6月5日、兵庫県立芸術文化センターで、ギドン・クレーメルとリュカ・ドゥバルグのリサイタルがあった。
昨年はギドン・クレーメルとクレメラータ・バルティカの演奏を聴き至福の時を過ごしたが、クレーメルのソロを聴くのは今回が初めてだ。
プログラムは、①ワインベルグ:無伴奏バイオリンソナタ第3番 ②ショスタコーヴィチ:バイオリンソナタト長調 ③ラヴェル:バイオリンソナタト長調 ④フランク:バイオリンソナタイ長調。
ワインベルグの無伴奏は初めて聴く。クレーメルは、現代の、それもあまり注目されない作曲者の作品を発掘するのに力を注いでいる。
ワインベルグはポーランド生まれで、ショスタコーヴィチの盟友だったそうだ。スターリン時代には投獄され、貧窮の生活を送った人だという。芸術を通してスターリンと闘い続けたショスタコーヴィチの作品と同様、内なる叫びが聞こえてきそうな曲だ。同じソビエト支配下のラトビアで生まれ育ったクレーメルにとって、ワインベルグは音楽家として共感するものがあるのだろう。
初めて聴く曲でも、クレーメルの演奏は、聞く者の心をわしづかみにし、最後まで、緊張をもって聞かせる。
2階の、ちょうど舞台のクレーメルを斜め後ろから見下ろす席で、表情が見えないのが残念だったが、指使い、弓使いがよく見えたし、後ろ姿でも、クレーメルの曲に対する姿勢がちゃんと伝わってきて、最初の曲からもう感動!
ショスタコーヴィチから、ピアノのリュカ・ドゥバルグが登場。
昨年のチャイコフスキー国際コンクールで4位だったが、その才能を認められて、名だたる演奏家から、共演を申し込まれたそうだ。
本格的にプロのピアニストを目指したのは20歳になってからだという。
最初の音を聴いただけで、この若いピアニストが並々ならぬ才能の持ち主だということをうかがわせた。
単なる伴奏者ではない。クレーメルとドゥバルグの真剣勝負のような共演は、とてもスリリングだった。
クレーメルは、この若い演奏者とのやり取りが楽しくて仕方がないという感じだ。老巨匠が、孫のような若者の才能におおいに刺激され、また愛情深く見守っているようなところもある。
一方のドゥバルグは、時折クレーメルのほうに視線を向けて、巨匠との呼吸を完璧に合わせようとする姿がほほえましい。そこには尊敬の念が感じられる。しかし、巨匠の前で臆することなく、堂々と自己主張している。若くして才能を認められた演奏者によく見られるような、突っ張ったようなところがなくて、自然に、軽やかに自己主張しているという感じだ。
ショスタコーヴィチが二人の演奏を聴いていたら、我が意を得たりと、満足の笑みを浮かべたと思う。
ラヴェルになると、ドゥバルグはまた違った表情を見せて、繊細な、ピアニッシモの音もしっかりと深いところから響いてくる。
一番圧巻だったのは、やはりフランクのバイオリンソナタだ。老巨匠と新人、二人の天才が生み出す音楽が、あたかも嵐の中で激しく岩に打ち寄せる大波のように、会場を震わせる。
ドゥバルグの若さに引き込まれるように、クレーメルは持てるエネルギーを最大に使って、この大曲とがっぷり四つに取り組んだという演奏だった。
演奏が終わったとき、会場は、満席ではなかったにも関わらず、まさに万雷の拍手で揺れ動いた。観客の方も、持てるエネルギーを最大に使って、この曲を全身で受け止めたという感じなのだ。
69歳のクレーメルは、フランクのソナタで、全エネルギーを使い果たしたかのように見えた。体力的にもそうだが、全身全霊をこの曲に注ぎ込んだと思えるような演奏だった。それに応えるように、ドゥバルグの演奏も完璧だった。
アンコールを要求するのは酷なように思えたが、それでも、イザイの小曲を一曲演奏してくれた。
翌日と翌々日は東京でのコンサートだが、クレーメルさん、体力は大丈夫かなあ。
クレーメルのバイオリンを堪能できたのは言うまでもないが、ドゥバルグという若い才能に出会えた、すばらしいコンサートだった。