民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「方丈記」 鴨長明

2013年07月03日 00時24分58秒 | 名文(規範)
 「方丈記」 鴨長明(かものちょうめい)

 ゆく川の流れは 絶えずして、しかも もとの水にあらず。
淀(よど)みに浮ぶ 泡沫(うたかた)は、かつ消え かつ結びて、
久しく とどまりたる例(ためし)なし。
世の中にある 人と栖(すみか)と、また かくの如し。

 たましきの都の中(うち)に、棟を並べ、甍(いらか)を争(あらそ)へる、
高き、卑しき、人の住(すま)いは、世々(よよ)を経(へ)て 尽きせぬものなれど、
これをまことかと 尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。
あるいは、去年(こぞ)焼けて 今年作れり、
あるいは、大家(おおいえ)滅びて 小家(こいえ)となる。
住む人も、これに同じ。
所もかわらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二・三十人が中(うち)に、
わずかに一人・二人(ひとりふたり)なり。

 朝(あした)に死に、夕(ゆうべ)に生(うま)るゝ ならい、ただ水の泡にぞ 似たりける。
知らず、生れ死ぬる人、何方(いずかた)より来りて、何方(いずかた)へか去る。
また知らず、仮の宿り、誰(た)がために 心をなやまし、何によりてか、目を悦ばしむる。
その主人(あるじ)と栖(すみか)と、無常を争うさま、いはば、朝顔の露に異ならず。
あるいは、露落ちて 花殘れり。
殘るといえども、朝日に枯れぬ。
あるいは、花は萎(しぼ)みて 露なお消えず。
消えずといえども、夕べを待つことなし。

「いろはかるた」 江戸バージョン

2013年07月01日 01時21分52秒 | 名文(規範)
 「いろはかるた」 江戸バージョン
 

い 犬も歩けば 棒に当たる
ろ 論より 証拠
は 花より 団子
に 憎まれ子 世にはばかる
ほ 骨折り損の くたびれ儲け
へ 下手の 長談義
と 灯台 下暗し
ち 塵積もって 山となる
り 良薬は 口に苦し
ぬ 沼地にも 蓮の華
る 瑠璃も針も 照せば光る
を 老いては 子に従う
わ 笑う門には 福来たる
か 可愛い子には 旅をさせ
よ 葦のずいから 天のぞく
た 旅は道連れ 世は情け
れ 礼儀も過ぎれば 失礼になる
そ 損をして 得をとれ
つ 綴れを着ても 心は錦
ね 念には 念を入れよ
な 泣き面に 蜂が刺す
ら 楽あれば 苦あり
む 無理が通れば 道理引っ込む
う 嘘から出た 実(まこと)
ゐ 井の中の蛙 大海を知らず
の 喉元過ぎれば 熱さ忘るる
お 鬼に 金棒
く 臭い物に 蓋
や 安物買いの 銭失い
ま 負けるは 勝ち
け 芸は 身を助くる
ふ 河豚は食いたし 命は惜しい
こ 転ばぬ先の 杖
え 得手に 帆を揚げる
て 出る杭は 打たる
あ 頭隠して 尻隠さず
さ 猿も 木から落ちる
き 聞くは 当座の恥
ゆ 油断大敵
め 目の上の 瘤
み 身から出た 錆
し 知らぬが 仏
ゑ 縁の下の 力持
ひ 貧乏 暇なし
も 門前の小僧 習わぬ経を読む
せ 背に腹は かえられぬ
す 好きこそ 物の上手なれ
京 京の夢 大坂の夢

「君死にたもうことなかれ」 与謝野 晶子

2013年06月30日 00時11分53秒 | 名文(規範)
 「君死にたもうことなかれ} 与謝野 晶子

 旅順口(りょじゅんこう)包囲軍の中に在(あ)る弟を嘆きて

 あゝ おとうとよ、君を泣く
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
末に生まれし 君なれば
親のなさけは まさりしも
親は刃を にぎらせて
人を殺せと を(お)しへ(え)しや
人を殺して 死ねよとて
二十四(にじゅうし)までを そだてしや

堺の街の あきびとの
旧家(きゅうか)をほこる あるじにて
親の名を継ぐ 君なれば
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
旅順の城は ほろぶとも
ほろびずとても 何事ぞ
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに 無かりけり

君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
すめらみことは 戦ひ(い)に
おほ(お)みずから 出でまさね
かたみに人の 血を流し
獣の道で 死ねよとは
死ぬるを人の ほまれとは
おほ(お)みこころの ふかければ
もとよりいかで 思(おぼ)されむ(ん)

あゝ おとうとよ 戦ひ(い)に
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ
すぎにし秋を 父ぎみに
おくれたまへ(え)る 母ぎみは
なげきの中に いたましく
わが子を召され、家を守り
安しときける 大御代(おおみよ)も
母のしら髪(が)は まさりぬる

暖簾(のれん)のかげに 伏して泣く
あえかにわかき 新妻を
君わするるや、思へ(え)るや
十月(とつき)も添は(わ)で 別れたる
少女(おとめ)ごころを 思ひ(い)みよ
この世ひとりの 君ならで
ああ また 誰をたのむべき
君 死にたまふ(たもう)ことなかれ

「弁天娘女男白浪」 稲瀬川勢ぞろいの場

2013年06月28日 00時38分47秒 | 名文(規範)
 白浪五人男 (稲瀬川勢ぞろいの場)

日本駄右衛門(市川団十郎)
「問われて名乗るも おこがましいが、生まれは遠州 浜松在(ぜえ)、
十四の時から 親に離れ、身の生業(なりえい)も 白浪の、
沖を越えたる 夜働き、盗みはすれど 非道はせず、
人に情けを 掛川から、金谷(かなや)をかけて 宿々(しゅくじゅく)に、
義賊と噂(うわさ) 高札(たかふだ)に、まわる配符(へえふ)の 盥(たれえ)越し、
危ねえその身の 境涯(きょうげえ)も、もはや四十(しじゅう)に 人間の、
定めはわずか 五十年、六十余州に 隠れのねえ、
賊徒(ぞくと)の張本(ちょうほん) 日本 駄右衛門」

弁天小僧(尾上菊五郎)
「さてその次は 江の島の、岩本院の 稚児上がり、
ふだん着馴れし 振り袖から、 髷(まげ)も島田に 由比が浜、
打ち込む浪(なみ)に しっぽりと、女に化けて 美人局(つつもたせ)、
油断のならぬ 小娘も、小袋(こぶくろ)坂に 身の破れ、
悪い浮名も 龍(たつ)の口、土の牢へも 二度三度、
だんだん越ゆる 鳥居数(かず)、八幡様の 氏子にて、
鎌倉無宿と 肩書きも、島に育って その名せえ、
弁天小僧 菊之助」

忠信利平(坂東三津五郎) 
「つづいて後(あと)に 控えしは、月の武蔵の 江戸育ち、
餓鬼の時から 手くせが悪く、抜け参(めえ)りから ぐれ出して、
旅を稼ぎに 西国(さいこく)を、回って首尾も 吉野山(よしのやま)。
まぶな仕事も 大峰(おおみね)に、足をとめたる 奈良の京。
碁打ちといって 寺々や、豪家(ごうか)に入(い)り込み 盗んだる、
金が御獄(みたけ)の 罪科(つみとが)は、毛抜きの塔の 二重三重(にじゅうさんじゅう)、
重なる悪事(あくじ)に 高飛びなし、後(あと)を隠せし 判官(ほうがん)の、
お名前(なめえ)騙(かた)りの 忠信 利平」

赤星十三郎(中村時蔵) 
「またその次に 連なるは、以前は武家の 中小姓(ちゅうごしょう)、
故主(こしゅう)のために 切り取(ど)りも、鈍(にぶ)き刃(やいば)の 腰越えや、
砥紙(とがみ)が原に 身の錆を、研ぎ直しても 抜けかぬる、
盗み心の 深縁(ふかみどり)、柳(やなぎ)の都(みやこ) 谷七郷(やつしちごう)、
花水橋(はなみずばし)の 斬り取(ど)りから、今牛若と 名も高く、
忍ぶ姿も 人の目に、月影が谷(やつ) 御輿(みこし)が岳(たけ)、
今日ぞ命の 明け方に、消ゆる間近(ちか)き 星月夜(ほしづきよ)、
その名も 赤星 十三郎」

南郷力丸(市川左団次) 
「さてどん尻に 控(ひけ)えしは、潮風荒き 小ゆるぎの、
磯(そ)馴れな松の 曲り成り、人と成ったる 浜育ち、
仁義の道も 白川の、夜舟へ乗り込む 船盗人(ふなぬすっと)。
浪(なみ)にきらめく 稲妻の、白刃(しらは)でおどす 人殺し、
背負(しょ)って立たれぬ 罪科(つみとが)は、その身に重き 虎が石、
悪事千里と いうからは、どうで仕舞(しめえ)は 木の空と、
覚悟はかねて 鴫(しぎ)立つ沢、しかし哀れは 身に知らぬ、
念仏嫌(ぎ)れェな 南郷 力丸」

日本駄右衛門 「五つ連れ立つ 雁金(かりがね)の、五人男に かたどりて……」
弁天小僧菊之助 「案に相違の 顔ぶれは、誰(たれ)白浪の 五人連れ……」
忠信利平 「その名もとどろく 雷の、音にひびきし われわれは……」
赤星十三郎 「千人あまりの その中で、極印(ごくいん)打った 首領(かしら)分……」
南郷力丸 「太えか布袋(ほてい)か 盗人(ぬすっと)の、腹は大きな きもっ玉……」
日本駄右衛門 「ならば手柄に……」
五人 「搦(から)めてみろ」

「弁天娘女男白浪」 雪下浜松屋の場

2013年06月26日 00時26分28秒 | 名文(規範)
 弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ) (雪下浜松屋の場)
  

与九郎 「さては女と思ったに、騙(かた)りであったか。(みんなで)イァ/\/\。 」

弁天小僧 「そうよ。金が欲しさに 騙(かた)りに来たんだ。
秋田の部屋ですっぱり取られ、塩噌(えんそ)に困るところから、
百両(いっぽん)ばかり稼ごうと、損料物の振袖で 役者気どりの女形、
うまくはまった狂言も こう見出されちゃぁ訳はねえ、
何のことはねえ、ほんのたでえまのお笑(われ)え草だ。」

与九郎 「どう見てもお嬢さんと思いのほかの大騙り、さて/\太い、(みんなで)奴だなぁ。 」

弁天小僧 「どうで騙りにくるからは、首は細えが、おゥ番頭さん、肝は太えよ。」

南郷力丸 「何だなぁ、太いの細えのと橋台(はしでえ)で、売る芋じゃぁあるめえし。」

弁天小僧 「違えねえ、どれでもより取りが聞いてあきれらぁな。」

駄右衛門 「企(たく)みし騙りが現われても、びくとも致さぬ大丈夫(だいじょうぶ)、
ゆすり騙りのその中でも、さだめて名ある 者であろうな。 」

弁天小僧 「へえ、それじゃぁ まだお前(めえ)方、わっちらの名を知らねえのか。」

与九郎 「どこの馬の骨か、(みんなで)知るものか。」

弁天小僧 「知らざあ言って 聞かせやしょう。
(待ってましたの声、キセルを二度叩いて)
浜の真砂(まさご)と 五右衛門が 歌に残した 盗人(ぬすっと)の 種は尽きねえ 七里ケ浜 
その白浪の 夜働き 以前をいやあ 江の島で 年季勤(づと)めの 稚児ケ淵(ちごがふち)
百味講(ひゃくみ)でちらす 蒔銭(まきせん)を 当(あて)に小皿の 一文子(いちもんこ)
百が二百と 賽銭の くすね銭(ぜに)せえ だんだんに 悪事はのぼる 上(かみ)の宮 
岩本院で 講中(こうじゅう)の 枕探しも 度重なり お手長講と 札つきに 
とうとう島を(あ) 追い出され それから若衆(わかしゅ)の 美人局(つつもたせ)
ここや彼処(かしこ)の 寺島(てらじま)で 小耳に聞いた 音羽屋の(じいさんの)
似ぬ声色(こえいろ)で 小ゆすりかたり 
名せえ由縁(ゆかり)の 弁天小僧 菊之助たァ (腕をまくり)おれのことだ。」

南郷力丸 「その相ずりの 尻押しは、富士見の間から 向うに見る、大磯小磯 小田原かけ、
生まれは漁師で 波の上、沖にかかった 元船へ、その船玉(ふなだま)の 毒賽(どくぜえ)を 
ぽんと打ち込む 捨て錨(いかり)、船丁半(ふなじょうはん)の 側中(がわじゅう)を、
ひっさらってくる 利得(かすり)とり、
板子一枚(いたごいちめえ) その下は、地獄と名に呼ぶ 暗闇の、明るくなって 度胸がすわり、
櫓(ろ)を押しがりや ぶったくり、船足(ふなあし)重き 凶状に、昨日は東 今日は西、
居どこ定めぬ 南郷力丸、面(つら)ァ見知って 貰(もれ)えてえ」