云ふ目出度き終りを告ぐ。     
                          觀覽料                        帝國劇場
 三十日(日曜日) 富限娘 ダラープリンセス    金二十五錢、五十錢、金二圓、金三圓、金三圓五十錢、  電話本局 一六一二 一六一三 二五一四 二五一五
                                                     横濵   一六六二


「夢幻的バレー」 帝国劇場 (1915.2)

2020年03月30日 | 帝国劇場 総合、和、洋

   

 大正四年二月

      久々にてお目見得
   女優劇の進み方
    =從來 これまで の女優と三期卒業生=新作物を並べて技倆を試めす
      帝国劇場にて 伊坂梅雪氏談

    出し物の數々
    いろは草子
    悲劇の燈臺守
    三越玩具部
 といふ帝劇一流の西洋舞踊で指導役のローシー氏が自ら作り自ら指導して專属女優と專属洋劇部員の男女が揃つて車輪に勤める夢幻的のバレーで美しく飾りたてられた西洋や日本の人形が魂入つてオーケストラにつれて面白可笑しく踊り出すといふ新しい趣向で成つたもので賑はしい打ち出しになるのでございます
    何れも趣きを變へ
    御承知の通りに

     右田寅彦新作
 第一 小山田庄左衛門 直助權兵衛 いろは双紙 四幕 六場

     八幡大名作
 第二 喜劇 婦人同志會 一幕
     佐藤紅綠作

 第三 悲劇 燈臺守 一幕

  第四  三越呉服店玩具部

  -現実の場-

 三越人形部主任  清水金太郎
 同 店員     柏木敏
 外国人の御客   原 信
 人形製造人    岸田辰彌
 通運会社配達人  松山芳野里
 田舎者      ローシー

 -夢の場-

 妖精         ローシー夫人
 酒保         高木徳子
 日本娘人形      藤間房子
 西洋赤兒人形     澤モリノ
 スイスランド人形   花園百合子
 スパニツシユ人形   河合磯代
 支那人形       高田春夫
 日本武士人形     櫛木梨花
 番兵人形       南部邦彦
 道化人形       菅雪郎
 同          高田春夫
 
 西洋赤子人形     湯川照子
 同          天野喜久代
 同          澤モリノ
 同          花房しづ子
 アレキシス      石井林郎
 同          柏木敏
 同          葉須淳
 同          石井行康

 スイスランド人形   山根すみ子
 同          井上ますの
 同          原せい子
 同          花園百合子

 兎人形        岸田辰彌
 同          櫛木梨花
 同          服部曙光
 同          小島洋々

 スパニツシユ人形   河合磯代
 同          石神たかね
 同          中山歌子
 同          宮崎年枝

 佛国十八世紀時代人形 松本銀杏
 同          澤村宗彌
 同          松本錦一
 同          松本玉子

 婦人客        香川玉枝
 同          村田美穪子
 同          櫻井八重子
 同          静香八千代
 同          四條京子
    帝國劇場附属管絃樂部員

 帝國劇場洋樂部員   樂長 竹内平吉

 第一ヴァイオリン 荻田十八三
 同        吉田盛孝
 同        山崎榮二郎 
 第二ヴァイオリン 佐藤忠恕
 同        渡邊吉之助
 同        小松三樹三 
 ヴイオラ     蛯子正純  
 同        紣川藤喜知 
 セロ       内藤常吉  
 同        村上彦三 
 フリユート    横山國太郎 
 オーボエ     八尾五郎 
 クラリネツト   横須賀薫三 
 同        大野忠三 
 ホルン      吉田民雄 
 同        篠原慶心 
 トロンペツト   古田竹二 
 同        加福一雄 
 トロンボン    加順 
 ドラム      渡邊金治

     ローシー作並に指導 背景製作 北蓮藏 大道具製作 長谷川勘兵衛 電気主任 秀文一
 第四 夢幻的バレー 一場

 『三越呉服店玩具部』こゝは東洋一の大デパアトメントストーア東京三越呉服店第一階の光景、折しも文具売出しの季節 シーヅン とて店内到る処玩具人形等を陳列されさながら昔噺の王国 フアリーランド に入 い るの心地がされまする。かくて劉喨 りゅうりょう たる音楽聲裡に幕が上 あが りますと、此店の支配人入来り店員をして店内の掃除をさせまする、その間に入つて来たのは赤毛布 あかケツト の田舎客咥 くは へ煙管 きせる で店内をまごつくのを店員に注意されるのが手初めに、侍の人形を活きた人と間違へて敬礼する。螺旋 ぜんまい 仕掛の赤兒 あかんぼ の人形を引 ひき くりかへして閉口する。真正 ほんとう の外国婦人を人形と間違へて失礼な事をする。種々な滑稽の裡に大勢のお客が入つて来て陳列の玩具に驚嘆し一部の客は支配人をして仕舞ひ置ける人形を出さしめる。侍人形の踊、瑞西 スイツル 人形の踊、赤坊人形の踊、支那人形の踊、西班牙 スペイン 人形の踊、日本美人人形の踊、西洋毛人形の踊などで種々滑稽な振事 ふりごと あり、其中「独逸製」と記されたる人形の箱を持出し来れば、人形はバラバラに毀 こは れて居る。かゝる間に閉店の時間来り手お客はおのがじし立去りますと支配人も人形の飾箱 シヨーケース 其他に幕をおろして退場します。
 やがて神韻縹渺たる曲となりて窓よりさし入る月光は夢の如く淡くなります。時計十二時を報ずると、正面階段下の飾窓 ショーウインドウ の帷 とばり は左右に開かれて、現じ出す一箇のフエアリーランドの美しき風景の裡 うち に寝 い ね居たる妖精は徐 しづか に立つて飾窓の幕を指 ゆびさ せば幕は自然に披 ひら かれて前 さき に面前に現はれたる種々 いろいろ なる人形と兎、アレキシス、アンビール時代人形など幾十となく現はれ総踊となります、此間に酒保女の姿したる一少女の人形は巧妙なる足指踊 トーダンス を演じます之は足の爪先だけで踊るので日本人の間では空前の事でございますやがて中央の天井より二十四條の紅白のリボン降来 をりきた りあらゆる人形はそれを手にして、踊り狂ふ間に日本騎兵の人形四箇現はれ之に加はりて又踊る、踊りゝて尚踊る間に夜は開放 あけはな れんとして幕。

    

 ・上左の写真:「(帝国劇場夢幻的バレー)酒保(高木徳子)妖精(ミセスローシー)」  とある絵葉書のもの。
 ・上中の写真:「帝国劇場 (大正四年二月興行)(夢幻的バレー)三越呉服店玩具部の場」とある絵葉書のもの。
 ・上右の写真は、「帝国劇場二月狂言 第四≪夢幻的バレー≫」とある演芸雑誌の口絵にあるもの。
   藤間房子の日本娘人形〔中央奥左〕 
   ローシー夫人の妖精 〔中央奥〕 
   高木徳子の酒保   〔中央奥右〕 
   原信子の外国人のお客〔左上の枠〕 
   高木徳子の酒保   〔右上の枠〕 
   清水金太郎の三越人形部主任〔右下お辞儀の人物〕 
   ローシーの田舎者  〔左下のお辞儀の人物〕