海と空

天は高く、海は深し

2022年クリスマス

2022年12月25日 | 日記・紀行

2022年12月25日夜、ベランダから写した比叡山麓の夜景。雪曇の切れたわずかな晴れ間に星々が美しく輝いています。

今年もクリスマスの夜を迎えました。クリスマスおめでとうございます。今年もクリスマスの宵を共に過ごすことのできなかった方々に平安な一夜の幸をお祈りします。

 

ながき道を ひとりあるきて

罪多き 過ぎし日よ

すくいぬしの み声を聞きて

こころうごき  わき立ちぬ   (讃美歌Ⅱ-140)

 

 
Präludium Und Fuge in E-Moll (Bwv 548)

 

詩篇第百三篇註解 - 海と空 https://is.gd/hr0wXw

 

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明けましておめでとうございます

2022年01月04日 | 日記・紀行

 

 

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

Pèlerinage de Saigyō au mont Yoshi   西行物語絵巻  吉野山への西行巡礼。江戸時代の写し。Saigyō monogatari emaki —Wikipédia  https://cutt.ly/FUJBz2h  Auteur inconnu Unknown author • Public domain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021(令和3)年クリスマス

2021年12月25日 | 日記・紀行

 

2021(令和3)年12月25日(土)晴のち曇り。クリスマス


今宵はクリスマス。これまでずっと毎年、クリスマスには記事を記録してきたつもりだったけれど、
ちょっと調べてみるとそうでもないことがわかった。これらのブログを開設したのは2005年だけれど、驚いたことに昨年のクリスマスにも記事がない。てっきり毎年書いてきたつもりだったけれど、調べてみると、2010年、2011年、2016年、それに昨年の2020年と合計4回もクリスマスの記事がない。
これまで、それぞれの年にさまざまなクリスマスの記事を日記として書いてきたけれども、ブログやツイッターを利用するようになって、中学生の頃から続けてきた日記帳や大学ノートに日記をつける習慣をやめた。それからずいぶんと時間が経つ。

クリスマスに関連しても、これまであまり直接的にはキリスト教については書いてはこなかったけれども、ここで簡単に私の個人的な「キリスト教体験」とでもいうべきことを記録しておきたい。

私が自分の意識のうちに「キリスト教」を自覚するようになったのは、自我の目覚めもすでに終わった高校生の頃だった。やはり初めは書物を通じてであり、それも時代や土地とも決して無縁ではない。

私より一世代うえで1960年に青年時代を過ごした世代も日米安保条約制定の社会的政治的影響を色濃くうけているが、それよりひと回り下の私たちの世代も1970年の安保改定期の政治的社会的な影響を直接間接に受けている。私たちが高校生の時代にも、校内で「食堂値上げ反対闘争」が組織されていたし、友人たちの間でも生意気にマルクス主義やサルトルなどの実存主義云々するものが多かった。

私が「キリスト教」のことを意識に上せたのは、そうした頃に読んだキルケゴールやヘーゲルの著作を通じてだった。当時の若者たちに圧倒的に支配的に流行したマルクス主義にはとくに惹かれることはなかった。

すでにひと昔の事になったけれど、オーム真理教の松本智津夫の詐欺師教祖に誑かされて、多くの有為な青年たちが死刑に処され、自らの人生を棒に振ったばかりではなく、社会、国家にも深刻な傷跡を残して去っていった。

しかし、私の経験をかえりみても、多くの青少年たちがその青少年時代に自らの生き方を求めて、宗教や政治の世界に足を踏み入れる、そうした気持ちは理解できないこともない。私たちの青年時代にはマルクス主義などの共産主義、社会主義が熱病のような影響力をもっていたし、多くの友人たちも、政治運動や学生運動にのめり込んで、良かれ悪しかれ自らの人生に深刻な影響を被った。私個人としては高校生時代からのキリスト教への「傾倒」から共産主義などの政治思想に直接の影響を受けることはなかった。

高校の剣道部の延長で、大学に進学しても体育会で合気道をやっていたが、一方で私はキリスト教に関する疑問を抱えていたせいか、今ではほとんどの大学生が着ることもない学生服を着て、教会のキリスト教入門講座に数年も通った。神父さんのことも教えを聞いたこともよく覚えている。けれども、どうしても納得がゆかずに、この問題はヘーゲル哲学に行くことによって個人的に解決を図ることになった。それがこの年に至るまで続いている。

青少年時代に受ける思想的な影響力は、自他の経験にてらしても、まことに深刻であると言わざるを得ない。ヘーゲルも「哲学は信仰深くあろうと欲することは戒めなければならない」とも言っている。

いずれにせよ今ここは、私の思想的な遍歴を語る場でもないのでこれくらいに。

武漢コロナ禍も今年も三年に入ろうとしているけれど、その影響は深刻で、連れ合いもコロナの病ではないけれど、この年末体調不良で入院することになってクリスマスも共に過ごせず、また満足に面会にもゆけない。

そうしたさなかにあっても、曲がりなりにもクリスマスの宵を平安のうちに家に過ごせることを感謝しつつ、メリー・クリスマス。みなさんも楽しいクリスマスの宵のひとときをお過ごしください。

 

いくるはいかに とうときかな、
めぐみの神は  ともにませば、
そとなるからだは  やぶるるとも
うちなるひとこそ  日々にあらた。(讃美歌141)

 

J.S.バッハ: クリスマス・オラトリオ 第10曲 BWV 248:シンフォニア(第2部)[ナクソス・クラシック・キュレーション #特別編:クリスマス]

 

 

 

 

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クリスマスおめでとう

2019年12月25日 | 日記・紀行

 

クリスマスおめでとう

2019年、今年ももうまもなく終わります。令和の年号になって初めてのクリスマスも静かに過ぎてゆきます。とにもかくにも、なにはともあれ、穏やかにクリスマスの夜を過ごし得たことを感謝します。今年もクリスマス、おめでとうございます。

 

 

 

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あけましておめでとうございます

2019年01月03日 | 日記・紀行

 

あけましておめでとうございます。

今年の年賀状の図柄は、西行が東北への旅の途上、遠州の天竜川の渡しで船に乗って渡ろうとしたときの情景を描いた「西行物語絵巻断簡 法師堪忍図」を使わせてもらいました。

そのとき船は乗り込んでくる旅人でいっぱいになりました。船頭は法師である西行に下船するよう命じ、彼の頭を打擲したそうです。西行はあがらうことなく手を合わせて祈りながら命ぜられるままに船を降りたというエピソードが描かれています。

室町時代、1500年頃の作品だそうです。

 

挿絵とあらすじで楽しむお伽草子
 第12話 西行物語 | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
 https://is.gd/Gom9pR
 https://is.gd/5FCY9E

 

 

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今日はクリスマス

2017年12月25日 | 日記・紀行

Orthodox Music ♫ Voice of an Angel ♫ - (Manastir Ravanica)

今日はクリスマス。

今朝、古紙を回収に出すために家を出ようとして階段の降り口に立ったとき、なぜかそこに小さな小鳥がいた。私の気配に気づいて小鳥は急に飛び立った。ガラス窓に当たるような小さな音がした。そのとき私は小鳥のことを見ていなかった。

外には霧雨が降っていた。そのまま古紙を回収場所に出して、再び私が階段の踊り場にもどると、小鳥は少し羽を広げてうずくまるようにしてそこにいた。黒い体に柿色の羽の名も知らぬ小鳥はどこか傷ついたようで、近づいても飛び去ることもなかった。ヒナではないけれども成鳥のようでもない。私のせいなら気の毒なことをしたと思いながら、近づいて小鳥を包むようにして手のひらにもつと、少しあがらうように身もだえした。

持ち帰って小鳥の様子を見る時間もない。それで仕方なく窓を開けて、そこから思い切り遠く小鳥を放りなげた。柔らかいビロードの鞠を掴んだような感触が手のひらに残った。小鳥は羽ばたいて飛んで行ったがすぐに私の視界からは消えた。どうか無事で、カラスなどに狙われることなく生き抜いてほしいと思いながら。

こうして今朝の出来事をブログの記事に書いていて、ずっと昔、子供の頃にセキセイインコを殺してしまったことを思い出した。

 

「二羽の雀は一銭にて売るにあらずや。然るに汝らの父の許しなくば、その一羽も地に落つること無からん。汝らの頭の髪までも皆かぞへらる。」(マタイ書10章29:30)

 

今日は不運な巡り合わせで、小鳥を傷めてしまったらしいことを悔い詫びながら、今年のクリスマスは、パンとぶどう酒で静かにお祝いすることにします。みなさん、クリスマスおめでとう。来たる年も平安でありますように。

 

 

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2015年ChristmasEve植物園

2015年12月24日 | 日記・紀行

2015年ChristmasEve植物園

府立植物園でクリスマスまで、イルミネーションが夜間灯されていると聞いて、クリスマスのイブに訪れた。

徒 歩で行くには遠すぎるので市バスで行き、植物園前で下車した。最近は植物園に行くことがあれば、ほとんど北山通りに面した入場口から入ったから、北大路通 りから植物園の正門に向かうのは本当に久しぶりだった。昔は植物園へはこの正門から入るのが当たり前だったので、そこに通じるケヤキ並木は今となっては懐 かしい。

バス停を降りてすぐに、とにかく北に向かう道路を見つけて歩いて行ったが、いつまでたっても目当てとした植物園の正門へと通じる 長い並木道に出てこない。この夜はほぼ満月に近い夜空だったけれど昼間と違って方向感覚もよくわからない。途中に資料館の建物の一角や、府立大学の寮舎の 外壁らしいものに出くわしたから、通りを一筋間違ったらしいことが分かった。それで西に転じて歩いた。しばらくして漸く見覚えのある並木通りに出た。

植 物園の入り口を目指して歩道を歩き始めると子猫の鳴き声が聞こえてきた。近づくと、一組の家族連れが二匹の小さな黒い子猫の相手をしているらしい。その家 族連れが立ち去ってしまうと今度は子猫たちは私たちの方にまとわりついてきた。相手にしてやろうとすると一匹の方は怖がって歩道の生垣のなかに逃げてしま う。もう一匹の少しやせた子猫は私たちの歩く方向に鳴きながらまとわりついていつまでも離れようとしない。

捨て猫を拾って飼ってやることも できないから、ただ、こんな夜に猫を捨てたらしい人間の薄情の悪口を言いながら、植物園の入場口にむかって歩くしかなかった。月のきれいなよく晴れたクリ スマスイブの夜だった。しばらくして別の家族連れと通り過ぎに出会い、その中の男の子が子猫をかまったので、ようやく自分たちはその子猫から解放されるこ とになった。

その時ふと、なぜか昔に古典の教科書か何かで読んだことのある『野ざらし紀行』の一場面のことを思い出した。旅の途中の富士川 で、三歳ほどの捨て子と出会った芭蕉は「ちゝは汝を悪にあらじ、母は汝をうとむにあらじ。唯これ天にして、汝が性のつたなきをなけ。」と言い捨てて去る。

入場券を手に入れて園に入るとすぐに無数のLEDのライトに照らされたイルミネーションの飾りが目に入った。

     

               

                       

                                                                                                                

               

 

 

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西行歳暮和歌七首

2014年12月31日 | 日記・紀行

西行歳暮和歌七首

題しらず

567
山ざくら  思ひよそへて ながむれば  木ごとの花は  ゆきまさりけり

 

仁和寺の御室にて、山家閑居 見雪といふことをよませ給ひけるに

568
降りつもる  雪を友にて  春までは  日を送るべき  み山辺の里


山家冬深

569
訪ふ人は  初雪をこそ 分け来しか 路とぢてけり   み山辺の里

570
年のうちは  訪ふ人さらに  あらじかし  雪も山路も  深き住処を


世を遁れて、鞍馬の奥に侍りけるに、筧氷りて、水もうで来ざりけり。春になるまでかく侍るなりと申しけるを聞きて、よめる


571
わりなしや 氷る筧の水ゆゑに  思い捨ててし  春の待たるる


みちのくににて、年の暮れによめる

572
つねよりも  心細くぞ 思ほゆる  旅の空にて  年の暮れぬる

山家歳暮
573
あたらしき 柴の編戸を  たてかえて  年のあくるを 待ちわたるかな

 

今年もこの拙いブログに訪れてくださった皆さん、どうか良き新年をお迎えくださいますよう。

 

 

 

 

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クリスマスイブ

2014年12月24日 | 日記・紀行

 

Enya - Oíche Chiúin (Silent Night with Lyrics)

クリスマスイブ


昨夜、ラジオの深夜便を聴いていたら、アンカーの村上里和さんがクリスマスイブだということで、エンヤの「清しこの夜」を紹介していました。ケルト語で歌われているとのことです。潔らかな声です。

早いもので今年ももう終わりです。残念ながら大した成果なく今年も終わりそうです。今年お世話になった方、失礼とご無沙汰に終った方々にお礼とお詫びをかねて、クリスマス・イブのご挨拶を送ります。クリスマスおめでとうございます。



「そ こで、イエスは群衆の中から、彼一人を引き出し、その男の耳に指を差し入れ、つばを吐いた手でその男の舌に触れられた。そうして、イエスは天を仰ぎ、深く うめきながらその男に向かって、エファッタ、と言われた。開け、という意味である。たちまち男は聴こえるようになり、どもっていた舌はなめらかに話せるよ うになった。」

 (マルコ書 7:33ー34)

 

 

 

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クリスマスイブ

2013年12月24日 | 日記・紀行

 

歳月人を俟たず、早いもので今年もクリスマス。メリー・クリスマス。何はともあれ皆様も楽しく今宵を。


主の祈り

天におられる私たちの父よ、
御名の聖められますように。御国の来ますように。
御心の天におけるように地にも行われますように。
私たちに必要な糧を今日もお与えください。
私たちに咎ある人を私たちが赦すように、
私たちの罪を赦してください。
私たちを試みに遭わせず、悪よりお救いください。

まことに、御国と力強い御業と輝かしい栄光は、
永遠にあなたのものです。


 

 

 

 

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今日はクリスマス

2012年12月25日 | 日記・紀行

Gleich wie der Regen und Schnee vom Himmel fällt

 

Dominica Sexagesimae.

„Gleich wie der Regen und Schnee vom Himmel fällt.“

1、SINFONIA.

2、RECITATIVO.叙唱

Gleich wie der Regen und Schnee vom Himmel fällt und nicht wieder dahin
ちょうど雨や雪が天空から降るように、そして、ふたたびそこに戻ることはなくて、
kommet, sondern feuchtet die Erde, und macht sie fruchtbar und wachsend, dass
地を潤して果実と稔りをもたらし、そうして蒔く種と食すべきパンを与える。
sie giebt Saamen zu säen und Brot zu essen: also soll das Wort, so aus meinem
私の口から出てゆく御言葉もまたそのようにしてあり、
Munde gehet, auch sein; Es soll nicht wieder zu mir leer kommen, sondern thun,
ふたたびむなしく私のところに戻ることは決してないだろう。むしろ私を喜ばせることを行い、
das mir gefället, und soll ihm gelingen, dazu ich’s sende.
そして、私が遣わすところのことを成し遂げるだろう。


3、CHORAL.RECITATIVO.合唱と叙唱

Mein Gott, hier wird mein Herze sein,
私の神よ、ここに私の心はあります。
ich öffne dir’s in meines Jesu Namen:
私はイエスの御名においてあなたを迎えます。
so ströme deinen Saamen,
そうして、あなたの種子を蒔いてください。
als in ein gutes Land hinein.
良き土地に蒔かれるように。
Mein Gott, hier wird mein Herze sein,
私の神よ、ここに私の心はあります。
lass solches Frucht und hundertfältig bringen.
こうした果実を百倍にしてもたらしてください。
O Herr, Herr, hilf! o Herr, lass wohl gelingen.
ああ、主よ、主よ、助けたまえ!ああ、主よ、善く成し遂げさせたまえ。
Du wollest deinen Geist und Kraft zum Worte geben,
あなたは御言葉に御身の霊と力を与えらる。
erhör uns, lieber Herre Gott!
我らの願いを聴き入れたまえ、愛する主なる神よ。
Nur wehre, treuer Vater, wehre,
ただ防ぎたまえ、誠の父よ、
dass mich und keinen Christen nicht
私を、そして、いかなるキリスト者をも
des Teufels Trug, des Teufels Trug, des Teufels Trug verkehre.
悪魔の誘いから、悪魔の誘いから、悪魔の誘いに迷うことから守りたまえ。
Sein Sinn ist ganz dahin gericht,
彼らの思いは、すべて誘いに迷わせること、
uns deines Rathes zu berauben
あなたの助言を私たちから奪い去ること、
mit aller Seligkeit, mit aller Seligkeit.
すべての祝福とともに、すべての祝福とともに。
Den Satan unter unsre Füße treten,
サタンを私たちの足の下に踏みつけ、
erhör uns, lieber Herre Gott!
私たちの願いを聴き入れたまえ、愛する主なる神!
Ach! viel verläugnen Wort und Glauben
おお、多くの者は御言葉と信頼とを拒み、
und fallen ab, wie faules Obst,
そして、腐った果実のように落ちる、
wenn sie Verfolgung sollen leiden.
彼らが迫害に苦しみ悩まねばならぬ時に。
So, so, so stürzen sie in ewig Herzeleid,
そうして、そうして、そうして彼らは永遠の心の悩みへと落ちてゆく。
da sie ein zeitlich Weh vermeiden.
そこで彼らは浮き世の苦しみから逃れるために。
Und uns für des Türken und des Pabst's
そして、私たちをトルコ人と教皇の
grausamen Mord und Lästerungen,
無慈悲な殺戮と嘲りと、
Wüten und Toben väterlich behüten,
凶暴とそして狂気から、父としてお守りください。
erhör uns, lieber Herre Gott!
私たちの願いを聴き入れてください。愛する主なる神!
Ein Andrer sorgt nur für den Bauch;
他の者が気がかりなのは、ただ腹のことだけ。
inzwischen wird der Seele ganz vergessen.
その間に霊魂のことはまったくに忘れ去られている。
Der Mammon auch
財神もまた
hat Vieler Herz besessen.
多くの心に取り憑いている。
So kann das Wort zu keiner Kraft gelangen.
そのために、御言葉には力無く、心にも届かない。
Und wieviel Seelen hält
そうして、どのくらい多くの霊魂が
die Wollust nicht gefangen!
欲情の虜となったままではないか!
So sehr verführet sie die Welt,
そうして、この世は彼らを巧みに惑わして、
die Welt, die ihnen muss anstatt des Himmels stehen,
この世が、彼らには天国に代わってこの世が立たねばならず、
darüber sie vom Himmel irre gehen.
あげくは、彼らは天国からさまよい出るのだ。
Alle Irrige und Verführte wiederbringen.
迷いそして誘惑されたすべての者が戻って来る。
Erhör uns, lieber Herre Gott!
私たちの願いを聴き届けてください。愛する主なる神!


4、ARIA.

Mein Seelenschatz ist Gottes Wort,
私の心の宝は神の御言葉。
mein Seelenschatz ist Gottes Wort;
私の心の宝は神の御言葉。
ausserdem sind alle Schätze
その他のすべての宝は、
solche Netze,
網のようなもの、
welche Welt und Satan stricken,
この世もサタンもどちらも、
schnöde Seelen zu berücken.
卑しい霊魂を捉えようと罠を張る。
Fort mit allen, fort, nur fort,
遠くへすべて。去れ、ただ遠くへ。
mein Seelenschatz ist Gottes Wort.
私の心の宝は、神の御言葉。


5、CHORAL.


Ich bitt o Herr, aus Herzens Grund
私は願う、おお主よ、心の奥から、
Du wollst nicht von mir nehmen
あなたが私から離れられないことを。
Dein heilges Wort aus meinem Mund,
私の口より出るあなたの聖なる言葉は、
So wird mich nicht beschämen
それゆえ私を辱めることはない、
Mein Sünd und Schuld,
私の罪と咎も、
denn in dein Huld
私はあなたの慈しみに
setz ich all mein Vertrauen,
私のすべての信頼を置くゆえに、
Wer sich nur fest darauf verlässt,
ただ強く身をそこに寄せる者は、
Der wird den Tod nicht schauen.
誰も死を見ることはない。

 

 

 久しぶりにバッハのBWV18《雨や雪が天空から降るように》„Gleich wie der Regen und Schnee vom Himmel fällt.“のCDを取りだして聴いた。全集に収められているのは、アーノンクールの演奏である。

 こ のカンタータで主題にしているのは、「神の御言葉」とそれを「受け入れる心」である。モーゼが「人はパンのみに生きるのではなく、主の口から出るすべての 言葉によって生きる」(申命記 8:3)と言ったことが聖書のなかに記録されている。この言葉は後に、イエスが荒れ野で苦行をしていたときに、悪魔から石に命じてパンになるようにと誘惑 され た時にも、このモーゼの言葉を引いてイエスが悪魔に答えられたことで良く知られている。

雨や雪が天から降るように、そして、大地を 潤し、果実を実らせるように、御言葉も神から来て、御心に望まれることとを成し遂げる使命を必ず果たす。イザヤ書第五十五章十節十一節をバスの叙唱で歌い 上げる。それに引きつづき、CHORALとRECITATIVO(合唱と叙唱)のテノールとバスが交互に、ルターの祈祷を引用しながら心の願いを祈る。

神の御言葉は「種子」に、私たちの心は「土地」にたとえられる。「良き土地に蒔かれるように。私の神よ、ここに私の心はあります。こうした果実を百 倍にしてもたらしてください。」「良き地に落ちし種あり、生え出でて百倍の実を結べり」(ルカ8:8、マタイ13:23)などの聖句からの引用を詩にして 歌うものである。

音楽それ自体のなかに立ち入って技巧的に批評することは、音楽を専門にもしていない者には良くしえない。ただそれでも、その構成の展開からも直観できることは、この小さな作品のもつほんとんど非の打ち所のない美しさである。

冒頭のシンフォニアから、それを受けてイザヤ書の一節を叙べ歌い、さらに連祷のコラールのなかで、世の誘惑と葛藤サタンとの闘いの苦しみを低音のバスで語り、ついには、神の言葉を宝とするに至る純粋な歓ばしい心の境地を、透明で美しいアリアに歌う。

これらの連祷のなかに「トルコ人と教皇の無慈悲な殺戮と嘲り」など宗教改革で知られるルターの祈祷も用いられている。いかにもプロテスタントの時代背景を思い出させる。

「私の心の宝は神の御言葉」と教化の目的はソプラノの美しいアリアで歌われ、最終章では、神の御言葉に依り頼む者の罪科も救われる希望を、重厚なコラールの歌う祈りで終わる。

バッハのカンタータなどの音楽は、本来実際に教会のミサなどの祭祀において歌われた宗教的楽曲であって、今日のように、コンサートホールや自宅で、純粋に音楽として鑑賞されるものではもちろんなかった。

die Welt と対比させられる  die  Himmel など興味のあるテーマも題材になっているけれども、それらの考察についてはまた別の機会に。

今年もまた、送るべき人にクリスマスカードも送りきれなかった。それに代えてせめて、ここだけでもお祝いをお伝えして。メリークリスマス!来る年も良き一年でありますよう。

 

 

 

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梅雨が明ける―――ヨブの忍耐をもって

2011年07月11日 | 日記・紀行

 

梅雨が明ける―――ヨブの忍耐をもって

昨日の十日、日曜日は午前中から山の畑に行く。この日の作業は、草刈り。そして、冷や麦のご相伴に与り、弁当を食べた後、無花果、柿、桃と見て回る。枇杷の木は、前々回に茎が根腐れを起こしているのを見て、その成長を断念したばかり。美しい萌黄色の若葉をつけていたので期待していたのだが、野鹿に二度も新芽を喰われて、それ以来成長を止めた。そしてこの春、枇杷の木の死を確認したばかり。この秋には、新しい苗木で再び挑戦するつもり。

今の柿の木も三本目の苗木でようやく根付いたばかり。虫食いもない美しい若葉をつけていたのに、春の終わり頃に、これもすっかり野鹿に喰われてしまった。今日あらためて見ると、再生の双葉があちこちに見られた。

全てを独占しているような、たった一人の山で、濡れたシャツと肌着を脱いで上半身、裸になる。ほとんど純白に近い肌をまだ強い昼下がりの陽光にさらす。鳥のさえずりを聞きながら、わずかな木陰を探して腰を下ろす。

無花果は、猿や鹿に枝を割かれたり折られてしまって、まともな樹形も損なわれていたにもかかわらず、何とか今のところはよく成長している。垂れた枝枝に添え木などしてやると、その下に何とか涼しげな樹陰らしきものができる。大きく育った無花果の樹陰で、夏の甘い午睡に浸るのが夢だ。

どうやら梅雨明けの宣言があったらしい。見上げる空も、夏に近い。青空を見ながら、今もなお苦難の日々を耐えている東北の人たちのことを思う。冷却設備が地震と津波で破壊され、海からのヘドロと腐った冷凍魚などから、ハエも湧き衛生環境も劣悪だという。自分にできることは何もない。ヨブの忍耐をもって耐え抜かれ、夏を乗り切られんことを、ただ祈ることができるばかり。

武田邦彦教授のブログによれば、

「(福島原発)事故直後は、北海道産の牛乳は北海道産でしたが、今では、福島、茨城、千葉の牛乳は大量に西日本に送り、そこで、「汚染された牛乳」と「綺麗な牛乳」をまぜて、ベクレルを規制値以内に納めていることも分かってきました」そうだ。それが本当なら、生産者、商業者たちの地に墜ちたモラル。気の毒な日本国民。生産者、商人にも生活がある?

「誠実な社会を取り戻したい・・・牛乳と柏市の放射線」
http://takedanet.com/2011/07/post_088c.html


また、玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開を巡る国の公開説明会で、九州電力による組織ぐるみの「やらせメール」事件が発覚したばかり。東電も九電も、その上にあぐらをかくばかりの地域独占大企業だが、図体はでかいが、ネズミほどのモラルもない。

電力会社は電力不足と節電を訴えるが、肝心の火力発電や原子力発電、水力発電などの実体の正確な情報開示もない。またもや騙されているかと国民の疑念が募るばかり。

官僚の電力会社への天下りが、行政の公正を歪めているのに、どの政党にも、この不正を糺す力がない。また、電力会社からの巨額の政治献金を受け取る政治家たちに、公正な電力行政を期するなど百年河清を待つようなもの。

政治家に対する「企業献金」を止めさせて、政治と行政の中立化、公正化を図るためのはずだった「政党助成金」。しかし、「助成金」は手に入れたが、いまだ、どの政党も「企業献金」を止めさせることができない。政治家たちの濡れ手に粟だけが残る。

さしあたっては、池田信夫氏が自身のブログで主張されているように、今政府によって国会に上程されている「原子力賠償支援機構法案」を廃案にし、東電自身と株主と金融機関に明確な責任を果たさせることである。そして、電力事業を自由化して、電力事業の地域独占を廃止し、官民癒着の歪んだ電力行政を改革してゆかねばならない。

参照
池田信夫『民主党政権は電力自由化でよみがえる』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51725473.html

 

 

 

 

 

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新春のお慶びを申し上げます。

2010年01月05日 | 日記・紀行

 

上の写真は2010年1月2日午前8時の、忍野富士

富士山ライブカメラ
http://www.fujigoko.tv/live/index.html
 

新春のお慶びを申し上げます。

昨年はアメリカ発の疑似世界恐慌で、全世界が揺れた一年でした。しかし、金融不安からもっとも遠く安全地帯にいたはずの日本が、低温火傷の被害のように、もっとも深刻に、長く経済不況を蒙っているように見えます。鳩山民主党の掲げた、子ども手当や高校授業料無償化、農業の戸別補償などの雇用・環境、景気対策における「バラマキ」は、この緊急非常時に、国民に対して財政再建のための耐乏と貢献、犠牲の覚悟を促すのではなく、むしろ甘やかし政策になっている。これで財政破綻を招くことになれば(その可能性は高い)、国民経済を本当に救うことにはならないのです。一時しのぎのモルヒネ注射にしかなりません。

本当に必要なのは、「バラマキ政策」ではなく、新産業、新事業の開発、新しく若い企業家の育成であり、そのための財政金融支援、教育支援です。経済の再活性化のために重点的、集中的に財政投融資して、とくに人口少子化対策にはあらゆる手を打たなければなりません。今の鳩山政権の経済政策は、後ろ向きの「バラマキ、甘やかし」の弥縫策に終始してます。そんな時期に福島瑞穂少子化担当相など、とうていその任に堪えないブラックユーモアでしかありません。

昨年の一年は、戦後になってようやく曲がりなりにも政権交代らしい政権交代を果たしました(小沢一郎氏などについても悪口を言うばかりではなく、その功罪をきっちりと評価すべきでしょう)。しかし、だからといって日本の政治がまともなものになったとはとうてい言えません。さらに自民党を消滅させ、また、現在の「旧社会党」系民主党をも分解させて、政界の再編成を図ることが当面に残された次の課題になっています。

長く続いた55年政治体制の旧政界の廃墟の上に、新自由党と新民主党による真の二大政党によって、さらに日本国の自由と民主主義を充実させながら、立憲君主国家体制をさらに発展させて行く必要があります。そうして、本当に健全な国家社会を建設して行くことによって、バブル経済の崩壊以来、毎年三万人を越える自殺者が出ているような悲惨な社会状況を改革して行く必要があります。

こうした課題は、新憲法の制定と並行して実現して行く必要のあるものが多い。衆議院、参議院の定数削減、道州制国家体制、公務員制度の全面的な行政改革、全寮制の中高一貫教育(現在の民主党政権で高校教育の実質的な無料化は進んでいますが)や、保育所・幼稚園の統合、国民皆兵制度の制定など、教育制度の全面的な改革などとも並行してゆく必要があります。明治維新を越える平成維新として根本的な国家体制の変革をさらに準備して行かなければならないと思います。

鳩山民主党は、危ういながらも、アメリカ依存からの相対的な独立を実現し始めているのはよい。ですが国家に真の独立を求めることが、国民にどれほどの負担と覚悟を求められるものであるかを、国民に十分に周知、教育、納得させるという前提抜きで、早急にことを運ぼうとしています。こうした歴史的な課題の実現には、十分な歳月と準備が必要です。向後百年を要する政治的な課題でもあるのですから、工程表を明らかにして、着実に腰を据えて実行してゆくべきでしょう。

今年も世間に対する愚痴から、新年のご挨拶を始めてしまいましたが、何はともあれ、どうか本年が多くの人々にとって、平安と歓びに満ちたさらに豊かな一年になりますよう、ささやかな祈りを込めて、新年のご挨拶をお送りします。

相変わらず和歌の修行も余裕のない私には、自分の言葉で春の心を詠むことができません。せめて西行法師の心を懐かしむばかりです。

        世にあらじと思ひける頃、東山にて、人々、寄レ霞述懐といふことを       詠める 

722  そらになる 心は春の かすみにて 世にあらじとも 思い立つかな

    おなじ心を

724  世をいとふ 名をだにもさは  留め置きて  
       数ならぬ身の  思い出にせむ
       
        世を遁れける折り、ゆかりありける人の許へ 言ひ送りける

726 世の中を   背きはてぬと 言ひ置かん 思ひしるべき 人はなくとも

 

 

 

 

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プロバイダの変更

2009年06月05日 | 日記・紀行
プロバイダの変更


先月の五月一日からプロバイダーを変更した。そのためにホームページに記録していた以前の文書が読めなくなっている。一九九八年頃に開設したホームページに記事や論考を記録しはじめていたが、消えてしまった。そのなかには欧米の学者の論文の翻訳の一部や聖書の詩篇などの翻訳などもある。いずれ上梓しようと思い、また途中でほとんど中断してしまっていたとは言え、ヘーゲル哲学大系を抄訳録したノート風の「ヘーゲル哲学事典」などもホームページに載せ始めていた。それも消えてしまった。

ホームページの標題を「哲学の小窓」として(http://www8.plala.or.jp/ws/)、それまでの論考や記事をそこに記録しはじめていた。しかし、記事を書くごとにいちいちアップロードしなければならず、HTMLタグやスタイルシートの活用にも手間もかかった。そこにやがてブログが登場してきた。そして、ブログの簡便さに馴れると、記事や論考のほとんどをブログの方に記録して、ホームページ上での論考の整理もおろそかになりがちだった。

科学としての思想、科学としての哲学を志すとなると、どうしても世界についての私たちの認識を、一つの体系として構築して行かざるをえない。真実に科学の名に値する哲学は体系的であるからだ。この認識の体系の基本的な骨格については歴史的にはすでにヘーゲルがやり遂げている。だからヘーゲル以降に生きる我々は、この哲学大系に対してどういう立場を取るかによって、我々の哲学的な立場が決まる。

私自身の最終的な立場は、まだ構想半ばではあるが、私自身の「哲学百科辞事典」(http://aowls.exblog.jp/)において明らかにしようとしている。しかし、この辞事典についても、私の「時間と能力」の問題もあって遅々として進んでいない。

しかし、いずれにせよ、どこまでやりきれるかはとにかく、新しいプロバイダーと契約し、ホームページも新しく開くことにした。内容については基本的には以前と変わり様がない。パソコンに保存されているデータをそのままアップロードして行くことになる。

当面は「全集アーカイブ」として、表紙だけをとりあえず再録した。(http://www.eonet.ne.jp/~anowl/index.html)

全集と体系の形態にいたるまで少しずつでも構築してゆきたいと思っている。さし当たっての記事や論考はブログにまず投稿して記録して行くつもりでいるけれども、それをこのホームページで、一つの必然的な認識の体系として、再構成して行かなければならない。

それにしてもこの非哲学的な国民性のなかにあって、それがたとえ世の覚えのめでたくもない仕事であるにせよ、他人は他人で我が道を行けばいいと思っているが、いったいそれが「何の役に立つのか」というモンゴル人種に特有の実利的な問いではなく、「真理」そのものを問うてきたつもりである。言い訳をするなら、真理こそがもっとも有益なものであるはずだから。

それにしても、こうした論考に意義はあるか。あるとすればそれはどのようなものか。一つはヘーゲル哲学の研究を中心的なテーマにしていることである。とくにヘーゲルの「概念論」の分析と研究とその意義を明らかにすることを中心的な課題としている。その成果も乏しく、内容もいまだきわめて不十分で未熟であるとは言え、ヘーゲルの「概念論」については、これまで誰も明らかにしていない独自の解釈の方向を示していると思う。この方面の研究は引き続き根本的な研究テーマである。このブログの目的でもある。

ヘーゲルの概念論は真理認識において不可欠の要素であり、また、従来の唯物論者マルクスなどの理解の及ばなかった概念観について考察し、イデア論の復活と再認識を目的としている。また、とくにヘーゲルがキリスト教の「聖霊」を、必然的な「絶対的な精神」として捉えなおしたところに、ヘーゲル哲学の意義を見出している。「ヘーゲル哲学」を「最深の神学」としてこの哲学にかかわり始めた私にとっては、この哲学とキリスト教との関連をさらに解明してゆく仕事も残っている。ヘーゲルにあっては「哲学」することは至高の宗教的行為だったのだ。

さらに、マルクス流の共産主義国家論の、歴史的な哲学的な破綻を受けて、ふたたびヘーゲルの『法の哲学』の現代国家論にもつ意義とその弁証法の再評価を主張している。つまり立憲君主国家の形成は、現代においてもなお課題として残されているということである。マルクスは市民社会の否定的な側面のみを見て、その肯定的な面を正当に評価することが出来なかった。

先般に行われた自民党と民主党の党首討論おいて、鳩山由紀夫氏などは「友愛社会の建設」をアピールされていた。なるほどたしかに、抽象的な「友愛」の精神に誰も反対する者はいないだろう。しかし本当の課題は具体的な各論で論争することである。

私の論考では、現在の自由民主党と民主党による利益談合型の政界を解体し、自由主義と民主主義をそれぞれ自由党と民主党によって充実発展させてゆく理念追求型の政党政治への変革を主張している。その上で、国家の行政形態として道州制国家を展望している。

元大蔵官僚の榊原英資氏や民主党などは、わが国ではいまだ歴史的な体験がないことを理由に、国と人口40万人程度の自治体(基礎的自治体)の二重構造国家を主張しているようだが、国家概念としては道州制国家の方が優れている。新しい歴史を創造してゆくことだ。

わが国ではヘーゲルの『法の哲学』の研究や「弁証法」の能力の修行もせずに、一国の指導者の地位にさえ就くことができるのである。以前に「国家指導者論」という小論(http://anowl.exblog.jp/7671044)でも論及したが、ヘーゲルの『法の哲学』や「弁証法」について何らの素養もなくして首相の職さえ勤まることのできるこの国では、その「党首討論」といっても、その実、自らの政治のレベルと学問科学の哀れな水準を、世界に告知するだけの恥さらしでみじめなものになり終わらざるをえない。それもやむをえないと言える。何度も繰り返して言っているけれども、西洋のことわざにあるように「自分たちにふさわしい水準以上の政治を国民はもつことは出来ない」のである。

フランス革命や文化大革命など過去の歴史的な事件などにおいても見られたように、また、現在も世界各地でなお続いている民族や宗教間の紛争、とくに中東やインドなどに起きている各宗教、宗派間の紛争などの不幸の根源が、理性的な思考の能力に欠けた指導者、大衆のその悟性的な意識と思考にあることも明らかにした。

狂信や個人崇拝の認識上の根源がその「悟性的思考」にあることを明らかにして、悟性的思考と理性的思考(弁証法思考)の違いを明確にし、後者の能力なくしては罰と不幸は避けられないこと、理性的思考(弁証法思考)の決定的な重要性について論及していることなど、これらもこの全集の意義であるといえるかもしれない。



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山野辺の宝石

2009年05月10日 | 日記・紀行
                                           


次第に山野辺の面影も夏の彩を帯びてくる。春の花はすでに散り、新芽のすがすがしい新緑も強い日の光を浴びて日々さらに葉の色の濃さを増してゆく。街中の暮らしに、季節の変化をさほど実感することはないけれど、山辺を歩くと自然の循環と回帰を痛感する。秋冬春夏それぞれに山野辺は相貌を変える。

昨年の今頃は夏野菜の種を蒔いていた。 夏の盛りの暑い日ざしの下で、トマトをもいで食べた時に舌と肌に感じた自然は、今も身体の感覚に深くきざまれている。幼い頃に田舎で味わったトマトの香りの記憶を蘇らせたいという長年のささやかな夢はかなった。

夏野菜を植える
http://anowl.exblog.jp/7945077/

昨年と同じように、今年も生命感にもっともあふれる夏を深く味わいたいと思うけれど、この夏は忙しくなりそうで、余裕を見て見送ることにする。

生涯に残された夏もさほど数が多いわけではないが、一回や二回見送ったとしても、後悔することはないと思う。また再び豊かな夏の日々を迎え味わう日の来ることを期待している。楽しみが先に延びただけだ。

この夏はそれなりに手間のかかる夏野菜に代えて、果樹としてビワを新たに植えることにした。もともと野菜よりもむしろ果樹に惹かれて農作業を始めた経緯がある。

できるだけ荒れた山地に近いところを切り開いてそこに植えることにする。もともと昔は農地であったところだけれど、トラクターなどの農機具が入りにくい土地なので、耕作が放棄されて長年の間に荒れ果ててしまったのである。

このあたりは茶畑に利用されていたらしく、すでに野生化した茶の木がところどころに残されている。むかし静岡で新茶摘を経験したのを思い出しながら、
笹や雑木にまぎれている茶の木の新芽を摘んで持ち帰った。家で玉露の茶にして飲む。

山辺の道を辿って入ると、野いちごが至るところに目に付く。ほとんど人が入らないところで、赤い小さな宝石をちりばめたように映る。赤く熟した小さな実は、それなりに甘い。

昼を過ぎたころ、畑の仲間がマムシを見つけたというので見に行く。すでに頭をつぶされ踏みつけられたマムシが尻尾を捩じらせていた。マムシを見るのも久しぶりである。というよりも子供のころはまだ近所に青大将なども見かけたし、郊外に行くとカラスヘビやシマヘビなどのヘビも見かけた。しかし、畑が住宅地になり、都市化も進むとそうした自然の面影もすっかり失われてしまった。

Mさんは、足でマムシの頭を踏みつけながら、誰かに鋏を借りると尻尾の皮を切り、それを切り口にヘビの皮を剥いでいった。するとタイの刺身のような白身が現れ、ヘビの内臓が透けて見える。 そして首を落とすと池のほとりの水流に持って行った。ヘビの白身を裂いて内臓を取り出し、近くの茂みにそれを投げ捨てた。そしてマムシの白身を篩の網に張りつけて、またたくまにマムシを天日干しにする。



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