海と空

天は高く、海は深し

ヨブの忍耐

2005年10月31日 | 宗教一般

 

久しぶりにヨブ記を読む。

ヨブは七人の息子と三人の娘と羊七千匹、ラクダ三千頭、牛五百頭など財産のすべてを失ったとき、ヨブは言った。


「私は裸で母の胎から生まれてきた。そして裸で死んでゆく。主は与えられ、また、奪われる。主の御名は称えられるように。」第一章。

「人間の生活は兵役に従事しているようなものだ。つらい手仕事に耐えなければならない。奴隷のように日暮れを望み、日雇いのように支払いを待つ。得るものは何も無く、空しく月日は去り、夜毎の嘆きがあるのみ。・・・
私の一生は機織りの梭よりも速く、望みも無く過ぎ行く。・・・
私は生きるのに疲れました。私を独りにしてください。私の一生には何の意味も無いのです。」第七章。

「神が壊されたものを誰が建て直すことができるのか。神が閉じ込められたのに誰が解放できるのか。・・・
神は国を興し、強める。しかし、また国を衰えさせ、滅ぼされる。」第十二章。

「女から生まれる人間は弱く儚い。生涯は短く困難は多い。花のように咲き、花のように枯れる。我々は影のように消える。」第十四章。

「語られるときには聴き従い、尋ねられたとき答えるように、あなたは言われた。昔は他の者たちが語っていたことを知っていただけです。しかし、今は私の眼であなたを見ました。だから、私はかって私の言ったすべてのことを恥じます。そして、塵と灰の上で悔い改めます。」第四十二章。


詩篇第百三十一篇

ダビデの都上りの歌


主よ、私の心はおごり高ぶりません。そして、高望みはしません。私には身に余ること、難しすぎることを追い求めようとはしない。私の心を落ち着かせ和ませます。母の乳を飲み終えた子のように。母の胸に抱かれる幼子のように。イスラエルよ、主に信頼せよ。今もいつまでも。

 

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小泉首相と靖国神社

2005年10月24日 | 宗教一般

 

小泉首相の靖国神社参拝が外交問題になっている。小泉首相は公約にしたがって就任以来毎年靖国神社には参拝しているのであって、これまでも靖国神社の参拝も適切に判断すると言っていたのであるから、今回の参拝も当然に予期されたことではある。

哲学に興味と関心のある私のようなものにとっては、小泉首相の靖国神社参拝問題は、国家と宗教の問題として、哲学上の恰好の練習問題でもある。まあ、それは少し不謹慎な言い方であるにせよ、宗教と国家の関係については、終生の哲学的なテーマとして、当然に切実な問題であり続けることには変わりはない。

これまでも、小泉首相の靖国神社参拝問題については、幾度か私自身の見解を明らかにして来た。

「政治文化について」    http://blog.goo.ne.jp/askys/d/20050731                                               「宗教としての靖国神社①」  http://blog.goo.ne.jp/aseas/d/20050716    
「政教分離の原則を貫く判決に反対する人々」  http://www8.plala.or.jp/ws/e7.html
「靖国神社参拝違憲論争」http://www8.plala.or.jp/ws/e3.html
「小泉首相の靖国神社参拝について」
  http://www8.plala.or.jp/ws/e1.html など。(関心のある方は読んでください)

基本的には考えは今も変わってはいないが、細部において、考えが深まっているかも知れない。今後も、引き続き国家と宗教の問題については、考察してゆきたいと思っている。

結論からいえば、私の立場は、国立の慰霊施設を造るべきだというものである。その理由は、まず、靖国神社が国家に殉じた人々を祭った宗教施設であるとしても、それが軍事関係者に集中していることである。国家のために身命を投げ打った者は、何も軍人のみに限らない。
先の太平洋戦争において国家のために尽くし、その犠牲となった人々は軍人のみに限られない。たとえば、勤労動員中に広島での原爆投下で亡くなられた人々は靖国神社においては慰霊の対象にはなってはいない。また、東京大空襲によって犠牲になられた方々についても同様である。靖国神社を国家的な慰霊施設にするには、そのように公共性に問題があるとも思われる。

もうひとつの理由は、宗教上、思想信条上の問題である。現代民主主義国家としての日本国は、宗教の自由、信仰の自由が認められている。そのために、日本国民は、いわゆる「神道信者」だけで構成されているわけではないということである。なるほど確かに、神道は日本の民族宗教として、日本国民にとっては特別な位置を占めていると言うことはできる。しかし、現代国家としての日本国の国民の中には、キリスト教徒もいればイスラム教徒もいる。また、靖国神社参拝に躊躇する仏教信者もいるだろう。それに無神論者、唯物論者もいる。要するに、現代国家の国民は、その宗教も多様であるということである。国際化した今日はいっそう多様化してゆくと考えられる。

そうした状況では、国家としての慰霊のための施設は、特定の宗教から独立した施設であることが好ましい。靖国神社が特定の教義と儀式を持つ宗教である限り、国家の機関である内閣総理大臣が職責として国家のために殉じた人々のために慰霊する場としてはふさわしくない。

実際に、靖国神社は戦後は一宗教法人になっているのであって、多くの株式会社と同じように、国家とは独立に、自らの宗教活動そのものによって参拝者を増やす努力をしてゆけばよいと思う。その活動の自由は完全に認められている。小泉首相にも、もちろん、一私人として、靖国神社に参拝する自由は完全に保証されている。しかし、国家の機関として内閣総理大臣の立場としての参拝であれば、いくつかの裁判判例で疑念が示されているように問題が多い。

だから、今回の参拝のように、小泉首相が一私人の立場であることをより明確にして、一般参拝者と同じように参拝したことについてはまったく問題はない。もちろん私人小泉純一郎氏と内閣総理大臣は切り離せないから、その影響力は避けられない。それはひとつの限界である。

政教分離の思想は、宗教と国家が癒着することによる自由の束縛、あるいは侵害に対する歴史的な教訓から生まれた。特に西洋では多くの宗教戦争や迫害という歴史が背景にある。思想信条、宗教信仰の自由、言論の自由など、いわゆる「自由」は精神的な存在である人間にとって、基本的な人権の最たるものである。これが侵害されることは、人間の権利の最大の侵害になる。自由の価値を自覚するものは、宗教と国家の分離に無関心ではいられない。特に、わが国のように戦前にいわゆる国家神道として、国家と宗教が深くかかわった歴史的な体験をもつ国家において、また、国民の間に自由についての自覚がまだ成熟していない国においては、政教分離の原則を今後も五十年程度は厳しく貫いて行く必要がある。

宗教は国家の基礎である。だから、真実な宗教である限り、国家は宗教を保護しその宗教活動の自由を保証しなければならない。したがって、靖国神社も他の宗教法人と同様に、国家から税法上その他の特別な取り扱いを受けているはずである。国家は自らの法津に従い、オーム真理教のように違反して敵対的にならない限り、諸宗教に対しては自由に放任し、寛容でなければならない。それがもっとも国民にとって幸福な関係である。

最近の一連の「靖国神社参拝」訴訟で、最高裁をはじめとして、総理大臣の参拝が、国家としての宗教行為に該当するか否かの判断の基準として「目的効果基準」の考え方が採用されているが、これは、判断基準としては必ずしも適正な概念ではない。この概念の根本的な欠陥は、何よりも「何が宗教的な行為であるか」についての判断が、裁判官の恣意裁量に任されてしまうことである。また、それは政教分離の思想の歴史的な由来にも合致していない。あくまで、「靖国神社参拝」の違憲訴訟においては、国家の宗教の分離という観点から、国家の宗教に対する中立性が、違憲、合憲の判断基準でなければならない。

最後に、首相の「靖国神社参拝」が中国や韓国との関係で外交問題にまでなっていることについて。もし、中国や韓国が一私人の小泉首相の思想信条の自由を侵害するものであれば、むろん、私たちは小泉首相個人の信仰上の自由を擁護しなければならない。特に中国など政教分離がいまだ確立しておらず、自国民の宗教の自由をどれだけ保証しているかについて重大な疑念のある国家においては。
しかし、また、先の太平洋戦争において、旧日本軍兵士の一部の間に、実際に国際戦争法規違反の事実があり、アジアの多くの無実の非戦闘員に対して惨害をもたらしたことも歴史的な事実である。その点で太平洋戦争の戦争指導者たちの責任が問われるのはやむを得ない。また、靖国神社にいわゆる「A級戦犯」が祭られていることからくる、そうした誤解を近隣諸国から受けるのを避けるためにも、宗教から独立した、そして、日本国民のみならず、日本国に関係した諸外国民をも含む慰霊施設を用意すべきであると思う。その一つの例として、沖縄の「平和の礎」があると思う。

2005年10月21日


※ 追記20140125

上記の考察では、新しい『国立の慰霊施設』の建設を主張しているけれども、2014年の現在においては、新しい国立の慰霊施設の建設については反対 へと考えが変わった。軍人以外の戦死者に対する慰霊施設としてはすでに千鳥ヶ淵墓苑があるし、おそらく、国立追悼施設としては今後千鳥ヶ淵墓苑に収れんし てゆくことと思われる。

靖国神社については戦前における「宗教の自由」の状況についてもう少し調査研究したうえで、また論理的な帰結をさらに再検証した上で、改めて意見を述べたいと考えている。

要するに、靖国神社を民族の伝統的宗教に関連する施設として認めるとしてもそれは本質的な問題ではないと考えるに至ったからである。核心は国家が信 教の自由をどのように保証するか、ということにある。戦前の歴史的状況と明治憲法の本質について改めて調べなおさなければ、靖国神社問題について発言でき ないと思った。上記の考察からすでに八年が経過している。

現時点では、明治憲法下での宗教観がどのようなものであったのか、結論を出すにはその本来のその概念の認識がまだ不十分であると考えている。特に先週になってインターネット上で初めて知見を得た、佐藤雉鳴氏の「国家神道」問題についての見解を再検討したうえで、これらの問題の歴史的な背景をも含めて再研究した上で、改めて自分の意見を述べるつもりでいる。

 

 

 

 

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信仰と知(信仰と哲学)

2005年10月21日 | 宗教一般

 

信仰(信念)と知識(科学)──宗教と科学──の関係は、ヘーゲルにとっても大きな問題だった。カントに代表される啓蒙哲学が、信仰の問題を知識の対象から、物自体として、認識の対象から外し、信仰の問題を認識できないものとしてしまったから。その結果、近代の信仰は、知識を回避し、信仰には単なる抽象の空虚な主観的な無の確信しか残されないことになった。ヘーゲルはこれに不満だった。

なぜ、このようなカントの啓蒙哲学が生まれたか。それは、ルターの宗教改革の必然的な帰結だといえる。なぜなら、ルターの「信仰のみ(sora  fides)」を原理とする信仰は、ただ信仰者の良心による是認のみという主観的な問題に還元されることになったから。その信仰は神を個人の神として、主観的な精神のなかにのみ認められるものにしてしまった。そこでは信仰者の自己の信仰の是非は教会の是認ではなく、理性による確証に求めざるを得なかった。こうしてルターの信仰のみの原理が、カントの主観性の哲学になって現われたのである。近代哲学がプロテスタント国民から生まれる必然性もここにある。


しかし、カントは信仰の理性による把握の不能を彼の主観的観念論によって、不可知論のよって認識の可能性を否定してしまっただけだった。
この点を批判したのがヘーゲルである。彼は、本質と現象をそれぞれ媒介なきものとするカントの見方を悟性的として退け、現象の総体のなかに本質が認識されるという弁証法の認識論を主張した。ヘーゲルにとって神は認識できないがゆえに信仰されるのではなく、理性によって認識できるものであり、むしろ、神は理性そのものでもあった。

ヘーゲルはまた、信仰は知識と対立するものではなく、信仰がじつは知識の特殊的な形態に過ぎないと言うのである。ここから、信仰の知の特殊性とはなにかの解明へと、信仰の概念的な認識に向かうことになる。そして、この道こそが宗教を真に克服する唯一の道である。ヘーゲルにとっては、それが哲学することに他ならなかった。ただ哲学は宗教を内容においてではなく、形式においてのみ克服するのである。

2005年10月13日



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詩篇第十六篇註解

2005年10月06日 | 詩篇註解

 

詩篇第十六篇

 

黄金ように美しいダビデの詩。

私を守ってください。神よ。私はあなたの中に隠れますから。
私は主に言った。「あなたは私の主人。あなたの他に私の幸せはありません。」
この地に住む聖なる人々は力強く、彼らは私の歓び。
他の神々を慕う者には悲しみが増える。
私は彼らの血の神酒を注がず、彼らの神々の名を唱えることはない。
主は私の分け前、私の杯。あなたは私の運命を支える。

麗しい土地が私への配当となり、私は輝かしい遺産を継いだ。
私は称えます、私のために助言される主を。
主は夜毎に私に警告される。私はいつも主を眼前に見る。私は決して揺らがない。主が右にあって支えられるから。だから私の心は歓び、栄光に踊ります。
そして私の身体は安全に憩う。
あなたは私を見捨てて死に渡すことなく、あなたを慕う人を墓に降さず、私を命の道へと導きます。
あなたの御顔は私を歓びに満たし、あなたの右手からは楽しみがいつまでも尽きません。

 

第十六篇注解   麗しき遺産

英語訳には、「確信の祈り」という標題がついている。主の実在を確信することから生まれた祈りである。この詩も、第十一篇と同じく、主における信頼を歌う。詩人にとって、主は神のみである。この神がどのような存在であるか、祈りによって、あるいは思索によって、認識することこそが、聖書判読や詩篇研究の目的である。旧約聖書の神「ヤーベ」は、ユダヤ人にとってはあまりにも神聖であったので、この言葉が乱用されることを嫌い、代えて「アドナイ」(主・the Lord)と呼んだ。聖書研究の中心課題は、この主をどのようにして認識するか、どのような存在であるかを明らかにすることである。

この主なる神は、ヘブライ民族の祖先である、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、そしてモーゼの神であった。もともと飢饉のためにエジプトに寄留していた、この民族の子孫が、その数を増し勢力を強めるにつれ、エジプトの民によって、奴隷のように扱われ、圧迫されるようになった。この間の歴史的な事情は、創世記、出エジプト記などに記録されている。

そうした中で、この民族をエジプトの抑圧から解放した指導者モーゼの果たした役割は、決定的に重要である。ユダヤ教の本質は、モーゼの宗教である。この詩篇においても、モーゼやダビデが、どのような「存在」を「主」として認識していたかを知る必要がある。神は、まず、モーゼを介して「十戒」を与えた。そして、モーゼがそのエジプト脱出の過程で、単なる民族共同体であったヘブライ民族に、さまざまな宗教的規定を課すことによって、この民族はヤーベ神を中心とする宗教的共同体としての性格をもつようになった(レビ記第十九章)。この主たる神についての観念の形成に大きな影響を持ったのは、モーゼである。モーゼなくして、預言者もなく、イエスも、パウロも存在しなかった。聖書の神の特殊性は全て、モーゼによってもたらされた神についての観念に由来する。そして、モーゼの神は、この民族の始祖であるアブラハムの神に連なる。この神は、エルサレムの王であり祭司であったメルキセデク(正義の王)によって、パンと葡萄酒でアブラハムを祝福した「天地の造り主であり、いと高き神」にまでさかのぼることができる。(創世記15章)そして、このエルサレムが、まさに連綿として現代のパレスチナ問題にいたるまで、中心に存在している。さらに、この神は、新約聖書においては「イエスの精神」として自覚されることになる。

 

モーゼの神は唯一絶対の神であり、当時のカナンの地において崇拝されていた多くの異教の神々と並列されるべきものではなかった。モーゼは、金で作った子牛やアシュラ像などの神々の彫像を偶像として崇拝することを禁じた。主なる神は、感覚によっては捉えることができず、もっとも抽象的な「火」にたとえられる。そして、モーゼはホレブ山で、「燃え上がる柴の中に」主の声を聴いた。そして、モーゼは、「私はある」と永遠に呼ばれる方として、神をイスラエルの人々に知らせるよう告げられる。(出エジプト記第三章)

ここで明らかであるのは、神はもっとも抽象的な実在の観念であるということである。したがって、神は、抽象的能力をもつ、すなわち、言語をもつ人間にのみ認識されることを示している。この神は、さらに新約聖書において、イエスによって、「天におられる父」として教えられ、「隠れたところで見ておられる」目に見えない存在として教えられている。私たちが聖書の記述から学ぶことができるのは、こうした神についての表象や概念である。

また新約聖書においては、神は、「イエスの精神」として、「聖霊」として認識される。したがって、旧約と新約では、神についての観念もしくは概念には雲泥の差がある。イエスにとっては、「主」は「父」でもある。単に恐ろしく畏怖すべき存在ではなく、放蕩息子をいとおしむ慈愛に満ちた「父」として認められている。また、この父は「隠れたことを見て報い」「空の鳥や野の花を養い育てる」創造主である。イエスは、感覚では捉えることのできない神をさまざまな比喩によって説明した。放蕩息子を思いやる父として、求める者によいものを下さる父として、「悪人にも善人に陽光と雨を与える」神として(マタイ五章)、父なる神の姿を示した。時には、「ぶどう園の主人」として(マタイ21章)、「婚宴を主催する王」(同22章)として、さまざまな比喩を用いて、神の表象を明らかにした。

イエスもまた、天の父は一人だけであるとして、モーゼの一神教を受け継いでいる。さらに新約聖書では、イエス自身が、神から使わされた方として、天の父と並ぶ存在とされる。だから、新約聖書の目で詩篇を読むときには、主はまたイエスであり、聖霊でもある。

詩人は言う。全ての善いものは神から来る。主に忠実な人々がどれほどすばらしいか。主に忠実な人々と共にあることは大きな喜びである。主は夜毎に私を導き、私の良心に警告する。詩人は、つねに主の実在を意識している。そして、主は詩人の持てる財産の全てである。家でもなければ土地でもない。父なる神、イエス、聖霊が、詩人の保有する全てであるという。主は私の必要とするものを全て与え、私の運命を支える。主は美しい土地を贈り物として与えられる。詩人は、主をつねに前に置き、主は右に存在して詩人を支える。それゆえ、何者も決して詩人を揺らがせない。詩人の心は喜び踊り、そして、身体は平安である。それは、主が決して詩人を見捨てることがなく、主に忠実である者に決して墓穴を見させないからである。主は命にいたる道を教え、主と共にあって永遠の喜びと満足がある。

 人間の生涯は、よく旅にたとえられる。順境の時も逆境の時も、こもごもに訪れる。この詩篇は順風満帆の時に、その幸運を感謝するときの祈りとして歌われる。

 

 

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詩篇第二十五篇註解

2005年10月02日 | 詩篇註解

第二十五篇


ダビデのアルファベットによる詩。


あなたに向かって、主よ、私は仰ぎ見る。
私の神よ、私はあなたに寄り頼む。どうか私が恥を負うことのないように。どうか私の敵が勝ち誇ることのないように。
まことに、あなたを待ち望むものは、すべて、恥を受けることはない。理由なく裏切るものこそ恥を受けますように。
あなたの道を、主よ、私に知らせ、あなたの小道を私に教えてください。あなたの真実に私を導き教えてください。
なぜなら、あなたこそ私の救いの神、私はいつもあなたを待ち望んでいます。
主よ、あなたの憐れみと愛を思い出してください。昔からそれらはあなたのもの。
私の若き日の罪と咎とを思い起こさず、あなたの愛と恵みによって私を思い出してください。
主は恵み深く正しい。それゆえに罪人に道を教える。へりくだる者を裁きへと導き、また、へりくだる者に主の道を教えてくださるように。
主の契約と証を守る者にとって、主のすべての道は愛と真実。
あなたの御名によって私を赦してください。私の罪は大きく深いのです。
主を畏れる人は誰か。主はその人に進むべき道を示されるだろう。
彼の魂は恵みに満たされて住まい、彼の子孫は、地を継ぐだろう。
主を畏れるものに主の神秘と契約を悟らせる。
私の眼はつねに主に向かって注がれる。なぜなら、主は足を絡み取る網から私を救い出してくださるから。
私に振り向き、私を憐れんでください。私は孤独で貧しいのです。
私の悩みを解き、私を苦しみから救い出してください。
私の悩みと苦しみを省み、そして、私のすべての罪を許してください。
見てください。私の敵は増すばかりです。彼らは私を憎み虐げます。
私を守り、救い出してください。私が恥を負わないように。私はあなたの御許に隠れます。無実と正しさが私を守りますように。私はあなたを待ち望む。
神よ、すべての苦難からイスラエルを救い出してください。

第二十五篇   導きと保護を求める祈り

ヘブライ語のアルファベットに従った長詩である。各節の冒頭が、アルファベット順に配列されている。英語訳には「導き」と「保護」を求める祈りという標題が付いている。この詩もダビデの歌となっている。しかし、詩の作者が誰であるかは、こだわる必要がない。

第一節「あなたに向かって主よ、私の心は仰ぐ」

「主」
「主」という言葉は「アドナイ」の訳語である。ユダヤ人は長い間、敬神の念から──神の御名をみだりに唱えるなというモーゼの警告から、神の御名を直接呼ぶことを憚って、神にこの「アドナイ」という呼称を当ててきた。しかし、ヘブライ語は子音で記されているだけであるから、長い歳月の間に、この語の本来の読み方が忘れ去られてしまった。文語訳聖書ではこの「主」は「エホバ」と訳されている。今日の研究では「ヤーウェ」と読まれていたのではないかともいわれている。万葉集の枕詞なども、本来の意味内容が忘れられてしまって、ただ、形式的にだけ、言語の化石のように使われる場合がある。ユダヤ人の敬神の念の厚さとモーゼの十戒に対する遵法の精神を見ることができる。

神はモーゼに「私はある」という名によってご自身を示された。したがって、聖書においては、これが本来の神の御名であるはずである。 (出エジプト記第五章)この唯一者である神を人間はさまざまに呼んできた。現代日本語では神と呼んでいる。しかし、問題はこれらの語でどのような実体が認識されているかである。

 「私の心」
「心」という語も語義があいまいである。魂、霊、精神などと表現されることもある。単に「私」と訳しても不都合ではない。精神と肉体からなる人間の意識の主体である自我である。怒りや悲しみなどの感情、善悪や美醜の判断の主体である意識である。一つに統一された「玉」のように分割できない物である。一つの個性であり、英語の「Individual」に当たる。単に「私」でよいと思う。
 
 「仰ぎ望む」
「主」は精神的な実在である。したがって、存在の位置を確定することはできない。偏在するとも言う。聖書では特に神の座は天にあるとされる。中近東の砂漠の風土が関係しているかも知れない。神の存在場所についてのこうした意識は宗教建築にも影響している。キリスト教の建造物は常に天を志向している。主すなわちヘーゲルの用語でいえば、「絶対的精神」は、この宇宙と人類の歴史に現象している。したがって、宇宙や自然の探求を通じて、神の「意思」を認識できる。私たちが人類の歴史や、天文学を研究するのも、それによって神の意思を知るためである。
 
 第二節
 「私の神に依り頼みます。私が恥を受けることのないように。敵が勝ち誇ることのないように」
 「敵」
ダビデの生涯にも多くの敵がいた。ダビデの名の意味は「愛されるもの」だが、彼はすべての人間に愛されたのではない。肉親からも、仕えた主君からも、近隣の異民族からも命を狙われた。一つのことを真剣に追求する時、「悪」と戦おうとするとき、「敵」が現われてくる。イエスもその生涯に多くの敵を持った。のみならず、その敵に殺された。
 
今日の法治国家では敵に直接命を狙われることは少ないかもしれない。しかし、古代社会の無法の状況では、詩人は敵に命を奪われようとしても、頼るべき警察もない。もともとユダヤ人はエジプトの地にあっては奴隷的境遇にあり、また、中東の地理的状況から、バビロニアやローマなど常に周辺の諸民族に抑圧され搾取されてきた。そのユダヤ人の編纂になる聖書が、この民族の置かれた地理的な歴史的な必然の産物として、その過酷な社会的、経済的状況を反映するのは当然である。その意味で、詩篇もまた抑圧されてきた民衆の心情が反映している。だからこそ詩篇はそうした苦難な状況にあるすべての人間の祈りとしての意義をもつといえる。       
 
第四節  「あなたの道」
  
日本でも「道」は柔道や剣道のように、人生や職業の一つの生き方や倫理規範の意味で比喩的に使われる。ここで言われる「あなたの道」とは モーゼによって啓示された「十戒」を始めとするさまざまな倫理規定のことである。申命記にはモーゼがユダヤ人に示したさまざまな倫理規定が律法や掟として記録されている。倫理規範を持たない民族はありえないが、すべての民族がそれを体系的に文書化しているとは限らない。ユダヤ人は国土を喪失したために、それを一冊の聖書に編纂することなくして、自らの民族性を保持することはできなかった。古代エジプトと中近東の最高の教養を身につけたモーゼの律法は、歴史的にも世界的に見ても、もっとも優れた倫理規範である。その完全性、絶対性、根本的な性格のゆえに、今日においても、その意義は廃ることはない。今日にいたるまで、これ以上の倫理規範を、残念ながら他のどのような民族も作り出すことができなかった。イエスがモーゼの宗教の伝統からしか生まれなかったのは必然的である。これを論語や法華経と、また現代人の倫理観と比較してみればよい。聖書に学ぶことなくして、もっとも高潔な倫理規定を国家や民族は自分のものにすることができない。イエスもまたそれらの教えに従い、煩雑な戒めを簡潔にまとめられ(マタイ書二十二章三十四節以下)、また、ご自身の生涯を一つの道として示された。(ヨハネ第十四章六節)そして、私たちが神に祈るのは、このイエスの道に従うように教え導かれることである。 
  
第五節 「あなたのまことに私を導き」
 
「まこと(真理)とは何か」。これをピラトは、不真面目な態度で、イエスに尋ねた(ヨハネ書第十八章)。「真理」は前節の「道」と同義語であるといえる。「まこと」「真理」「真実」といった概念の内容を正確に考えるのは哲学の仕事だが、日常的には必ずしも判明に使われいているとはいえない。この注解では、聖書を研究し、その意味を考え、これらの言葉の意味をできる限り正確に規定してゆくことを目的にしている。聖書でも、まこととか真理とかが何を意味するのか、多くの個所で説明している。イザヤ書では、神は「真実の神」と表現され、同じ詩篇でも、神は「真実な方」といわれている。(イザヤ書第六十五章十六節、詩篇八十九篇) そして、神は真実であるから、必ず正しく裁かれるという希望が生まれる。またその反面に罪に対する恐れも生まれる。
 
儒教や仏教などでも、「明日に道を知れば夕べに死すとも可也」とも言っている。昔の人は、この真理を知るために、心血を注ぎ、時には身命をも堵し、遠い異国の地をも旅した。日本の歴史にいおいても、遣唐使や空海や道元など枚挙に暇がない。また真理を伝えようとして、多くの僧侶や宣教師が荒波と困難を越えて来た。民主主義社会に生きる現代人はどうか。それなりに理由はあるとしても、現代は人類の長い歴史を通じても、もっとも非宗教的な時代ではないだろうか。宗教も哲学も真理を探究し、実現するという根本的な使命を忘れている。現代日本の宗教と学問は、真理の追究を絶対的な課題としているか。パウロがエピクロス派やストア派の哲学者と論争していたことも記録されている。(使徒言行録第十七章)       
 
「真理と何か」。聖書ではこの答えは明確である。イエスは「わたしが道であり、真理であり、命である」と(ヨハネ書第十四章)言っている。もし、この断言が真実であれば、わたしたちは真理を知るためには、イエスを知らなければならないということになる。実際にそうで、私たちも聖書の中に真理があると信じて、聖書を研究している。(ヨハネ書第五章)そして、聖書はすでに歴史的にも一つの権威として確立している。真理が何かが明らかにされている聖書は精神的な糧で、その意味で、私たちの命の糧である。人間は、肉体的なパンだけでは生きてゆくことができない。聖書を日々繙読すること、研究することは、精神的な糧を得ることであり、真理に導かれることである。

第六節 「憐れみと慈しみを」

憐れみと愛は神の永遠の本性であるとされる。神の愛は、太陽の光や雨、そして、日常のさまざまな糧によって示される。私たちの生命そのものも、神の愛による賜物といえないこともない。「慈しみ」という言葉は、その実体をあらわしきれていない。神の愛は妬みを伴うほど強い。人間にもこの「憐れみ」や「愛」の感情はある。しかし、神の広大無辺の愛と同情には比べることはできない。

第七節 「若い時の罪と咎」

若い時は経験も浅く、想像力も、乏しく、したがって相手のことを思いやる心も浅い。その奔放さゆえに、怖さも知らず、多くの罪科を犯しがちである。逆に言えば、そうしたエネルギーに満ちていることが若さの特権であるといえる。咎とは神に背くことである。咎(科)の結果として罪が生じ、罪の結果として苦悩が生じる。伝道の書では、若者に忠告して、「自由に行動するがよい。しかし、その行動によって神に裁かれることを記憶せよ」と言った。(伝道の書第十一章九節)
この詩人にとって、青春はすでに去ってしまったようである。若いときに犯した罪を神が記憶して、罰することのないように神の憐れみを祈る。

第十節「罪あるいは罪人」

神の道から反れること。神の戒めに背いて考え行動すること。それが罪であり、それを実行するものが罪人である。「神の道」がどのようなものであるかは、常識として、倫理として、社会規範として、良心として、人間の意識の中に刻まれている。また、何より聖書の中に明白に知らされている。

儒教や武士道も、中国社会や武家社会における倫理規範、行動規範だった。明治期においても、国家社会における倫理の乱れを、明治の指導者は天皇の権威を利用して「教育勅語」として国民の間に流布させ、道徳的な秩序を回復しようとした。しかし、国家権力の強制によって神の道を説くことはできない。国家や社会によって、死すべき人間によって創作された倫理規範は、その国家や社会の崩壊によって、弊履のように打ち捨てられる。第二次世界大戦の敗戦による大日本帝国政府の崩壊は、日本社会の規範である「教育勅語」に対する信頼をも失わせ、その結果としての道徳の崩壊は、戦後の日本の混乱した社会状況として、今日まで尾を引いている。戦後日本の危機は、こうした戦後に生育した世代が支配的になる二十一世紀にこそ到来するのではあるまいか。

罪の代価は罰であり、呪いである。それは単に刑務所に収容されているものだけが犯罪人であるのではない。誰がこの罪から救済されるのか。どのようにしてこの罪が許されるのか。

第十四節 「契約の奥義」

神との契約の深い隠された意義のことである。深く隠されているから、誰にでも理解し、悟ることのできるものではない。誰にその奥義は知らされるのか。秘儀は誰に知らされるか。それは主を畏れる人であると言う。「畏れる」、あるいは、「敬う」。神を敬い、畏れ、従う人に、神は「契約の深い意味」を知らされると言う。十字架の秘儀もそうである。イエスの十字架がどのような意味を持つのか、それを本当に理解するには何が必要か。これが本論稿の中心テーマでもある。

第十八節 「貧しさと労苦と罪」

この貧しさはもちろん、単なる物質的な貧しさではない。打ちひしがれていること。打ちのめされていること。労苦。惨めさと苦しみと骨折り。そして罪。それらに塗れた私自身を見て、それを取り除いてくださるように、敵がそれを見て辱めることのないようにと祈る。貧しさと労苦は、この詩人にとって、自分の罪の結果としてあった。だから罪から免れることによって、貧しさと労苦とから救われようとする。

第十九節~第二十二節  「敵の不法とその救済」 

聖書の信仰を保持する詩人に対して、敵はますます多くなり、不法を仕掛ける。そのときも神が唯一の逃れ場である。そして、主の助けを待ち望み、私が正しく完全であれば、敵の辱めから救われると言う。

そして、単に個人の救済のみならず、国家としての、あるいは民族としてのイスラエルが全ての苦難から購われることを詩人は祈って、この詩を閉じる。しかし、今日のパレスチナ・イスラエル紛争に見られるようにイスラエルが、この苦難から真に購われているのではないことは明らかである。イエスを受け入れられないイスラエルが、この苦難から救済されることがあるのだろうか。

 

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