はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その60 とっさの推理

2022年11月18日 09時55分23秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
夏侯蘭《かこうらん》が追っている、許都で数名の娼妓を殺し、また、斐仁《ひじん》についていったあわれな娼妓をも殺した殺人鬼。
祭壇に祀っているという衣裳は、殺された女たちの体から盗み取ったものだ。

娼妓を殺すことなどが、『壷中』の命令であったとは思えない。
この少年の腕からすれば、鄴都《ぎょうと》に出向いて曹操の部下のなかでも高位にある男さえ狙えたはずだ。
なのに、か弱い女たちに手をかけた。

なんのためか。

それはわからない。
わかることは、『狗屠《くと》』が、人を殺すという行為自体を楽しんでいる、ということだ。
理解しがたいことではあるが、それはまちがいない。
はからずも、孔明はその光景を、劉表の部屋の前で見た。
その結果、救われたのだから、皮肉なものである。

そうして胸のうちで悪態をつく。
潘季鵬《はんきほう》め、よくも子龍に、人を殺めるのが巧すぎる、などと言えたものだ。
おまえが育てた子は、人を殺めるのが巧すぎて、とうとう楽しみだしたのだ。
子龍のときは眉をひそめて突き放したくせに、花安英は刺客であるから、それでよいと野放しにしたのか。

理解しがたい矛盾のカタマリ。
潘季鵬にとって、この世には二種類の人間しか存在しないのだ。
自分の役に立つか、立たないか。
それだけ。
子龍は逆らったから、役に立たない人間として憎まれた。
殺された公孫瓚も、同様だったのだろう。

その気質は、花安英《かあんえい》にゆがめられて押し付けられている。
残酷な気性ゆえ、同胞であったはずの程子文《ていしぶん》さえ、残忍に殺害したのだ。

孔明は、おのれの気を落ち着かせるために、軽く息をついた。
いまにも地下につづく扉が開いて、だれかが助けにきてくれないだろうかという、甘い幻想を抱いたが、当然、扉を叩くものはない。
どころか、地上では、消えた自分を捜して、襄陽城の兵士たちが、右往左往していることだろう。

「先に聞くぞ。頼みを聞いて、君の宿願が果たされたあと、君はどうなる?」
「おや、わたしの願いがわかっているとでも?」
揶揄するように、顎をつんとそらして花安英が聞いてくる。

賭けだ。
ここで止めなければ、この少年は、錨《いかり》のはずれた船のようになって、闇の海にあてどもなく呑み込まれてしまうだろう。
襄陽城の門前での反応からすれば、推測は当たっているはずだ。
そうして、さきほどの花安英の言葉からたぐれば、なぜ『蔡瑁と蔡夫人の密会』を、趙雲に見せたのかも理解できる。

孔明は、つとめて平然と言った。
「わたしには、君の仇《かたき》を殺す手伝いはできない」
孔明の言葉に、花安英は、意味の読み取りにくい、自嘲の笑みを浮かべた。
「そういうと思った。まあ、構いませんよ。
最初から、あなたの助力なんて当てにしちゃいなかったのだし。
ただ、ちょっとくらいは協力してくださってもよいでしょう」

おや、と孔明は思った。
襄陽城に戻ってきたときに門の前でかわした、孔明の意味ありげな言葉を、花安英は、孔明の都合のいいように拡大解釈してくれているようである。
つまり、孔明が花安英の『仇』を知っていると思っている様子なのだ。
孔明が次の手を考えていると、花安英のほうが先に口を開いた。

「程子文から聞いたのですけれど、あなたもわたしと同じなのですって? 
だから、はっきりと断らずに、協力するくらいならいいかと思って、迷ってらっしゃるのですか?」

同じ?
その言葉にますます孔明は戸惑う。

『仇』と表現できる相手ならば、それはおそらく蔡瑁にちがいないと思っていたのだが。
程子文が、自分の特徴について、花安英に話してやりそうなのは、どこだ?

叔父のことか。妻のことか。舅のことか。弟のことか。

叔父の殺害を指示したのは劉表だ。
程子文に弟のことを話したことはあるが、弟はちゃんと元気で、問題はない。

となると、蔡瑁に関わりがあるのは、妻か舅だ。
黄家のあるじである舅と孔明の関係が、婚姻という形で結びついてもなお、良好でなかったことは周知の事実だ。
わざわざ黄家を持ち出して、『仇』と言い出すのもなにかおかしい。

ほかにはだれがいる? 

わが君や子龍ではない。
程子文が二人のことを話題にすることは、まずなかっただろう。
新野の人間は除外される。

答えあぐねている孔明を、花安英はおもしろそうに見ている。
いやな笑みを浮かべるものだ。
さきほどは同情に流されかけたが、この笑みを見れば、それも思いとどまる。

挑発しているのか。
それほどに、花安英に協力する、ということは、世の倫理に反することだというのか。
世の倫理にもっとも反すること。それはなんだ?
花安英のやってきたことはなんだ? 
娼妓殺し、同胞殺し、それから?

つづく


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おかげさまで涙の章、その60まで来ました。
じりじりするような展開がつづいていますね…趙雲の再登場は、もうちょっとですので、お待ちくださいませ。
続編の制作および番外編の推敲作業も、NHK杯フィギュアスケート大会の観戦の隙間をぬってがんばります!


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