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嫌いになった男の衣料を送り返す 源おほき (場面のある恋の歌)

2024-01-28 12:03:53 | 場面のある恋の歌
場面のある恋の歌

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

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 嫌いになった男の衣料を送り返す (場面のある恋の歌)

  源おほきは巨城とも書かれる。宇多院の皇子敦個(あつかた)親王の子である。この人も色好みの人らしく、「後撰集」の「恋四」には平中興(なかき)の女(むすめ:美貌の人として名高く、多くの人との交流をもった。浄蔵法師との恋愛が名高い)との別れの贈答がある。

    つらくなりにける男のもとに「今は」とて装束など返し
    つかはすとて

   今はとてこずゑにかかる空蝉のからを見むとは思はざりしを
    平なかきがむすめ

    返し

   忘らるる身をうつせみの唐衣返すはつらき心なりけり
    源 巨城

  中興(なかき)の女(むすめ)は、巨城(おほき)が通って来た日々に夫のものとしていた衣料を、「もう、縁は切れた」と見ぬいて送り返すことにしたのである。一種、離婚の証しのような儀礼である。
  「空蝉のから」のように、主のない衣料を見ているのはつらい、「あなたが、こんなに薄情になるとは思わなかった」と詠んで、返す衣装に添えてやったのだ。巨城の方も、情はさめているが、儀礼的にきちんと円く収めて別れなければならないわけだから、しおらしく返歌して衣装を受け取ったのだ。
  「あなたにとうとう忘れられてしまう私を、憂く、つらく思っております折も折、こうして空蝉のようなはかない装束をお返しなさるとは、なんというつらいお心でしょう」といっている。

(画像は本文と関係ありません)

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

壁の穴から恋人を覗いた女 源のおほき(場面のある恋の歌)

2024-01-27 10:55:11 | 場面のある恋の歌
場面のある恋の歌

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

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 壁の穴から恋人を覗いた女 (場面のある恋の歌)

  「古今集」は恋の歌を五つの段階に分けて、逢うこともまだない憧れの日から、互いに秋(飽)の風を感じ、別離に至るまでの、さまざまな恋の位相をみせ、その言葉の多様を味わわせてくれる。
  村上天皇の命によって「後撰集」が編まれる頃になると、こうした恋の歌が生まれる場面を知りたいという欲求が強くなってゆく。そして「伊勢物語」や「大和物語」の歌説話の魅力を、身近な場面とともに味わいたいという思いが、想像力を広げさせる詞書を求めさせたようだ。

  歌の背景を述べた詞書に扶(たす)けられた歌は、一方では、単独一首の屹立した詩性を緩めつつも場面とともに読み味わう物語性を含みもち、新しい魅力を生み出したというべきであろうか。
  そこには、ある場面を迎えて歌を詠む時の、恋の相手に対する思いはからいを見せた言葉の面白さや、応酬のテクニックなどが現実的な魅力とともにあり、歌による男女の交際が拡がる中で、こうしたサンプルが求められていたとも言える。しばらく、独特な場面で詠まれた歌を読んでいこう。

    源のおほきが通い侍りけるを、のちのちはまからずなり
    侍りにければ、隣の壁の穴より、おほきをはつかに見て
   (物事の一端がちらりと現れるさま)、つかはしける

   まどろまぬ壁にも人を見つるかなまさしからなむ春の夜の夢
   「後撰集」恋一 駿河

   (夢はまどろみの世界のものですのに、私はうつつにありありと、隣の壁穴からあなたを見てしまったのです。おや、これは春の夜の夢でしょうか。そんなら、正夢でありたいものですこと)

  これは源おほき(巨城)が駿河という女と親しい仲であったのに、しだいに疎くなり、通って来なくなったので、宮中での巨城の控室の隣まで出向いて行って、部屋の小さな壁の穴から、巨城の所在を覗き見をしたのである。
  「壁の穴」から覗くというところがなんとも愉快で、駿河自身もこうした恋人追跡の場を面白がって詠んでいる。
  上句には「いた、いた」という快哉の声が漏れてきそうなひびきがある。宮中といえど昔の土壁には小さな隙間はあって、秋には壁の空間に棲むこおろぎの声が聞こえるのも季節の風情であった。

  駿河は油断した姿で休息している巨城の姿をつくづく眺めながら、他の女房の曹司に行くとも見えぬ恋人の寛ぎ姿に満足したのだろう。
  「まさしからなむ春の夜の夢」に、またの出会いを楽しみに待っていますよ、という気分のあふれがみえる。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

恋には手順がいる 平中 (平貞文)

2024-01-23 10:46:34 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

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 恋には手順がいる 平中 (平貞文)

  いうまでもなく、男女の交際には上手な仲介者が必要である。仲介役がいいかげんだと必ず破綻が起きる。それはわかってはいるが、なかなかちょうどの人は見つからない。
  ある時平中は、少し便りないとは思いながら、つい相手方に縁故のありそうな手づるを信じて、さる侯爵の姫君に交際を求めた。はじめのうち二、三度はよき返事があってうれしく思っていたが、そのうち返事は全く来なくなった。

  そこで平中はかなりオーバーに「身を燃やすことぞわりなき」などという情熱的な歌を届けたが一向に返事は来ない。何か悪い風評でも耳に入れる者があったのではと心配したが、そうでもなさそうだ。仲介の男は、「先方はどうということもありません。ただ、大切な姫君として、大切にまもりかしずいている方ですから」というので、平中も、「なるほど育ちの差はそういうものか」と納得して、こんどは思いのたけを綿々とつづり、仲介の男に渡してみた。しかし、こんども返事はない。
  きっと競争相手が多いのだと思い、

  「はき捨つる庭の屑とやつもるらむ見る人もなきわが言の葉は」

という、情けない歌を詠んでやったが、これにも返事は来なかった。もう一度と思って、こんどは語調も整えて恨みの歌を作った。

  「秋風のうら吹き返す蔦の葉のうらみてもなほうらめしきかな」。

しかし、これほどはっきり言ってやってもなお返信は来なかった。

  今までにないことと、平中はつてを求め、しっかりした女房から事情をきくと、まずは仲介の男がいいかげんで、家の内情にも明るくない。しかしはじめのうちは姫君の代筆・代弁をする女房がいたので何とかなったのだが、その後、その女房は別のところに移ったので、平中から身を焦がすような手紙や歌が届くたび、姫君の憧れ心は刺激されていたという。
  しかし姫君は返事の書きようもわからず、歌も詠めない上に、代わって返事を書くほどの女房がいなかったというお粗末な事情だった。

  事情を話した女房は詠嘆して、「何とまあ沢山の恋の歌やお手紙が無駄になって、惜しいことでございました」と言葉を結んだ。身分が高い姫といってもこれしきのことだ。これでは文をやるほどの値打ちもないと平中も諦めがついた。この姫君、その後ごく当たり前な結婚をして、平凡な主婦として暮らしているということだ。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

3-3 色好みの恋とその終焉 平中 (平貞文)

2024-01-16 09:51:09 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中
  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集
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3-2 からのつづき

3-3 色好みの恋とその終焉 平中 (平貞文)

   言の葉の人だのめなる憂き露のおきていぬるぞ消えて悲しき 女

   (慰めてくださるお言葉は本当に頼もしく思っていますけど、はかない情の露を置いて朝にはお帰りになってしまうと、私は露が消えるように心も消え消えとなって、悲しさに沈むのです)

   あはれあはれおきて頼むな白露は思ひに草の葉やかるるとぞ 男

   (ああなんと悲しいことを仰しゃるのか、白露の私は草葉に宿りながら何を頼みとしたらいいのか。草葉は露のあと陽に枯れ(離れ)るというではありませんか)


  男女の間があまりに濃密に満たされている時、かえってその円満に翳(かげ)が差すのを怖れるような思いが湧く。色好みの風流な恋を楽しもうとして出発した二人のこの贈答をみると、変貌した女のいじらしさに驚きつつ二人の愛が長くつづくよう祈りたくなる。
  しかし愛はなかなか永続することはない。こうしたよき歳月のつづいた後、男は少しずつ女から遠ざかってゆく。嫌いになったわけでもないのに、より新鮮な感銘がほしくなり、知りつくした所から未知の世界を求めて漂泊しはじめるのである。

  男はまず難波の方に旅に出ようと思う。面白いのは、「すぐ帰ってきますよ」という心の証に、「但馬の国のたにもかく」を女のもとに残してゆくというのだ。「たにもかく」とは「かえる」のこと、つまり「たぢまぢのかへる」である。濁点は消せば誓約のことばになる。本当にそんなものを贈るはずはないから、絵などに描いたものだろう。女は、もし長逗留になるなら私は死んでしまうだろうという歌を詠み、男はそのいとしさについに旅立ちを思いとどまったほどだった。

  しかしながら、こんな二人の愛も終わりを迎えるのである。それが色好みの恋の約束ごとのようなものだ。円満に末長く添いとげる色好みなどはあり得ない。ましてこれは色好みを互いに認めあってはじまった恋である。恋の情感が古くなることは許されないことだ。二人の間には久しい空白が生まれていった。
  そして相互に、あの蜜月は本当に忘れがたい心尽くしの日々だったかが内包されてゆく。「忘れやしぬらん」という不安とともに、なつかしさの情が濃くなる。そして二人はもう一度歌を交わす。けれどその仲は戻ることはない。この恋は忘れられない日々を回想の中に残して終止符をうったのである。

    うちとけて君は寝ぬらむわれはしも露とおきゐて思ひ明かしつつ 男

     かへし

    白露のおきゐてたれを恋ひつらむわれは聞きおはず石上(いそのかみ)にて 女


^^^^^^^^^^^「平中物語」から抜粋編集
さて、そのころ、ひさしく行かざりければ、男、いとほしがりて、またつとめて、かくなん。

  うちとけて君は寝ぬらんわれはしも露とおきゐて思ひ明かしつ

と言ひたるに、この女は、夜一夜(よひとよ)、ものをのみ思ひ明かして、ながめ居たるに、持て来たりける

  白露のおきゐてたれを恋ひつらむわれは聞きおはず石上(いそのかみ)にて

この女の住みける所をぞ、「石上」とはいひける。

***********翻刻
さてそのころひさしくいかさりけれはおとこいとほしかりてまたつとめてかくなん

うちとけてきみはねぬらん我はしも露とおきゐておもひあかしつ

といひたるにこの女はよひとよものをのみおもひあかしてなかめゐたるにもてきたりける

白露のおきゐてたれをこひつらんわれはききおはすいその神にて

女のすみけるところをそいそのかみとはいひける又このおなしをとこ女ともありけり

*投稿者:私には難解。この例はたぶん女の方の気持ちが変わった感じでしょうかね。

おわり

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

3-2 色好みの恋とその終焉 平中(平貞文)

2024-01-14 10:38:36 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中
  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

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3-1 からのつづき
3-2 色好みの恋とその終焉 平中

  しかし、「大空もの」などと初消息に言っておきながら、たちまち「まさぐらばをかしかるべき」という大胆な変容を見せ、こんどは「退(の)_きもかれずな」と強く求めてくる。交際相手としてはまことに変化があって面白い。
  男はただちに返歌を届けた。「深山(みやま)なる松はかはらじ風したの草葉と名のる君はかるとも」、つまり、松の葉の色が変わらぬように自分の心は変わらない。風に靡く草葉のようなあなたが心変わりしたとしても変わらない。と誓ってみせる。そしてその夜は濃密な夜を過ごしたにちがいない。

  ところが、男が早朝に帰る姿を、女の身内の者が見つけてしまったのである。じつは女の身内の者は、この男とも知らない仲ではなかった。日頃話し合っている男どうしがつまらぬ詰問をしては一大事だ。
  女は知恵を働かせて一首の歌を詠み、男に届ける。「あなたが私のもとに通っているかなどと、不躾にもたずねる者があったら、この歌をもってお答えに代えてください」と、

   ちはやふる神てふ神も知らるらむ風の音にもまだしらずてへ

   (この国の神という神にお伺いを立てても、潔白は皆明らかです。私は逢ったことはもちろん、そういう女君の噂さえ聞いたことがありません)

  平中はたぶんこの歌に愉快を覚えて笑っただろう。そんなことを不躾に問い詰める男など、よほど親しくてもめったにない。女がひとりでくよくよと悩んでいると思うと、この先手を取るのが好きな女の意外な初々しさや可憐さに、改めていとしさが増すように思われたにちがいない。男はむしろ平然と、この女との関係を世にあらわしてもいいと考えたようだ。女に返歌を届ける。

   白川の知らずともいはじ底清み流れてよよにすまむと思へば

   (あなたのことを知らないなんて言ったりはしませんよ。白川が水底清く流れているように、私は一筋にあなたを愛し、夜々もそして世々も末長くあなたのもとに住もうと思っているのですから)

  これには女も感動して覚悟をきめたにちがいない。その後、二人の間には愛しあうものの濃(こま)やかな情の流露する贈答がみられる。いきなり男を「大空もの」と呼びかけた女が、しだいに一人の男を夫と思い定めたあと、こんどはその関係に破綻が生まれることを憂えて、情緒的な女の嫋々(風のむせぶようにそよぐさま)とした物言いになってゆくところが、ひとしお哀れに感じられる。

3-3 色好みの恋とその終焉 (は勝手ながら中止とさせてください。) 訂正 つづけることにしました。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」