はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その61 こころの叫び

2022年11月19日 09時52分34秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
ふと、孔明は、おのれの背後にある不気味な祭壇を振りかえり、それから花安英《かあんえい》を見た。
『狗屠《くと》』が程子文《ていしぶん》を殺したのには、ちゃんと理由がある。
殺害方法は異常きわまりないが、程子文は裏切り者…すなわち、敵であった。
劉表の部屋を守っていた衛士にしても、同様。

娼妓たちも敵だったのではないか。花安英の目から見た、敵。
はからずも、趙雲が言っていたではないか。
切り刻まれた体からは、激情が感じられた、と。

男に媚を売り、身体を売る、女という存在。
彼女たちから盗み取った、血まみれの衣裳。
そこからなにを復活させようとしているのか。

狂った発想はうまくたどれない。
だが、女たちを殺して回った『狗屠』の激情の本来の向かうはずだった先は、わかる気がした。
母親。

まさか? 
いや、はじめから二択だ。
父か母か。
殺されてきたのは女。
だとすると、答えはもう出ている。

孔明は、けしておそるおそる、というふうにならないように気をつけながら、花安英に尋ねた。
「じつの母親を殺して、そして君の心は晴れるのか」

花安英の目が、見開らかれる。
安堵すると同時に、孔明はふたたび花安英に同情を深めた。
蔡瑁ではない。
花安英の仇《かたき》とは、蔡夫人だ。

孔明にも母がいた。
本当の母親は、すぐに死んでしまって、顔もわからない。
もう一人の母親は、徐州から脱出するおり、長姉との関係をこじらせ、身重のまま、長兄にかばわれるかたちで江東へ行ってしまった。

血は繋がっていなかったし、共に暮らしていたときから、親密とはいいがたい関係だった。
母親代わりの姉がずっとそばにいてくれたから、義母というものはそういうものかと思っていたが、もしもこれが実母だったら、長兄を選んだ女として、どれほど憎しみの対象になっていただろうか。

母親。
あらゆる人間にとって、これ以上強い存在はない。

「心が晴れるか、ですって?」
しばしの間を置いてから、花安英は口を開いた。
「あなただって、母親に捨てられたことがあるのだから、判るでしょう? 
子供を捨てた母親は、死ななければならない。
捨てられた子供には、母親を殺す権利がある!」
「聞いたことのない論理だな。
ならばわたしも鎌でも持って、江東の義母を殺しに行かねばならぬわけか」

花安英は、かつてないほど大きく口をゆがめて、鼻を鳴らす。
「混ぜっ返してうやむやにしようなんて考えてもムダですよ。
これはずうっと考えてきたことなんだ。
母は、豪族の妾腹の娘だった。この乱世のおかげで家門が傾き、借金のカタに取られるようにして、義陽のわたしの実家である家の妾になった。
そうして生まれたのがわたしです。
ところがね、あるとき蔡瑁が、狩の途中にわが家に寄った。
そこで応対した母に目をつけて、無理やり攫《さら》って行ったのです。
自分の姉として、劉表に差し出すためにね」
「ならば、君の母上に、咎《とが》はないではないか」

「最初はね、わたしも同情しましたよ。
母を襄陽から救ってやるのだと、ずっとそう思っていました。
わたしは程子文やほかの子供とはちがって、自分から『壷中』に入ったのです。
襄陽城に入るには、いちばんの近道だと教えられたから。
わたしの父は、すぐに再婚して、母のことを忘れて、わたしに見向きもしなくなった。
わたしには、あなたの叔父さんのように、守ってくれる大人がそばにいなかった。
『壷中』がどんな場所か、どんなことをしなければならないのか、なにもわからなかったけれど、母親に会いたい一心だったんだ。
でもどんなつらいことでも、母に会うためだと思えば、我慢ができた。
そうして、我慢に我慢をかさねて、やっと襄陽に入ることができた。
わたしは母に会いに行きました」
と、ここで花安英は言葉を切る。

「ねえ、軍師。あなたがもし今すぐ江東に行ったとして、そうしたら、あなたの母上は、何年も会っていないあなたを、すぐに自分の義理の息子であると見抜けるでしょうか?」
「ムリであろうな」
我ながら薄情すぎるなと思いつつも、孔明は即答した。

子供心にも、義母という人は、娘くささのぬけない、ぼんやりとした人だとわかっていた。
年数が経ったところで、自分以外のことに、まるで興味のなさげな様子が、かんたんに変わっているとは思えない。

「母もそうでした。赤ん坊のころに別れたきりで、わたしが何者かがわからなかった。
それだけなら、まだ許せたかもしれない。あの女は、完全に色狂いになっていた。
情人の蔡瑁におぼれるあまり、夫である劉表に、肌を触れられることを嫌がっていた。
そのために、何をしたと思います? あなたも見たでしょう、劉州牧の部屋にいた、かわいそうな弟たちを。
あの女は、十五歳前後の少年をあつめて、自分そっくりの格好をさせて、あの病気持ちの相手をさせていたのですよ。
それだけじゃない。自分の息子、わたしの本当の弟まで、同じ目に遭わせようとしていたんだ!
あの女がわたしを見たときに、最初に言ったのは、『わたしの息子のくせに、似ていなくて残念だ』ですよ! 
これでもあの女を殺すことが誤りだと?」

言葉がでない。
これまで、悲惨な話は風聞で聞いたことはあっても、現実感がなかった。
花安英は、激したおのれを鎮めるように、息をはく。
そうして、言った。
「わかりますか、わたしの気持ちが」
「そうだな」
「わたしは正しいんだ! だからあの女は殺されるべきなんです! 
可哀想な弟たちのためにもね!」

つづく


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