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帯とけの枕草子〔二十四〕人にあなづらるゝ物
言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
清少納言 枕草子〔二十四〕人にあなづらるゝ物
人にあなづらるゝ物、ついぢのくづれ。あまり心よしと人にしられぬる人。
清げな姿
人に侮られるもの、築土の崩れ。あまりにもお人よしと人に知られた人。
心におかしきところ
人にあなつられるもの、津井路のくずれ。余りの情好しと男に知られてしまった女。
言は戯れ「聞き耳」により意味の異なるもの、且つ無常。「聞き耳」を同じくしましょう。
「あなづらるる…侮られる…あな釣られる…穴釣られる」「あな…穴…女」「づらる…つらる…釣られる…獲られる…盗とられる…ずらる…すらる…擦らる」「物…者…ものとしか言いようのないもの」「ついぢ…家の土囲い…津・井・路…女」「くづれ…崩れ…乱れ…淫れ」「あまり心…余情…その時の有り余る情愛」。
この諧謔も「艶になりぬる人」の作った色好みな内容ながら、「伊勢物語」などの「色好み歌」を知る大人には、少しもの足りない程度のもの。
伊勢物語の業平の歌の色好みぶりは、「帯とけの伊勢物語」を一読すれば知ることが出来るでしょう。
字義の通りに読む大真面目な読みに凝り固められた、今の読者にとっては、紐解いた意味は、青天の霹靂か寝耳に水のように思われるでしょうか。
和歌に限らず、諧謔のような文芸にも、「清げな姿」と「心におかしきところ」と、時には「心深いところ」がある。これは、藤原公任の歌論を学べば知ることが出来るでしょう。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人しらず (2015・8月、改訂しました)
枕草子の原文は、新 日本古典文学大系 岩波書店 枕草子による