15日の日曜日、最寄りの電車の駅前で、立憲民主党候補の桜井シュウさんが街頭演説をすると知ったので、雨の中をでかけた。
気温が下がり、冷たい風が吹くなか、バス停前や陸橋に、支援者が駆け付けた。
選挙公示前にポストに入っていた桜井シュウさんのビラには、民進党兵庫県第6区総支部と小さく印刷されているだけで、希望の党から立候補するのか、無所属なのか、分からない。希望の党なら絶対に投票したくないと思っていた。しかし、ビラに書かれてある政策には、共感するものが多い。
これまでの選挙では、私が住んでいる地域の民主党候補は、地域で生の声を聞いたこともなく、主張もはっきりしない。ビラや選挙公報を読んでも、本人の政治姿勢が少しも伝わってこない。
積極的に1票を投ずる気が起こらず、かと言って棄権すれば自民・公明を利することになるので、小選挙区は現政権への批判票を投ずる意味でずっと共産党に投票していた。
桜井シュウさんがどういう立ち位置で立候補したのか判断できないので、今回も共産党に入れるしかないなあと思っていた。
ところが、公示後のビラには、ちゃんと立憲民主党と印刷されている。やっと、積極的に1票を投ずることができる、とうれしかった。
桜井シュウさんは伊丹市議会議員を辞しての立候補である。1970年生まれの47歳。
桜井さんは街頭演説のなかで、民進党がいきなり希望の党から立候補することになって、希望の党から出るか、無所属で出るか、ずっと迷っていた、ぎりぎりになって、枝野さんが立憲民主党を立ち上げたので、ここしかないと、立憲民主党に入党したと、出馬の経緯を語った。
伊丹市議会議員2期の経験があるとはいえ、国政選挙は初めてで、演説に堅さが目立つが、まじめさが伝わってきた。
会場には冷たい雨の中、けっこう大勢の市民が集まって、要所要所でさかんに拍手していた。友人や顔見知りもいて、選挙事務所を手伝っている友人は「声も大きくなって、演説もだんだんうまくなってきてる」と言っていた。その友人に、カンパをことづけた。
桜井さんの演説が終わると、次の会場、阪急伊丹駅に移動。というのは、立憲民主党の枝野幸男代表の応援演説会があるのだ。
冷たい雨が降り続き、ときに激しくなるなか、大勢の聴衆が集まり、街宣車の屋根に枝野さんが現われると大きな拍手と枝野コール。周りの建物のネオンばかりが明るく、枝野さんたち弁士の顔が暗いのが残念だったが、演説を聞いているうちにそのことが気にならなくなってきた。
初めに、宝塚市の中川智子市長(宝塚市民の多くは、どこかの政党が推薦した市長ではなく、自分たちが選んだ市長だと思っている)が、市民の命と生活を守るべき自治体首長の立場から、民主主義と憲法を守る意味について語り、枝野さんにバトンタッチすると、会場は大いに盛り上がり、枝野コールが響き渡る。
ハードスケジュールで各地で演説を繰り返してきたとは思えない、とても歯切れのいい、聞き取りやすい声だ。
民主主義を作るのは、立憲民主党でも枝野でもない、みなさんたちだ。一緒に民主主義を作る戦いに参加しようと訴えたときには、ひときわ大きな拍手が沸き起こった。
政党の政策にただ反対、賛成票を投じるような受け身ではなく、民主主義を作る戦いだと本気で思っている政治家が、いまどれだけいるだろうか。
私は70年安保世代、ノンポリながら、デモや集会に参加してきた世代なので、枝野さんの演説を聞いて、初心に戻ったような気持ちだ。
枝野さんのあとを受けた桜井さんの演説も、枝野さんの聴衆を引き付ける見事な演説に感化されたかのように、さらに力が入っていたように思える。
演説が終わると、枝野さんも、桜井さんも、聴衆の中に飛び込んできた。聴衆が駆け寄って、「立憲民主党を立ち上げてくれてありがとう」、「よくぞ立候補してくれた」、「がんばって!」、「応援するぞ-」、それぞれが声をかけながら、握手したり、肩をたたいたりした。
私の位置からは握手できなかったので、目の前を通り過ぎるときに、肩をたたいて、頑張ってくださいと叫ぶ。
こんな熱い選挙演説会は、おたかさん(土井たか子さん)のとき以来だ。
この日は、枝野さんは兵庫に入る前に大阪各地で応援演説をしている。大阪の友人は、立憲民主党の候補がいてうらやましい、と言った。友人の選挙区には立憲民主党の候補がいないのだ。せめて枝野さんを応援したいと、大阪駅ヨドバシカメラ前の会場にかけつけたそうだ。
枝野さんと握手したよ、とラインで興奮が伝わってくるような報告をしてきた。