この漁師町に帰って来た時母は
私に言った。
「陽の面倒は私がみるから
あんたもう一度外に出て働いと
いで」
家計を助けるためと言うより
働きに出ることで自分だけの時間
が持てる事の方が魅力だった。
だからすぐに大町にある会計事務
所で事務職の仕事を見つけた。
最初は娘を一人にして一日中家を
空けるのは心配だったけど陽が
おばあちゃんに良くなついてくれ
て助かった。
母も近所の猫も人の声が聞き取れ
ない。
寡黙な陽と良い関係のようだ。
さて、これからは忙しいな。
卒園式に小学校の入学式、その前
にピアノの発表会もある。
あの子 ちゃんと弾けるかな?
大丈夫だよね、このところ毎日
よく練習しているし、
おばあちゃんも
「陽! だいぶ上手くなったね」
って、母には聞こえるのかしら
陽の音色?
いつもあんなに大きな声を出して
も「えっ?何?」って言うのに?
陽が弾く拙い旋律、お世辞にも
上手な演奏とは言えないが、なん
だか楽しそうな音色に聞こえる時
がある。
まるで陽がこっそり楽しい事を
おしゃべりしているような。
4月になったら陽の子供部屋も
出来る。
机やベッドは母がどこからかお古
を貰ってきたけど、フトンカバー
位は新調するか。
大町にある電鉄系のデパート
栄子が高校に通い始めた時から
ここにずっとある。
でも、寝具売り場なんて初めて
来た。
「やっぱり、女の子だからカワ
イイ方が良いかな?」
淡いピンクのカバー 無地の
ように見えてかすかに模様が
あるようだ?
「最近、眼が悪くなったのか
しら? 嫌になっちゃう!」
独り言をつぶやきながらそのカ
バーを手に取り広げてみた。
ピアノの柄だった。
陽のつぶやく楽しいそうな音色
何故だか急に聞こえてたような
気がする。
声なんか出なくても
あの子の手から
あの子の気持ちは
ちゃんと伝わるんだ。
値段を見た。
「今日一日のパート代より高い
か~?」
「でもまあいいか!
又、明日働けばいいのだから」
何故か急に栄子は楽しくなって
来た。
早く、新しい子供部屋にこの
カバーをかけたいな。
あの子どんな顔するだろう?
きっと喜んでくれるはず。
駅に向かいながら空を見上げると
薄明るい夕焼け空が見えた。
「まあ、気長にやるか!」
栄子は手を上げて背伸びをした。