「あの、ぬるく、水っぽいお粥」 岸本葉子 『幸せまでもう一歩』所収 「エッセイ 脳」P-52
七日間の絶食を体験した。入院して、腸の検査を受けた後のことである。
術後すぐの数日は、飲まず食わずでもいっこうに空腹感を覚えない。が、体力が回復するに比例して、何か口にしたい衝動がつのってくる。必要な栄養は、点滴でちゃんと取れているのだが、それとは別の問題のようだ。八日目の朝から許される流動食が、ひたすら待たれる。
「解禁日」の前日は、ほとんどもう食べ物のことしか考えられない状態になり、これで何かの手違いで配膳が忘れられたりしたら、卒倒するのではないかと思われた。
そしてその朝、運ばれてきたのは。「これが、お粥・・・・・」
プラスチックの丼の底の方に、うっすらと溜まっている。障子を貼る糊よりも、水分が多そうな。
試みに箸でかき回してみたが、みごとなまでに、ひと粒のご飯も入っていなかった。流動「食」というより流動「飲料」と呼びたい。
が、丼を持ち上げ、顔に近づけると、おお、ふわっと鼻を包む甘い香り。これぞ、ニッポンの主食、お米の澱粉質の香りだ。
次いで、口の中に広がる生暖かさ。病院食だから、熱々というわけにはいかなかったが、舌に乗って、喉へ、食道へと順送りされていく。食べ物を口から摂取するという、当たり前の感覚が、よみがえった。
胃腸までが早くも反応し、くるくると鳴っている。ひと口のお粥で、全身を貫く一本の管が、活動を再スタートしたような。
食い意地の張った私は、退院後、絶食した分を取り返すかのごとく、あれこれの料理を味わったけれど、あの病院食のぬるく、水っぽいお粥は、忘れがたい一品である。
うまいなぁ、と感心したエッセイ。
(注)原文は一行あけなしに書かれている。「起承転結」をわかりやすくするために一行あけた。
エッセイを成り立たせている文章を三種類に分けてとらえると、
1、枠組みの文→時間・場所、人物・物の紹介。
2、描写→さらに具体的に、詳しく書き込む。
3、セリフ→「 」( )でくくるような話し言葉、独り言。
書くときの自分の意識として、この三種類を意識しながらはたらかせています。
書く上で、「この文章は、今、どのはたらきをしているか」「このへんで、こういう役割をする文章を入れておく方がいい」などと考えながら配置していますが、その、はたらき、役割によって整理してみれば、この三つになるというものです。(岸本葉子)
青色→枠組みの文
黒色→描写
赤色→セリフ
七日間の絶食を体験した。入院して、腸の検査を受けた後のことである。
術後すぐの数日は、飲まず食わずでもいっこうに空腹感を覚えない。が、体力が回復するに比例して、何か口にしたい衝動がつのってくる。必要な栄養は、点滴でちゃんと取れているのだが、それとは別の問題のようだ。八日目の朝から許される流動食が、ひたすら待たれる。
「解禁日」の前日は、ほとんどもう食べ物のことしか考えられない状態になり、これで何かの手違いで配膳が忘れられたりしたら、卒倒するのではないかと思われた。
そしてその朝、運ばれてきたのは。「これが、お粥・・・・・」
プラスチックの丼の底の方に、うっすらと溜まっている。障子を貼る糊よりも、水分が多そうな。
試みに箸でかき回してみたが、みごとなまでに、ひと粒のご飯も入っていなかった。流動「食」というより流動「飲料」と呼びたい。
が、丼を持ち上げ、顔に近づけると、おお、ふわっと鼻を包む甘い香り。これぞ、ニッポンの主食、お米の澱粉質の香りだ。
次いで、口の中に広がる生暖かさ。病院食だから、熱々というわけにはいかなかったが、舌に乗って、喉へ、食道へと順送りされていく。食べ物を口から摂取するという、当たり前の感覚が、よみがえった。
胃腸までが早くも反応し、くるくると鳴っている。ひと口のお粥で、全身を貫く一本の管が、活動を再スタートしたような。
食い意地の張った私は、退院後、絶食した分を取り返すかのごとく、あれこれの料理を味わったけれど、あの病院食のぬるく、水っぽいお粥は、忘れがたい一品である。
うまいなぁ、と感心したエッセイ。
(注)原文は一行あけなしに書かれている。「起承転結」をわかりやすくするために一行あけた。
エッセイを成り立たせている文章を三種類に分けてとらえると、
1、枠組みの文→時間・場所、人物・物の紹介。
2、描写→さらに具体的に、詳しく書き込む。
3、セリフ→「 」( )でくくるような話し言葉、独り言。
書くときの自分の意識として、この三種類を意識しながらはたらかせています。
書く上で、「この文章は、今、どのはたらきをしているか」「このへんで、こういう役割をする文章を入れておく方がいい」などと考えながら配置していますが、その、はたらき、役割によって整理してみれば、この三つになるというものです。(岸本葉子)
青色→枠組みの文
黒色→描写
赤色→セリフ