帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第三 夏歌 (150)あしひきの山ほとゝぎすおりはへて

2017-02-14 19:35:42 | 古典

             

 

                       帯とけの古今和歌集

               ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――

 

古典和歌は中世に秘事・秘伝となって埋もれ、江戸時代以来、我々は奥義を見失ったままである。原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の、歌論と言語観に従って紐解き直せば、公任のいう歌の「心におかしきところ」即ち俊成がいう歌の深い旨の「煩悩」が顕れる。今の人々のいうエロス(生の本能・性愛)であり、これこそが、和歌の奥義である。

 

古今和歌集  巻第三 夏歌 150

 

(題しらず)                (よみ人しらず)

あしひきの山ほとゝぎすおりはへて 誰かまさると音をのみぞ鳴く
                             
(読み人知らず・男の歌として聞く)

(あしひきの山ほととぎす、山に・居り続けて、誰が勝るかしらと、声あげぞ、鳴いている……あの山ばの、ほと伽す女、おを折り這わせて、なにが増さるかと・垂れがまさるのかと、おの身ぞ、無く・泣く)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「あしひきの…枕詞…歌言葉は戯れる。足ひき、悪し退き」山…山ば」「ほととぎす…夏の鳥…鳥の言の心は女…郭公…名は戯れる、ほと伽す、且つ乞う」「おり…をり…接頭語…居り…折り」「はへて…這わして…延ばして…つづけて」「だれかまさる…誰が勝るか…なにがまさるのか…垂れか優るか」「ねを…音を…声を…根お…おとこ」「のみ…だけ…限定を表す…の身」「ぞ…強調」「なく…鳴く…無く…泣く」。

 

山ほととぎす、山が好いのか、居続けて、競うように声あげて鳴いている。――歌の清げな姿。

あの山ばの、且つ乞う女、お、折り延ばしては、垂れがまさるのかと、なき身をぞ泣く。――心におかしところ。

 

前の歌と共に、この歌も、男の立場で見た女性の心と身のありさまを詠んだ歌である。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)