民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「本屋さんで待ちあわせ」 その17 三浦 しをん  

2017年12月24日 00時11分24秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その17 三浦 しをん  大和書房 2012年

 読まずにわかる『東海道四谷怪談』 その2
 第一夜 幕末迫る1825年に初演 P-130

 では、『四谷怪談』が初演された1825年とは、どんな年だったのか。高校時代に使っていた参考書、『詳説日本史研究』(笠原一男、山川出版社)を引っ張りだしてちょっと調べてみた。それによると、幕府が『異国船打払令』を出している。幕府的にはあくまで鎖国していたかったのだろうが、ペリーの来航は1853年、大政奉還は1867年だ。ちなみに、勝海舟は1823年、西郷隆盛は1827年、坂本龍馬は1835年に生まれている。

 ということは、『四谷怪談』初演当時には二歳児だったり母親の子宮内にする影も形もなかったりした子どもたちが成長しておっさんになるころ、江戸幕府は終焉を迎えたことになる。
 いまの私たちが、経済や政治や日常に漠然とした不安を感じつつ、現状の社会の仕組みが根底から覆されることはなかろうと信じているように、『四谷怪談』を初演時に見た観客も、江戸幕府に対して獏とした不安や不満は抱きつつも、まさか明治時代が到来し、武士がちょんまげを切る社会になろうとは、本気で予想してはいなかっただろう。

 劇は時代を映す鏡だ。激変期を目前に控え、しかし多くの人が、「なんとなくこのまま日常はつづくんだろうな」と思っていたころ、血なまぐさも充溢したエネルギーを秘めて、『東海道四谷怪談』の幕は開いた。

「本屋さんで待ちあわせ」 その16 三浦 しをん

2017年12月22日 00時37分24秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その16 三浦 しをん  大和書房 2012年

 読まずにわかる『東海道四谷怪談』 その1
 第一夜 幕末迫る1825年に初演 P-130

 鶴屋南北が書いた『東海道四谷怪談』は、文政8年(1825年)に江戸の中村座ではじめて上演され、いまに至るまで、舞台を見る私たちを楽しませつづけている作品だ。
 1825年といえば、いまから184年まえ、つまり今年(2009年)は、『四谷怪談』誕生180周年でも185周年でもない。こんな中途半端な年に『四谷怪談』を取り上げてしまって恐縮なのだが、この作品、戯曲として文字で読んでもとてもおもしろい。

 不況で生活が苦しいさま、凶悪な犯罪が次々と起こる世相、それでもたくましく生きる人々の日常が活写されていて、現代に通じるものがある。というより、時代が変わっても人間の心理は変わらないのだなと、知らしめてくれる。

「本屋さんで待ちあわせ」 その15 三浦 しをん 

2017年12月20日 00時03分19秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その15 三浦 しをん  大和書房 2012年

 愛と観察眼が炸裂 その2
 『猫座の女の生活と意見』浅生ハルミン・著 (晶文社) P-124

 著者の「人生の選択」は、トイレでおしっこするときに、音消しの水を流さないと決めたことである。しかも、「水がもったいない」などといったエコ的理由では全然ない。私も常に、「おしっこの水音を水音で消す」という行為に大いなる欺瞞と矛盾を覚え、どうすべきか悩んでいたのだが、笑いとともに決めました。音消ししない、と。「私は音消しなんかしないよ」という諸氏。ぜひ本書を読んでいただきたい。その結果どういう事態が引き起こされるかについても、ちゃんと書いてある。ぶるぶる。

 一見、日だまりで猫とのんびりしているようでいて、本書には胆力(たんりょく)がある。著者は、ひとの心の機微や陰の部分を決して見逃してはいない。本書に収録された鋭く本質を突くブックレビューが、それを証明している。だからこそ、読者に笑いと自問自答を呼び起こすのだ。

「本屋さんで待ちあわせ」 その14 三浦 しをん  

2017年12月18日 00時08分59秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その14 三浦 しをん  大和書房 2012年

 愛と観察眼が炸裂 その1
 『猫座の女の生活と意見』浅生ハルミン・著 (晶文社) P-124

 本書の著者は、「もし生まれ変われるものなら猫ではなく、猫の舌に毎日舐められる猫のごはんの皿になりたい」ほどの猫好きである。猫のごはんの皿!

 このエッセイ集では、猫やこけしや古本などについて、著者の愛と観察眼が静かに炸裂していて、読者は思わず自問自答せずにはいられない。私はこれまで、かくまで深くなにかを愛したことがあっただろうか(いや、ない)、と。

 少女時代から現在までつづく、俳優・藤竜也への愛を表明するくだりなど、絶好調を通り越してほとんど絶頂に達している感がある。私はこれまで(以下略)。

 著者が愛するものは、(猫や藤竜也氏は別として)世間が想像する「女子の好むもの」とはちょっとちがうことが多い。こけしと古本を集める女性って、現代ではやっぱり少数派だと思うのだ。だが、「私はひととちがう」と気取る気配は微塵もない。愛好者だけの世界にはまりこむこともしない。「これが好きだなあ」と思いつつ、淡々かつ飄々と日常を生きている。

「本屋さんで待ちあわせ」 その13 三浦 しをん  

2017年12月16日 00時14分23秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その13 三浦 しをん  大和書房 2012年

 『めざせイグ・ノーベル賞 傾向と対策』久我羅内(らない)・著 (阪急コミュニケーションズ) P-116

 今年(2008年)、日本はノーベル賞で盛り上がったが、偉大な研究はもちろん、まだまだほかにもある。本書が紹介する「イグ・ノーベル賞」は、「世間を笑わせ、考えさせた」研究に贈られる賞だ。

 これまで受賞した研究に共通するのは、日常の些細な疑問や現象を見過ごさず、それを真剣に解き明かした点だ。たとえば、「へそのゴマに関する統計的調査」「なぜ、ひとは黒板を引っかく音が嫌いなのか」「ジッパーにペニスをはさまれたときの適切な対処法」(これは些細な現象ではなく、真に窮状だが)など。へそのゴマは、衣服と腹毛や肌との摩擦によって、へそに運ばれるものらしい。そ、そうだったのか!

 感じた「なぜ?」を追求するところから、新しい世界は広がる。本書を読んで、笑えて楽しい「イグ・ノーベル賞」の受賞を、ぜひ目指そうではないか。