友人と出しているミニコミ紙からの転載です。
◇行者山・ゆずり葉散策路
昨年は旅行会社の登山塾に参加して、山登りに精を出したが、冬になると、年のせいか、冷えのせいか、階段を登ると膝に痛みが走るようになった。ホームドクターが高齢者の諸症状に効くという漢方薬を処方してくれた。その薬が効いたのか、膝の調子も戻ってきたので、近場の山歩きを再開した。
私が住んでいる住宅地は、西は須磨から始まる六甲山全山縦走路の東端の山麓にあり、毎年秋の六甲山全山縦走大会では、ゴールの宝塚を目指す参加者たちの姿をよく目にする。
一帯はハイキングコースとして整備されていて、マンションが林立する住宅地から一歩、登山道に入ると、木漏れ日が美しい森の中だ。ここ何年かは、土日はもとより平日にも、阪急逆瀬川駅でおりてやってくる山歩きのグループが増えた。
阪神大震災後、こちらに引っ越してきてしばらくは、近所にこんな散策路があるとは知らなかった。
老化およびメタボ防止にあちこち歩くようになって、ある日、山に入った。登山口に「行者山ハイキングコース・ゆずり葉散策路」の案内板が立っている。案内板の下には、「兵庫県地域活動パワーアップ事業助成金によって整備された」とある。
宝塚には里山整備活動をしている「櫻守の会」というボランティア団体がある。桜の研究で著名な笹部新太郎の演習林「亦楽山荘」の跡地を中心に、行政の助成を受けながら里山の整備をしている。「ゆずり葉の森」でも、会の人たちが間伐や登山道の整備をしている。
山登りを始めて最初の春、あたり一面、ピンクの花盛りなのに驚かされた。森はコバノミツバツツジの大群落だった。
それからは、毎日、山に行くようになった。コバノミツバツツジは葉が出る前にピンク色の花が枝いっぱいに咲くのだが、派手ではない。新緑の中に、紫がかったピンク色のかわいい花が次々に開いていく様子に心が躍り、毎日でも見に行きたい。あまり山歩きをしないような人でも、この時期には、コバノミツバツツジを見に山に登ってくる。
甲山の南山麓にある西宮市の廣田神社には二万株のコバノミツバツツジの大群落があって、兵庫県の天然記念物に指定されている。山が削られて住宅地になる前は、西宮から宝塚まで、山々はコバノミツバツツジで彩られていたのだろう。
ゆずり葉ピークに登ると、眼前に甲山、天気の良い日には、大阪平野、大阪湾、北摂の山々、生駒、葛城、金剛、二上山、遠く和歌山の山々までも見える。
ある雨上がりの午後、ピークに立つと、大阪平野の端から端まで巨大な虹が二重にかかっている光景に出くわしたこともある。
ピークから降りるコースは二通りある。すぐ左の階段から砂防ダムに出て、ダム下のコンクリートの階段を下りて沢沿いに下るコース。
もう一つは、右側の階段から砂防ダムの上流側に下りて、再び尾根に登り、尾根伝いに下っていくコースだ。時間と体力があるときには、尾根伝いに下る。
こちらのコースは木の根っこや岩がでこぼこに露出していて、歩きにくい。雨の後などは滑りやすい。けれども、植物相は豊かで、山桜や野生の栗、柿の木も茂っている。
尾根道を登ると、行者山東観峰や標高515メートルの行者山を経て東六甲縦走路に出る
行者山東観峰までは、ご近所の山歩きの会について行って登ったことがある。結構険しい山道だが、私より年上のおじいさん、おばあさんが、実に軽々と登っていくのに驚いた。
頂上からの眺めは、ゆずり葉ピークよりはるかに素晴らしかった。
尾根道を下ると、途中に逆瀬川の支流・白瀬川源流に下りる道がある。この道にも何度か挑戦したが、立ちはだかる岩を登ったり下りたりして、源流あたりにたどり着くと、神の憑代になりそうな大きな岩があって、木々は怖いぐらいに鬱蒼と茂っている。
クロモジの群生があり、早春には小さな黄緑色の花を枝いっぱいにつけて、目立たないイルミネーションのように美しい。流れには椿の赤い花が落ち、思いがけないところに山桜の大きな株が立っていて、見上げると青空に白い花と赤い新芽が映えている。
この道でめったに人には出合わない。春の美しい風景を独り占めしている気持ち。
一年を通して山歩きをしていると、その時々の植物の様子が分かってくる。クロモジ、コブシ、山桜、コバノミツバツツジに続いて、モチツツジ、アオダモ、コバノガマズミと、季節が移ろうにつれて、木々が次々と花をつける。
初夏になると、ノイバラ、野イチゴ、スイカズラ、ウツギ、タニウツギなど。花が無い時期には、木々の緑の変化を楽しむ。
冬枯れの山が、早春から初夏、盛夏へと少しずつ、さまざまな緑に変化していくさまは、いつ見ても造化の妙を感じずにはおれない。
このあたりは鳥も多い。鳴き声で分かるのがウグイス、姿を見て分かるのがメジロ、ヤマガラ、シジュウカラ。木を垂直に登っていくコゲラも時々見かける。
近頃、櫻守の会の人たちが、立ち枯れたミズナラの木を次々と切り倒して積み上げ、ビニールで覆って殺虫剤で燻蒸する作業をしている。ナラ・カシ類に寄生するカシノナガキクイムシが媒介するナラ菌によって、全国各地で立ち枯れ現象が起きているらしい。
ここ数年、暖冬でいつまでも落葉しないため、エネルギー不足で花が咲かない株が多かったが、この春は、しばらくぶりにコバノミツバツツジがたくさん咲いていた。
一方で、ビニールに覆われたミズナラの伐採木の山が増えていた。このまま、山全体のミズナラが枯れてしまうのだろうか。
ミズナラが切り倒されて日当たりがよくなった林には、いろいろな幼木が育っている。このようにして森が変わっていくのも、造化の営みなのかもしれない。
◇中山連山
4月中旬、中山連山を歩いた。長年の友人で、山歩き仲間のKさんと毎年、コバノミツバツツジが咲くころ、中山寺~478メートルの最高峰~清荒神というコースを歩いていたのだが、ここ2年ほど行けないでいた。
このコースは花のトンネルあり、水場あり、お寺あり、バラエティーに富んでいて楽しい。
中山寺の梅林横から登山道に入るのが一般的だが、私たちは中山寺の多宝塔脇から星の広場へ入り、藤棚の裏の急斜面を登って登山道へ入る。
工事中立入禁止の札を無視して、広場に入ると、白藤の真っ盛り。香りにひかれてアブハナバチが群れをなしてブンブン飛んでいる。コバノミツバツツジはピークを過ぎていた。
途中、谷に下りて、渓流の傍で昼食。Kさんが炊いてきてくれた炊き込みご飯と私が持参したおかず、味噌汁。彼女と登山するときにはいつも、インスタントの味噌汁用とコーヒー用のお湯を持っていくのが決まりだ。
この渓流は登山道へと抜ける道筋なので、弁当を広げている私たちの横を次々と登山者が通っていく。
私たちも登山道へ戻り、夫婦岩を経て最高峰へたどり着く。中山観音駅からすぐ登山道があるので、ツツジの季節には登ってくる人も多く、山頂はにぎわっていた。
最高峰から東側へ下りると、満願寺、最明寺滝を経て、山本駅へ出る。このコースは険しく、時間もかかるので、私はまだ歩いたことがない。
私たちはもと来た道を下りて中山寺奥の院へ。
以前は緑の中に粗末な建物があるだけだったが、お堂も一新され、境内も整備されて、変に明るくなっていた。
「奥の院らしい雰囲気がなくなったね」とKさんとブツブツ文句を言いながら下りていくと、車の通れる広さの道ができている。奥の院整備の資材を運ぶために作られた道だろう。
「興ざめだ」と再び文句を言いながら、以前たどった細い登山道へ入ると、荒神川の渓流沿いの道が続いて気持ちが落ち着いた。ところが、進む先に突然フェンスが現れ、フェンスの向こう側は急斜面、その下は宅地になって、新しい一戸建て住宅が並んでいるではないか。
中山連山最高峰から東側、山本へ出るコースに囲まれた地域は、無残なほどに山を切り崩して造成された住宅地が広がる。登山道のすぐ下には、住宅や小学校が見える。
不景気でしばらくは宅地造成が止まっていたようだが、清荒神へ下りる側にも新たな宅地ができているのを見て、少し悲しかった。
中山寺と清荒神の北側の山林は、宝塚自然休養林になっている。
子どものころ、砂の小山の真ん中に小枝を立てて、枝を倒さないように順番に砂をとっていく遊びがあった。枝が倒れれば負けである。休養林ぎりぎりに、どんどん宅地が造成されていくさまは、その遊びを連想させた。
2年ぶりの中山は、かろうじて残されていた山林がさらに削られていて、少しがっかりした。気軽に誰でも登れるコースなので、残された緑を大事に守っていってほしいと思う。そして、来年はツツジのピーク時に合わせて、山本へ出るコースに挑戦したいと思っている。