『自分が高齢になるということ』(和田秀樹 新講社)より
ボケはただの老い。老いはゆっくり始まってく。
認知症の診断基準となる長谷川式スケールの開発者で、精神科医の長谷川和夫さんが、去年(2017年)、自分が認知症であることを発表した。
長谷川さんは1929年生まれですから、まもなく90歳です。
「ショックかって?歳を取ったんだからしょうがない」
ある新聞のインタビュー記事の中で、あっさりとそう答えていた。
長谷川さんは以前から、自分が認知症になったらよく観察して、報告したいと話していたそうです。認知症医療の第一人者で、50年も前から関わってきた方ですから、冷静に、客観的に自分自身の観察ができるのだと思います。
でもこういった話を聞くと、「えっ、認知症になってそんなことができるの」と驚く人がいます。記憶だけでなく、理解力や知能までが衰えるのが認知症だと思い込んでいる人が多いからです。
実際には違います。理解力が弱まったり知能まで衰えるのは、ずっとあとの話で、初期の段階では、記憶があいまいになって何度も家の鍵をかけたかどうか確かめたり、あるいはその日の日付が分からなくなったりという程度です。
もちろん、そういう状態でも不安にはなりますが、人と話したり自分の考えを説明することもできます。長谷川さん自身、かつては自分を認知症だという人が、理路整然と話す様子を見て、疑いたくなることもあったそうですが、いざなってみれば、講演もできるし、インタビューに答えて自分の気持ちを言葉にすることもできます。
つまり認知症になっても、しばらくの間はふつうの人とそれほど変わらないのです。日常的なコミュニケーションはもちろん、もう一歩踏み込んだ言葉のやり取りもできるし、相手の話もちゃんと理解することができます。
しかも早い時期に認知症と分かれば、薬でその進行を遅らせることができますから、ボケは緩やかなままです。「わたし、じつは認知症なんです」と打ち明けても、他人は信じてくれないかもしれません。