民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「むかし話の意味」  小島 瓔禮(よしゆき) 

2012年09月23日 21時20分25秒 | 民話(語り)について
 むかし話の意味  琉球大学 教授 小島 瓔禮(よしゆき) 世界名作物語 4 

 むかし話には、素朴ではありますが、文学としての整った形式が備わっています。
まず、話し始めの決まり文句があります。
東京などでは、「むかし むかし あるところに」というのが普通です。
「むかし話」という呼び名も、ここから生まれました。
 「むかし むかし」とは、今から、はるかに遠い、ばくぜんとした過去の時代を指しています。
「あるところに」も、ここではない、遠く離れた、どこかの土地をあらわします。
この句は、むかし話が、時間的にも、空間的にも、不特定な、抽象的な世界を舞台にしていることを
示しています。

 文学は、現実を踏まえながら、現実とは異なった別の世界をつくりあげていますが、
むかし話も、文学として、独自の抽象的なフィクション(虚構)の世界を形づくっています。
一般に、むかし話は、没個性的で、類型的な、抽象化された人物を描いています。
 むかし話の中で、幻想的な、超現実的な、さまざまな不思議なことが起こるのも、
現実の世界でないからです。

 そうした、むかし話の性質は、結びの決まり文句にもあらわれています。
東京などでは「めでたし めでたし」といいます。
これは、主人公の幸福をたたえる言葉です。
むかし話の虚構性を示す句がついてる場合もあります。
むかし話は、フィクションの中で、人間の理想の姿を求めているのです。
むかし話の大きな特色は、生きた言葉で語るものであったということです。
こんな抽象的な世界を、聞いている幼い子供に理解できるように、わかりやすく語るのです。
「鎮守の森のような森の中に」「おまえのような、かわいい小僧さんが」というように、
子供の身近な世界になぞらえて語ります。

 文学的にいえば、むかし話には、強い写実性が要求されていたということになります。
子供も、自分で知っている現実の場所や人物に結びつけながら聞いています。
むかし話は、子供にとって、たいへん、生き生きとした、不思議な世界になります。

 むかし話が、私達の心の奥に、いつまでも、ほのぼのとしたあたたかみにつつまれて生き続けているのは、
それを語ってくれた、おじいさんやおばあさん、おとうさんやおかあさんの優しい愛情が、
そのまま伝わっているからです。

 生きている言葉には、かならず、話す人の心があらわれます。
むかし話を語るということは、同時に、語り手の心を聞き手に伝えることなのです。
聞き手が、たとえば「ハート」などといって、相槌を打つ習慣もありました。
そこには、言葉をかわすことによって心が通じる、わかり合える世界が生まれていたのです。