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「西川 美和さんのこと」 梯(かけはし)久美子

2014年03月31日 00時12分34秒 | 雑学知識
 「声を届ける」 10人の表現者  梯(かけはし)久美子 著 求龍堂 2013年

 「西川 美和さんのこと」 

 前略

 庭に面した静かな和室の真ん中に文机(ふづくえ)を置いて座布団に正座し、
古い着物地をパッチワークした膝掛けをかけて、彼女はノートパソコンに向かっていた。
映画『ディア・ドクター』の登場人物たちを主人公にした短編小説集『きのうの神さま』
(ポプラ社、2009年)の仕上げにかかっていたのだ。
のちに直木賞候補になった作品である。

 住まいは東京だが、脚本と小説の執筆は実家でする。
雑音の多い東京では、書くことに集中できないからだ。
広島ではひたすら部屋にこもり、考えることと書くこと以外はなにもしない。
一行一行、苦しみ抜いて書いているという脚本のときは特に、
睡眠以外の時間はずっと机にはりついていられる環境でないと不安だという。
脚本を書き始めるときは、またあの苦労をしないといけないのか、と思うそうだが、
映画を作るための苦労こそが、彼女の優先順位の一番目に位置するものなのだ。

 どういう話の流れからだったか、「私、くじって引きたくないんです」と彼女が言ったことがある。
「宝くじにも当たりたくない。そんなところで運を使いたくないですもん。
私にとっては、これはいける、というネタを見つけたときが運の絶頂なんです」

 人間、そんなに多くのものを手に入れられるとは思わない。
それならば自分の人生は「一点買い」でいきたい。
そう西川さんが話したとき、なるほどと納得がいった。
礼儀正しくおだやかで、にっこり笑えばかわいらしく、
どんな年代の人からも「感じのいいお嬢さん」と言われるであろう彼女だが、
付き合うほどに、芯のところに何かこつんと硬いものがあることがわかってくる。
それは、優先順位が一番のもの以外を欲しがらない、この潔さから来ているのだろう。

 後略

 西川 美和  映画監督 1974年 広島生まれ