今週は原稿書きに、取材、打ち合わせが交互。
その合間を縫って朝いちばんの電車に乗って、103歳の祖母の告別式へいってきました。
あんなに暖かい春のような日に逝ったのに、その日は、雪に。
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告別式では、何年ぶりかの親戚や
いとこ達とも顔をあわせ。
久しぶりに、たくさん、たくさん話しました。
そして、全力で引きとめられたので、娘のNと一日実家へ泊まりました。
2月4日。
天からは、白い雪がふわふわと降り続ける寒い日でした。
山々も田んぼも白く、光景のひとつひとつが印象に残る静かな日に思えました。
棺のなかのお顔は(さすがに写真には撮らなかったけれど)、
灰にしてしまうのが惜しいほど、お釈迦様のように美人で、清いお顔で。
いつも見るおばあちゃんではなくて、不思議なほど、若返ったお顔になっていました。
あんなにキレイだった?
その姿に、ホントは誰もが驚いたけれど。
103歳は天寿、もう仏様に近かったのですね。
お骨は、折れもせずに真っ白。
薬を飲んでいたり、どこか悪い所があると灰色や黄色くなっているそうなのですが、おばあちゃんの骨は、真っ白。
ちょっとサンゴに間違ってしまいそうなほど、きれいなままでした。
ちっとも怖いとも、目をそむけたいとも、思わなかった。
こんなにしっかりした「のど仏」は初めてみたと、焼き場の男性が
ビックリされていたほどでした。
普通に生きることの、強さを教えてくれた明治の女性の生きざま。
長い間、一緒に過ごせて、
私達こそ幸せだったのだと、その真実を思い知ったひとときでした。
祖母の最後の言葉は、私が会いにいった、その晩に叔父にそっと告げたという、
「きょうN(私の娘の名前)ちゃんに会えた」…。
(大晦日にもNちゃんに会いたい!といっていたそうです)
そして、この日からは悪くなるいっぽうだったと。
これを聞いて涙が止まりませんでした。
私とNと、よく間違う人も多いけれど、またしても幸福な錯覚をしてくれて、良かったのだと慰めます。
祖母と母と私と娘の4人。祖母は娘のNが書いた手紙や作文をいつも、大切に読んでいてくれたそうで
告別式のあと、親戚一同がアルバムを振り返っていると、祖母の写真の中から沢山のNの可愛い手紙が出てきたのです…。
スライドでは父と祖母が並んで笑っている写真も…。
祖母もこうしてあっちの國へ、いってしまったのだね。
翌朝もやはり寒くて 目が覚めると庭には重い雪がどっさり。
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そして、私たちは雪国から帰還するような妙な気持ちに。
いつになくアタマばかりが冴えるこの頃。
この日のことはきっと記憶の奥深くに吸り込まれるはず。そう信じられる祖母とのお別れの時でした。
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