一声に感謝
故伊藤幸男氏の三回忌に参加して
東小金井・長昌寺で行う。いつ来ても落ち着く場所だ。そして思い出の場所でもある。今日は石碑に目がいった。何が書いてあるか読めない。後で調べることにした。住職から曹洞宗の三回忌・卒塔婆の説明があった。大小祥のことを例にしていたが良く分からない。読経中、生前の故人と私の関わりを考えていた。離職中、西武工芸というアルバイト先を紹介された。NHKの大道具の下請けが主な仕事であり私は運転手だった。今振り返ると伊藤さんの一声が私の人生を変えてくれた。会食中、娘さんたちにそんな話をした。大阪万博の話(仕事に行ったりアメリカ館等を見たこと)は知らなかった。伊藤さんは経師屋というザ・職人だった。感謝の一言だ。
石碑の話に移ろう。長昌寺のホームページより、哲学者である石丸梧平氏とわかった。次のような内容だった。
http://enichizan.com/index.html
「人生に結論なし ただ創造の一途あるのみ 意味は発見し得る者にのみ輝く」
「秋深き武蔵野の寂静の禅院長昌寺吾は生きて坐禅せん」
石丸さんを検索していたら次のような詩を見つけた。「七十歳よ、人生初めて楽し」は何か縁がありそう。
【人生回顧の詩】石丸梧平
青年よ二十歳にして哲人たれ
青春人生、描きつぶしを許さず
四十歳よ、迷いが始まる
両頭倶に裁断せよ
捨と得とは別物ではない
七十歳よ、人生初めて楽し
名聞を求めず
食も性も清らかに
死も恐ろしからず
生きること自由自在