JR二条駅から東へ。
ぷらりと歩いてみました。
神泉苑のことが、書かれてるぞ。
「延暦13年(794)」桓武天皇が平安京を造営する際、宮中の付属庭園として造られ、常に清泉が湧き出すことから「神泉苑」と名付けられた」そうです。
苑内を散策。
お邪魔してます!渡らせてもらいます。
この辺りは、湿地帯だった。
気になる場所発見!
それが、
「東寺真言宗《神泉苑(しんせんえん)》」という場所でした。
神泉苑のことが、書かれてるぞ。
ざっくりと書けば(笑)
「延暦13年(794)」桓武天皇が平安京を造営する際、宮中の付属庭園として造られ、常に清泉が湧き出すことから「神泉苑」と名付けられた」そうです。
また、ここは、祇園祭発祥の地であり、御池通の名前の由来になった場所であるということを知りました。
平安京創建時より洛中で現存するのは神泉苑と東寺(教応護国寺)で、国指定の最古の史蹟。
平安京創建時より洛中で現存するのは神泉苑と東寺(教応護国寺)で、国指定の最古の史蹟。
その最古の史蹟に入ってみた。
しかも、最古なのに無料ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!
法成就池にかかる朱色の法成橋(ほうじょうばし)が印象的。
この橋を渡るとき、願い事を一つだけ念じながら渡り、善女龍王社へ詣ると願いが叶うらしいです。
社務所にて200円のパンフレットを購入。
苑内を散策。
何とも不思議な空間でした。
お邪魔してます!渡らせてもらいます。
橋上からの眺め。
徳川家康が二条城を新たに築城する際、この「神泉」に着目して、この水を利用して城の内濠・外濠を満たすことになった。このため、神泉苑は、境域の北部約1/4を失い、縮小したそうです。
この辺りは、湿地帯だった。
どんな景色が眺められたんだろうか?
恵方社(日本唯一 歳徳神)
平安京があった頃からの史蹟。
縮小されたとはいっても、こんな街中に今、現存してる。
国指定の史蹟は、霊場的要素、地質など不勉強な僕にとっては、不思議な地でした。
ただ、当時の景色を見てみたいなぁと思える場所であったことは、ここに記しておこうと思います。