吉か凶か
正月の三日、午後三時、コーヒーをドリップして、コンビニにおやつを買いに行った。お目当てはこのところクセになっているドラ焼きである。正月が明けて初めての外出で、人も車もほとんど通っていない。驚くほど静かだった。
コンビニは歩いて二分のところにある。以前は自転車で行っていた。今は歩くことが少なくなったことを自覚したkら、できるだけ歩いて行くようにしている。
その帰り、道路を歩いていると前方に財布らしいモノが落ちているのに気が付いた。近づいてみると、まぎれもなく財布だった。三方がチャックになっている分厚い鰐皮の長財布だった。ボリュームがあって、とてもズボンの後ろポケットには収まるとは思えない代物だ。
「ラッキー、そうとうお金が入っていそうな財布だな。正月早々、縁起がいいや」
はやる気持ちを抑えて拾う。誰かに見られていないか気になったが、後ろを振り返らなかった。あくまで自然体だ。
「警察に届けるつもりだからね、ネコババなんかしないからね」
精一杯、からだ全身にそんなオーラを滲ませる。
「十万円、入っていたらどうしよう」
悪魔のささやきが聞こえる。心臓の鼓動を激しく感じながら家まで帰った。
部屋に入ってすぐ勇んで中身を確かめる。チャックを開けると、たくさんのカードと領収書のような紙切れが目に入る。紙幣は目に入らない。ちょっとガッカリした自分がイヤになる。中にもチャックがあった。紙幣はここに入っているのか、期待に胸を躍らせて開けると、そこにも紙幣は一枚も入っていなかった。小銭ばっかりで、数える気も起きない。
電話番号でもわかれば拾ったことを教えてあげられる。中身をチェックすると、診察券があって名前と生年月日はわかった。偶然、オイラと同じ年の生まれだ。しかし、連絡先がわかるようなモノは見つからなかった。
交番に届けることにした。金額が少ないから悪魔と戦うこともなくてすんだ。交番は前は赤門のところにあったから家から近かった。今は県庁の西に引っ越してしまって、わざわざ行くには遠過ぎる。交番に電話すれば見回り区域内だから取りに来てくれるだろう。ネットで交番の電話番号を調べてみたが出ていない。やむを得ず中央警察署に電話した。
「財布を拾ったのですが、どうしたらいいですか」
落とし物の係につないでくれて、同じことをくり返すと、
「近くの交番に届けてくださいますか」
「取りに来てはくれないのですか」
「それはできません」
えっ、そうなんだ、わざわざ届けに行かなきゃならないのか、面倒くさいが先に立つ。
「届けないと罰則みたいなのはあるのですか」
「一週間を過ぎると謝礼をもらう権利がなくなります」
謝礼をもらおうなんて考えていないよ、と言いかけたが、言ってもムダと気を取り直して、電話を切った。
落とし主は困っているだろう。早く届けてあげなきゃと思いながらグズグズしていた。どうしようか、思案に暮れていると、交番は県庁の西のほかに、二荒山の前にもあることに気が付いた。どちらも同じくらいの距離だ。毎朝、朝食代わりに食べているナッツが残り少なくなってきたので、近いうち買いに行くつもりでいた。乾物屋はオリオン通りのとば口にある。馬場町交番とは目と鼻の先だ。
次の日、暖かくなるのを待って交番に行った。「財布を拾いました」と言って、財布を渡すと、プラスティックのトレイに財布の中身をバラバラと全部出した。カード、紙切れは山のようにあったが、紙幣は一枚もない。警察官が不思議そうにこっちを見た。一瞬で状況を把握して(これで全部です。中身には手をつけていません)と必死に目で訴えた。
「一応、電話番号がわからないかと思って中身をチェックしました。名前と生年月日はわかったけど、連絡先はわからなかったです。警察だったら本人に連絡は取れますよね」
「そこまではしていませんが、診察券があるから病院に連絡すればわかるでしょう」
あまり積極的ではなく落とし主が現れるのを待つといった感じだった。
拾った時間と場所を聞かれたほかに、書類を書かされそうになったが、謝礼はいらないからと言うと、身分を証明するモノの提示だけで済んだ。
乾物屋は、正月だから休みなのではと心配だったが、やっていた。もう五年以上、二か月に一度は五千円くらい買い物をしているから、オーナーとは顔なじみだ。
「今日は初詣ですか」
財布を拾って交番に届けて来たことを話す。
「意外と手続きが面倒でしょう。下手に拾わないほうがいいくらいですよ」
「交番に届けなきゃいけないなんておかしいよね。ご好意感謝しますくらい、言って、取りに来てくれてもいいのにね」
「いいことしたんだから今年はいいことがありますよ」
「そうだといいんだけどね」
次の日、警察から電話があった。
「落とし主が見つかりました。ご協力ありがとうございました」
正月の三日、午後三時、コーヒーをドリップして、コンビニにおやつを買いに行った。お目当てはこのところクセになっているドラ焼きである。正月が明けて初めての外出で、人も車もほとんど通っていない。驚くほど静かだった。
コンビニは歩いて二分のところにある。以前は自転車で行っていた。今は歩くことが少なくなったことを自覚したkら、できるだけ歩いて行くようにしている。
その帰り、道路を歩いていると前方に財布らしいモノが落ちているのに気が付いた。近づいてみると、まぎれもなく財布だった。三方がチャックになっている分厚い鰐皮の長財布だった。ボリュームがあって、とてもズボンの後ろポケットには収まるとは思えない代物だ。
「ラッキー、そうとうお金が入っていそうな財布だな。正月早々、縁起がいいや」
はやる気持ちを抑えて拾う。誰かに見られていないか気になったが、後ろを振り返らなかった。あくまで自然体だ。
「警察に届けるつもりだからね、ネコババなんかしないからね」
精一杯、からだ全身にそんなオーラを滲ませる。
「十万円、入っていたらどうしよう」
悪魔のささやきが聞こえる。心臓の鼓動を激しく感じながら家まで帰った。
部屋に入ってすぐ勇んで中身を確かめる。チャックを開けると、たくさんのカードと領収書のような紙切れが目に入る。紙幣は目に入らない。ちょっとガッカリした自分がイヤになる。中にもチャックがあった。紙幣はここに入っているのか、期待に胸を躍らせて開けると、そこにも紙幣は一枚も入っていなかった。小銭ばっかりで、数える気も起きない。
電話番号でもわかれば拾ったことを教えてあげられる。中身をチェックすると、診察券があって名前と生年月日はわかった。偶然、オイラと同じ年の生まれだ。しかし、連絡先がわかるようなモノは見つからなかった。
交番に届けることにした。金額が少ないから悪魔と戦うこともなくてすんだ。交番は前は赤門のところにあったから家から近かった。今は県庁の西に引っ越してしまって、わざわざ行くには遠過ぎる。交番に電話すれば見回り区域内だから取りに来てくれるだろう。ネットで交番の電話番号を調べてみたが出ていない。やむを得ず中央警察署に電話した。
「財布を拾ったのですが、どうしたらいいですか」
落とし物の係につないでくれて、同じことをくり返すと、
「近くの交番に届けてくださいますか」
「取りに来てはくれないのですか」
「それはできません」
えっ、そうなんだ、わざわざ届けに行かなきゃならないのか、面倒くさいが先に立つ。
「届けないと罰則みたいなのはあるのですか」
「一週間を過ぎると謝礼をもらう権利がなくなります」
謝礼をもらおうなんて考えていないよ、と言いかけたが、言ってもムダと気を取り直して、電話を切った。
落とし主は困っているだろう。早く届けてあげなきゃと思いながらグズグズしていた。どうしようか、思案に暮れていると、交番は県庁の西のほかに、二荒山の前にもあることに気が付いた。どちらも同じくらいの距離だ。毎朝、朝食代わりに食べているナッツが残り少なくなってきたので、近いうち買いに行くつもりでいた。乾物屋はオリオン通りのとば口にある。馬場町交番とは目と鼻の先だ。
次の日、暖かくなるのを待って交番に行った。「財布を拾いました」と言って、財布を渡すと、プラスティックのトレイに財布の中身をバラバラと全部出した。カード、紙切れは山のようにあったが、紙幣は一枚もない。警察官が不思議そうにこっちを見た。一瞬で状況を把握して(これで全部です。中身には手をつけていません)と必死に目で訴えた。
「一応、電話番号がわからないかと思って中身をチェックしました。名前と生年月日はわかったけど、連絡先はわからなかったです。警察だったら本人に連絡は取れますよね」
「そこまではしていませんが、診察券があるから病院に連絡すればわかるでしょう」
あまり積極的ではなく落とし主が現れるのを待つといった感じだった。
拾った時間と場所を聞かれたほかに、書類を書かされそうになったが、謝礼はいらないからと言うと、身分を証明するモノの提示だけで済んだ。
乾物屋は、正月だから休みなのではと心配だったが、やっていた。もう五年以上、二か月に一度は五千円くらい買い物をしているから、オーナーとは顔なじみだ。
「今日は初詣ですか」
財布を拾って交番に届けて来たことを話す。
「意外と手続きが面倒でしょう。下手に拾わないほうがいいくらいですよ」
「交番に届けなきゃいけないなんておかしいよね。ご好意感謝しますくらい、言って、取りに来てくれてもいいのにね」
「いいことしたんだから今年はいいことがありますよ」
「そうだといいんだけどね」
次の日、警察から電話があった。
「落とし主が見つかりました。ご協力ありがとうございました」